同盟調整メカニズムと連合統合指揮権
240922 平和憲法研究会報告
大内 要三
はじめに:問題意識
1) 4月4日の第6次アーミテージ・ナイ報告と、4月10日の日米首脳会談共同発表で、自
衛隊に統合作戦司令部が創設されることと合わせて、在日米軍司令部の権限強化が行われる
ことが合意された
2) このことをマスコミ報道や論評では、自衛隊が米軍の指揮下に入る懸念が語られたが、
なぜそうなるのかの分析がない
3) またこれらの論評には、有事に自衛隊は米軍の指揮下に入るという、1952年7月23日
の吉田首相・クラーク極東軍司令官による指揮権密約、およびその後の継承について、まっ
たく触れていない
4) 当研究会で私は2015年9月20日に「統幕文書で暴露された『軍軍間の調整所』とは」
と題して、同盟調整メカニズムの創設にいたる経過と、安保法制との関係について報告した
ので、なるべく重複は避ける
1. 第6次アーミテージ・ナイ報告を読む
1) 同報告は2000年、2007年、2012年、2018年、2020年に続くもので、民主・共和両党
相乗りの日本政府に対する要望書であるとともに、猿田佐世によれば「ワシントン拡声器」
の性格を持つ
2) 同報告『日米同盟2024 統合された同盟に向けて』は、①安全保障同盟の前進、②他の
同盟国・同志国との連携、③経済・技術協力の強化、の 3 部構成で、とりわけ①のうち日
米作戦司令部の連携強化が注目された
3) 序論では、米国の凋落と日本への期待が正直に書かれている。「米国の将来のリーダーシ
ップへの疑念がかつてなく深まっている」。これは 11 月の大統領選で「どちらの候補が勝
つにせよ、米国の孤立主義と信頼性への懸念は続くだろう」。そこで「グローバルで地域的
なリーダーシップの負担は、したがって近い将来、東京に重く課されるだろう」。
4) 総論部分では、「ワシントンは日本の新たな進路が過去と根本的に異なっていること、ま
た指揮命令段階を含むより統合された同盟が、速やかな決断を可能にし、両国間の溝を減ら
すことで、抑止に必須の貢献をなしうることを認識しなければならない」
5) ①ではまず、「過去10年間以上にわたる安全保障関係の重要な強化にもかかわらず、同
盟の構造の多くは、米国が戦略的パートナーとしての日本にわずかしか期待していなかった
時代に根付いたままである。過去には、この同盟は軍事的共同の公式のメカニズムがなくと
も効果的でありえたが、今日ではそうではない。より結合された同盟は、その指揮命令構造
の現代化や情報面での協力の深化、日本はより強力なサイバーセキュリティーの実効策を採- 1
用し、その安全保障適格審査制度をさらに強化、拡大することが必要になる」。これは、1997
年第2次ガイドラインで構築された包括的メカニズムと調整メカニズム、2015 年第3次ガ
イドラインで構築された共同計画策定メカニズムと同盟調整メカニズムを、さらに実戦的に
強化する必要を述べている。また後半で安全保障適格審査制度に触れているのは、2020 年
アーミテージ・ナイ報告でファイブ・アイズへの加盟が提案されたにもかかわらず実現しな
いのは、自衛隊の情報防衛への懸念からと示唆している。防衛省が 7 月に主に特定秘密情
報漏洩で218人を処分したのは、米国向けであった
6) 次に統合作戦司令部創設を歓迎する。「日本の新たな統合作戦司令部の2025年3月まで
の創設は、自衛隊の統合作戦を監督するものだが、同盟の指揮構造を現代化する一つの機会
である」。
7) そして在日米軍司令部の権限強化について述べる。「米国はインド太平洋軍司令部に属す
るが、二国間の訓練と作戦を計画し実施するためのより強力なスタッフと権限を持つ常設の
三つ星または四つ星クラスの統合作戦司令部を設置することで在日米軍の指導能力を向上さ
せるべきである。その司令官は、米軍指揮の職責と兼務すべきではない」。三つ星は中将、
四つ星は大将。現在の在日米軍司令官は中将で、第5空軍司令官を兼任している。
8) 「この新たな機構が創設されれば、東京とワシントンは別個の指揮系統を維持しつつも、
軍事作戦のより緊密な調整を支援する常設の結合された二国間の計画と調整の部門を設置す
べきである」。日米の統一指揮権ではなく、今後も指揮権は並列であることを示す。「統合作
戦司令部と在日米軍の作戦司令部は、不測の事態が続く間の切れ目ない調整を確保するため、
共通の場所に置かれるべきである」。自衛隊の統合作戦司令部は市ヶ谷に置かれることにな
っており、在日米軍司令部は横田基地にあるが
2. 岸田・バイデン日米首脳会談共同声明を読む
1) 共同声明『未来のためのグローバル・パートナー』Global Partners for the Futureの正
文は英語、邦文は外務省仮訳。5部構成で、①防衛・安全保障協力の強化 Strengtheningour
Defense and Security Cooperation ②宇宙における新たなフロンティアの開拓 ③イノベ
ーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導 ④グローバルな外交及び開発における連
携 ⑤人と人とのつながりの強化。同盟協力の全面展開で長文。A4で 12 頁の分量は第 1
次ガイドラインとほぼ同じ。ここでは①についてのみ解読する
2) 統合作戦司令部に関しては、「米国は、自衛隊の指揮・統制 command and control を強
化するために自衛隊の統合作戦司令部 JointOperations Command を新設する計画を含む、
防衛力の抜本的強化のために日本が講じている措置を歓迎する」とあるが、在日米軍司令部
の権限強化については明示的言及はない
3)日米の指揮統制の枠組みについては、「我々は、作戦及び能力のシームレスな統合
seamless integration を可能にし、平時及び有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性
及び計画作成の強化 greater interoperability and planning を可能にするため、二国間でそ
れぞれの指揮・統制の枠組みを向上させる bilaterally upgrade our respective command and
control frameworks 意図を表明する」。指揮系統は並列型であり、それぞれに指揮統制の枠
組みを向上させるが、どのように両者を統合させるかは述べていない。「より効果的な日米- 2
同盟の指揮・統制は、喫緊の地域の安全保障上の課題に直面するに当たり、抑止力を強化し、
自由で開かれたインド太平洋を促進していく」。朝鮮有事・台湾有事だけでなく、広くイン
ド太平洋で中国に対抗するため軍事協力する。共同声明のタイトルではさらに広くグローバ
ルだが、これは主に②以降にかかわる。「我々は、日米それぞれの外務・防衛担当省庁に対
し、日米安全保障協議委員会を通じて、この新しい関係を発展させるよう求める」。日米の
統合については日米2+2で協議する。「我々はまた、……情報収集、警戒監視及び偵察活
動における協力並びに同盟の情報共有能力を進化させるという目標を改めて確認する」。
4) ①では以下、同志国との協力、装備の共同開発・生産、拡大抑止、サイバー、気候変動、
普天間移設についても述べている
3. なぜいま指揮権統一が問題となるか
1) 2018 年の第4アーミテージ・ナイ報告では、「日米両国が統合作戦 combined operations
をより重視するようになるにつれ、同盟の既存の指揮系統 command stractures も更新され
るupdeted 必要がある」という。「作戦連携を深めるDeepen Operational Coordination」
の章に「統合任務部隊の設立EStablish a Combined Joint Task Force」の項があり、インド
太平洋軍司令官の負担を軽減するため、「より効果的な共同作戦を行うのであれば、西太平
洋の統合任務部隊を創設すべきto operate more effectively together in a crisis, they should
create a combined joint task force for the western Pacific」「統合任務部隊は、台湾、南シナ
海、東シナ海をめぐる中国との間で起こりうる事態に焦点を当てることができる」と述べて
いた。「統合 combined」は陸海空海兵ウサデンの領域を超えることをいい、「統合任務部隊
joint task force 」は限定された任務を与えられた統合部隊をいう。この場合は西太平洋の防
衛を任務とする統合部隊
2) この統合任務部隊が米軍なのか連合軍(多国籍軍)になる場合もあるのかが微妙だが、「そ
のような統合任務部隊には、米国の重要な同盟国、特に日本を含める必要がある should
include key U.S. allies, particularly Japan ため、米国の同盟国やパートナーとの協調のもと
に開発される必要がある」。include なら日米共同(連合)統合任務部隊を疑わせるが
3) 2020 年の第5アーミテージ・ナイ報告には、自衛隊・米軍がひとつの(連合)統合任務
部隊として構成されるような部隊新設ついての記述はなく、現在進行中の協議でも指揮系統
は並列とされている
4) 日本側の統合作戦司令部創設については、2018年12月18日に国家安全保障会議決定・
閣議決定の「防衛計画の大綱」には「各種の運用協力及び政策調整を一層深化」と、陸海空
自衛隊の連携強化しか書かれていない。しかし2017年 4月25日付『産経新聞』は「陸海
空3自衛隊の運用を常時、一元的に指揮する『統合司令部』創設に向け最終的調整に入る」
「現行の態勢では事態が起きた際、統幕長が部隊運用に専念できない……東日本大震災では
統幕長は半分以上の時間を官邸への報告や米軍との調整に割かれ、部隊運用から目を離さざ
るを得ない局面が多かった」「統合司令官は起きている事態をすべて把握、次に予測される
事態も分析、防衛相の判断を直接仰ぎ、迅速で的確な指揮を可能とする」。2024年4月の新
聞報道とほぼ同じことを、6年前にすでに書いていた
5) 大綱決定に少し先立つ2018年12月7日には、すでに与党ワーキングチームが、統合作- 3
戦室を創設すること、トップは統幕副長とすることで合意していた。しかし 6 年もかかっ
て、統合作戦室から統合司令部へ、統合作戦司令部へと名称変更をしながら、2022 年の安
保政策3文書にあらためて創設が方針化され、2024年 5月10日にいたって防衛省設置法
等改正で法制化された。年度末までに市ヶ谷に 240 人規模で創設される。この遅れは陸海
空自衛隊間のせめぎあいで設置場所が決まらなかったためもあるという
6) 最近になって創設の動きが急になったのは、台湾有事日米共同作戦計画の完成が近づい
たからである。2022年12月24日に共同通信によってスクープされたドラフトは、23年12
月には原案が完成、24年2月のキーン・エッジ共同指揮所演習を経て年内に完成、25年の
キーン・ソード共同実動演習で検証される。共同作戦実施時の日米間の調整システム、指揮
統制の一元化については、詰めておく必要がある
4. 統合運用と日米間の調整
1) 旧軍では陸軍は師団、海軍は艦隊を単位として作戦行動を行い、陸海の統合作戦が常時
行われることはなかった。空軍はなく陸軍航空隊と海軍航空隊は別個に行動した。自衛隊は
2006 年に陸海空幕僚監部とは別に統合幕僚監部を創設した。現在の作戦行動は、米軍にな
らい自衛隊でも統合任務部隊 joint tasc forth として作戦行動を行うことが基本になってい
る。つまり陸海空ウサデンからその作戦行動に適当な部隊を選抜してひとつの統合任務部隊
をつくる。東日本大震災では災統合任務部隊が創設され、陸自から司令官が任命されたが、
これは防衛相の指示をあおいで統合幕僚長が任命した
2) 2023年版(統合作戦司令部創設以前)の『防衛白書』の図を見ると、陸海空の幕僚長は
フォース・プロバイダー、いつでも作戦に使えるよう部隊を整備しておく役割であり、統幕
長はフォース・ユーザー、実際に作戦行動を行う司令官とされている。統幕長が統合任務部
隊の司令官を任命し、司令官は陸海空いずれかの部隊から出る- 4
3) 2024年版『防衛白書』では、統合作戦司令部創設以後の運用体制を下図のように説明し
ている。統合幕僚長と統合作戦司令官の役割分担は明快でない
4) 東日本大震災時の災害出動ではトモダチ作戦Operation Tomodachi が展開された。この
ときには市ヶ谷・横田・仙台に共同調整所 coodination center が置かれたが、原発の状況
に関する日本側の発表がすべて日本語のみであったりの齟齬があった。また統合幕僚長が総
理・防衛相の指示を受けながら部隊を指揮することに無理があった。下図は『しんぶん赤
旗』より
5) 自衛隊に統合作戦司令部は創設されて以後の指揮体制については、下図(『北海道新聞』
より)のように説明されている。戦略・作戦・運用の用語に注意、というのは同盟調整メカ
ニズムの3段階と同調するからである
6) いずれにせよ、統合作戦司令官と強化される在日米軍司令官の権限・機能がいまひとつ
明快でなく、今後の協議によって連携のありかたが決まる。そこでは日米 2 + 2 によるガ
イドライン改定・同盟調整メカニズムの緻密化が必要になると思われた
5. そもそも指揮統制・指揮権移譲とは
1) 等雄一郎らによれば、米軍の規定は以下のとおり。
「指揮(command)、統制(control)、作戦統制(operational control)、戦術統制(tactical
control)は、米統合参謀本部教範では、次のように定義されている
指揮 軍隊の司令官が、その階級や任務によって、下位のものに対して法的に行使できる権
限。指揮には、利用可能な資源を効率的に使用すること、与えられた任務を遂行するために
軍隊の使用を計画すること、軍隊を組織し、指令し、調整し、統制する権限と責任が含まれ
る。
統制 下位のものや他の機関の行動の一部に対して、司令官により行使される権限であり、
全面指揮(full command)より狭い概念。
作戦統制 作戦統制を行う司令官が与えられた任務を遂行するために必要とする範囲におい
て、司令部と部隊を組織し、その部隊を使用するための、全面的な権限をいう。兵站、行政、
規律、内部組織、部隊訓練の分野において指令できる権限は含まれない。
戦術統制 割り当てられた若しくは付属する部隊・司令部、又は任務の遂行に利用可能な軍
事力若しくは部隊に対する指揮権をいう。任務の遂行に必要な作戦領域内の移動・機動に関
する詳細な指示と統制に限定される。」
2)『軍事民論』735 号、740 号に紹介されている自衛隊の『統合用語集」では、統制の定義
が米軍とは異なっている。ただし日米共同作戦の指揮統制は英語で行われる
「指揮:指揮権を与えられた個人が、その権限に基づき、部隊、機関又は個人に対し意志を
表示し、その意志に従わせることをいう。
統制:関係ある個人、部隊等に対し、特定の基準に従わせあるいは特定の行動を行わせる
ための規制を加えることをいう。
作戦統制:特定の指揮官などが、指揮系統にない他の部隊を統制することをいう。」
3) 作戦統制の定義は、米軍では「必要とする範囲において」、自衛隊では「他の部隊」と表
現は違うが、本来は指揮系統にない部隊を統制することができることになっている。この権
限が与えられれば、共同作戦中の米軍司令官は自衛隊部隊を統制できることになる- 6
4) 作戦行動は規模によって、戦略 strategy レベル、作戦 operation レベル、戦術 tactics
レベルの 3 段階(階層)に分けられる。統合任務部隊は戦術レベルで編成され、さらに小
部隊に分けられてそれぞれに指揮権が移譲される。堂下哲郎によれば、下図のようになる
5) 同じく堂下によれば、「多国籍部隊……による統合作戦では、各国の政策や関係法令が異
なるため、各国軍隊は米軍主導の統合部隊に含まずに指揮系統を別にするなど、さまざまな
ケースがあります。」という。
6) また防衛大学校によれば、「連合、統合、統連合作戦における指揮関係は、各国の軍隊・
部隊あるいは軍種がそれぞれに指揮権を持つ対等な協力関係、すなわち協同の場合と、統一
指揮、すなわち一人の指揮官が指揮する場合とがある。作戦実施に際しては、作戦目的・目
標を明確にして各種戦力を集中することが肝要で、各国の軍隊・部隊あるいは軍種が各個に
独自に行動したのでは、作戦目的を効率的に達成することはできない。このためには、統一
指揮が原則で、国家の戦争指導機構から作戦部隊まで、どの段階で一人の指揮官に指揮をと
らせるか、指揮官にどこまで権限を持たせるかが重要な問題となる。」という。「どの段階で」
というあたりが重要であろう。
7) CSIS のホームページに掲載された Christpher B. Johnstone and Jim Schoff の論文は、
次のように書いている。「日本の統合作戦司令部が設立され、カウンターパートとなる米軍
統合司令部が設置されれば、次の段階は、同盟の作戦をリアルタイムで計画・支援できる常
設の二国間統合計画調整所 standing bilateral planning and coordination office を立ち上げ
ることである。現在、そのような体制はない。これは政治的に難しい課題である。特に日本
では、軍隊に対する憲法上の制約が依然強く、米軍と他国の衝突に巻き込まれることへの懸
念が根強い。しかし、日米同盟の指揮統制をより統合すべきであることは間違いない。」「双
方の政治指導者に対する説明責任を維持するため、日米の指揮系統を同じ形にしつつも二国
間で分離する。法的・政治的な理由から、米韓のように真に統合された司令部は実現不可能
かつ不要である。より緊密に統合し、同盟の目的に資する二国間任務を支援することを目指
すべきだが、そのような中でも分離を維持する必要がある。」
8) いま朝鮮有事・台湾有事の共同作戦で重要なのはIAMD(統合防空ミサイル防衛)と海- 7
兵隊の EABO(遠征前進基地作戦)援護であり、とりわけ前者は日米の衛星・レーダー・
早期警戒機・迎撃ミサイル・イージス艦の連携がなければ成立しない。飛来する多数のミサ
イルを同時に迎撃するのは協議・調整しながらできるわけがない。実戦における指揮系統は、
建前上は並列であっても、現実には単一であらざるを得ない
5. 指揮権密約はどのように生きているか
1) 日米安保条約・日米同盟の運用をめぐって、多数の密約が存在する。それらのうち4件
に関しては民主党政権時代に有識者委員会により調査されたが、指揮権密約については調査
対象とならなかった
2) 古関彰一によれば、有事に自衛隊は米軍の指揮下に入るという1952年の吉田・クラーク
指揮権密約は、1954 年 2 月8日の吉田・ハル密約により上書きされた。この間、米国側は
安保条約に自衛隊は米国による統一指揮権下にあることを明記しようとしたが、行政協定24
条の、有事に「直ちに協議」という表現で妥協した。この「協議」機関が、日米安全保障
協議委員会からガイドラインを経て現在の同盟調整メカニズムとなり、平時からの「調整」
機関となっている。指揮権密約は「調整」での優位として生きているが、有事の戦闘指揮権
がどのように発動されるのか明確になっているわけではない
3) 上記は安保条約・地位協定に根拠を持つ密約だが、もうひとつ国連軍地位協定に基づく
指揮権密約がある。旧安保条約と同時に締結され、安保改定時に再確認された吉田・アチソ
ン交換公文は、在日米軍基地に駐留する国連軍を日本は支持し援助することを約束していた。
1954 年 2 月 19 日の国連軍地位協定と上記の指揮権密約を合わせると、これも古関彰一に
よれば、「国連軍七カ国の統一司令部は米軍と通じ、さらに米韓が一体の指揮権を行使する
のであるから、米軍のもとで、英国軍など七カ国と韓国、日本を加えた九カ国は、国連軍の
名のもとに米軍下で単一かつ統一された指揮のもとに入ることになっている」という。この
あたりは末浪靖司、矢部宏治、千々和泰明らの米国側資料に基づく精緻な研究がある。国連
軍地位協定はサンフランシスコ講和条約に基づくものなので、たとえ安保条約が廃棄されて
も朝鮮戦争が終結するまで米軍は日本に駐在を続け、自衛隊は国連軍=米軍の指揮下にある
ことになる。ただしこの場合も、有事の戦闘指揮権は明確でない
4) 1960 年の安保条約6条の実施に関する交換公文にある、いわゆる「事前協議 prior
consultation」は、実際に行われたことはない。1978 年の第 1次ガイドラインは前提条件と
して日本国憲法、非核三原則に先立ち「事前協議に関する諸問題」は「研究・協議の対象と
しない」とされていた。1997年の第2次ガイドラインでは「基本的な前提」として、「1 日
米安全保障条約及びその関連取極に基づく権利及び義務並びに日米同盟関係の基本的な枠組
みは、変更されない」「2 日本のすべての行為は、日本の憲法上の制約の範囲内において、
専守防衛、非核三原則等の日本の基本的な方針に従って行われる」とある。1 の「基本的な
枠組み」には当然、密約も含まれる。また 2 には事前協議についての記述が消えているこ
とから、豊田祐基子は「日本の”主体的”判断の結果が、米国の望む回答と同じだとあらかじ
め決まっているなら、その必要性は消える」と書いている。至言である
5) 日米同盟の運用では、調整 coodination 機関が常設されているので、建前上は両者は対
等である。しかしそこで指揮権密約が持ち出されるまでもなく、長く米軍優位が伝統的習慣- 8
となっていれば、限りなく自衛隊は米軍のいいなりにならざるを得ない
6. 同盟調整メカニズムは存続する
1) 安保条約4条により、随時協議が日米安全保障協議委員会で行われている。この協議機
関が第 2 次ガイドラインで調整メカニズムに、第 3 次ガイドラインで同盟調整メカニズム
に精緻化された。しかし平時から有事まで切れ目のない協議とはいえ、当然ながら日本有事
協議、極東有事協議は行われたことがない。現状が有事の調整機関として使い物になるか、
という点で、指揮統制を限りなく一元化することが、いま求められている
2) 7月28日に行われた日米2+2では、調整機関のバージョンアップ=ガイドライン改定
の準備を始めると発表されると思われたが、肩透かしとなった。共同発表では以下。「日米
は、日米防衛協力のための指針に沿って、既存の同盟調整メカニズム(ACM)が、平時か
ら緊急事態までのすべての段階における自衛隊及び米軍によて実施される活動に関する、二
国間の政策面及び運用面での調整を促進するメカニズムで在り続けることを確保する」
3) 同盟調整メカニズムは2015年の第3次ガイドラインで設置されたものであり、同年の安
保法制と一体のものであった。2022 年の安保政策 3 文書で盾矛関係が変わりガイドライン
改定の動きがあるかと思われたが、それはなかった。2+2共同発表に詳細に合意事項を書
き込むことで、ガイドライン改定を回避したように思われる
4) 現行の同盟調整メカニズムでも作戦レベルでインド太平洋軍司令官と在日米軍司令部の
代表が当事者になっており、このままでも不都合はないのかもしれない。ただし陸海空の部
隊しか書いていないので、統合運用による統合任務部隊の運用はこの図からは分からない。- 9
実戦に当たってさらに詳細な協議・調整が最下位の戦術レベル、軍軍間に任されるとすれば
危険なことになり、その歯止めが明確でない
5)朝鮮有事には事前協議を必要とせず在日米軍が出動する密約がある。しかし台湾有事に
はそれがない。事前協議の申し入れが日米 2 + 2 であれば日本では国家安全保障会議・閣
議決定を経て在日米軍出動を承認し、国会に報告されることになる。当然、重要影響事態で
あり自衛隊は後方支援に当たる。中国は在日米軍基地も自衛隊基地も攻撃する権利を得て、
日本は武力攻撃事態となる。という経過で、同盟調整メカニズムは正常に機能するのか
6) そのようなオーソドックスな戦争の始まり方よりも、偶発的で小規模な武力衝突をどう
収めるかのシステムのほうが現実的であり重要であろう。そのような場合、同盟調整メカニ
ズムは役に立つのか
7) 朝鮮有事対応は日米韓の連携が必要だ。また台湾有事対応には日米台の連携が必要だ。
その枠組みがないなかで日米同盟が対応するのは、韓国・台湾にとって迷惑か。ただし朝鮮
有事に関しては指揮権密約が生きているなら、千々和泰明によれば以下のようになる
8) 即応性のある海兵隊が沖縄に置かれたのは、朝鮮有事・台湾有事への対応のためだった。
自衛隊が沖縄に進駐して以後、極東有事対応は日米同盟の任務となった。日本の軍拡が実戦
の能力を高めた現在、日米同盟の指揮統制システムの緻密化が要請されているが、同盟調整
メカニズムの存続は、密約の不透明性と併せて、軍軍間協議の実態を隠す簔となっているよ
うに思われる
9) なお、米軍の指揮統制システム変革について、AI を活用した JADC2(統合全領域指揮
統制 Joint All-Domain Command and Control)の開発が進んでいるので、機会をあらため
て検討したい
参考文献
岸田・バイデン日米共同声明 (正文は英語、邦文は外務省仮訳) 外務省 HP
Unitcd States- Japan Joint Leadcrs, State:nent:Global Partners for the Futre, Apri1 10,
2024
第 6次 アーミテージ・ナイ報告 CSISの HP
CO-CHAIRS:Richard L.Armitagc.Joscph S.Nye.. The U.S.-Japan Alliancc in 2024,
Toward an integratcd Alliance CSIS, Apri1 4, 2024
第 3次 「日米防衛協力のための指針」(正文は英語、邦文は外務省仮訳) 外務省 HP
Thc Guidelines for Japan-U.S. Defense Cooperation, Aprl 27, 2015
豊田祐基子『「共犯」の同盟史』岩波書店、2009年
末浪靖司『対米従属の正体』高文研、2012年
防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』かや書房、2013年
矢部宏治『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』集英社、2016年
末浪靖司『「日米指揮権密約」の研究』創元社、2017年
堂下哲郎『作戦司令部の意志決定』並木書房、2018年
古関彰一『対米従属の構造」みすず書房、2020年
板山真弓『日米同盟における共同防衛体制の形成』 ミネルヴア書房、2020年
千々和泰明『戦後日本の安全保障』中公新書、2022年
北井邦亮『日米ガイドライン』中央公論新社、2024年
川名晋史『在日米軍基地』中公新書、2024年
千々和泰明『日米同盟の地政学』新潮選書、2024年
等雄一郎他「国連安保理決議に基づく多国籍軍の『指揮権』規定とその実態」『調査と情報』453
号、2004年
山下隆康「研究ノー ト 米軍の指揮統制関係」『防衛研究所紀要』2018年12月
Yohsuke Aoki, ” Enhancing U.S.- Japan Alliance Command and Control Rclationships, CSIS,
July 6, 2023
Chnstophcr B. Johnstone & Jim Schoff, “ A Vital Ncw Step for U.S.-Japan Alliance:
Command and Control Modernization" CSIS, Fcb.1, 2024
小泉大介「米軍指揮下に組み込まれる自衛隊」『前衛』2024年 2月号
軍事問題研究会「米軍が規定する多国間共同作戦での指揮系統 防研内研究より」『軍事民論』
735 号、2024年 4月 30日
吉岡秀之「統合作戦司令部新編で何が変わるのか」『軍事研究』2024年4月号
城野―憲「同盟調整メカニズムと『外国軍隊』」『世界』2024年6月号
金子豊弘「日米同盟深化 危険な実相」『前衛』2024年7月号
福吉昌治「深化する日米同盟指揮統制機能」『軍事研究』2024年 8月号
軍事問題研究会「防衛省部内資料から見た統合作戦司令部の論点」『軍事民論』740 号、2024
年9月1日
240922 平和憲法研究会報告
大内 要三
はじめに:問題意識
1) 4月4日の第6次アーミテージ・ナイ報告と、4月10日の日米首脳会談共同発表で、自
衛隊に統合作戦司令部が創設されることと合わせて、在日米軍司令部の権限強化が行われる
ことが合意された
2) このことをマスコミ報道や論評では、自衛隊が米軍の指揮下に入る懸念が語られたが、
なぜそうなるのかの分析がない
3) またこれらの論評には、有事に自衛隊は米軍の指揮下に入るという、1952年7月23日
の吉田首相・クラーク極東軍司令官による指揮権密約、およびその後の継承について、まっ
たく触れていない
4) 当研究会で私は2015年9月20日に「統幕文書で暴露された『軍軍間の調整所』とは」
と題して、同盟調整メカニズムの創設にいたる経過と、安保法制との関係について報告した
ので、なるべく重複は避ける
1. 第6次アーミテージ・ナイ報告を読む
1) 同報告は2000年、2007年、2012年、2018年、2020年に続くもので、民主・共和両党
相乗りの日本政府に対する要望書であるとともに、猿田佐世によれば「ワシントン拡声器」
の性格を持つ
2) 同報告『日米同盟2024 統合された同盟に向けて』は、①安全保障同盟の前進、②他の
同盟国・同志国との連携、③経済・技術協力の強化、の 3 部構成で、とりわけ①のうち日
米作戦司令部の連携強化が注目された
3) 序論では、米国の凋落と日本への期待が正直に書かれている。「米国の将来のリーダーシ
ップへの疑念がかつてなく深まっている」。これは 11 月の大統領選で「どちらの候補が勝
つにせよ、米国の孤立主義と信頼性への懸念は続くだろう」。そこで「グローバルで地域的
なリーダーシップの負担は、したがって近い将来、東京に重く課されるだろう」。
4) 総論部分では、「ワシントンは日本の新たな進路が過去と根本的に異なっていること、ま
た指揮命令段階を含むより統合された同盟が、速やかな決断を可能にし、両国間の溝を減ら
すことで、抑止に必須の貢献をなしうることを認識しなければならない」
5) ①ではまず、「過去10年間以上にわたる安全保障関係の重要な強化にもかかわらず、同
盟の構造の多くは、米国が戦略的パートナーとしての日本にわずかしか期待していなかった
時代に根付いたままである。過去には、この同盟は軍事的共同の公式のメカニズムがなくと
も効果的でありえたが、今日ではそうではない。より結合された同盟は、その指揮命令構造
の現代化や情報面での協力の深化、日本はより強力なサイバーセキュリティーの実効策を採- 1
用し、その安全保障適格審査制度をさらに強化、拡大することが必要になる」。これは、1997
年第2次ガイドラインで構築された包括的メカニズムと調整メカニズム、2015 年第3次ガ
イドラインで構築された共同計画策定メカニズムと同盟調整メカニズムを、さらに実戦的に
強化する必要を述べている。また後半で安全保障適格審査制度に触れているのは、2020 年
アーミテージ・ナイ報告でファイブ・アイズへの加盟が提案されたにもかかわらず実現しな
いのは、自衛隊の情報防衛への懸念からと示唆している。防衛省が 7 月に主に特定秘密情
報漏洩で218人を処分したのは、米国向けであった
6) 次に統合作戦司令部創設を歓迎する。「日本の新たな統合作戦司令部の2025年3月まで
の創設は、自衛隊の統合作戦を監督するものだが、同盟の指揮構造を現代化する一つの機会
である」。
7) そして在日米軍司令部の権限強化について述べる。「米国はインド太平洋軍司令部に属す
るが、二国間の訓練と作戦を計画し実施するためのより強力なスタッフと権限を持つ常設の
三つ星または四つ星クラスの統合作戦司令部を設置することで在日米軍の指導能力を向上さ
せるべきである。その司令官は、米軍指揮の職責と兼務すべきではない」。三つ星は中将、
四つ星は大将。現在の在日米軍司令官は中将で、第5空軍司令官を兼任している。
8) 「この新たな機構が創設されれば、東京とワシントンは別個の指揮系統を維持しつつも、
軍事作戦のより緊密な調整を支援する常設の結合された二国間の計画と調整の部門を設置す
べきである」。日米の統一指揮権ではなく、今後も指揮権は並列であることを示す。「統合作
戦司令部と在日米軍の作戦司令部は、不測の事態が続く間の切れ目ない調整を確保するため、
共通の場所に置かれるべきである」。自衛隊の統合作戦司令部は市ヶ谷に置かれることにな
っており、在日米軍司令部は横田基地にあるが
2. 岸田・バイデン日米首脳会談共同声明を読む
1) 共同声明『未来のためのグローバル・パートナー』Global Partners for the Futureの正
文は英語、邦文は外務省仮訳。5部構成で、①防衛・安全保障協力の強化 Strengtheningour
Defense and Security Cooperation ②宇宙における新たなフロンティアの開拓 ③イノベ
ーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導 ④グローバルな外交及び開発における連
携 ⑤人と人とのつながりの強化。同盟協力の全面展開で長文。A4で 12 頁の分量は第 1
次ガイドラインとほぼ同じ。ここでは①についてのみ解読する
2) 統合作戦司令部に関しては、「米国は、自衛隊の指揮・統制 command and control を強
化するために自衛隊の統合作戦司令部 JointOperations Command を新設する計画を含む、
防衛力の抜本的強化のために日本が講じている措置を歓迎する」とあるが、在日米軍司令部
の権限強化については明示的言及はない
3)日米の指揮統制の枠組みについては、「我々は、作戦及び能力のシームレスな統合
seamless integration を可能にし、平時及び有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性
及び計画作成の強化 greater interoperability and planning を可能にするため、二国間でそ
れぞれの指揮・統制の枠組みを向上させる bilaterally upgrade our respective command and
control frameworks 意図を表明する」。指揮系統は並列型であり、それぞれに指揮統制の枠
組みを向上させるが、どのように両者を統合させるかは述べていない。「より効果的な日米- 2
同盟の指揮・統制は、喫緊の地域の安全保障上の課題に直面するに当たり、抑止力を強化し、
自由で開かれたインド太平洋を促進していく」。朝鮮有事・台湾有事だけでなく、広くイン
ド太平洋で中国に対抗するため軍事協力する。共同声明のタイトルではさらに広くグローバ
ルだが、これは主に②以降にかかわる。「我々は、日米それぞれの外務・防衛担当省庁に対
し、日米安全保障協議委員会を通じて、この新しい関係を発展させるよう求める」。日米の
統合については日米2+2で協議する。「我々はまた、……情報収集、警戒監視及び偵察活
動における協力並びに同盟の情報共有能力を進化させるという目標を改めて確認する」。
4) ①では以下、同志国との協力、装備の共同開発・生産、拡大抑止、サイバー、気候変動、
普天間移設についても述べている
3. なぜいま指揮権統一が問題となるか
1) 2018 年の第4アーミテージ・ナイ報告では、「日米両国が統合作戦 combined operations
をより重視するようになるにつれ、同盟の既存の指揮系統 command stractures も更新され
るupdeted 必要がある」という。「作戦連携を深めるDeepen Operational Coordination」
の章に「統合任務部隊の設立EStablish a Combined Joint Task Force」の項があり、インド
太平洋軍司令官の負担を軽減するため、「より効果的な共同作戦を行うのであれば、西太平
洋の統合任務部隊を創設すべきto operate more effectively together in a crisis, they should
create a combined joint task force for the western Pacific」「統合任務部隊は、台湾、南シナ
海、東シナ海をめぐる中国との間で起こりうる事態に焦点を当てることができる」と述べて
いた。「統合 combined」は陸海空海兵ウサデンの領域を超えることをいい、「統合任務部隊
joint task force 」は限定された任務を与えられた統合部隊をいう。この場合は西太平洋の防
衛を任務とする統合部隊
2) この統合任務部隊が米軍なのか連合軍(多国籍軍)になる場合もあるのかが微妙だが、「そ
のような統合任務部隊には、米国の重要な同盟国、特に日本を含める必要がある should
include key U.S. allies, particularly Japan ため、米国の同盟国やパートナーとの協調のもと
に開発される必要がある」。include なら日米共同(連合)統合任務部隊を疑わせるが
3) 2020 年の第5アーミテージ・ナイ報告には、自衛隊・米軍がひとつの(連合)統合任務
部隊として構成されるような部隊新設ついての記述はなく、現在進行中の協議でも指揮系統
は並列とされている
4) 日本側の統合作戦司令部創設については、2018年12月18日に国家安全保障会議決定・
閣議決定の「防衛計画の大綱」には「各種の運用協力及び政策調整を一層深化」と、陸海空
自衛隊の連携強化しか書かれていない。しかし2017年 4月25日付『産経新聞』は「陸海
空3自衛隊の運用を常時、一元的に指揮する『統合司令部』創設に向け最終的調整に入る」
「現行の態勢では事態が起きた際、統幕長が部隊運用に専念できない……東日本大震災では
統幕長は半分以上の時間を官邸への報告や米軍との調整に割かれ、部隊運用から目を離さざ
るを得ない局面が多かった」「統合司令官は起きている事態をすべて把握、次に予測される
事態も分析、防衛相の判断を直接仰ぎ、迅速で的確な指揮を可能とする」。2024年4月の新
聞報道とほぼ同じことを、6年前にすでに書いていた
5) 大綱決定に少し先立つ2018年12月7日には、すでに与党ワーキングチームが、統合作- 3
戦室を創設すること、トップは統幕副長とすることで合意していた。しかし 6 年もかかっ
て、統合作戦室から統合司令部へ、統合作戦司令部へと名称変更をしながら、2022 年の安
保政策3文書にあらためて創設が方針化され、2024年 5月10日にいたって防衛省設置法
等改正で法制化された。年度末までに市ヶ谷に 240 人規模で創設される。この遅れは陸海
空自衛隊間のせめぎあいで設置場所が決まらなかったためもあるという
6) 最近になって創設の動きが急になったのは、台湾有事日米共同作戦計画の完成が近づい
たからである。2022年12月24日に共同通信によってスクープされたドラフトは、23年12
月には原案が完成、24年2月のキーン・エッジ共同指揮所演習を経て年内に完成、25年の
キーン・ソード共同実動演習で検証される。共同作戦実施時の日米間の調整システム、指揮
統制の一元化については、詰めておく必要がある
4. 統合運用と日米間の調整
1) 旧軍では陸軍は師団、海軍は艦隊を単位として作戦行動を行い、陸海の統合作戦が常時
行われることはなかった。空軍はなく陸軍航空隊と海軍航空隊は別個に行動した。自衛隊は
2006 年に陸海空幕僚監部とは別に統合幕僚監部を創設した。現在の作戦行動は、米軍にな
らい自衛隊でも統合任務部隊 joint tasc forth として作戦行動を行うことが基本になってい
る。つまり陸海空ウサデンからその作戦行動に適当な部隊を選抜してひとつの統合任務部隊
をつくる。東日本大震災では災統合任務部隊が創設され、陸自から司令官が任命されたが、
これは防衛相の指示をあおいで統合幕僚長が任命した
2) 2023年版(統合作戦司令部創設以前)の『防衛白書』の図を見ると、陸海空の幕僚長は
フォース・プロバイダー、いつでも作戦に使えるよう部隊を整備しておく役割であり、統幕
長はフォース・ユーザー、実際に作戦行動を行う司令官とされている。統幕長が統合任務部
隊の司令官を任命し、司令官は陸海空いずれかの部隊から出る- 4
3) 2024年版『防衛白書』では、統合作戦司令部創設以後の運用体制を下図のように説明し
ている。統合幕僚長と統合作戦司令官の役割分担は明快でない
4) 東日本大震災時の災害出動ではトモダチ作戦Operation Tomodachi が展開された。この
ときには市ヶ谷・横田・仙台に共同調整所 coodination center が置かれたが、原発の状況
に関する日本側の発表がすべて日本語のみであったりの齟齬があった。また統合幕僚長が総
理・防衛相の指示を受けながら部隊を指揮することに無理があった。下図は『しんぶん赤
旗』より
5) 自衛隊に統合作戦司令部は創設されて以後の指揮体制については、下図(『北海道新聞』
より)のように説明されている。戦略・作戦・運用の用語に注意、というのは同盟調整メカ
ニズムの3段階と同調するからである
6) いずれにせよ、統合作戦司令官と強化される在日米軍司令官の権限・機能がいまひとつ
明快でなく、今後の協議によって連携のありかたが決まる。そこでは日米 2 + 2 によるガ
イドライン改定・同盟調整メカニズムの緻密化が必要になると思われた
5. そもそも指揮統制・指揮権移譲とは
1) 等雄一郎らによれば、米軍の規定は以下のとおり。
「指揮(command)、統制(control)、作戦統制(operational control)、戦術統制(tactical
control)は、米統合参謀本部教範では、次のように定義されている
指揮 軍隊の司令官が、その階級や任務によって、下位のものに対して法的に行使できる権
限。指揮には、利用可能な資源を効率的に使用すること、与えられた任務を遂行するために
軍隊の使用を計画すること、軍隊を組織し、指令し、調整し、統制する権限と責任が含まれ
る。
統制 下位のものや他の機関の行動の一部に対して、司令官により行使される権限であり、
全面指揮(full command)より狭い概念。
作戦統制 作戦統制を行う司令官が与えられた任務を遂行するために必要とする範囲におい
て、司令部と部隊を組織し、その部隊を使用するための、全面的な権限をいう。兵站、行政、
規律、内部組織、部隊訓練の分野において指令できる権限は含まれない。
戦術統制 割り当てられた若しくは付属する部隊・司令部、又は任務の遂行に利用可能な軍
事力若しくは部隊に対する指揮権をいう。任務の遂行に必要な作戦領域内の移動・機動に関
する詳細な指示と統制に限定される。」
2)『軍事民論』735 号、740 号に紹介されている自衛隊の『統合用語集」では、統制の定義
が米軍とは異なっている。ただし日米共同作戦の指揮統制は英語で行われる
「指揮:指揮権を与えられた個人が、その権限に基づき、部隊、機関又は個人に対し意志を
表示し、その意志に従わせることをいう。
統制:関係ある個人、部隊等に対し、特定の基準に従わせあるいは特定の行動を行わせる
ための規制を加えることをいう。
作戦統制:特定の指揮官などが、指揮系統にない他の部隊を統制することをいう。」
3) 作戦統制の定義は、米軍では「必要とする範囲において」、自衛隊では「他の部隊」と表
現は違うが、本来は指揮系統にない部隊を統制することができることになっている。この権
限が与えられれば、共同作戦中の米軍司令官は自衛隊部隊を統制できることになる- 6
4) 作戦行動は規模によって、戦略 strategy レベル、作戦 operation レベル、戦術 tactics
レベルの 3 段階(階層)に分けられる。統合任務部隊は戦術レベルで編成され、さらに小
部隊に分けられてそれぞれに指揮権が移譲される。堂下哲郎によれば、下図のようになる
5) 同じく堂下によれば、「多国籍部隊……による統合作戦では、各国の政策や関係法令が異
なるため、各国軍隊は米軍主導の統合部隊に含まずに指揮系統を別にするなど、さまざまな
ケースがあります。」という。
6) また防衛大学校によれば、「連合、統合、統連合作戦における指揮関係は、各国の軍隊・
部隊あるいは軍種がそれぞれに指揮権を持つ対等な協力関係、すなわち協同の場合と、統一
指揮、すなわち一人の指揮官が指揮する場合とがある。作戦実施に際しては、作戦目的・目
標を明確にして各種戦力を集中することが肝要で、各国の軍隊・部隊あるいは軍種が各個に
独自に行動したのでは、作戦目的を効率的に達成することはできない。このためには、統一
指揮が原則で、国家の戦争指導機構から作戦部隊まで、どの段階で一人の指揮官に指揮をと
らせるか、指揮官にどこまで権限を持たせるかが重要な問題となる。」という。「どの段階で」
というあたりが重要であろう。
7) CSIS のホームページに掲載された Christpher B. Johnstone and Jim Schoff の論文は、
次のように書いている。「日本の統合作戦司令部が設立され、カウンターパートとなる米軍
統合司令部が設置されれば、次の段階は、同盟の作戦をリアルタイムで計画・支援できる常
設の二国間統合計画調整所 standing bilateral planning and coordination office を立ち上げ
ることである。現在、そのような体制はない。これは政治的に難しい課題である。特に日本
では、軍隊に対する憲法上の制約が依然強く、米軍と他国の衝突に巻き込まれることへの懸
念が根強い。しかし、日米同盟の指揮統制をより統合すべきであることは間違いない。」「双
方の政治指導者に対する説明責任を維持するため、日米の指揮系統を同じ形にしつつも二国
間で分離する。法的・政治的な理由から、米韓のように真に統合された司令部は実現不可能
かつ不要である。より緊密に統合し、同盟の目的に資する二国間任務を支援することを目指
すべきだが、そのような中でも分離を維持する必要がある。」
8) いま朝鮮有事・台湾有事の共同作戦で重要なのはIAMD(統合防空ミサイル防衛)と海- 7
兵隊の EABO(遠征前進基地作戦)援護であり、とりわけ前者は日米の衛星・レーダー・
早期警戒機・迎撃ミサイル・イージス艦の連携がなければ成立しない。飛来する多数のミサ
イルを同時に迎撃するのは協議・調整しながらできるわけがない。実戦における指揮系統は、
建前上は並列であっても、現実には単一であらざるを得ない
5. 指揮権密約はどのように生きているか
1) 日米安保条約・日米同盟の運用をめぐって、多数の密約が存在する。それらのうち4件
に関しては民主党政権時代に有識者委員会により調査されたが、指揮権密約については調査
対象とならなかった
2) 古関彰一によれば、有事に自衛隊は米軍の指揮下に入るという1952年の吉田・クラーク
指揮権密約は、1954 年 2 月8日の吉田・ハル密約により上書きされた。この間、米国側は
安保条約に自衛隊は米国による統一指揮権下にあることを明記しようとしたが、行政協定24
条の、有事に「直ちに協議」という表現で妥協した。この「協議」機関が、日米安全保障
協議委員会からガイドラインを経て現在の同盟調整メカニズムとなり、平時からの「調整」
機関となっている。指揮権密約は「調整」での優位として生きているが、有事の戦闘指揮権
がどのように発動されるのか明確になっているわけではない
3) 上記は安保条約・地位協定に根拠を持つ密約だが、もうひとつ国連軍地位協定に基づく
指揮権密約がある。旧安保条約と同時に締結され、安保改定時に再確認された吉田・アチソ
ン交換公文は、在日米軍基地に駐留する国連軍を日本は支持し援助することを約束していた。
1954 年 2 月 19 日の国連軍地位協定と上記の指揮権密約を合わせると、これも古関彰一に
よれば、「国連軍七カ国の統一司令部は米軍と通じ、さらに米韓が一体の指揮権を行使する
のであるから、米軍のもとで、英国軍など七カ国と韓国、日本を加えた九カ国は、国連軍の
名のもとに米軍下で単一かつ統一された指揮のもとに入ることになっている」という。この
あたりは末浪靖司、矢部宏治、千々和泰明らの米国側資料に基づく精緻な研究がある。国連
軍地位協定はサンフランシスコ講和条約に基づくものなので、たとえ安保条約が廃棄されて
も朝鮮戦争が終結するまで米軍は日本に駐在を続け、自衛隊は国連軍=米軍の指揮下にある
ことになる。ただしこの場合も、有事の戦闘指揮権は明確でない
4) 1960 年の安保条約6条の実施に関する交換公文にある、いわゆる「事前協議 prior
consultation」は、実際に行われたことはない。1978 年の第 1次ガイドラインは前提条件と
して日本国憲法、非核三原則に先立ち「事前協議に関する諸問題」は「研究・協議の対象と
しない」とされていた。1997年の第2次ガイドラインでは「基本的な前提」として、「1 日
米安全保障条約及びその関連取極に基づく権利及び義務並びに日米同盟関係の基本的な枠組
みは、変更されない」「2 日本のすべての行為は、日本の憲法上の制約の範囲内において、
専守防衛、非核三原則等の日本の基本的な方針に従って行われる」とある。1 の「基本的な
枠組み」には当然、密約も含まれる。また 2 には事前協議についての記述が消えているこ
とから、豊田祐基子は「日本の”主体的”判断の結果が、米国の望む回答と同じだとあらかじ
め決まっているなら、その必要性は消える」と書いている。至言である
5) 日米同盟の運用では、調整 coodination 機関が常設されているので、建前上は両者は対
等である。しかしそこで指揮権密約が持ち出されるまでもなく、長く米軍優位が伝統的習慣- 8
となっていれば、限りなく自衛隊は米軍のいいなりにならざるを得ない
6. 同盟調整メカニズムは存続する
1) 安保条約4条により、随時協議が日米安全保障協議委員会で行われている。この協議機
関が第 2 次ガイドラインで調整メカニズムに、第 3 次ガイドラインで同盟調整メカニズム
に精緻化された。しかし平時から有事まで切れ目のない協議とはいえ、当然ながら日本有事
協議、極東有事協議は行われたことがない。現状が有事の調整機関として使い物になるか、
という点で、指揮統制を限りなく一元化することが、いま求められている
2) 7月28日に行われた日米2+2では、調整機関のバージョンアップ=ガイドライン改定
の準備を始めると発表されると思われたが、肩透かしとなった。共同発表では以下。「日米
は、日米防衛協力のための指針に沿って、既存の同盟調整メカニズム(ACM)が、平時か
ら緊急事態までのすべての段階における自衛隊及び米軍によて実施される活動に関する、二
国間の政策面及び運用面での調整を促進するメカニズムで在り続けることを確保する」
3) 同盟調整メカニズムは2015年の第3次ガイドラインで設置されたものであり、同年の安
保法制と一体のものであった。2022 年の安保政策 3 文書で盾矛関係が変わりガイドライン
改定の動きがあるかと思われたが、それはなかった。2+2共同発表に詳細に合意事項を書
き込むことで、ガイドライン改定を回避したように思われる
4) 現行の同盟調整メカニズムでも作戦レベルでインド太平洋軍司令官と在日米軍司令部の
代表が当事者になっており、このままでも不都合はないのかもしれない。ただし陸海空の部
隊しか書いていないので、統合運用による統合任務部隊の運用はこの図からは分からない。- 9
実戦に当たってさらに詳細な協議・調整が最下位の戦術レベル、軍軍間に任されるとすれば
危険なことになり、その歯止めが明確でない
5)朝鮮有事には事前協議を必要とせず在日米軍が出動する密約がある。しかし台湾有事に
はそれがない。事前協議の申し入れが日米 2 + 2 であれば日本では国家安全保障会議・閣
議決定を経て在日米軍出動を承認し、国会に報告されることになる。当然、重要影響事態で
あり自衛隊は後方支援に当たる。中国は在日米軍基地も自衛隊基地も攻撃する権利を得て、
日本は武力攻撃事態となる。という経過で、同盟調整メカニズムは正常に機能するのか
6) そのようなオーソドックスな戦争の始まり方よりも、偶発的で小規模な武力衝突をどう
収めるかのシステムのほうが現実的であり重要であろう。そのような場合、同盟調整メカニ
ズムは役に立つのか
7) 朝鮮有事対応は日米韓の連携が必要だ。また台湾有事対応には日米台の連携が必要だ。
その枠組みがないなかで日米同盟が対応するのは、韓国・台湾にとって迷惑か。ただし朝鮮
有事に関しては指揮権密約が生きているなら、千々和泰明によれば以下のようになる
8) 即応性のある海兵隊が沖縄に置かれたのは、朝鮮有事・台湾有事への対応のためだった。
自衛隊が沖縄に進駐して以後、極東有事対応は日米同盟の任務となった。日本の軍拡が実戦
の能力を高めた現在、日米同盟の指揮統制システムの緻密化が要請されているが、同盟調整
メカニズムの存続は、密約の不透明性と併せて、軍軍間協議の実態を隠す簔となっているよ
うに思われる
9) なお、米軍の指揮統制システム変革について、AI を活用した JADC2(統合全領域指揮
統制 Joint All-Domain Command and Control)の開発が進んでいるので、機会をあらため
て検討したい
参考文献
岸田・バイデン日米共同声明 (正文は英語、邦文は外務省仮訳) 外務省 HP
Unitcd States- Japan Joint Leadcrs, State:nent:Global Partners for the Futre, Apri1 10,
2024
第 6次 アーミテージ・ナイ報告 CSISの HP
CO-CHAIRS:Richard L.Armitagc.Joscph S.Nye.. The U.S.-Japan Alliancc in 2024,
Toward an integratcd Alliance CSIS, Apri1 4, 2024
第 3次 「日米防衛協力のための指針」(正文は英語、邦文は外務省仮訳) 外務省 HP
Thc Guidelines for Japan-U.S. Defense Cooperation, Aprl 27, 2015
豊田祐基子『「共犯」の同盟史』岩波書店、2009年
末浪靖司『対米従属の正体』高文研、2012年
防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』かや書房、2013年
矢部宏治『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』集英社、2016年
末浪靖司『「日米指揮権密約」の研究』創元社、2017年
堂下哲郎『作戦司令部の意志決定』並木書房、2018年
古関彰一『対米従属の構造」みすず書房、2020年
板山真弓『日米同盟における共同防衛体制の形成』 ミネルヴア書房、2020年
千々和泰明『戦後日本の安全保障』中公新書、2022年
北井邦亮『日米ガイドライン』中央公論新社、2024年
川名晋史『在日米軍基地』中公新書、2024年
千々和泰明『日米同盟の地政学』新潮選書、2024年
等雄一郎他「国連安保理決議に基づく多国籍軍の『指揮権』規定とその実態」『調査と情報』453
号、2004年
山下隆康「研究ノー ト 米軍の指揮統制関係」『防衛研究所紀要』2018年12月
Yohsuke Aoki, ” Enhancing U.S.- Japan Alliance Command and Control Rclationships, CSIS,
July 6, 2023
Chnstophcr B. Johnstone & Jim Schoff, “ A Vital Ncw Step for U.S.-Japan Alliance:
Command and Control Modernization" CSIS, Fcb.1, 2024
小泉大介「米軍指揮下に組み込まれる自衛隊」『前衛』2024年 2月号
軍事問題研究会「米軍が規定する多国間共同作戦での指揮系統 防研内研究より」『軍事民論』
735 号、2024年 4月 30日
吉岡秀之「統合作戦司令部新編で何が変わるのか」『軍事研究』2024年4月号
城野―憲「同盟調整メカニズムと『外国軍隊』」『世界』2024年6月号
金子豊弘「日米同盟深化 危険な実相」『前衛』2024年7月号
福吉昌治「深化する日米同盟指揮統制機能」『軍事研究』2024年 8月号
軍事問題研究会「防衛省部内資料から見た統合作戦司令部の論点」『軍事民論』740 号、2024
年9月1日