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8/31付けエントリーで感想を書いた映画『アラバマ物語』の原作です。
アラバマ州モンローヴィルの作家ハーパー・リーが発表し、1957年にピュリッツァー賞を受賞した自伝的小説で、作中のスカウトが彼女自身に当たります。
読んでみると、映画はかなり原作に忠実だったことが判りますが、原作では物語の重要なポイントである「差別」の問題が、子供の目を通して、更に鋭く描かれています。
差別は人種間にのみ存在するのではなく、地域の白人の間にも、はっきりと「カースト」があり、たとえば兄妹の伯母さんなどは、カーストの異なる者とは口をきいてもいけないと、彼らに教えます。この人が特別に意地悪だからではなく(寧ろ基本的には「いい人」に属する)、それこそが社会の「秩序」であるという価値観に全く疑いを持っていないからです。
無実の青年を告発した一家も、或る意味ではそういう価値観の犠牲者とも言えます。
更に、その時代にヒットラーの対ユダヤ人政策を強く批判し、兄のジェムが尊敬を寄せていた教師が、黒人たちのことは全く人間扱かいしていないことを知ってしまうというエピソードも出て来ます。
子供の目を通すことで、イデオロギーによる差別批判ではなく、それは人間や社会そのものが持つ愚かさ、欺瞞性として捉えられているようです。
だからこそ、そんな地域社会に於いて、子供たちが偏見を持たないように育てている父アティカスの素晴らしさが際立って感じられます。
さて、映画にも出て来る、夏の間だけ親戚の家に預けられている、変わり者で虚言癖のある少年ディル。この子のモデルこそ、かのトルーマン・カポーティなのだそうです。
そのことを知ったのは、2001年に出版された青山南のエッセイ集『南の話』によってでした。
アメリカ南部の独特な雰囲気と、その風土を背景にした小説や文学作品には惹かれるものがありましたが、更に興味を抱くきっかけを与えてくれたのは、ジョン・ベレントの『真夜中のサヴァナ』(クリント・イーストウッド監督によって映画化もされました)と、この本です。
古くはエドガー・アラン・ポーから、ウィリアム・フォークナー、フラナリー・オコナー、「ムーン・リバー」の作詞者として有名なジョニー・マーサー、そして(それを主題歌とする『ティファニーで朝食を』の原作者でもある)トルーマン・カポーティ──
『アラバマ物語』は、アメリカ南部を舞台に子供たちのミステリアスでダークな冒険を描いた、後世の数々の傑作──マキャモンの『少年時代』や、ランズデールの『ボトムズ』等のプロトタイプとなった、という可能性もあるのではないかと思います。しかし、それもまず、マーク・トウェインという偉大な先達あってのことかも知れません。
作者のハーパー・リーが、以後サリンジャー並の隠遁生活を送る「幻の作家」となってしまったこともあって、あれは実はカポーティの代筆だという説も、かなり流布したようです。
しかし、そもそもカポーティとは文体も違う気がするし、映画の方の主演俳優グレゴリー・ペックとは、映画製作が終わった後も長年家族ぐるみで親しくしていたそうなので、あまり外の世界に出て行くことを望まず、一部の親しい人とつきあっていれば満足だという、それこそ南部の人間らしい女性だったというだけのことかも知れませんね。
翻訳について触れると、この出版社は、昔出した本でもちゃんと版を重ねてくれるのがいいところですが、今となっては訳自体かなり古い感じがするので、新訳を出してほしいとも思います。