「安部内閣による憲法9条解釈変更の試みをめぐる憲法学的考察」
麻生多聞(鳴門教育大学)
1.集団的自衛権行使解禁に向けた動き
自衛隊による海外での武力行使を禁じ、集団的自衛権行使を認めないとする政府の憲法9条解釈。専守防衛論による正当化。
⇒戦力は違憲だが自衛力は合憲であり、自衛隊は合憲(専守防衛論による正当化)。
日米安保条約も合憲(米軍による日本防衛=専守防衛という正当化)。
⇔アメリカによる戦争を支援するための(純然たる専守防衛論とはいいがたい)9条改憲論
現在の改憲論の目的は、「海外における自衛隊の武力行使を合憲にするという要素」の比重が高い。
2012年12月同僚議員会合での安倍発言:集団的自衛権行使解禁の根拠として「日米同盟強化に資する」、「自衛隊艦とともに航行中の米軍艦が攻撃されて助けなければ日米同盟は終わる」。
→「日本防衛に不可欠」な日米同盟を維持するため、というロジック。
※「米国の要求に基づく集団的自衛権行使解禁」という側面
・日米安保共同宣言(1996年)「地球規模の問題についての日米の協力」を宣言。
・新日米防衛協力指針合意(1997年)
・アーミテージレポート・米国防大学国家戦略研究所特別報告「合衆国と日本-成熟したパートナーシップに向けて」(2000年)「日本が集団的自衛権を禁止していることが、同盟関係の足かせになっている。集団的自衛権を行使できるようにすれば、より緊密で効率的な安全保障協力が可能となる」
・第2次アーミテージレポート(2007年)
・第3次アーミテージレポート(2012年)
=「ジャパン・ハンドラー」(と呼ばれる政治家・官僚・知識人)による日本外交の呪縛
1994年「樋口レポート」(防衛問題懇談会「日本の安全保障と防衛力のあり方‐21世紀へ向けての展望」):日本外交の多極的展開を志向する内容。
→ナイやアーミテージらジャパン・ハンドラーを刺激し、日本が「離米」することへの危機感→中国・北朝鮮の脅威を徹底的に煽り立てつつ日米同盟を再定義した、という見方 。
第一次安部政権時における集団的自衛権の強調
拉致問題が最大の外交問題であり、北朝鮮が日米共通の敵という認識の下、日米で軍事的に北朝鮮に対峙したいという思惑があった。
→ブッシュ政権は秘密裏に北朝鮮と交渉し、テロ支援国家の対象から事実上除外する方針を決定。安部が任期途中で退任したのは、除外方針通告が米国からあった直後のこと。退任理由としては体調不良もあっただろうが、安部は昇りかけた梯子を途中で外された形に。
※「経済界の要求に基づく集団的自衛権行使解禁」という側面
日本経済団体連合会「わが国の日本問題を考える‐これからの日本を展望して」(2005年1月18日)
経済同友会憲法問題調査会「憲法問題調査会意見書 自立した個人、自立した国たるために」(2003年4月21日)
日本商工会議所『憲法問題に関する懇談会報告書‐憲法改正についての意見』(2005年6月16日)
自民党でもタブー視扱いされてきた集団的自衛権行使の見直し。
政府は従来、9条が許容する自衛権行使は日本防衛のための必要最小限度にとどめるべきもので、集団的自衛権はその限度を超え、憲法上許されないとしてきた(例えば、1980年10月14日、鈴木善幸首相)。
ただし、集団的自衛権は実質的には行使済み。
インド洋における海上自衛隊による米軍艦船への給油活動
イラクにおける航空自衛隊による米軍兵士輸送
⇒米国に対する事実上の集団的自衛権行使と考えられる。
東アジア安保環境における情勢変化:北朝鮮によるミサイル発射・核実験、尖閣諸島をめぐる日中対立。中国軍艦による自衛隊護衛艦への射撃用レーダー照射事件。
⇒集団的自衛権行使解禁への追い風に。
「集団的自衛権行使」賛成度:2012年12月総選挙当選議員では賛成79%(2009年は33%)、有権者は45%(同37%)(2013年朝日新聞・東京大学谷口研究室共同調査 )。
「集団的自衛権行使の必要性」を迫った2001年同時多発テロ以降の「対テロ戦争」では、「世界の中の日米同盟」がうたわれ、米軍展開のアフガニスタン、イラク等での自衛隊後方支援要請が求められた。
⇔中国への対応に迫られる現状下では、「集団的自衛権ではなく個別的自衛権による防衛が主要テーマとなる」(防衛相幹部発言:朝日新聞2013年2月9日付)
安倍首相「オバマ大統領との日米首脳会談で集団的自衛権行使を禁ずる憲法解釈の見直しを加速する方針を伝える」方向性を明示(2013年1月13日)。
明文改憲がなくともこれが通れば軍事的対決の道:限定的「低強度」武力衝突のシナリオが可能になる。
法体系の根幹たる憲法の解釈変更には慎重な検討が必要。
日米同盟の重要性や安保環境の変化といった「政治論」のみにより「憲法論」を乗り越えてよいのか?
「自衛隊は憲法違反」という学説によれば集団的自衛権行使が憲法上容認されえないことは明らか。
「「専守防衛」に徹する自衛力であれば合憲」という政府解釈によっても集団的自衛権行使は違憲。
小池清彦・竹岡勝美・箕輪登『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る』(かもがわ出版、2007年)→「専守防衛」論者による「9条護憲」論。「自衛隊海外派遣は違憲」。
「自衛隊の存在そのものが違憲という憲法学における通説」というテクストの意味について。
2.安保法制懇の再始動
2013年2月8日 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)再始動。
→2007年4月に第1次安倍内閣が立ち上げ、2008年6月報告書提出。
⇒自衛隊活動をめぐる4類型(2008年6月報告)
� 公海における米艦防護(集団的自衛権行使により可能)
� 米国に向かう弾道ミサイル迎撃(集団的自衛権行使により可能)
� 国際平和活動での駆けつけ警護(9条により禁止されていない)
� 国際平和活動に参加する他国の後方支援(憲法上の評価を問う「他国の武力行使と一体化」論をやめ、政策的妥当性の問題として決定すべき。武力行使となり得ない補給・輸送・医療などの後方支援では一体化論をやめるべき)
いずれも「自衛のための必要最小限の範囲の実力行使」を越えるという理由により、従来の政府見解では違憲とされてきたもの。
安倍首相は2007年10月に病気により退陣しており、報告書を受領した福田内閣では集団的自衛権行使に消極的な福田首相の姿勢もあり、議論はストップした。
「テロのみならず、国家による脅威も厳しさを増している」ことを背景に、「4類型以外にも脅威の現れ方はあるはず」とし、検討対象の拡大を示唆。(2013年2月8日柳井俊二座長・元外務事務次官)
夏の参院選 後に新たな提言をまとめる。
「集団的自衛権は保有するが行使できない」という政府解釈を詭弁と批判。
「戦後体制を打破するものとしての解釈変更に挑む」→「戦後体制からの脱却」と重なる。
防衛大臣初閣議後臨時会見(2012年12月26日)
→民主党政権下の2010年策定の防衛大綱(「動的防衛力」構想により、防衛予算削減と自衛隊の効率的運用を図るという内容)の見直し ・中期防衛力整備計画(中期防)の廃止のみならず、集団的自衛権行使のため、国家安全保障基本法の制定、そして8月のパネッタ要請に森本防相が合意していた日米防衛協力ガイドライン(1997年以来のもの)改訂に取り組む姿勢を表明。
→「従来の自民党の部会等では、安倍的な外交・安保の方向性(安倍カラー)で党内一致が見られたわけではなかったのに対し、安倍新政権では官邸での菅官房長官による国家安全保障強化担当大臣兼務や、外務省元事務次官の谷内参与就任等、安倍首相主導・官邸主導という方向性が看取される」という記者会見における記者の指摘に対し、「安保政策は防衛相のみならず外務省もあり政府全体で当然進める内容であり、これを内閣主導で進めるもの」と回答。
実際、下記の3課題は、国家安全保障強化担当相を兼務する菅義偉官房長官中心で検討されることになっている。
外交・安保に絡む「安倍カラー」の政策検討に向けた3有識者会議の設置。
� 国家安全保障会議(日本版NSC。安全保障会議に代わる機関として首相官邸主導による外交・安保政策推進態勢強化を図る。第1次安倍内閣時に設置法案国会提出後に安倍退陣により廃案)
� 集団的自衛権行使を禁じた憲法解釈見直しの検討(安保法制懇)
� 政府の歴史認識をめぐる新たな首相談話の検討 (その後、2013年1月31日衆院本会議では、河野談話見直しをめぐる持論封印を表明)
民主党小沢戦略→「国連決議があれば」という縛りをかけたもの。
自民党案(国家安全保障基本法案)→その縛りがない。憲法が他国領土における武力行使も容認していることになってしまう。
NATO加盟の英国は集団的自衛権の行使という名目でアフガニスタン戦争に参加した。日本も同様に参加可能となってしまう。
3.国家安全保障基本法案(概要)
国家安全保障基本法案(概要)→自民党総務会で決定(2012年7月6日に内容発表 )。
自民党国防部会防衛政策検討小委員会による作成。
法案の性質:安保防衛政策を規定する国内法制の上位法という位置づけ(第5条:この法律を実施するため「必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならない」)
具体的な法制上の措置としてこの概要が例示するものとして、安全保障会議設置法改正、自衛隊法改正、集団自衛事態法、国際平和協力法案(既に国会提出済の自衛隊海外派兵恒久法案)等。
概要は安全保障政策の基本方針と国、地方公共団体の責務、国民の責務、安全保障基本計画の作成を規定し、続いて8条以下で自衛隊の保有・任務・集団的自衛権行使の要件・国際平和協力活動、武器輸出入に関する規定をおく。
安保法制懇による「集団的自衛権行使を明記する国家安全保障基本法制定の提言」方針が明らかに(2012年2月8日)。安保法制懇による報告はこの内容を柱とし、前回検討した4類型の拡大も検討するものになる。報告書提出は今夏参院選前とし、選挙後に法案化に着手するとのこと。
→「権利は有するが行使はできない」とする解釈に立ってきた政府が集団的自衛権を行使可能となるために、集団的自衛権行使の法的根拠として位置づけられることになる国家安全保障基本法。
基本法では「自衛権行使」との条文で、「わが国と密接な関係にある他国への武力攻撃」に際し「支援の要請がある」場合の集団的自衛権行使を規定することが想定される。
それに伴い自衛隊法も改正し、集団的自衛権に関する任務規定も必要になる。
第2条「安全保障の目的は、外部からの軍事的または非軍事的手段による直接または間接の侵害その他のあらゆる脅威に対し、防衛、外交、経済その他の諸政策を総合して、これを未然に防止しまたは排除することにより、自由と民主主義を基調とする我が国の独立と平和を守り、国益を確保することにある」
→脅威の明確な特定が見られない。時の政権による「脅威」認定により、いかなる事象も国家安全保障上の脅威となりうる危険性がある。
第3条「国は、教育、科学技術、建設、運輸、通信その他内政上の各分野において、安全保障上必要な配慮を払わなければならない」
→「教育」列挙の重大性。
関連して、2012年6月20日可決成立の原子力規制委員会設置法、宇宙航空研究開発機構設置法改正法にも、「国の安全保障に資する」という目的が付け加えられている。
→諸分野で国家安全保障への配慮を求める動き。国内政策において安全保障という目的が最優先されることになる。
第4条「国民は、国の安全保障施策に協力し、我が国の安全保障の確保に寄与し、もって平和で安定した国際社会の実現に努めるものとする」
→自民党憲法改正草案第12条でも、人権行使につき「責任と義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と規定。
→「公益及び公の秩序」=「国家の安全と社会秩序維持を含む概念」
自民党憲法改正草案99条3項「何人も…国その他公の機関の指示に従わなければならない」
→努力義務ではなく服従義務を規定。安保基本法案4条はこれの先取り。
第6条「政府は、安全保障に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、国の安全保障に関する基本的な計画(「安全保障基本計画」)を定めなければならない」
→従来日本の安全保障防衛政策を規定してきたのは、防衛計画大綱(安全保障政策の体系的記述というよりも、自衛隊装備の整備計画という色彩が強い)。米国のように政府による安全保障基本政策を規定する文書が作成されたことはない。それを作成しようとするもの。
第8条2項「自衛隊は、国際の法規及び確立された国際慣例に則り、厳格な文民統制の下に行動する」
→この法文のみで自衛隊は武力紛争法により認められた軍事行動が可能となる。
第10条「我が国が自衛権を行使する場合には」、「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」という要件が必要であり、「自衛権行使に当たって採った措置を、直ちに国連安保理に報告」する義務を負い、「国連安保理が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を講じたときに終了」するものとされる。
→国連憲章上の集団的自衛権をそのまま行使可能となる規定。第10条は国連憲章上の集団的自衛権を国内法で制限するものではない。
⇒従来の防衛法制は個別的自衛権行使に関する法制度であるため、集団的自衛権行使のためには国内防衛法制の大幅な変更が必要となる。そのため概要は自衛隊法改正を想定。自衛隊法76条に集団的自衛権に基づく出動を規定する76条の2を付加。
第11条「我が国が国連憲章上定められ、又は国連安保理で決議された等の、各種の安全保障措置等に参加する場合には」、「当該安全保障措置等の目的が我が国の防衛、外交、経済その他の諸政策と合致」するものでなければならず、「実施主体との十分な調整、派遣する国及び地域の情勢についての十分な情報収集等を行い、我が国が実施する措置の目的・任務を明確にする」ことを規定。
さらに「本法の下位法として国際平和協力法案(いわゆる一般法)を予定」と明記する。
⇒「国際平和協力法案」は2010年5月、自民党から議員提案された法案であり、自衛隊海外派兵の恒久法。現行のPKO法を廃止し、これに代わる法律となるもの。海外での武力行使を認める内容。
第12条「国は、我が国及び国際社会の平和と安全を確保するとの観点から、防衛に資する産業基盤の保持及び育成につき配慮する」「武器及びその技術等の輸出入は、我が国及び国際社会の平和と安全を確保するとの目的に資するよう行われなければならない」
→2011年12月27日野田内閣による武器輸出三原則包括的緩和決定との関連。
「我が国の安全保障に資する」武器を「我が国と安全保障面で協力関係にある国」と共同開発する場合は輸出を認める、という内容。
「国際紛争等を助長することを回避する」方針は維持する、ともいう。
⇔12条が武器輸出入にかける制約は「我が国及び国際社会の安全を確保」という観点のみ。
武器輸出入につき、ほとんど制約なしにそれを可能とする内容。
法制化されれば閣議決定である武器輸出三原則(緩和決定は藤村官房長官談話)よりも12条が優先することになる。
「日本国内製造のF35部品輸出を容認」
イスラエルも導入予定。→現状での武器輸出三原則に違反する疑い。
「日本がF35開発・製造・修理の拠点になろうとしている」という産経新聞のスクープ記事 。
「F35の配備先として防衛省は航空自衛隊三沢基地を決定」「未完のF35を三沢米軍基地に運び、管理・開発するのではないか」
4.国家安全保障基本法案と憲法9条の関係について
「従来9条が政府に課してきた制約」の全てを除去する機能を果たすもの。
憲法解釈を変える法律としての国家安全保障基本法。「法の下剋上」
⇒「立法改憲」
学説による「自衛隊違憲」論
政府による「専守防衛」=「合憲」論
安部内閣による「集団的自衛権」合憲論
「憲法に反する法案の国会提出」を可能とする議員立法手続。内閣法制局による審査を受けない。自民党は国家安全保障基本法案を議員立法手続で予定。同法案と一緒に、集団自衛事態法、国際平和協力法の制定と自衛隊法改正を予定している。
→衆院・参院法制局による審査は「憲法に反する法案の国会提出」に対する抑止力たりうるか?
2010年5月中谷元元防衛庁長官ら5名の議員による「国際平和協力法案」の衆院提出という「実績」(2012年11月の衆院解散により審議未了で廃案となったが、海外での武力行使が不可避となる自衛隊活動が3項目含まれており、憲法違反が疑われる内容だった)。
イラク戦争に際する陸上自衛隊派遣:9条の規範力により人道復興支援にとどまった。
かような規範力を9条から奪う効果。
「明文改憲の必要性?」
集団的自衛権行使解禁レベルの解釈改憲と明文改憲
5.憲法学における「平和主義」学説の展望
豊下楢彦の議論
「日本が9条さえ守っていれば世界は平和になるといった「一国平和主義」に基づいていた日本の護憲勢力」 (豊下)
→国連決議に基づく多国間による軍事的制裁という新たな事態に対応できない、という批判。
高坂正堯(まさたか)「海洋国家日本の構想」(中央公論社、1965)→「社会党の非武装論が強い一方で、軍事リアリストが軍拡を主張」していた時代にあって、「非武装でも重武装でもなく拒否力(専守防衛)により自立を維持しながら、アメリカとも距離をとり、かつてのイギリス流の外交力によって国際社会に地歩を築くという構想」
→基盤的防衛力構想とかたちを変えて日本の防衛戦略の柱となる。
このような「柔軟な構想」を評価する豊下。「「拒否力」論の可能性」
国際的抑止力:「2010年中国漁船による海上保安庁巡視艇衝突事件では、衝突映像がYouTubeで流され、国際的に大きな反響を喚起し、一種の抑止力として働いた」
「その後のレアアース輸出制限もWTO逸脱として中国は国際社会からの批判に晒された」
→国際的抑止力の存在
「従来の条約や協定を破って単独行動を行えば、大きな国際的リアクションを覚悟しなければならない」
「日本の拒否力と国際的な抑止力を組み合わせることで、9条を原則とした平和諸原則を貫くことは可能」
⇔チベットをめぐる国際的非難にもかかわらず、チベットの抑圧的同化を妥協することなく推進している中国。「チベットでもウイグルでも決して引くことのない中国は、尖閣でも引くことはないだろう」
「中華民族主義的国家としての国家的な存立に中国は本気であるということ」
「大中華主義的国家にふさわしい領海と海洋権益とを本気で主張している」
「21世紀的中国の存立に正面することからしか、新たな関係の構築に向けての模索もなにもない」
麻生多聞(鳴門教育大学)
1.集団的自衛権行使解禁に向けた動き
自衛隊による海外での武力行使を禁じ、集団的自衛権行使を認めないとする政府の憲法9条解釈。専守防衛論による正当化。
⇒戦力は違憲だが自衛力は合憲であり、自衛隊は合憲(専守防衛論による正当化)。
日米安保条約も合憲(米軍による日本防衛=専守防衛という正当化)。
⇔アメリカによる戦争を支援するための(純然たる専守防衛論とはいいがたい)9条改憲論
現在の改憲論の目的は、「海外における自衛隊の武力行使を合憲にするという要素」の比重が高い。
2012年12月同僚議員会合での安倍発言:集団的自衛権行使解禁の根拠として「日米同盟強化に資する」、「自衛隊艦とともに航行中の米軍艦が攻撃されて助けなければ日米同盟は終わる」。
→「日本防衛に不可欠」な日米同盟を維持するため、というロジック。
※「米国の要求に基づく集団的自衛権行使解禁」という側面
・日米安保共同宣言(1996年)「地球規模の問題についての日米の協力」を宣言。
・新日米防衛協力指針合意(1997年)
・アーミテージレポート・米国防大学国家戦略研究所特別報告「合衆国と日本-成熟したパートナーシップに向けて」(2000年)「日本が集団的自衛権を禁止していることが、同盟関係の足かせになっている。集団的自衛権を行使できるようにすれば、より緊密で効率的な安全保障協力が可能となる」
・第2次アーミテージレポート(2007年)
・第3次アーミテージレポート(2012年)
=「ジャパン・ハンドラー」(と呼ばれる政治家・官僚・知識人)による日本外交の呪縛
1994年「樋口レポート」(防衛問題懇談会「日本の安全保障と防衛力のあり方‐21世紀へ向けての展望」):日本外交の多極的展開を志向する内容。
→ナイやアーミテージらジャパン・ハンドラーを刺激し、日本が「離米」することへの危機感→中国・北朝鮮の脅威を徹底的に煽り立てつつ日米同盟を再定義した、という見方 。
第一次安部政権時における集団的自衛権の強調
拉致問題が最大の外交問題であり、北朝鮮が日米共通の敵という認識の下、日米で軍事的に北朝鮮に対峙したいという思惑があった。
→ブッシュ政権は秘密裏に北朝鮮と交渉し、テロ支援国家の対象から事実上除外する方針を決定。安部が任期途中で退任したのは、除外方針通告が米国からあった直後のこと。退任理由としては体調不良もあっただろうが、安部は昇りかけた梯子を途中で外された形に。
※「経済界の要求に基づく集団的自衛権行使解禁」という側面
日本経済団体連合会「わが国の日本問題を考える‐これからの日本を展望して」(2005年1月18日)
経済同友会憲法問題調査会「憲法問題調査会意見書 自立した個人、自立した国たるために」(2003年4月21日)
日本商工会議所『憲法問題に関する懇談会報告書‐憲法改正についての意見』(2005年6月16日)
自民党でもタブー視扱いされてきた集団的自衛権行使の見直し。
政府は従来、9条が許容する自衛権行使は日本防衛のための必要最小限度にとどめるべきもので、集団的自衛権はその限度を超え、憲法上許されないとしてきた(例えば、1980年10月14日、鈴木善幸首相)。
ただし、集団的自衛権は実質的には行使済み。
インド洋における海上自衛隊による米軍艦船への給油活動
イラクにおける航空自衛隊による米軍兵士輸送
⇒米国に対する事実上の集団的自衛権行使と考えられる。
東アジア安保環境における情勢変化:北朝鮮によるミサイル発射・核実験、尖閣諸島をめぐる日中対立。中国軍艦による自衛隊護衛艦への射撃用レーダー照射事件。
⇒集団的自衛権行使解禁への追い風に。
「集団的自衛権行使」賛成度:2012年12月総選挙当選議員では賛成79%(2009年は33%)、有権者は45%(同37%)(2013年朝日新聞・東京大学谷口研究室共同調査 )。
「集団的自衛権行使の必要性」を迫った2001年同時多発テロ以降の「対テロ戦争」では、「世界の中の日米同盟」がうたわれ、米軍展開のアフガニスタン、イラク等での自衛隊後方支援要請が求められた。
⇔中国への対応に迫られる現状下では、「集団的自衛権ではなく個別的自衛権による防衛が主要テーマとなる」(防衛相幹部発言:朝日新聞2013年2月9日付)
安倍首相「オバマ大統領との日米首脳会談で集団的自衛権行使を禁ずる憲法解釈の見直しを加速する方針を伝える」方向性を明示(2013年1月13日)。
明文改憲がなくともこれが通れば軍事的対決の道:限定的「低強度」武力衝突のシナリオが可能になる。
法体系の根幹たる憲法の解釈変更には慎重な検討が必要。
日米同盟の重要性や安保環境の変化といった「政治論」のみにより「憲法論」を乗り越えてよいのか?
「自衛隊は憲法違反」という学説によれば集団的自衛権行使が憲法上容認されえないことは明らか。
「「専守防衛」に徹する自衛力であれば合憲」という政府解釈によっても集団的自衛権行使は違憲。
小池清彦・竹岡勝美・箕輪登『我、自衛隊を愛す 故に、憲法9条を守る』(かもがわ出版、2007年)→「専守防衛」論者による「9条護憲」論。「自衛隊海外派遣は違憲」。
「自衛隊の存在そのものが違憲という憲法学における通説」というテクストの意味について。
2.安保法制懇の再始動
2013年2月8日 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)再始動。
→2007年4月に第1次安倍内閣が立ち上げ、2008年6月報告書提出。
⇒自衛隊活動をめぐる4類型(2008年6月報告)
� 公海における米艦防護(集団的自衛権行使により可能)
� 米国に向かう弾道ミサイル迎撃(集団的自衛権行使により可能)
� 国際平和活動での駆けつけ警護(9条により禁止されていない)
� 国際平和活動に参加する他国の後方支援(憲法上の評価を問う「他国の武力行使と一体化」論をやめ、政策的妥当性の問題として決定すべき。武力行使となり得ない補給・輸送・医療などの後方支援では一体化論をやめるべき)
いずれも「自衛のための必要最小限の範囲の実力行使」を越えるという理由により、従来の政府見解では違憲とされてきたもの。
安倍首相は2007年10月に病気により退陣しており、報告書を受領した福田内閣では集団的自衛権行使に消極的な福田首相の姿勢もあり、議論はストップした。
「テロのみならず、国家による脅威も厳しさを増している」ことを背景に、「4類型以外にも脅威の現れ方はあるはず」とし、検討対象の拡大を示唆。(2013年2月8日柳井俊二座長・元外務事務次官)
夏の参院選 後に新たな提言をまとめる。
「集団的自衛権は保有するが行使できない」という政府解釈を詭弁と批判。
「戦後体制を打破するものとしての解釈変更に挑む」→「戦後体制からの脱却」と重なる。
防衛大臣初閣議後臨時会見(2012年12月26日)
→民主党政権下の2010年策定の防衛大綱(「動的防衛力」構想により、防衛予算削減と自衛隊の効率的運用を図るという内容)の見直し ・中期防衛力整備計画(中期防)の廃止のみならず、集団的自衛権行使のため、国家安全保障基本法の制定、そして8月のパネッタ要請に森本防相が合意していた日米防衛協力ガイドライン(1997年以来のもの)改訂に取り組む姿勢を表明。
→「従来の自民党の部会等では、安倍的な外交・安保の方向性(安倍カラー)で党内一致が見られたわけではなかったのに対し、安倍新政権では官邸での菅官房長官による国家安全保障強化担当大臣兼務や、外務省元事務次官の谷内参与就任等、安倍首相主導・官邸主導という方向性が看取される」という記者会見における記者の指摘に対し、「安保政策は防衛相のみならず外務省もあり政府全体で当然進める内容であり、これを内閣主導で進めるもの」と回答。
実際、下記の3課題は、国家安全保障強化担当相を兼務する菅義偉官房長官中心で検討されることになっている。
外交・安保に絡む「安倍カラー」の政策検討に向けた3有識者会議の設置。
� 国家安全保障会議(日本版NSC。安全保障会議に代わる機関として首相官邸主導による外交・安保政策推進態勢強化を図る。第1次安倍内閣時に設置法案国会提出後に安倍退陣により廃案)
� 集団的自衛権行使を禁じた憲法解釈見直しの検討(安保法制懇)
� 政府の歴史認識をめぐる新たな首相談話の検討 (その後、2013年1月31日衆院本会議では、河野談話見直しをめぐる持論封印を表明)
民主党小沢戦略→「国連決議があれば」という縛りをかけたもの。
自民党案(国家安全保障基本法案)→その縛りがない。憲法が他国領土における武力行使も容認していることになってしまう。
NATO加盟の英国は集団的自衛権の行使という名目でアフガニスタン戦争に参加した。日本も同様に参加可能となってしまう。
3.国家安全保障基本法案(概要)
国家安全保障基本法案(概要)→自民党総務会で決定(2012年7月6日に内容発表 )。
自民党国防部会防衛政策検討小委員会による作成。
法案の性質:安保防衛政策を規定する国内法制の上位法という位置づけ(第5条:この法律を実施するため「必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならない」)
具体的な法制上の措置としてこの概要が例示するものとして、安全保障会議設置法改正、自衛隊法改正、集団自衛事態法、国際平和協力法案(既に国会提出済の自衛隊海外派兵恒久法案)等。
概要は安全保障政策の基本方針と国、地方公共団体の責務、国民の責務、安全保障基本計画の作成を規定し、続いて8条以下で自衛隊の保有・任務・集団的自衛権行使の要件・国際平和協力活動、武器輸出入に関する規定をおく。
安保法制懇による「集団的自衛権行使を明記する国家安全保障基本法制定の提言」方針が明らかに(2012年2月8日)。安保法制懇による報告はこの内容を柱とし、前回検討した4類型の拡大も検討するものになる。報告書提出は今夏参院選前とし、選挙後に法案化に着手するとのこと。
→「権利は有するが行使はできない」とする解釈に立ってきた政府が集団的自衛権を行使可能となるために、集団的自衛権行使の法的根拠として位置づけられることになる国家安全保障基本法。
基本法では「自衛権行使」との条文で、「わが国と密接な関係にある他国への武力攻撃」に際し「支援の要請がある」場合の集団的自衛権行使を規定することが想定される。
それに伴い自衛隊法も改正し、集団的自衛権に関する任務規定も必要になる。
第2条「安全保障の目的は、外部からの軍事的または非軍事的手段による直接または間接の侵害その他のあらゆる脅威に対し、防衛、外交、経済その他の諸政策を総合して、これを未然に防止しまたは排除することにより、自由と民主主義を基調とする我が国の独立と平和を守り、国益を確保することにある」
→脅威の明確な特定が見られない。時の政権による「脅威」認定により、いかなる事象も国家安全保障上の脅威となりうる危険性がある。
第3条「国は、教育、科学技術、建設、運輸、通信その他内政上の各分野において、安全保障上必要な配慮を払わなければならない」
→「教育」列挙の重大性。
関連して、2012年6月20日可決成立の原子力規制委員会設置法、宇宙航空研究開発機構設置法改正法にも、「国の安全保障に資する」という目的が付け加えられている。
→諸分野で国家安全保障への配慮を求める動き。国内政策において安全保障という目的が最優先されることになる。
第4条「国民は、国の安全保障施策に協力し、我が国の安全保障の確保に寄与し、もって平和で安定した国際社会の実現に努めるものとする」
→自民党憲法改正草案第12条でも、人権行使につき「責任と義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と規定。
→「公益及び公の秩序」=「国家の安全と社会秩序維持を含む概念」
自民党憲法改正草案99条3項「何人も…国その他公の機関の指示に従わなければならない」
→努力義務ではなく服従義務を規定。安保基本法案4条はこれの先取り。
第6条「政府は、安全保障に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、国の安全保障に関する基本的な計画(「安全保障基本計画」)を定めなければならない」
→従来日本の安全保障防衛政策を規定してきたのは、防衛計画大綱(安全保障政策の体系的記述というよりも、自衛隊装備の整備計画という色彩が強い)。米国のように政府による安全保障基本政策を規定する文書が作成されたことはない。それを作成しようとするもの。
第8条2項「自衛隊は、国際の法規及び確立された国際慣例に則り、厳格な文民統制の下に行動する」
→この法文のみで自衛隊は武力紛争法により認められた軍事行動が可能となる。
第10条「我が国が自衛権を行使する場合には」、「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」という要件が必要であり、「自衛権行使に当たって採った措置を、直ちに国連安保理に報告」する義務を負い、「国連安保理が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を講じたときに終了」するものとされる。
→国連憲章上の集団的自衛権をそのまま行使可能となる規定。第10条は国連憲章上の集団的自衛権を国内法で制限するものではない。
⇒従来の防衛法制は個別的自衛権行使に関する法制度であるため、集団的自衛権行使のためには国内防衛法制の大幅な変更が必要となる。そのため概要は自衛隊法改正を想定。自衛隊法76条に集団的自衛権に基づく出動を規定する76条の2を付加。
第11条「我が国が国連憲章上定められ、又は国連安保理で決議された等の、各種の安全保障措置等に参加する場合には」、「当該安全保障措置等の目的が我が国の防衛、外交、経済その他の諸政策と合致」するものでなければならず、「実施主体との十分な調整、派遣する国及び地域の情勢についての十分な情報収集等を行い、我が国が実施する措置の目的・任務を明確にする」ことを規定。
さらに「本法の下位法として国際平和協力法案(いわゆる一般法)を予定」と明記する。
⇒「国際平和協力法案」は2010年5月、自民党から議員提案された法案であり、自衛隊海外派兵の恒久法。現行のPKO法を廃止し、これに代わる法律となるもの。海外での武力行使を認める内容。
第12条「国は、我が国及び国際社会の平和と安全を確保するとの観点から、防衛に資する産業基盤の保持及び育成につき配慮する」「武器及びその技術等の輸出入は、我が国及び国際社会の平和と安全を確保するとの目的に資するよう行われなければならない」
→2011年12月27日野田内閣による武器輸出三原則包括的緩和決定との関連。
「我が国の安全保障に資する」武器を「我が国と安全保障面で協力関係にある国」と共同開発する場合は輸出を認める、という内容。
「国際紛争等を助長することを回避する」方針は維持する、ともいう。
⇔12条が武器輸出入にかける制約は「我が国及び国際社会の安全を確保」という観点のみ。
武器輸出入につき、ほとんど制約なしにそれを可能とする内容。
法制化されれば閣議決定である武器輸出三原則(緩和決定は藤村官房長官談話)よりも12条が優先することになる。
「日本国内製造のF35部品輸出を容認」
イスラエルも導入予定。→現状での武器輸出三原則に違反する疑い。
「日本がF35開発・製造・修理の拠点になろうとしている」という産経新聞のスクープ記事 。
「F35の配備先として防衛省は航空自衛隊三沢基地を決定」「未完のF35を三沢米軍基地に運び、管理・開発するのではないか」
4.国家安全保障基本法案と憲法9条の関係について
「従来9条が政府に課してきた制約」の全てを除去する機能を果たすもの。
憲法解釈を変える法律としての国家安全保障基本法。「法の下剋上」
⇒「立法改憲」
学説による「自衛隊違憲」論
政府による「専守防衛」=「合憲」論
安部内閣による「集団的自衛権」合憲論
「憲法に反する法案の国会提出」を可能とする議員立法手続。内閣法制局による審査を受けない。自民党は国家安全保障基本法案を議員立法手続で予定。同法案と一緒に、集団自衛事態法、国際平和協力法の制定と自衛隊法改正を予定している。
→衆院・参院法制局による審査は「憲法に反する法案の国会提出」に対する抑止力たりうるか?
2010年5月中谷元元防衛庁長官ら5名の議員による「国際平和協力法案」の衆院提出という「実績」(2012年11月の衆院解散により審議未了で廃案となったが、海外での武力行使が不可避となる自衛隊活動が3項目含まれており、憲法違反が疑われる内容だった)。
イラク戦争に際する陸上自衛隊派遣:9条の規範力により人道復興支援にとどまった。
かような規範力を9条から奪う効果。
「明文改憲の必要性?」
集団的自衛権行使解禁レベルの解釈改憲と明文改憲
5.憲法学における「平和主義」学説の展望
豊下楢彦の議論
「日本が9条さえ守っていれば世界は平和になるといった「一国平和主義」に基づいていた日本の護憲勢力」 (豊下)
→国連決議に基づく多国間による軍事的制裁という新たな事態に対応できない、という批判。
高坂正堯(まさたか)「海洋国家日本の構想」(中央公論社、1965)→「社会党の非武装論が強い一方で、軍事リアリストが軍拡を主張」していた時代にあって、「非武装でも重武装でもなく拒否力(専守防衛)により自立を維持しながら、アメリカとも距離をとり、かつてのイギリス流の外交力によって国際社会に地歩を築くという構想」
→基盤的防衛力構想とかたちを変えて日本の防衛戦略の柱となる。
このような「柔軟な構想」を評価する豊下。「「拒否力」論の可能性」
国際的抑止力:「2010年中国漁船による海上保安庁巡視艇衝突事件では、衝突映像がYouTubeで流され、国際的に大きな反響を喚起し、一種の抑止力として働いた」
「その後のレアアース輸出制限もWTO逸脱として中国は国際社会からの批判に晒された」
→国際的抑止力の存在
「従来の条約や協定を破って単独行動を行えば、大きな国際的リアクションを覚悟しなければならない」
「日本の拒否力と国際的な抑止力を組み合わせることで、9条を原則とした平和諸原則を貫くことは可能」
⇔チベットをめぐる国際的非難にもかかわらず、チベットの抑圧的同化を妥協することなく推進している中国。「チベットでもウイグルでも決して引くことのない中国は、尖閣でも引くことはないだろう」
「中華民族主義的国家としての国家的な存立に中国は本気であるということ」
「大中華主義的国家にふさわしい領海と海洋権益とを本気で主張している」
「21世紀的中国の存立に正面することからしか、新たな関係の構築に向けての模索もなにもない」