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羅漢さんの托鉢日記

私の勤める、葬儀社羅漢では、お客様お一人お一人を訪問する、営業方法をとっています。これを托鉢と称します。  

托鉢日記、初盆営業悲喜こもごも

2010-03-25 20:08:36 | 托鉢日記

二丈松国、桜咲く永昌寺

葬儀や雨天続きで、しばらくぶりの托鉢である。
二丈松国から本、曽根、前原、泊、志摩と初盆を迎えるお宅を訪ねた。

この時期、お客様の反応もさまざまである。(と言うよりいまいちか)
葬儀からあまり日がたってない方はなおさらであるわけで・・・

「こんにちは、○○様ですか?」
「はい」
「わたくし、葬儀社の羅漢といいます」
「すみません。道ばたから声をかけてます」
「今年、初盆をお迎えとお聞きしましたのでご案内にまいりました」

「まだ、考えられません」(考えてませんではないのだ)
「そうですね、また先でお訪ねします」
「来られても・・・」(時がたてば大丈夫ですよ、また来ますとも)
「あっ雨ですよ、傘ありますか」(お心づかいありがとうございます)
「はい、大丈夫ですよ。車がありますので」

会話中、突然降り出した雨に、しばらく車で待機。
車を走らせる間に雨もやむかと思いきや、なかなかやまないので、
西へ戻ればいいかと、前原、泊、志摩とまわった。

志摩に多少の予感があったので、それに従った。
予感に従ってよかったようである。
「早いわね」
と言いつつも、
「まだ、どことも決めていないし」
「おたくは葬儀はいくらくらいからあるの」
などという。

と、そばに控えていたワンちゃんに急ぎの用事が発生し、
「カタログ置いといて」と言い残して急ぎの用事に走っていかれた。


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托鉢日記―金欠病及び病気療養中につき・・・

2010-03-05 20:37:57 | 托鉢日記
前原を托鉢した。
この年の一月から糸島市となり、「前原市」という地名が消えたのだが、
“まえばる”という意識はまだ残っている。

一市二町の頃は前原、志摩、二丈それぞれの意識があったようだけど、
糸島市誕生によって、怡土(いと)と志摩(しま)はひとつになった。
この糸島の歴史をさかのぼれば、怡土と志摩はかつて仇同士だった。
とはいえ、その歴史を考察する資格は私にはない。

ただ、私の托鉢は、ひとつになった糸島をエリアと考えていこうと思う。

へっぱくはさておき、
今日はお客様と楽しいバトルがあったので、再現してみます。

ピンポーン。
「はーい」
「お忙しい時間におそれいります。羅漢と申します」
「表になんか書いてありましたけど、おじゃましましたあ」
「ああ、書いていても大抵はいってきよりますよ」
「私も一瞬たじろいたんですけど、思い切ってピンポンしたんですよ」
「あは、」―先方少し笑うー
「今日は“まごころサポートクラブ”と申しまして、私共の会員制度のご案内で来たんですよ」
「葬儀代ってかなりかかるじゃないですか」
「そうなのよ。うちなんか金ないからそんなかけられないですよ」
「たぶん冗談で書いているとは思いますけど、そんな方にはうちの制度は最適ですよ」
「あは、」―また笑うー
―ここで、勢いに乗じてセールストーク展開!

「主人と相談してみます」
「わたくし、takと申します」
「えーと名刺・・あっ申し訳ありません。名刺入れ忘れて来たみたいです。
営業マンとして失格ですね」
「いいですよ。これに書いておきますから」
―私胸の名札を手で示す。先方渡したパンフを示すー

「またおじゃまさせて頂きます」
「今度来るときも、玄関で一瞬ためらってピンポンを押しますから」
「あは、」―またまた笑いー
「ありがとうございました。失礼しまーす」

金欠病及び病気療養中につき、押し売り、訪問販売一切お断りします。
玄関の入り口には、こんな木札が掛けてありました。

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托鉢日記ー千早ぶる神代の・・・糸島市千早新田にて

2010-02-28 20:56:39 | 托鉢日記

千早新田の仙歌碑」



久々の日曜日の托鉢に出た。
二丈のすぐ隣に位置する加布里(かふり)と隣り合わせているにもかかわらず、
何故かいままで私とは縁がなかった千早新田である。
加布里から、弁天橋を志摩方面へはいつも車を走らせているというのに。

数日前から千早新田が頭にうかんでいた。
今日は弁天橋の手前から右折して、ついに足を踏み入れたのだった。(そんなたいそうな)

「仙歌碑」がすぐ目に止まった。
“千早振神代の海を田作りて民もゆたかに歌ひ舞里”
日本最初の禅寺、聖福寺の住職、仙和尚が、
天保四年(1833)この地の干拓工事の完成をいわって作った歌だということです。
干拓によりできたこの地名を歌にちなんで「千早新田」と名付けられたと案内板には書いてありました。

神代の昔からの海を田に作り変えて喜ぶ住民が
豊かに歌い舞っているという意味だそうです。
じゃあ、千早ぶるの意味はどういうこと?と思って調べてみると、
枕詞、接頭語であって、その後に「神」という語が続くらしい。
“歌舞里”(歌ひ舞里)は当時の港の地名「加布里」のパロディであることが、
いかにも仙和尚さんらしいユーモアを感じます。と案内板にあります。

さて、へっぱく(むだ話)がすぎました。

「こんにちは、お仕事中にすみません」
庭先で作業をしているおばちゃんに声をかけた。
「手は離せませんよ」
「はいどうぞ、手は休めずに聞いてください」
「今日は私たちの“まごころサポートクラブ”と申しまして、
新しいタイプの会員制度のご案内で来たんですよ」
「うちは農家だからね」
なるほど!!(JA職員?)
「盆栽、すごいですね。これだけの数あるってことは・・・
趣味ですか?出荷してるんですか?」
「趣味が高じてね・・」
「もう二十年になるよ」
「なんでも続けることが大事ですね」
「そうよ」
「私たちも十年過ぎました」
「じゃあだいぶ、お得意さんも増えたでしょ」
「はい。おかげさまで」
「じゃあ五十はすぎたかね」
「はい。過ぎたところです」
だいぶサバ読むことにはなるが話をあわせた。
「おじゃましました」
「がんばりなっせ」

これが托鉢のいいところです。
まあ望めないお客様であってもカンバセーションを楽しめます。

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まごころサポートクラブー聞いちょらんよー

2010-01-21 20:19:19 | 托鉢日記
托鉢の帰り道、携帯が鳴った。
「今どこですか?」女性スタッフのSさん。
「○○様が見えてますよ」という。
「加布里過ぎたとこ、もう着きますよ」

「こんにちは」
ファミリーホールに着くと、
○○様はロビーで待っておられた。

見ると、テーブルの上には、
まごころサポートクラブ”のパンフレットが置かれてあった。
(スタッフが案内してくれていたようだ)
「聞いちょらんよ」
「遠慮しとったとですよ」
「言ってくれればいいとに」
「また、あそびに行くよっておっしゃてたから」
昨年末、○○様を訪問していたが、入会の話までしなかった。

「今日は息子を連れてきたよ」
一度、ホールを見せておきたいとのことだった。
「オジサンが(私のこと)がよく来てくれるから」
「ここで、なんもかんもまかせとけばいいから」
私を息子さんに紹介しながら、○○様はそう言う。
息子さんも私とさほど歳は離れてはいないと思うのだが・・
なぜか、ずっと年上のおじさん(おじいさんではありませんよ)
ずっと年上のおばさん(同じく)にオジサンと呼ばれてしまう。

○○様とは三年程前の托鉢で、事前相談をうけて以来のお付き合いになる。
もちろん今日、申し込みをいただいた。

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羅漢さんの托鉢日記ー2010年 托鉢初めー

2010-01-13 21:35:42 | 托鉢日記

白糸の滝 左側の岩には不動明王の像が祀ってある


だいぶん日が過ぎてしまいましたが、
七日のことでした。

正月気分も切り替え時期だということで、
本年初の托鉢にでかけた。

年会忌を迎えるお客様と、
昨年から、“まごころサポートクラブ”でアタック中のお客様を訪ねた。

二丈吉井、二丈鹿家、(2010年1月1日より糸島市となり、この地名になったわけで・・・
以前は、福岡県糸島郡二丈町大字吉井といっていた)
から二丈深江と車を走らせながらふと横を見ると、
なんと、あのお客様がいるではないか。

急ぎ車を先の空き地にとめ、
「こんにちは。またお願いにきてみました」
いつも忙しそうで、なかなか本題に入れなかった方だった。
ところが今日は、
「上がります?」
「はい!ありがとうございます」
ここは勝負どころ、勢い座敷に上がらせていただいた。

「まだ見てないとよ。車の中においたまま・・」
(今出掛けるとこだからと言うのへ“パンフレット”を渡しといたという状況が前回)
「はい!ここにあります」
すかさず、“まごころサポートクラブ”の本題に切り込む。

・・・・時間は経過して
「ありがとうございました!!」
初托鉢で2010年初契約。

予定では糸島市白糸(以前は、前原市大字白糸)まで午前中に行くつもりだったが、
こう言うのを“うれしい誤算”というのかな。

少し遅い昼ごはんを食べた後、白糸に向かった。
留守でした。
メモを残して、

ここまで来たのだ、“白糸の滝”まで行ってみよう。
と言うことに話は決まり(誰と!)
雪が少し積もった白糸の滝でひとり、マイナスイオンを満喫した。
以上。

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托鉢日記、前原市曽根にて

2009-12-28 22:06:27 | 托鉢日記

曽根より雷山を望む


一週間ほど前、
新規に「まごころサポートクラブ」入会頂いたお客様を二軒、
曽根に訪ねた。

この地は入社間もない頃、
先輩諸氏に手ほどきを受けながら、
托鉢した思い出がある。

その後の曽根は時折、私が“ひとり托鉢”をしている。
私がはじめて、事前相談を受けたのも、曽根の方だった。

「先日からお世話になりました。登録証をお届けに参りました」
「ああ、何度もすみません」
その方は今日も庭先におられた。
縁になる人はほとんどがこんな具合いである。

曽根は南北に二キロほど直線の道路が走り、
その左右に千戸ほどの住宅が建ち並んでいる。
ひとり托鉢ではとうてい廻れない。というわけでポスティングを決め込んだのだが、
何故か、ちょっと話してみようという気が起きて、
「ピンポーン」とやったわけでした。

「そろそろ、考えなくてはいけないかなと思っていたところなんですよ」
話をうかがうと、他にも二社ほど案内がきたという。
「そりゃあ考える時期がきたということだと思いますよ」
チラシでアピールして、“お願いします”
と頭を下げおいとましたのが一回目の訪問だった。

次にお訪ねした日は庭の手入れをしておられたが、
入会を約束していただき、契約する日を指定してくだっさた。

もうひとかたは、入社間もない私に、事前相談をしてくださったその方です。
「入会しますから来てください」ということでした。

小高い曽根から望む雷山はこのところの寒波で冠雪を呈していた。

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「ま・ご・こ・ろサポートクラブ」ー志摩町にてー

2009-11-21 20:15:37 | 托鉢日記
昨日のこと、
志摩町を托鉢した。
住宅街のインターホーンに声をかけながら軽快に歩く。

ピンポーン。
出てきたのは、ウエンツばりの12~3歳位の男の子だった。

「お家の人、誰かいますか?」
そう尋ねると、
奥へ向けて、聞き慣れない言葉で誰かを呼んだ。
(マミーでもないし、ダディーでもなく)

出てこられたのは年配の美形の外人さん。
(たぶん、この子の年かさからすれば、祖母というかグランドマザーだろう)
さて困った。
英語、まるで駄目夫君の私である。

もしかして日本語通じるかもと思い、
「葬儀社です」
グランドマザーさんは首をかしげている。

「アー・・・ヒューネラル?(funeral―葬儀)・・・」
(この言葉だけは知っている)
「funeral?・・・」
(ああ、通じたかも)

でも、まごころってどう言えばいいんだろ?
「アー・・・ま・ご・こ・ろサポートクラブ」
と言ったら、
「オッケー」と返ってきた。
本当にOKかどうかはわからないが、

「よろしくお願いします」と頭を下げて、
パンフを手渡して、おいとました。


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托鉢日記ー秋日和の日曜日ー

2009-10-18 20:58:35 | 托鉢日記
「ただいま帰りました」
「遅くなりました」
五時過ぎた頃社に戻ると

「takは背広を着ると、校長先生のごとあるやないね」と師の声。
「校長不調!」すかさず返すと、
師は相好を崩して大笑い。
夕食をとっていたスタッフも大うけ。

「ダメだったか」師の問いに、
「と言うか、おんしゃれんとですよ」と答える。
「この天気だけに、逆にね」と社長。

「でも、○○様(懇意にしているお客様)には会えました」
「『お母さんの時は、羅漢さんでするとやろって娘がいうんですよ(笑)』
とか言ってました」

スーツを着ると、
「馬子にも衣装」やら、「校長先生」やら、
師から“お褒めの言葉??”をいただく。

校長先生、ギャグのほうだけ好調でした。


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托鉢日記、名言見つけたりⅡー二丈町佐波にてー

2009-10-17 20:55:28 | 托鉢日記

二丈町佐波の養円寺

本日、「まごころサポートクラブ」一件契約あり。
名言一件、見つけたり。

あてにして(勇んで)訪ねるとはずれることがよくある。
逆に、”ひょうたんから駒”ということもある。

よく師がいわれる。
「期待するな」
「期待するから、腹が立つ」
期待するというのは、自分の法律で人をはかることである。
期待しないというのは、無関心ということではない。

一言でいえば、“執われのない心”

“執われのない心”で托鉢しようっと。

もうひとつの「名言みつけたり」はこちらです


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托鉢日記「捨てる神あれば、広~い神在」

2009-10-15 21:06:28 | 托鉢日記
昼食時、
「神在(前原市かみあり)の○○番地はどの辺?」
女性の方のTさんが、地理に明るいTさんに尋ねました。
「わからんよ。神在ったって広いんだから」
さすがのTさんもそう答えました。

そして、午後一本の電話。
「takさんはいらっしゃいますか」
受話器を置いたtakさんの脳裏のうかんだフレーズは、
「捨てる神あれば拾う神あり」

実は「まごころサポートクラブ」入会有力のお客様、事情により持ち越しとなった。
気を取り直し、「捨てる神あればひろ~い神在」などと、“ひとりギャグ”をいいながら托鉢に出た。

今日は、志摩町の師吉(もろよし)の団地をてくてく歩く。
かなりの戸数がある地域で、ほとんどインターホーンでの訪問になる。

玄関を開けてもらえると、ラッキー、
「うちは結構です」の言葉がかえってくることもあるけれど、
「じゃー入れといてください」が多くなってきた。
(足を運ぶにかぎるさあ)

とはいえ、留守のお宅が圧倒的に多い。
その時は留守宅に敬意をひょうし一礼をして、
「入れさせていただきま~す」と言ってポスティングさせていただくことにしている。

チラシもそろそろ無くなりかけてきたところで気分転換。
またもや、直感勝負のtakさん。
前原市のあのお宅がうかんだ。

なんと、居るではないか!
なかなかお会いすることができないでいた方である。
次回、訪問の約束をいただいて辞した。
「捨てる神あれば拾う神あり!」


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