平和/憲法研究会

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あたご事件地裁判決をめぐって

2011年06月25日 | 研究会報告
2011.6.25 平和憲法研究会報告レジュメ
あたご事件地裁判決をめぐって                  大内 要三



序・11.5.11横浜地裁不当判決の衝撃

  防衛省もびっくりの無罪判決
  漁船側に事故の責任と認定
  軍事優先の実態を裁かず、事件再発促進へ

1. あたご事件とは

 事件の発生
  08年2月19日4時7分、千葉県野島崎沖約40キロ
  川津港から出た清徳丸(新勝浦漁協)に吉清治夫(58)、哲大(23)親子が乗り組み
  三宅島沖で餌のサバを釣った後、八丈島沖でマグロ延縄漁をする予定
  同日同漁協から8隻、うち金平丸・幸運丸・第十八康栄丸・清徳丸が一団に
  護衛艦「あたご」は舞鶴の第63護衛隊(のち第3護衛隊に組織改編)所属
  07年3月就役、7750トン、165メートル
  ハワイでイージスシステムの認定試験を受け、横須賀に報告に行く途中
  衝突により清徳丸の左舷大破、操舵室とともに吉清親子は行方不明に

 あたご側の問題性
  見張りの不備
  衝突回避をせず
  救難の不備
  通報の遅れ
  証拠隠滅の疑い
  情報隠し
  安全対策なし

 事件の基本的枠組み
  あたごは船舶交通輻輳の海域に艦長仮眠・自動操縦のまま突っ込んできた
  海上衝突予防法15条により、あたごは避航船
    
2. 防衛省艦船事故調中間報告 08.3.21

「衝突前の見張員の配置やCICにおける当直員の配置状況も含め、艦全体として見張りが適切に行 われていなかった」
 「あたごに避航の義務があったが、あたごは適切な避航措置をとっていない。また、衝突直前に あたごがとった措置は、回避措置として十分なものでなかった可能性が高い」
 同時に吉川栄治・海上幕僚長退任、防衛省幹部ら88人に処分

3. 横浜地方海難審判所裁決 09.1.12

 指定海難関係人:舩渡健・艦長、長岩友久・水雷長(当直士官)、後潟桂太郎・航海長(前直士 官)、安宅辰人・船務長(CIC責任者)、第3護衛隊(代表者 同司令)

勧告
  「避航船であるあたごが、保持船である清徳丸に対する動静監視不十分で、その進路を避けな  かったことが主たる原因となって両船が衝突」
  「第3護衛隊が、あたごの乗り組み員の教育訓練にあたり、艦橋と戦闘情報センター間の連絡・  報告体制並びに艦橋 及び戦闘情報センターにおける見張り体制を十分に構築していなかった  ことから、あたごに艦全体としての安全運行を阻害する複合的な要因が存在していた」
  「第3護衛隊に対し、導入した再発防止対策の実効性を検証したうえで、対策の見直しと検証の  過程を繰り返すことにより、艦橋と戦闘情報センター間の連絡・報告体制並に艦橋及び戦闘情  報センターにおける見張り体制をそれぞれ構築し、所属艦船の安全運行を確保するよう勧告す  る。」
  自衛隊組織への勧告は初 2審なしに裁決確定

 裁決
  舩渡、後潟、安宅の行為は「本件と相当な因果関係があるとは認められない」
  長岩が「清徳丸に対する動静監視を十分に行わず、右転するなどして同船の進路を避けなかっ  たことは、本件発生の原因となる」
  「第3護衛隊が、あたごの乗組員の教育訓練にあたり、艦橋とCIC間に緊密な連絡・報告制並び  に艦橋及びCICにおける見張り体制を十分に構築していなかったこと  ……本件発生の原因と  なる」
  「自動操舵により航行していたこと、及び艦橋の両舷ウイングに配置していた左右の見張り員  を艦橋内に入れていたことは、……本件発生の原因とならない」
  「個人の指定海難関係人には勧告しないが、護衛隊組織全体に対して勧告するのが相当であ   る」
  「一方、清徳丸が、警告信号を行わなかったこと、衝突を避けるための協力動作をとらなかっ  たことは、いずれも本件発生の原因となる」
  
4. 防衛省事故調最終報告 09.5.22

「第2当直士官の見張り指揮、見張り、行船上の判断・処置及び艦内における指揮は不適切であ  り、事故の直接的要因と考えられる」
  「艦長の運行に関する指揮は不十分であり、事故の間接的要因と考えられる」
  「隊司令のあたごに対する訓練管理及び安全教育に関する指揮監督は不十分であり、事故の間  接的要因と考えられる」
  舩渡、長岩に停職30日 停職・減給・戒告・注意・口頭注意を含め計38人に処分

5. 法廷での争い 10.8.23~

 裁判の枠組み
  裁判長:秋山敬、右陪席:林寛子、左陪席:海瀬弘章
  被告:長岩・後潟の2名
   海難審判で事故原因と関係なしとされた前直士官の引継ぎを問題にした
   艦長、上部組織責任者は告訴の対象とせず
  弁護人:峰隆男ほか4名
  主任検事:今村智仁
  起訴状「後潟被告は接近中の漁船の動きを正確に引き継ぐ注意義務を怠り、停止操業中と誤っ  た申し送りをした。長岩被告は誤りに気付いた後も衝突を防ぐ注意義務を怠り漫然と航行を続  けた。2人の過失により漁船に衝突し沈没させたことは、業務上往来危険罪にあたる。また沈没  した清徳丸の吉清治夫さん、吉清哲大さんを死亡させたことは、業務上過失致死罪にあたる」
  被告側の主張:検察の不当な捜査による冤罪事件(情状酌量でなく無罪主張はすでに処分を行  った防衛省への反逆)
   清徳丸が直前に右転しなければ衝突しなかった(証拠として宮田航跡図・舩渡存在圏図を提  出)

 争点1:見張りとその引継ぎの不備
  右舷前直者証言「水平線付近に3つの白灯を見、近づいていると認識したが、交代時に引き継ぎ  をしなかった」
  右舷当直者証言「3漁船と思われる白灯・赤灯を見たが、すでに前任者が報告済みと思い、当直  士官に報告しなかった」
  艦橋見張信号員証言「前方に漁船を確認、方位が落ちているように見えたのでそう当直士官に  伝えた。目視のみ」
  CIC船務課員証言「海面反射と小型船は区別できない。危険な目標は発見しなかった」
  CICレーダー監視員証言(それまでに確認されていない目標が近くにあることを知って)「あれっ  と思った」「なんでこんなところに目標船がいるのかと疑問を感じた」
CICレーダー監視員証言「夜間訓練のためCICに誰もいなかった時がある」
  後潟証言「衝突と聞いて、どこから来たのかと思った」
  長岩証言(漁船群を視認した時は艦長に報告しなければならないとされている航行指針は)   「参考程度。漁船が密集する間を縫って進むか、全体を迂回するかの判断を求められる時とは  違う」

 争点2:清徳丸の航跡
  清徳丸のGPS記録が失われたため、僚船の証言による再現しかあり得ないが
   検察側の航跡図の根拠になった証言を証言者自身が法廷で否定
  被告側の提出した航跡図では清徳丸は24ノットの速力、2回右転したことになるが
   漁船に24ノットを出す能力はない(のち被告側は20ノットに修正)
   漁船が大型船に向かってわざわざ近寄っていく必然性がない
   避けるべき相手が避けなかったためパニックに陥って右往左往した可能性はある
  海上保安庁・小石保安官の取調記録の廃棄(犯罪捜査規範違反)も明らかに

 あたごが直進してきたこと、衝突地点の位置に関しては争いはない

6. 不当判決を分析する(公表された判決要旨による)

 判決 両被告は無罪 11.5.11

 争点2について
  「検察官が主張する航跡は特定方法に問題があり、または証拠の評価を誤ったもの」
  「弁護人は……航跡の特定方法や前提とする事実に誤りがあり、信用できない」
  「清徳丸は午前4時4分ごろに右転しなければ、艦尾500メートル以上のところを通過する針路にあっ  た。また、同5分40秒過ぎに右転しなければ、艦尾200メートル以上のところを通過する針路だった  にもかかわらず、大幅に右転して船首をあたごの艦首方向に向けたため、衝突する危険のある  針路となった。衝突の30秒前からはあたごの汽笛や探照灯などにより、危険な位置関係と知り  得る状況にあったし、衝突を回避できた。しかし、清徳丸は一切の回避行為をとらず、衝突し  た」

 争点1について
  「長岩被告は後潟被告から引き継ぎを受けた後、不完全な情報しか表示されていないレーダー  画面をうのみにし、自らの目で注視せず、清徳丸の動静を把握していなかった。後潟被告はレ  ーダーと視認した状況を解釈した結果、漁船の動静についての判断を誤り、誤った申し送りを  した。しかし、基礎内容はあたごが回避義務を負っていたことを前提としているが、あたご側  に回避義務があったと認めることはできず、この結果、両被告にも注意義務は生じていない。  よって、両被告については犯罪の証明がない。」

 考察
  地裁は検察側・弁護側の主張する清徳丸の航跡をどちらも採用せず、独自に航跡を認定して清  徳丸が衝突の原因を作ったと判断した。その根拠として、僚船乗組員・自衛官の証言のうち誰  のどの部分を採用したかは、判決文が読み上げられただけで公表されていないため詳細不明だ  が、弁護側の主張が大幅に取り入れられている
  ・あたごが海上交通の輻輳する海域で、自動操縦のまま漁船群に突っ込んできたこと
  ・艦長・当直士官・乗組員に民間船の安全を守る意識が皆無であったこと
  ・あたごは海上衝突予防法違反であること が明らかであるにもかかわらず
  検察官の杜撰な取調+裁判官の狭量な判断による、常識の通用しない異常な判決
  =いわゆる「専門バカ」が支える司法制度の歪みの極致
  結果として「軍事優先の海」の擁護となった
 
7. 控訴審対策

 防衛省は判決確定を待たずに2自衛官を復職させる人事を発令(5.25)
 横浜地検は東京高裁に控訴(5.25)

 刑事訴訟法316条の33 による被害者参加の可能性を追求中
  これにより裁判記録・証拠の開示を請求できる
  遺族の代理人として弁護士を立てたい
 海に働く人々との共同で、集会・出版等により世論に訴えることを準備中
 しかし継続的に取り組んできたのは平権懇と千葉県平和委員会のみ