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近江湖西会家族会へようこそ!

精神障がい者の家族と支援者の集まりです。

ホームページができました

2020-10-01 09:12:29 | いろんな想い
この度、近江湖西会のホームページができました。
oumikoseikai.jpで見てください。
ホームページがあると多くの人に見ていただけて、
家族会もますます発展するでしょう。
家族や当事者が生きやすい世の中に
少しでも早くなることを願っています。

1年が経ちました

2019-10-31 09:26:33 | いろんな想い

このブログが書かれなくなって1年たちました。

ブログには書かれなくとも家族会は順調に活動をつづけています。

当事者の人たちもいい方へ向かっている人もあれば

停滞している人もいます。

お一人は前よりも状態が悪くなり、会合に出席する事さえも困難で、

欠席が続いています。

ですがそういう仲間を何とか手伝いたいとみんなが思っています。

そういうことが家族会が活動することの意義なのではないでしょうか。



そのほかにも、精神福祉の経歴も経験も深い専門家が

いよいよこの家族会をもっとよくするために動いてくださっていて、

会員のみんなと一緒に先日も話し合いの為に役所に行ったということを

家族会の一人から聞きました。

障がいの者たちやその家族が安心して集え、そこで過ごす時間ができるのは

どれほど生きていくのに重要なことか知れません。

家族会の全員というのところまで行かないにしても

何人かでも行政と相談し、施設を起こすのは素晴らしいことです。


いま、その中心として働いてくれる専門家の参加も実現し

その方を支える何人かの家族もでき、

精神の障害を持つ人たちが住みやすい街になろうとしています。

もちろんまだ先のことでしょうけれども

少しずつ進めていけばきっとそれは叶うはずです。



障がいのあるものが住みやすいわが街になることで

世の中が少しでも良くなるのではないでしょうか。

障がい者が住みにくい街は決していい街とは言えません。

そう遠くない時期にこの専門家の活躍をみんなで支えて

いい施設ができ、みんなが少しでも明るい気持ちになれるよう

心より祈っています。








「私達の反乱軍アンケート」

2018-09-14 22:03:40 | いろんな想い

「明るみに出ていない事」のその2とその3を書かれる前に

「私達の反乱軍アンケート」という題名で書かれています。

これは今月開かれる集会の案内文です。

この案内書という文面には、今までのものには、私が感じることですが、

おおむね諭しや憤りという雰囲気があります。

ですが今月のこれには、何かちょっとおどけた感じが出ていて

援助の立場の人たちに対して、軽くいなしている、

または明るく諦めている、そういう印象を受けるのです。

ピントのずれた感想かもしれません。まあ読んでみてください。



まず、「私達の反乱軍アンケート」の題名の後に

~皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?~

と書かれています。反乱軍アンケート、だけでもドキッとする上に

本心ではどんな思いをしているか?と聞かれるとちょっと心臓に来ませんか?

その下の行にはけれどもカッコ付きで

(私たちが社会からかけ離れすぎているといった疑問や偏見)とあります。

とてもまじめな論点で、これでかなりほっとします。



本当はこんな御託を並べないで、

全文をあっさりここに書き写すのが一番いいことなのですが…



次の行から始まる本文はまたかなり強烈です。

これを書いておられる方はたいていの場合長文です。

それはまるでトーマス・マンのようで、マンの愛読者である私には

うれしく読ませてもらう瞬間です。

本文の最初の1文は170字ほどあります。すごいです。

そしてその内容というのが、

模範的なアドバイスや助言などの指導をいただいても、それが

善意ではあっても「案の定、適合せず」何の参考にも励ましにもケアにもならない、

とバッサリ切っておられるものです。

この1文の最後には「皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?」

と結んであります。



この「皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?」というのが7か所あり、

これが、だからアンケートになっているのですね。

二つ目の「皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?」

の前文は、皆さんが万が一精神疾患に侵されても、今まで通りの日常を送る自信をお持ちか

という疑問や偏見に対して、「皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?」いうものです。

三つ目は、(ここは全文を書き写します)

私たちの心の、異なった摩訶不思議な世界に、どうかして陥って、同じ体験をしてくださってから

的確な助言を頂戴したいという、無駄なお願いをしている疑問や偏見に、

皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?


というものです。「無駄なお願い」というところがすごいです。

四つ目は、「誰もあなたのこと障がい者扱いみたいな風には思ってないよ」

という上から目線な言われ方に対する疑問や偏見に、


「皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?」というものです。

次の五つ目から七つ目まではどんどん鋭くなっていきます。

そのまま書き写します。

五つ目、社会と合口が悪く、掛け離れ過ぎていて、適業が見つからず世間から

私たちが漫然としているような誤解だけがあるといったような疑問や偏見に

皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?


六つ目、精神患者の立場だけに限って、急にガラッと変えられないような、

度の過ぎる優越感で、私たちが下等人間視されるといった、疑問や偏見に

皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?


七つ目、社会に対して、私たちが啓発的な、活動に時間を費やしているといった、疑問や偏見に

皆さんどんな思いをされているのが本心ですか?



この七つのアンケートに答えられる人がいるでしょうか。

本心を語れる人がいるでしょうか。

答えられない人に対して、その代わりに著者は次のようなことを

書いてくれています。



精神疾患のことをどんなに神経を研ぎ澄まして

考えて感じようと試みてもほんの数百分のひとかけらすら

分かってあげられないという答えに行きつく人たちのことを私達は責めません

むしろこの上ないハートフルな型だと私達は敬意を払います



人は皆、この今月の案内書を、いえ、啓発書を

いつも読むのがいいと思います。








「明るみに出ていない事」その1

2018-08-31 15:40:10 | いろんな想い

「集い」の案内書に書いてくださる800字前後の文章を

いつもドキドキしながら読んでいます。

これを読むとなぜドキドキするのかというと

論点が鋭く、障がいを持たない一般人に対して

厳しい啓蒙となっているからです。

この文章をご本人は案内書と称されていますが、

論文というと学術書のようですし、文書というとお役所のようです。

ですからこの文章の数々を私は「啓蒙書」と呼ぶことにしています。



今回ここに紹介するのは3枚に分けて書かれた

つまり2400字にもなる、原稿用紙で言えば6枚の

まさに論文と言えるものではないでしょうか。

「その答えを知る前に…明るみに出ていない事」の1~3

というのが今回の題名です。



「明るみに出ていない事」ってなんでしょうか。

ここでこのシリーズ1を読んでいくとわかってきます。

私の解釈によれば心の病に関してまだ明るみに出ていない

問題や理屈が大事なことだ
、と著者は言っているのです。

心の病になれば症状などを見てまず病名が決まります。

それから薬が処方されます。それも必要なことでしょう。

ですがそれで簡単に治るものではありません。

回復にためには遊ばなければなりません。

著者は「遊ぶ」ということがを使っていますが

遊んでいると実感できることは人によって異なります。

いろんな遊び方があります。

どんな風に遊んだにせよ、病人が調子よくしている様子を見て

心の病に疎い方が遊んでサボっているのかとか、治ったのかと誤解されます。

(太字の部分は著者の言葉です)



精神疾患の病人にとって大事な第一のことは

治療を施されることよりも世間の人が病気について理解する事なのです。

この啓蒙書の前半には、そのことが述べてあります。

心のケアを一生懸命努力している最中に、思い違いや否定をされ、

追い打ちをかけるような言動を周りから浴びせられると

今まで努力してケアしたことが、私たちにとっては、

それが粉砕されるどころでは済まされないのです。」


ここを読むと心ある一般人は自分もそのようなことをしてきたと

反省させられるでしょう。

「重傷どころじゃすまされないのです。目に見えない悲痛この上ない大事件です。

振り出しどころか、マイナスからまた心のケアのやり直しで、

社会との不快で悩ましい誤答の仕合と、繰り言が続きます。」




こういうことを病人自身が書いたことが今までにあったでしょうか。

なかったと思います。

いかに努力すれば精神疾患はよくなるか、ということを

病人だった人が書いたものはよく目にします。

けれども今現在病気と付き合いながら、こういった告発を

書いて世間に訴えるものは多分ありません。



ですからこれらの文章を読むとギクッとして

自分のことを言われたような気持ちになるのは

決して私だけではないのではないでしょうか。

しかし著者は決して世間の人たちを誹謗しているのではありません。

こういうことを解かってほしい願いを込めながらも

「先決なのは、どこまでも深く自分の疾患を追求し、理解し、洞察することを

惜しまない事です。地に足を付けた、ゆとりが沸き立つような、

なんといっても自分にとって大規模なスケールの広い、

自分らしく伸び伸びできる安心に繋がる生活を見出すしかありません。」


と、前向きな考えを示しています。

そして最後にこう結んであります。

「私たちが世間となぜ両想いになれないのか?多くの人に深く悟ってほしい。

長い理屈っぽい見えない事件たちと向かい合いながら、

そして遊び楽しみあいながら、切り替えて両立していくことを一興と受け止める事も、

私たちの自慢できる、人生の貴重な一場面です。」









希望の集い案内書いろいろ

2018-08-24 20:34:06 | いろんな想い

去年の9月以来ずっとこの毎月の案内書を読ませてもらってきました。

先月には8月の案内書もいただき、9月から11月までの分ももう書けたと

言われたので、それも下さいと貰ってしまいました。

その中の3か月分には「明るみに出ていない事」として1~3までが綴られています。



当事者が自分たちの思いを書いたものは他にもいろいろあるのかもしれません。

あるとしてもそれは別の面で社会人として活躍していられる方々で

そういう人を何人か知っていますし、その方たちの本も読みました。

比べるわけではありませんが、ほとんど病気が癒えてその上で

自分の病気時代のことを回想または告白された本では

何か差し迫ったものが欠けるような気がします。

それに、誰かが言っていましたが、それらの本を読むとまるで

「見習って頑張ればこのように治る」と言われているようで

よけいにつらくなる、ということでしたが、そうだろうと頷けます。



この集いの案内書に書かれた文章は

ご自分が現在、精神疾患という病に苦しんでおられる

まさにその状態の中で書かれたものです。

ですからその一語一語には重みがあります。

もっとも周囲の人から見ればこの著者のことを

「とても立派で、うちの息子もこの方のようだとどんないうれしいことか」

と母親たちはときどき噂をしているほどです。

ですがやはりこの著者も病気の中におられるのです。

だからこそこの、原稿用紙1,2枚の中に

あふれるような思いを、今現在の事として

表現されているのでしょう。



この前、「去年の7月に書いた案内書の文が

支援センターの通信冊子に載って好評だった」と聞きました。

その頃はそういうことも全く知らなかったので

その文章も見せてもらったのです。

聞けばそのころからこういう長い案内書を

書くようになられたのでしょうか。

主題や主張は同じでも、それ以来どんどん筆が伸びて

最近のものはもう、一つの論文と言ってもいいようなものになっています。

著者の特徴は、自分のことを書いているのではなく

精神疾患を持つ人間全般について書いているところです。

もちろんご自分の経験の沿って書いておられるのですが

周囲の友人や知人の思いを総合してまとめておられるのだと思います。



「明るみに出ていない事」とは何なのでしょうか。

当事者でなければ書けないこと、その思いを文章に現わしてこそ

第三者に伝えられることがあります。

この「明るみに出たいないこと」のシリーズも読み応えがありますが、

その合間に書かれた「私達の反乱軍アンケート」というのもまたすごいものです。

病気でないものに対する鋭い問いが迫ってきます。



これらの文章を、これらの告発を、ぜひ大勢の人に読んでもらいたい

そういう思いでいっぱいです。

このささやかなブログも最近では数十人が見に来てくれているようですが

あまりにも小さな世界です。

いつか数限りない多くの人が読んで精神の当事者についての

本当のことを知る事が望まれます。



昨日もらった12月の案内書には「…それは病気のサインかも!」という

病気の初期について書かれたものでした。

これらの文章を集めて本にしようという人が出てくるまで

せめてこの欄に内容を書きとめておきたいと思っています。



前説が長くなってしまいました。

この後時間を追って「集いの案内書」と称する

「精神疾患についての考察」を紹介していきます。













希望の集い7月の案内

2018-07-01 09:29:37 | いろんな想い

7月の集いの案内をいただきました。

いつものように日時と場所と内容が(7月はトランプ大会!)

記されている以外には

A4用紙1枚のほとんどを代表の方の思いが綴られています。

原稿用紙にすれば2枚余りになります。



この頃思うのですがこの案内文に書かれている内容が

ずいぶん肯定的で積極的になってきているのです。

長い期間闘病せねばならない病気であるために

調子の波はいろいろあるでしょう。

いま、ここ数か月、よい方の波が来ているのでしょうか。



題名には「私たちと世の中の両想いが叶うことを証明したいです

とあります。

どうすれば証明できるようになるのでしょうか。

どんなに心が病んでも、現代社会は容赦ありません。」

という文章から始まっているのを読めば「両想いが叶う」のは

とても難しいのではないかと思ってしまいます。

次の文では「私達をメンタル的に圧倒する、社会人達が恐竜で、

私たちがアリ、といったような隔たりを覚えます。」
とあります。

ほら、やっぱり難しいのではないでしょうか。



次の三つの段落では、必死になって頑張れば限度が来ること、

回復に向けて休息していると怠けていると誤解されること、

元気に活動していると完治しているだとか思い違いをしてほしくないこと、

そして、心の病はまずは遊びから始めるしかない、

という事柄を述べておられます。

また、「当事者が遊び怠けているところを見かけたら、どうか安心を恵む心で、

心の病と真っ向勝負されている最中だろうと、

暗黙の了解のように受け止めてあげて頂きたいです
。」

とも書いておられます。

この、「受け止めてあげて頂きたい」という言葉にじんと来ます。

自分がそうしてほしいというよりも、心を病んでいるみんなのことを思って

書いておられることが分かりますから。



最後の段落では「そして環境や居場所を、極端にえり好みしてしまう私達ですが、」

とあります。けれども環境や居場所をえり好みするのは「私達病人」だけでしょうか。

通院したり服薬していなくても、環境や居場所についてつらい思いをする人はいます。

現代人は多くの人がひそかに病んでいます。

むしろ、心の病だと認定された人の方が、より多くそのことを自覚し、

一般の社会人とどのように折り合いをつけるか考えています。

病を得たのはそういうことに敏感で他人を思いやる心が多すぎたからではないのでしょうか。



この文章は次のように続きます。

そして環境や居場所を、極端にえり好みしてしまう私達ですが、

豊かな心身を引き起こしあう、ときめきを皆さんと分かち合いたいです
。」

最後に長い一文で結んでおられます。

私たちが耽ることによって、この社会の思いやりを提供し合える両思いが、

叶うことを証明する為に、今、何かが光り実現しだすと確信して、私たちは活動しています
。」



こうして病と社会との間の橋渡しの為に

病気である本人たちが真摯に活動していることを

どれだけの福祉専門家や政治家が知っているのでしょうか。

小さな街の小さな集まりです。たった十数人か数十人かもしれません。

けれどもこういう思いが社会に浸透して

「私たちと世の中との両想い」が叶うときが

いつか必ずやってくることを信じています。













吾子に寄り添いて-9

2018-05-24 20:42:11 | いろんな想い

久しぶりで短歌を紹介していただきました。

「新日本歌人」5月号に載った8首です。

今回の題名には「病の」という文言が省かれていますので

ここでも省いた題名にしましたが通し番号は続けました。



以前いただいた短歌がほとんどですが

新しいものがあるのでそれをここに書きとめます。



 われと子が 駁せし日々の ひさしけれど 穏やかなれる 今日の語らい


 ゆめなるや 確かな将来 見定めて われに語れる 吾子となるとは



始めの歌に「駁する」という言葉が出てきますが

これは「批判・攻撃する。反駁する」という意味で、

言い争うほどのことはなくても意見や考えが合わないことを指しているのでしょう。

父親と息子というのはよくそういうことがあります。

病気を抱えて長く同居している親子にはそれも当然のことでしょう。

(年に2,3回しか会わないうちの親子なども、会うたびに「駁して」います)

けれども息子さんが職業を持たれてから、前回書きとめたように


 本採用 決まりて吾子が 吐露をせり 「父さんのように 勤め上げたい」


とおっしゃるようになられたことは本当にすばらしいことです。

そのことを父親である作者は「ゆめなるや」と詠んでおられます。



こうして「ゆめなるや」と詠めるようになるまでの長い年月を思う時

この一首の中に忍んで耐えて、努力されてきたことが感じ取れます。

短歌というのはたった一言の中に思いを込められるものなのだと思いました。



このような短歌を読んだ人々はどんな気持ちを持たれるのでしょう。

ほーっと癒さるのではないでしょうか。

それとも同じような子供を持つ親御さんの中には

「うまいこと行ってよかったけどうちの子供は…」と思われる方があるでしょうか。

そうだとしてもこれからもこのような短歌を

ここに書きとめていきたいと願っています。




蛇足ですが、総会に提出する経理についてごたごたしているこの数日の気分が

霧が晴れるようになってしまいました。感謝。







希望の集い6月の案内書

2018-05-23 09:34:01 | いろんな想い

来月の案内書をいただきました。

いつものように原稿用紙2枚余り、

自分たちの生き方について反省と希望を述べてあります。

今回は精神疾患者という言葉が出てきません。

けれども誰がどのようなことを訴えているのか分かります。

書いた方の了解を得ているのでここに全文を書き写します。



 人とは誰しも大人になるに連れ、対立する社会との多々の争いや欲望や誰かとの、
確執に巻き込まれることからは、避けて通れないものです。こんな時代の中で
たくさんの当事者が圧倒され弾かれてしまうご時世です。

 病んだ心の治療や支援では、症状を抑えるというより、リタイアした心身を、
ただ単に健常者を演じて装える馬力や術を、無理にたたき起こすことを手助けする薬を
処方されたり学習訓練するだけであり、見た目や上辺だけが、まともな人に見えれば
OKサインを出してもらえるといったケースが大半を占めています。

 それより内面のことを解かってほしいだけなのに…そして私たちは常に癒える事のない
消えない悲痛を抱え込んだままで、過ごしているのが当たり前のままです。

 そんな現代社会から何の打撃も受けることもなく、リタイアしない人の方が
「無神経でおかしい」と論じられる当事者もおられます。

 私達はどうしても心が病んでから、楽になりたい一心に、ロスした人生や、
周りから遅れた時間を焦って、名誉挽回しようと健常者には考えられない次元の、
どの過ぎる見栄を張り、何のゆとりすら窺えない背伸びをし、
一般社会と対等以上に張り合おうとしてしまう悪いクセが、うまく抑制できず、
しっぺ返しを食らって派手に転んではの繰り返しで、著しく世渡りが
際立って不得意としています。そんな生き方、ただ辛いだけだと知りながら…

 だけども周りと心の質が違うからといって決して諦めないでいたい。
どんなに離れていても決して諦めないでいたい。
ただ素直に幅広く深く生きていくために、自分らしさを見失わないように…
何だかんだ言っても、私たちは決して人生を楽しむ事は忘れたりはしていません。

 ふと冷静に振り返れば…今、そんな気持ちが芽生えることや、世の中や人生にも
必ず光と影があると気付かせてもらった事。その何もかもを心に刻み、
私たちが自然と、闇の殻を破るための起爆剤に変えていきたいものです。



これが全文です。

障がいを負っている方たちが一般社会の中でどのような立場に置かれているか、

そのことを的確に書いておられます。



一般の人でも大人になり社会に出ればさまざまな確執に巻き込まれます。

障がいを持っているとなおさらです。

心を病んだ人に対する治療や支援は、上辺がまともに見えるような薬や訓練が

なされていて、そうなれば医者や支援者から「OK」と言ってもらえるのですが

本当は心を病んでいる人はそんなことを望んでいないのです。

悲痛な心の内面を解かってほしいだけなのです。

でもそれもかなえられないまま過ごしていかねばなりません。

こういう現在の社会の中で何も打撃を受けないで生きていく人は

その方がおかしいのではないかという当事者もあるくらいです。

心を病んでしまったものは健常者には想像できないくらいに

必死に努力します。ロスした人生を取り戻そうと見栄を張ったり背伸びをして

一般社会と張り合います。その結果しっぺ返しを食らうのです。

そんな生き方をただ辛いと知りながら繰り返してしまいます。



こういうことを格調高い文体でお書きになっています。

そして最後の二つの段落では、けれども決して諦めていない、と

これから先の人生への望みを書いておられます。

ただ単に自分が、自分の人生がよくなるだけではなく

心を病んだ人全体が社会の中で生きやすくなることを願い

自分たちが社会を変えていくような生き方をしたいと

力強く結んでおられます。



心の病人、精神疾患を持っている人たちの100人に一人でも

このような考えを持てるとすれば、それはどれほどすばらしいことでしょう。

これを書いた方も、何度も挫折されたでしょう。

これからだってそういう時があるかもしれません。

けれどもそれを乗り越えて、このような考えや実践を社会に対して

発信していってくださるなら、この社会もちょっとづつでも

いい方に向かうのではないでしょうか。

これを読ませていただいて、明るさを感じた今日でした。















 

B型作業所のこと

2018-05-22 08:42:32 | いろんな想い

B型作業所は障害を持つ人の為に作られています。

働ける体調のときに可能な範囲で作業所に通い、仕事をして、

社会復帰の手助けになるように考えられています。

ですから作業所は、そこを利用する人が辛くならないように考えねばなりません。

けれどもなかなかそうはいかないようです。

工賃の貰える仕事を工場などからもらってくる契約も大変です。

契約した仕事をこなして納品するのも大変です。

作業する利用者がたまたま大勢で一度に体調が悪くなり休む人が重なると

作業成績が悪くなりますから職員がその仕事をすることになります。

作業所を運営している方たちは焦ったりいらいらしたりします。

その結果どうしても弱い者(作業所で仕事をしている人)にとばっちりがいきます。


あるB型作業所に数か月通っている人がいます。

その人は一般就労で働いていましたがうまくいかず退職しました。

その人は考えました。B型作業所なら、仕事ができるはずだ。

一般の会社でしんどい思いをするよりも作業所でいい仕事をする方がいいのではないか、と。

確かに作業所ではその人はいい成績を上げることが出来ました。

しかし最近、いろいろな疑問がわいてきました。

障がい者に対する差別的発言や態度が出てきたのです。

他にも作業時間のごまかしや工賃の不払いなどにも気が付きましたが

そういうことよりも、差別には我慢しがたい気持ちになりました。


その人はそれでも作業所に行く、と言っておられます。

そこを辞めて別のところを探すのも大変ですが

辞めるのはもっと残念なことだから、と言っておられます。

自分で自分を納得させるように訥々と話される言葉を聞いていると

胸の締め付けられる思いがします。


病気の症状や発作など、それが出るときだけでもどんなにか苦しい思いを

しなければならないのに、社会復帰を望んで出かける作業所でまで

差別待遇を受けなければならないのか。

親戚やご近所や知人などからもいろんな目で見られているのに

福祉の現場でまでそんな目に合わねばならないのは

この社会が間違っているのではありませんか。

これは決してその作業所だけの問題ではないでしょう。


こういう問題が少しでも良くなるように祈るしかありません。







入院の手記

2018-04-23 09:49:55 | いろんな想い

先週金曜日に家族会の集会が実は行われていたのです。

ですが大した収穫もなく、書きそびれているうちに日にちが過ぎていました。


その家族会の会員の一人の方に春先になってかいろんな問題が起きて

それが何とかうまくいくように会員の方が自分であちこち奔走して解決の道が開かれました。

そのいきさつを書いたと言って見せてくださったのですが

ここにそれを掲載させていただきます。

もちろんかなりの個人情報が書かれています。

でも書かれた方は誰にでも読んでほしいと言っておられるので出すことにしました。


精神疾患の状態や家庭の事情はそれぞれ違っています。

この方の場合はかなり特徴がありすぎて一般的ではないかもしれません。

けれども障がいを持つことで大変な苦労を強いられることには変わりません。

この「息子」さんは精神のほかに全聾という障害を持っておられるのでよけいに大変です。

障がいを持つものが出来る限り生きやすい環境でいられる世の中に

少しでも早くなることを祈ります。




      「息子の入院」

    
 昨年の冬は本当に寒かった。息子は早朝に風呂に入りまたどこかへ行く。夜中に入っていることもある。
「なぜ?」と聞いたら
「寒いから」と言う。
 風呂を上がって外出したら余計寒くて風邪を引くのに困った人だ。私が後から入りたくてもチャンスを逃してしまう。困ったことはいっぱいあるが言い出せばきりがない。

 Yさんに生活費のことを相談した。光熱費や食事代など細かく書いて示し、Yさんから息子に「だから月四万円をお母さんに渡すように」と言ってもらってやっと振り込んでくれるようになったけど。
 何しろ貯えがないので急な支出があると忽ち底をつく。現金で渡されると少しずつになって結局足りないままになる。
 昨年冬にストーブが壊れた。火事になると困るので社協で借金して買った。すでに赤字で苦しかったが、鉄屋と社協に月五千円ずつ払わねばならず、「泣きっ面に蜂」である。

 食料はなるべく安い店で買うが、荷物が重くて「ハアハア」言いながら駅まで歩いてバスに乗る。それが体に負担だったのか、三月一日の夜から左の背中が痛くなり、朝になったら治るだろうと思ったが、朝起きたら背中全体に激痛があり、病院へ行った。
 先生は「スジや!」と言って何の説明もない。内臓を見るとかで「CT」を撮る。痛み止め薬を二週間分貰って帰る。あくる日も激痛に耐えられずKさんに車で送ってもらい救急で診察してもらった。「二週間で治る」と言われたが薬を呑んでも傷むので、一週間後にまた診察を受けた。先生は「もう整形は終わり」と言いながら薬を二十日分くれた。
 結局一カ月で薬はやめられたが、4月に入ってもまだ「ドシン」とした重さを感じる。強烈な痛みに耐えながら買い物や炊事もしなければならず、ついに息子に「お母さんはもう八十八歳だし、もう二人で暮らせない」と告げた。息子はさすがに「無理なのだ」と悟ったようで「入院する」と言った。

 三月十七日、サークルに行く、と言って出たが帰らず、どうしたんだろう、と心配していたら、二十一日の夜中二時半ごろ長浜病院から「足が痛いから迎えに来てください」と電話があり、明けてからYさんが長浜の役所へ連絡してくださり、
「電車の切符を貰って帰られます」
とのことで待っていたが帰らず、夕方、敦賀の図書館より電話が入りびっくりした。「何故?」と思った。
 仕方なく警察に保護願いを出した。「どうしよう」と思案したが結局Fさんにお願いするしかなかった。とても心苦しかったが
「お疲れなのにすみません」と言ったら
「心配しないで」と言ってくださり、敦賀の警察まで迎えに行ってくださった。夜十一時無事に帰ることが出来た。

 三月三十日、BクリニックのF先生に診察を受けた。結果は
「入院する状態ではない」と言われた。
「強制入院でお願いします」と言ったが駄目だった。
 もうK先生にお願いしよう、と思い、
四月二日T病院で診察していただき
「入院してもよいよ」と返事を頂いてホッとした。
 家に帰ろうとしたが息子がいない。家に帰ったんだろうと思っていたがとうとう帰らず、またしても家を出たのだった。
 あくる日、近江八幡の医療センターから電話があり、
「家へ帰るように言った」とのこと。
 待てど暮らせど帰らず、あくる日また長浜病院から電話があり
「賤ケ岳で足が痛くなり、救急車で病院へ運ばれた」とのこと。またしても長浜市役所でお世話になった。
「車いすに乗っておられます」とのこと、どこまで心配をかけるのか、と情けなかった。
 今度は今津駅まで切符を貰い送っていただいた、とのこと。今津からはCさんとYさんにお世話になり家まで送り届けてもらった。
家で息子に話してくださった。
「今津までの電車賃は払ってくださいよ。家まではタダやけどこれからはお金をためて電車に乗って行きなさいよ」と注意してくださった。
 今度もまた大変ご迷惑をかけてしまった。もう絶対入院させるしかない、と思った。

 K先生の水口病院での診察は五日と六日なので予約の電話をしたら
「急に来られても入院できませんよ」と厳しかった。
 しかしいつかの診察日に何としても入院させるつもりで行った。娘にはいい辛かったが、Yさんが電話してくださったようで、娘からFAXがあり、堅田駅で待っているから、と約束してくれた。
 水口病院は大きくて綺麗な病院だった。
「今日が初診なので診察が終わってからになります」との事で、二時半から診察してくださった。
 先生は息子に「何故入院したいと思ったの」と聞かれた。
「お母さんは料理が出来ないから僕は食べられないから」と言った。
 まったくその通りかもしれないが、何ということだろうと思った。
 が兎も角、入院させてくださる、ということで一安心した。
 その後担当の人から入院についての説明がいろいろあり、また、三階の病室に行ってからは詰所で看護婦さんから説明があり、いろいろと聞かされたり、持ってきたものは家は持って帰って下さい、とのことで、例えば剃刀、靴、スリッパ、カバンなど持って帰り、新しくプラスチックのコップ、部屋履き、ズボンなどを売店で買って届けた。看護婦さんが
「今日はお風呂の日なので入ってください」と案内された。
 新しい服に着かえた息子は何とも言えない寂しげな顔だった。今生の別れでもないのに何とも切ない思いでいっぱいになる。

 今回のことは娘が協力してくれたので大助かりだった。手話で息子に説明してくれたので納得したようだった。朝早くから出て、帰りは病院を出たのが五時過ぎで、私をK駅まで送ってくれた。T駅では最終のバスは済んだので、A駅までJRに乗り、タクシーで家まで帰った。娘はSの義姉さん宅で泊めてもらい、あくる日また家まで迎えに来てくれた。
 SAの本庁へ行って書類の手続きなどいろいろとありお昼まで掛った。二日連続で娘も私もずいぶん疲れた。娘は特に遠い所から来てくれて、本当に苦労を掛けて済まなかったと思い感謝している。三か月後にはどうなるかわからないが、祈るしかない。
 あくる日は久し振りにゆっくり風呂に入り寝る。天気の良い日に布団を干したり部屋を片付けたりする。今はただ、息子の回復を祈るのみである。