5月12日(土)山口徳花(Vc)/ゴウ芽里沙(Pf)
~ドイツ留学帰国記念~
サロン・テッセラ(三軒茶屋)
【曲目】
1. マルティヌー/スロヴァキアの主題による変奏曲
2.ベートーヴェン/ピアノとチェロのためのソナタ第3番 イ長調 Op.69
4.シューマン/幻想小曲集Op.73
5.ブリテン/無伴奏チェロ組曲第3番 Op.87
【アンコール】
ドヴォルザーク/森の静けさ
音楽ネットワーク「えん」で拙作を特集して頂いた去年の演奏会でチェロを受け持ち、素晴らしい演奏をしてくださった山口徳花さんのリサイタルに伺った。会場となった三軒茶屋のサロン・テッセラは、天井の高い、おしゃれで明るくこぢんまりとした空間で、自然に共鳴する音響も素晴らしい。曲目は、ベートーヴェンとシューマンの傑作を、マルティヌーとブリテンという20世紀に活躍した作曲家の名作が挟む興味深いプログラミング。
冒頭のマルティヌーは、チェロ全体が、そして演奏する山口さんの身体まで共鳴しているような豊かな響きが会場の空気を震わせて、一気に聴き手の心を掴んだ。初めて聴く曲だが、どこか懐かしさがあり、また濃厚で熱い魂が伝わってきた。
続いてベートーヴェンの3番のソナタ。山口さんとピアノのゴウさんは、作品の様式美を尊重しつつ真正面から向き合い、しなやかで安定した演奏を生き生きと聴かせた。細部まで丁寧に描く山口さんのチェロからは優しさが感じられた。バッハの「ヨハネ受難曲」のイエス絶命の場面で歌われるアリアからの引用とも言われている第1楽章展開部の下行のモチーフが、心の底に沁み込むように聴こえたのは、山口さんがプログラムの解説で、「表面上は明るく振る舞っていても心は泣いて…」と書いた思いと重なったためかも知れない。優しさのなかにそっと忍ばせた「陰」の深さにゾクッとした。ゴウさんのピアノは音の粒が磨かれて美しく、流麗だけれど流されることなく要所をピシッと押さえ、気高さを湛えた演奏でホレボレした。
後半のシューマンは、柔らかく滑らかな語り口で歌を紡ぎ、気持ちがほどけて溶け込んで行きそうだった。ベートーヴェンとはまた異なる親密さで、ロマンチックな詩を品良く朗読しているよう。それだけでなく、ゴウさんのピアノと共に鮮烈な感情の高ぶりを表現する場面での潔さも爽快だった。
最後のブリテンを演奏する前に、山口さんはMCで、プログラムに載せたトーマス・ハーディーの「生命の前と後」という、人の心に芽生えた醜い感情のむごさを詠んだ詩と、この曲の関連性について話してくれた。その演奏は、例えば辛い戦争体験を本人から直接を聞くようなリアルさがあった。
この組曲には、痛みや、苦しみ、孤独といった悲痛さと、それを慰める優しい旋律とが、時に対話のように交わされる。演奏からは、それらを的確に伝えたうえで、その一段上の高みで全曲を見つめて「定旋律」のように鳴り響く大きな「救い」とか「慰め」の存在を感じずにはいられなかった。MCで山口さんが、終楽章に、作品を献呈したロストロポーヴィチへの思いをロシアの旋律の引用で表し、それをテーマとして全曲が変奏曲のように出来ているという話をしてくれた。後で調べたら、そのテーマに使われている曲は、ロシア正教会で死者のために歌われる「聖徒と共に安息を与えたまえ」という聖歌だと知った。死者を慰めるレクイエムなわけで、全体を支配しているように感じた「救い」や「慰め」は、この聖歌のスピリッツが音楽に、そして演奏に宿っていたためだと知ってトリハダが立った。
もしかするとベートーヴェンのソナタから3番を選んだのは、あの引用があるから?そう考えると、今夜のリサイタルの意味に益々深いものを感じる。その真偽をご本人に確かめてはいないが、このブリテンは、そんなことにまで思いを馳せさせてくれる迫真の演奏だった。
ブログ管理人作曲によるCD
さびしいみすゞ、かなしいみすゞ ~金子みすゞの詩による歌曲集~(MS:小泉詠子/Pf:田中梢)
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【曲目】
1. マルティヌー/スロヴァキアの主題による変奏曲
2.ベートーヴェン/ピアノとチェロのためのソナタ第3番 イ長調 Op.69
4.シューマン/幻想小曲集Op.73
5.ブリテン/無伴奏チェロ組曲第3番 Op.87
【アンコール】
ドヴォルザーク/森の静けさ
音楽ネットワーク「えん」で拙作を特集して頂いた去年の演奏会でチェロを受け持ち、素晴らしい演奏をしてくださった山口徳花さんのリサイタルに伺った。会場となった三軒茶屋のサロン・テッセラは、天井の高い、おしゃれで明るくこぢんまりとした空間で、自然に共鳴する音響も素晴らしい。曲目は、ベートーヴェンとシューマンの傑作を、マルティヌーとブリテンという20世紀に活躍した作曲家の名作が挟む興味深いプログラミング。
冒頭のマルティヌーは、チェロ全体が、そして演奏する山口さんの身体まで共鳴しているような豊かな響きが会場の空気を震わせて、一気に聴き手の心を掴んだ。初めて聴く曲だが、どこか懐かしさがあり、また濃厚で熱い魂が伝わってきた。
続いてベートーヴェンの3番のソナタ。山口さんとピアノのゴウさんは、作品の様式美を尊重しつつ真正面から向き合い、しなやかで安定した演奏を生き生きと聴かせた。細部まで丁寧に描く山口さんのチェロからは優しさが感じられた。バッハの「ヨハネ受難曲」のイエス絶命の場面で歌われるアリアからの引用とも言われている第1楽章展開部の下行のモチーフが、心の底に沁み込むように聴こえたのは、山口さんがプログラムの解説で、「表面上は明るく振る舞っていても心は泣いて…」と書いた思いと重なったためかも知れない。優しさのなかにそっと忍ばせた「陰」の深さにゾクッとした。ゴウさんのピアノは音の粒が磨かれて美しく、流麗だけれど流されることなく要所をピシッと押さえ、気高さを湛えた演奏でホレボレした。
後半のシューマンは、柔らかく滑らかな語り口で歌を紡ぎ、気持ちがほどけて溶け込んで行きそうだった。ベートーヴェンとはまた異なる親密さで、ロマンチックな詩を品良く朗読しているよう。それだけでなく、ゴウさんのピアノと共に鮮烈な感情の高ぶりを表現する場面での潔さも爽快だった。
最後のブリテンを演奏する前に、山口さんはMCで、プログラムに載せたトーマス・ハーディーの「生命の前と後」という、人の心に芽生えた醜い感情のむごさを詠んだ詩と、この曲の関連性について話してくれた。その演奏は、例えば辛い戦争体験を本人から直接を聞くようなリアルさがあった。
この組曲には、痛みや、苦しみ、孤独といった悲痛さと、それを慰める優しい旋律とが、時に対話のように交わされる。演奏からは、それらを的確に伝えたうえで、その一段上の高みで全曲を見つめて「定旋律」のように鳴り響く大きな「救い」とか「慰め」の存在を感じずにはいられなかった。MCで山口さんが、終楽章に、作品を献呈したロストロポーヴィチへの思いをロシアの旋律の引用で表し、それをテーマとして全曲が変奏曲のように出来ているという話をしてくれた。後で調べたら、そのテーマに使われている曲は、ロシア正教会で死者のために歌われる「聖徒と共に安息を与えたまえ」という聖歌だと知った。死者を慰めるレクイエムなわけで、全体を支配しているように感じた「救い」や「慰め」は、この聖歌のスピリッツが音楽に、そして演奏に宿っていたためだと知ってトリハダが立った。
もしかするとベートーヴェンのソナタから3番を選んだのは、あの引用があるから?そう考えると、今夜のリサイタルの意味に益々深いものを感じる。その真偽をご本人に確かめてはいないが、このブリテンは、そんなことにまで思いを馳せさせてくれる迫真の演奏だった。
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