自分の過去はどこかへ消えてしまった。これから自分はどうなるのか? でも私はそれを考えるような精神状態ではありませんでした。馬車の隅っこに身を縮め、私はド・シャルース伯爵をちらちらと盗み見ていました。新しい主人を観察する奴隷のように胸の潰れるような不安を抱きながら。ああ、それが突然、唖然とするようなことが起きたのです。伯爵の顔から仮面が落ちたかのように、表情が変わりました。唇がわななき、目からは優しさが迸るようで彼は叫びながら私を引き寄せたのです。
『ああマルグリット、可愛いお前!ついに見つけた!とうとう!』
この年取った男の人はむせび泣いていました。何も知らなかった私は彼を大理石のように冷たく、感情のない人だと思っていましたのに。彼は私を両腕で抱きかかえ、接吻の雨で私を窒息させそうになりました。私の方は、訳の分からない、今まで経験したこともない、どう名付けていいか分からない感情が湧きあがってくるのを感じていました。でも、私はもう震えてはいませんでした。
私の中で叫ぶ声が聞こえたのです。今や秘密の鎖が断ち切られ、突然ド・シャルース伯爵と私の間に絆が結ばれたのだ、と。その一方で、修道院長から聞いた、この私にとって幸いとなる奇跡、素晴らしい天の配剤、についての話が蘇ってきました。
『それでは、これは偶然ではなかったのですね、伯爵様』と私は尋ねました。『孤児院の他のみんなの中から私を選ばれたのは?』
でも、この質問は彼を困惑させたようでした。
『マルグリットや』と彼は呟くように言いました。『愛しいお前、私は何年もこの偶然のために準備してきたのだよ』と。
一瞬のうちに、孤児院でよく話されている現実離れした物語の数々が私の頭に浮かびました。ああ本当にいろんなことが語られていました。助修女たちが何世代にも亘って次々と伝えてきた捨て子にとっての夢物語です。出生に当たり『父も母も誰か分からない』という悲しむべき公式が、果てなき空想を生み出すもととなり、途方もない幻想に門戸を開けるのです……。
私は伯爵の顔をじっと見つめ、彼の目鼻立ちに私と似たものが、たとえぼんやりとでもありはしないか、と必死に探しました。彼の方では私の食い入るような視線に気づかぬようで、自分自身の思いに耽っている様子でした。やがて彼は呟きました。
『偶然とな……人は偶然を信じるものだ……これまでも信じてきた……。しかし、パリで一番のタバレ親爺やフォルチュナのような捜索の名人をもってしても私が何としても求めていたものを探し出すことは出来なかった……』
私はこの苦しみにこれ以上耐えることが出来ず、恐ろしい胸の動悸を感じながら尋ねました。
『では伯爵、あなたが私のお父様なのですね……』4.13
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