歳を重ねるごとに、夢や希望がもてなくなっている。
小さいころは、お姫様になりたかった。
小学生になると、フライト・アテンダントに憧れた。
中学生では、何故か競馬の騎手になりたかったし、
高校生になる頃には夢というより、
ただ漠然とアメリカに留学したかった。
何にでもなれると信じていたあの頃。
現実は違うんだと、大人から突きつけられたことがある。
高校の進路面談のときの担任からの言葉だ。
その当時の私は文系コース。
英語と国語が得意で、誰にも負けない自信があった。
小さい頃からの夢の一つが「獣医」だったので、
担任に「北海道大学の獣医学部に進みたい」と伝えた。
担任からの第一声は、
「無理だ」
今から考えれば、受験に必要な科目を履修して
いなかったこともあるが、さすがに当時の私には、
「無理だ」の3文字がもたらす影響は大きかった。
その頃からだろうか。
何を考えるにしても、「現実的」かどうかを
考えるようになってしまった。
私には夢も希望もない。ただ毎日を淡々と生きるだけ。
ところが、先日行った写真展で、そんな私の考えを
覆すかのような言葉に出合った。
直訳すると
『すべてのことは誰かの白昼夢から始まる』
「ああなったらいいな」「こんな風になりたいな」と、
空想を膨らますことが夢への第一歩だというのだ。
夢や希望がもてなくなった私も、見つけることができるのか。
このブログでは、失った夢を探しの経過をつづっていきたい。
(11月19日 望月環 記)