ろはん 2023-05-11 | 詩 いまはない にくせいでききたかった ふれいずただひとり さびしさでものたりない ふえいずあのころは にくたいでたしかだった ふれいずゆめみるひ にぎやかでありふれない ふえいず
読書のよもやま(2023.05.08) 2023-05-08 | 雑文 「熱狂宣言」小松成美(幻冬舎文庫)外食産業を展開する株式会社ダイヤモンドダイニングの創業者である、松村厚久さんの半生を書いたノンフィクション。松村厚久さんは存命の方で、現在は株式会社DDホールディングスの代表取締役社長(グループCEO)であるよう。一から会社を興し、必死に成長をさせるなか、39歳の時に若年性パーキンソン病と診断されるも、会社は東証1部上場までに。謙虚で、礼儀正しく、社員思いで、地元を愛し、病気にも心は最後まで屈せず、ゆえに、誰からも愛される。裏表紙には、「人知れず涙しながらも自分を鼓舞し、戦い続ける日々を克明に綴る、感動のノンフィクション。」とある。賞賛でも批判でもなく、純粋な感想として、これは、裏表紙にあるように、とても綺麗な本である。感動は人それぞれの主観によるから、感動できるという評価はしないが、「とても綺麗な本」であることは間違いがない。本人は当然に十分に、家族、友人などにもインタビューを行い、松村厚久とはどのような人物かを掘り起こす。結果、そこには完全超人に近いような、ほぼ聖人のような印象を受ける人物がいる。ただの読者である自分には、それを否定することは出来ないし、するつもりもないし、実際に素晴らしい人なのだろう。松村厚久さんの人となりはよく分かるし、若年性パーキンソン病に対する今のスタンス、生き方も当たり前ではない。恐らく自分も含めて、多くの人は同じようには、同じくらい前向きに、人生を熱狂はできないだろう。それでも、読み終えて、ノンフィクションとして、これですべてか、という物足りなさを感じた。それは、この本が、あまりにも「とても綺麗な本」であるから。作中にもあるように、このノンフィクションは、松村厚久さんが著者である小松成美さんに書籍化を依頼したものである。自分は多分この本がはじめての小松成美であるが、とても優れたノンフィクション作家であることは読み終えてわかる。だからこそだろうか、依頼をされて、無難に綺麗に完成された本という印象が、どうしても拭えない。感動物語としては申し分がないのだろうが、書かないではいられないノンフィクションの熱は、まだ、足りなかったのかもしれない。
LAKSHMI 2023-05-04 | 詩 今宵こそ 普遍の喜びに抱かれて 時は来たりて今宵こそ この光の下に昇華せよ 両翼を広げて導かれて ついぞ自由に昇華せよ 情を滾らせて今宵こそ 扉の向こうに開かれて 盲目に走りて昇華せよ 絶えない炎に今宵こそ 時は来たりて抱かれて 普遍の喜びに昇華せよ ついぞ自由に導かれて 両翼を広げて今宵こそ 盲目に走りて開かれて 扉の向こうに昇華せよ この光の下で今宵こそ 情を滾らせて昇華せよ 絶えない炎で
読書のよもやま(2023.05.01) 2023-05-01 | 雑文 「獣医師、アフリカの水をのむ」竹田津 実(集英社文庫)本を読む時間を限っている(限られている、ではなくて)わりに、最近は時間のかかる本が少ないせいか、ペースが早い。本書も、著者のアフリカの旅を振り返ったエッセイであり、読みやすい文体もあわせて、サクサク読み終わる。北海道で獣医師として働いていて、キタキツネなどの研究家であり、アフリカにも魅了されたという盛り沢山な属性の著者。視聴率44.7%だったらしい「キタキツネ物語」の企画・動物監督とのことであるが、そこは、残念ながら世代ではなく。本書は北海道での活動のことはなく、そのすべてが過去数十年にわたるアフリカでの旅のあれこれ。内容は特にテーマなどはなく、本当に旅を、取り留めもなく綴り始めて、綴り終えている。1976年から2000年代までと幅広いアフリカを描写しているのだが、その根本は変わらないように読める。現実には変わらないわけはなく、事実、動物の頭数やヒトと動物の環境の変化はもちろん言及もされている。この本に書かれるアフリカは、環境が変わっても、その地域における特性、性質、本質は変わらない、もしくは変化が緩やかである。そうしたものが容易く、そして躊躇いなく、感染するように変化する地域に生きている者として。年を重ねて、最近とみについていけなくなってきている自分にとっては、それがとても眩しく、魅力に満ちて見えてしまう。ついていけないことは、この地域で生きるのであれば、決してよいことではないのだが、抗うようなことでもなく。こうした自然系の本を読むことの、今の自分のメリットは、憧憬とともに、変わらない本質の正義を確かめることができること。自然や動物を守るべきだとか、変化させるべきではないだとか、そのような本ではない。ただただ、アフリカの魅力に毒され、アフリカに赴き、著者から見たアフリカが、そこには書かれている。写真エッセイであるからして、何を感じ、何を受け取るかは、読み手の自由であり、この本の自由の幅は、とても大きい。