霊界物語 第五巻 霊主体従 辰の巻 第一篇 動天驚地
いよいよ橄欖山(カンランザン)の神殿には、
エデンの園より奉持し参りたる神璽(シンジ)を恭(ウヤウヤ)しく鎮祭された。
この神殿は隔日に鳴動するのが例となつた。
これを日毎(ヒゴト)轟(トドロ)きの宮(ミヤ)といふ。
この神霊は誠の神の御霊(オンレイ)ではなくして、
八頭八尾(ヤツガシラヤツヲ)の悪竜の霊であつた。
これより聖地エルサレム宮殿は、日夜に怪事のみ続発し、
暗雲につつまれた。
八王大神常世彦(ヤツワウダイジントコヨヒコ)はやや良心に省みるところあつて、
ひそかに国祖大神(コクソオホカミ)の神霊をひと知れず鎮祭し、
昼夜その罪を謝しつつあつた。
大神の怒りやや解けたりけむ、久し振りにて東天に
太陽のおぼろげなる御影(ミカゲ)を見ることを得た。
したがつて月の影が昇りそめた。
八王大神は夜ひそかに庭園に出で、
月神(ゲツシン)にむかつて感謝の涙にくれた。
されどその本守護神は、悪霊の憑依(ヒヨウイ)せる副守護神のために
根底より改心することは出来なかつた。
玉春姫(タマハルヒメ)は塩光彦(シホミツヒコ)と手を携(タヅサ)へ、
父母両親の目をくぐりて、エデンの大河をわたり、
エデンの楽園にいたり、園の東北隅の枝葉繁茂せる大樹の下に
ひそかに暮してゐた。
盤古大神(バンコダイジン)は塩光彦の影を失ひしに驚き、
昼夜禊身(ミソギ)をなし、断食(ダンジキ)をおこなひ、
天地の神明を祈つた。
時しも園の東北にあたつて紫の雲たち昇り、
雲中に塩光彦ほか一人の女性の姿を見た。
盤古大神はただちに従者に命じ、
その方面を隈(クマ)なく捜さしめた。
塩光彦、玉春姫は、神人(カミガミ)らの近づく足音に驚き、
もつとも茂れる木の枝高く登つて姿を隠した。
この木は麗しき木の実あまた実つて、
いつまで上つてゐても食物には充分であつた。
神人らは園内隈なく捜索した。
されど二人の姿は何日経(タ)つても見当らなかつた。
盤古大神はこれを聞いて大いに悲しんだ。
しかして自ら園内を捜しまはつた。
枝葉の茂つた果樹の片隅より一々仰ぎ見つつあつた。
樹上の塩光彦は父の樹下に来ることを夢にも知らず、
平気になつて大地にむかつて、
木の葉の薄き所より臀引(シリヒ)きまくりて、
穢(キタナ)き物(モノ)を落した。
盤古大神は怪しき物音と仰向くとたんに、
臭き物は鼻と口の上に落ちてきた。
驚いて声を立て侍者を呼んだ。
されど一柱(ヒトハシラ)も近くには侍者の影は見えなかつた。
やむを得ず細き渓川(タニガハ)に下りて洗ひ落し、
ふたたび上を眺むれば、豈(アニ)はからむや、
天人にも見まがふばかりの美女を擁(ヨウ)し、
樹上にわが子塩光彦がとまつてゐた。
盤古大神はおほいに怒り、
はやくこの木を下(クダ)れと叫んだ。
二人は相擁し父の声はすこしも耳に入らない様子であつた。
盤古大神は声をからして呼んだ。
されど樹上の二人の耳には、どうしても入らない。
如何(イカン)とならば、この木の果物を食ふときは、
眼は疎(ウト)く、耳遠くなるからである。
ゆゑにこの木を耳無(ミミナ)しの木(キ)といふ。
その実は目無(メナ)しの実(ミ)といふ。
今の世に「ありのみ」といひ、
梨(ナシ)の実(ミ)といふのはこれより転訛(テンクワ)したものである。
盤古大神は宮殿に馳(ハ)せ帰り、
神々を集めこの木に駈(カ)け上らしめ、
無理に二人を引ずりおろし、殿内に連れ帰つた。
見れば二人とも目うすく耳は
すつかり聾者となつてゐたのである。
ここに塩長姫(シホナガヒメ)は二人のこの姿を見ておほいに憐れみ、
かつ嘆き、庭先に咲き乱れたる匂ひ麗しき草花を折りきたりて、
二人の髪の毛に挿(サ)した。
これより二人の耳は聞えるやうになつた。
ゆゑにこの花を菊(キク)の花(ハナ)と名づけた。
これが後世頭に花簪(ハナカンザシ)を挿す濫觴である。
一方聖地エルサレムにおいては、
玉春姫の何時(イツ)となく踪跡を晦(クラマ)したるに驚き、
両親は部下の神人(カミガミ)らをして、
山の尾、河の瀬、海の果まで残るくまなく捜さしめた。
されど何の便りもなかつた。
常世彦(トコヨヒコ)はひそかに国祖の神霊に祈り、
夢になりとも愛児の行方を知らさせたまへと祈願しつつあつた。
ある夜の夢に何処(イヅコ)ともなく「エデンの園」といふ声が聞えた。
八王大神はただちにエデンの宮殿にいたり、盤古大神に願ひ、
エデンの園を隈なく捜索せむことを使者をして乞はしめた。
盤古大神は信書を認め、使者をして持ち帰らしめた。
常世彦は恭(ウヤウヤ)しく押しいただきこれを披見して、
かつ喜び、かつ驚きぬ。
(大正十一年一月四日、旧大正十年十二月七日、吉見清子録)
いよいよ橄欖山(カンランザン)の神殿には、
エデンの園より奉持し参りたる神璽(シンジ)を恭(ウヤウヤ)しく鎮祭された。
この神殿は隔日に鳴動するのが例となつた。
これを日毎(ヒゴト)轟(トドロ)きの宮(ミヤ)といふ。
この神霊は誠の神の御霊(オンレイ)ではなくして、
八頭八尾(ヤツガシラヤツヲ)の悪竜の霊であつた。
これより聖地エルサレム宮殿は、日夜に怪事のみ続発し、
暗雲につつまれた。
八王大神常世彦(ヤツワウダイジントコヨヒコ)はやや良心に省みるところあつて、
ひそかに国祖大神(コクソオホカミ)の神霊をひと知れず鎮祭し、
昼夜その罪を謝しつつあつた。
大神の怒りやや解けたりけむ、久し振りにて東天に
太陽のおぼろげなる御影(ミカゲ)を見ることを得た。
したがつて月の影が昇りそめた。
八王大神は夜ひそかに庭園に出で、
月神(ゲツシン)にむかつて感謝の涙にくれた。
されどその本守護神は、悪霊の憑依(ヒヨウイ)せる副守護神のために
根底より改心することは出来なかつた。
玉春姫(タマハルヒメ)は塩光彦(シホミツヒコ)と手を携(タヅサ)へ、
父母両親の目をくぐりて、エデンの大河をわたり、
エデンの楽園にいたり、園の東北隅の枝葉繁茂せる大樹の下に
ひそかに暮してゐた。
盤古大神(バンコダイジン)は塩光彦の影を失ひしに驚き、
昼夜禊身(ミソギ)をなし、断食(ダンジキ)をおこなひ、
天地の神明を祈つた。
時しも園の東北にあたつて紫の雲たち昇り、
雲中に塩光彦ほか一人の女性の姿を見た。
盤古大神はただちに従者に命じ、
その方面を隈(クマ)なく捜さしめた。
塩光彦、玉春姫は、神人(カミガミ)らの近づく足音に驚き、
もつとも茂れる木の枝高く登つて姿を隠した。
この木は麗しき木の実あまた実つて、
いつまで上つてゐても食物には充分であつた。
神人らは園内隈なく捜索した。
されど二人の姿は何日経(タ)つても見当らなかつた。
盤古大神はこれを聞いて大いに悲しんだ。
しかして自ら園内を捜しまはつた。
枝葉の茂つた果樹の片隅より一々仰ぎ見つつあつた。
樹上の塩光彦は父の樹下に来ることを夢にも知らず、
平気になつて大地にむかつて、
木の葉の薄き所より臀引(シリヒ)きまくりて、
穢(キタナ)き物(モノ)を落した。
盤古大神は怪しき物音と仰向くとたんに、
臭き物は鼻と口の上に落ちてきた。
驚いて声を立て侍者を呼んだ。
されど一柱(ヒトハシラ)も近くには侍者の影は見えなかつた。
やむを得ず細き渓川(タニガハ)に下りて洗ひ落し、
ふたたび上を眺むれば、豈(アニ)はからむや、
天人にも見まがふばかりの美女を擁(ヨウ)し、
樹上にわが子塩光彦がとまつてゐた。
盤古大神はおほいに怒り、
はやくこの木を下(クダ)れと叫んだ。
二人は相擁し父の声はすこしも耳に入らない様子であつた。
盤古大神は声をからして呼んだ。
されど樹上の二人の耳には、どうしても入らない。
如何(イカン)とならば、この木の果物を食ふときは、
眼は疎(ウト)く、耳遠くなるからである。
ゆゑにこの木を耳無(ミミナ)しの木(キ)といふ。
その実は目無(メナ)しの実(ミ)といふ。
今の世に「ありのみ」といひ、
梨(ナシ)の実(ミ)といふのはこれより転訛(テンクワ)したものである。
盤古大神は宮殿に馳(ハ)せ帰り、
神々を集めこの木に駈(カ)け上らしめ、
無理に二人を引ずりおろし、殿内に連れ帰つた。
見れば二人とも目うすく耳は
すつかり聾者となつてゐたのである。
ここに塩長姫(シホナガヒメ)は二人のこの姿を見ておほいに憐れみ、
かつ嘆き、庭先に咲き乱れたる匂ひ麗しき草花を折りきたりて、
二人の髪の毛に挿(サ)した。
これより二人の耳は聞えるやうになつた。
ゆゑにこの花を菊(キク)の花(ハナ)と名づけた。
これが後世頭に花簪(ハナカンザシ)を挿す濫觴である。
一方聖地エルサレムにおいては、
玉春姫の何時(イツ)となく踪跡を晦(クラマ)したるに驚き、
両親は部下の神人(カミガミ)らをして、
山の尾、河の瀬、海の果まで残るくまなく捜さしめた。
されど何の便りもなかつた。
常世彦(トコヨヒコ)はひそかに国祖の神霊に祈り、
夢になりとも愛児の行方を知らさせたまへと祈願しつつあつた。
ある夜の夢に何処(イヅコ)ともなく「エデンの園」といふ声が聞えた。
八王大神はただちにエデンの宮殿にいたり、盤古大神に願ひ、
エデンの園を隈なく捜索せむことを使者をして乞はしめた。
盤古大神は信書を認め、使者をして持ち帰らしめた。
常世彦は恭(ウヤウヤ)しく押しいただきこれを披見して、
かつ喜び、かつ驚きぬ。
(大正十一年一月四日、旧大正十年十二月七日、吉見清子録)