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エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XIII-13

2025-01-07 11:33:54 | 地獄の生活
というのも、召使い達は皆ぶしつけに彼をじろじろと眺めていて、彼らの目にあらゆる種類の脅しと、これ以上はないほどの軽蔑が浮かんでいるのを感じないでいるのは不可能だったからだ。彼らは声高に嘲笑を浴びせ、彼を指差していた。五、六回も聖書に由来する力強い言葉が聞こえたが、それらは彼を形容する言葉でしかあり得なかった。
 「ごろつきめが」と彼は怒りで腸が煮えくり返るのを感じながら、頭の中で罵った。「ならず者め!もし俺がその気になったら、どうなるか! ああ、俺みたいな紳士はこんな下賤な奴らと関り合いになるものではないと決められていなかったら、どんだけ杖で打ちのめしてやることか!」
マダム・ダルジュレに知らせに行った召使いが戻ってきて、彼の地団駄踏む思いに終止符が打たれた。
「マダムはお会いになるそうだ」と召使いは言い、無作法にもこう付け加えた。「あ~あ、もし自分が奥様だったら……、ま、仕方ない、こちらへ……」 
ウィルキー氏は召使いの後を追って駈け出した。そして通された部屋からは壁掛けもカーテンも取り外され、家具は既に運び出されていた。その部屋で、マダム・ダルジュレは大きな旅行鞄にリネン類やさまざまな衣類を詰め込んでいる最中だった。哀れな彼女は、死んでもおかしくないような危機を奇跡的に乗り越えていた。しかし無残な打撃を受けたことは確かで、そのことは彼女を一目見るだけで明らかであった。
彼女の外見は一変していて、最初ウィルキー氏は、これが昨夜会ったのと本当に同じ女なのかと自問したほどだった。
今の彼女は老女だった……。五十歳以下には見えないと人は言うであろう。二十年に渡る幻滅と後悔という拷問を受け、涙と眠れぬ夜、そして絶え間ない苦悶が続いたその最後にやって来たのが息子から受けた卑劣な行為だったのだ……。
この黒い服の下に隠れているのがかのリア・ダルジュレだとは誰にも分からなかったであろう。ほんの昨日も彼女は自分のビクトリア(四輪無蓋馬車)のクッションにたおやかに凭れかかり、着飾った姿をみせびらかしながら池の周りを巡っていたというのに。彼女の煌めく金髪を除いては、かつての颯爽たる姿を彷彿とさせるものは何もなかった。毛染めの力を借りて保っているその金髪はまるで彼女の過去を告発する犯罪者の烙印のようだった……。
ウィルキー氏が入って来たとき、彼女は痛々しく立ち上がり、絶望しきった者の抑揚のない声で言った。
 「私から何がお望みなの?」
 ウィルキー氏は、いつものことながら、一番言いたいことがあるときに限って喉が詰まって言葉が出て来ないのだった。
 「ええと、僕が来たのは、その、僕たちのことについて話し合おうと思ったからじゃないですか!……そしたら、いきなり、何なんですか! 引っ越しをするんですか」1.7
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2-XIII-12

2025-01-03 10:21:51 | 地獄の生活
「彼があのような人間だということは幸運だと感謝しよう」と彼はきっぱりと言った。「頭脳と情を持った若者なら、私の書く筋書きをそのまま演じたりはしないだろうから。そしてあの誇り高いマルグリット嬢と彼女の財産を私に譲ったりなどしないだろう……。私が心配なのは、彼が果たしてマダム・ダルジュレに会いに行くだろうか、ということだ。彼の憤慨ぶりを見ただろう」
「ああ、その点なら心配は要りませんよ。安心していてください。彼は行きます。高貴なド・ヴァロルセイ侯爵に行けと命じられたら、どこへなりとも彼は行きますよ」
フェルナン・ド・コラルト氏はウィルキー氏のことならお見通しだった。
ド・ヴァロルセイ侯爵のような貴族から『勇気がない』と思われるのではないかという心配が、彼の躊躇をすべて吹き払い、常軌を逸した無鉄砲な行為さえ辞さないところまで彼を高揚させていた。なんなら、更にもっと先までも……。
彼にとってド・コラルト氏が神の言葉を伝える預言者であるなら、ド・ヴァロルセイ侯爵は『上流階級』の更に一番高いところから世の中を俯瞰している神のごとき存在と言ってもよかった。マダム・ダルジュレ邸への道を元気よく辿りながら、彼は考えていた。
「へん、だ。彼女の屋敷に行けない筈がないじゃないか。俺はなにも彼女に危害を加えたわけじゃなし。彼女だって俺を取って食おうとはしないさ……」
それから彼はこの会見について報告せねばならないことを思い、自分自身を卓越した存在のように見せ、同時に冷静で嘲笑的であらねばならぬ、と心の準備をした。ド・コラルト氏がそのようにするのを何度となく見てきたので……。
「何と言っても、彼には洗練された雰囲気があるよな」 と、ちょっぴり嫉妬を感じながら彼は思っていた。「ああ!洗練されてる。それに何という品格!」
しかし、ダルジュレ邸が見慣れない様相を見せていたので、彼は驚き、理解に苦しむこととなった。門の前に途方もなく大きな引っ越し用の馬車が三台停まっており、はち切れるほどの荷が積まれていたのだ。
屋敷の中庭にも同じような馬車があり、十数人の引っ越し人夫が袖をまくりあげて作業をしている最中であった。
 「えっ、これは!」とウィルキー氏は呟いた。「ちょうど良い時に来たもんだ! これって本当についてる。彼女、逃げ出すつもりなんだ、現金持ち逃げした会計係みたいに」
 彼はすぐに召使いたちが玄関の石段の上に集まって何やら相談をし合っているところに近づいて行き、出来る限り尊大な調子で言った。
 「マダム・ダルジュレは?」
召使いたちはまず驚いた視線を交し合った。この訪問者が誰か、彼らはすぐに分かったのだ。彼らは彼が昨夜ここにやって来たことを知っていて、そのとき起きたおぞましい事件の後で再びのこのこと姿を現すずうずうしさと羞恥心のなさが理解出来なかった。
 「マダムはおられる」と、ようやく一人がとても丁寧とは言えない口調で答えた。「面会なさるかどうか聞いてくる……ここで待て……」
 その召使いはその場を離れ、ウィルキー氏は石段の下で、取りつけ襟の中で首をまっすぐ伸ばし、自慢そうに細い口髭を捻り上げながら待っていた。が、実際は自分がどういう態度を取ればいいか分からず当惑しきっていた。1.3
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