霊界物語 第二巻 霊主体従 丑の巻 第六篇 神霊の祭祀(サイシ)
シオン山はかくのごとく
大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)の機略縦横の戦略によつて、
容易に抜くこと能(アタ)はず、
かつ三方の神将はますます勇気を増しきたり、
魔軍はもはや退却するのやむなき苦境に陥つた。
このとき常世姫(トコヨヒメ)より密使が来た。
『汝(ナンヂ)らはいかに苦境に陥るとも
断じて一歩も退却すべからず。
持久戦をもつて大八洲彦命以下の諸神将を、
シオン山に封鎖せよ。
われは竜宮城をはじめ、芙蓉山(フヨウザン)、
モスコー、ローマ、竜宮島をこの機に乗じて占領せむ』
とのことであつた。
美山彦(ミヤマヒコ)、国照姫(クニテルヒメ)、
武熊別(タケクマワケ)はこの命を奉じて、
あくまでも退却せざることになつた。
ここに竜宮城の諸神将は、芙蓉山およびローマ、
モスコーの魔軍の攻撃にあひ、苦戦の情況を察知し、
神国別命(カミクニワケノミコト)、元照彦(モトテルヒコ)をして、
ローマ、モスコーへ向はしめ、
真鉄彦(マガネヒコ)をして芙蓉山に向はしめた。
竜宮城には言霊別命(コトタマワケノミコト)、花森彦(ハナモリヒコ)、
主将としてこれを守ることとなつた。
言霊別命は内部の統制にあたり、花森彦は敵軍の襲来に備へた。
常世姫の夫神(ヲツトガミ)八王大神常世彦(ヤツワウダイジントコヨヒコ)は、
三軍の将として芙蓉山を始めローマ、モスコーの攻撃に全力を注ぎ、
常世姫は魔我彦(マガヒコ)、魔我姫(マガヒメ)とともに再び竜宮城に入り、
稚桜姫命(ワカザクラヒメノミコト)に深く取入り、
表面猫を被(カブ)つて柔順に仕へてゐた。
しかして言霊別命、花森彦を失墜せしめ、
みづから城内の主権を握らむと考へてゐた。
常世姫は常世(トコヨ)の国(クニ)より来れる
容色艶麗並(ナラ)びなき唐子姫(カラコヒメ)を城中に入れ、
言霊別命、花森彦に近く奉仕せしめた。
唐子姫の涼(スズ)しき眼(マナコ)は、
つひに花森彦を魅(ミ)するにいたつた。
花森彦は唐子姫に精神を奪はれ、大切なる神務を忘却し、
夜ひそかに手を携へて壇山(ダンザン)に隠れ、
ここに仮(カリ)夫婦として生活をつづけた。
言霊別命は力とたのむ花森彦を失ひ、
ほとんど為(ナ)すところを知らなかつた。
花森彦の妻桜木姫(サクラギヒメ)はおほいに驚き、かつ怒り、かつ怨み、
涕泣(テイキフ)煩悶の結果つひに発狂するにいたつた。
言霊別命以下の神将は大いにこれを憂ひ、
いかにもして花森彦の行衛を探り、
ふたたび城内に還らしめ桜木姫に面会せしめなば、
たちまち全快せむと協議の結果、神卒を諸方に派遣し、
その行方を探らしめた。
城内はおひおひ神卒の数を減じ、漸次守備は手薄になつた。
桜木姫はますます暴(アレ)狂ふのである。
言霊別命は今や稚桜姫命の前に出で、シナイ山の戦況を奏上する時しも、
桜木姫は走り来つて言霊別命を抱き、
『恋しき吾が夫ここにゐますか』
と、かつ泣き、かつ笑ひ、無理に手も脱けむばかりにして、
自分の居間に帰らむとする。
常世姫は心中謀計の図にあたれるをよろこび威丈高(イダケダカ)になつて、
『言霊別命』と言葉に角(カド)を立てて呼びとめ、
『汝(ナンヂ)は常に行状悪(アシ)く内外ともに
その風評(ウハサ)を聞かぬものはなし。
しかるに天罰は眼のあたり、
いま稚桜姫命の御前にて醜態を暴露したり。
桜木姫の発狂せしは貴神司(キシン)が原動力なり。
これを探知したる花森彦は温順の性(タチ)なれば、
過去の因縁と断念してすこしも色に表はさず、
桜木姫を汝に与へ、
みづからは唐子姫とともにこの場を遁れたるなり。
花森彦は決して女性(ヲミナ)の情(ナサケ)に絆(ホダ)されて、
大事を誤るがごとき神司(カミ)に非ず。
しかるに危急存亡の場合、
命をしてかかる行動に出でしめたるは、
全く汝が罪のいたすところ、これにてもなほ弁解の辞あるや』
と、理を非にまげ、誣言(ブゲン)をもつて稚桜姫命の心を動かさむとした。
言霊別命は居なほつて常世姫にむかひ、
『こは奇怪なることを承(ウケタマ)はるものかな。
貴神司(キシン)は何の証拠あつて、かくのごとき暴言を吐きたまふや』
と言はせもはてず、常世姫は眼(マナコ)を怒らし、口を尖らし、
少しく空を仰いで、フフンと鼻で息をなし、
『証拠は貴神司(キシン)の心に問へ』
と睨(ネ)めつけた。
桜木姫は言霊別命を花森彦と誤解し、
狂気の身ながらも常世姫にむかつて飛びつき、
『汝は何故なれば最愛の吾夫にたいし、暴言を吐くか。
われは夫に代り、目に物見せてくれむ』
と、いふより早く髻(タブサ)に手をかけ、力かぎりに引きずりまはした。
常世姫は声を上げて救けを叫んだ。
城内の神司(カミガミ)はこの声に驚いて諸方より駈(カ)けつけた。
言霊別命の濡衣(ヌレギヌ)は容易に晴れず、稚桜姫命の厳命により、
竜宮城を追放さるることとなつたのである。
ここに稚桜姫命は常世姫の誣言を信じ、言霊別命を追放し、
花森彦を壇山より召還し、城内の主将たらしめむとしたまうた。
ここに天稚彦(アメノワカヒコ)は協議の結果壇山にむかひ、
花森彦を招き帰らしめむと出発せしめられた。
天稚彦は容色美(ウル)はしき男性(オノコ)にして、稚桜姫命を助けてゐた。
天稚彦は天(アメ)の磐船(イハフネ)に乗つて壇山にむかひ、
花森彦に稚桜姫命の命を伝へ、かつ唐子姫との手を断り、
一時も早く帰還せむことを伝へた。
花森彦はおほいに悦び、ただちに迷夢を醒まし、
天の磐船に乗つて竜宮城に帰還し、
稚桜姫命の帷幄(イアク)に参ずることとなつた。
城内は常世姫、花森彦の二神司(ニシン)が牛耳(ギウジ)を執(ト)つてゐた。
実に竜宮城は常世姫の奸策によつて、
何時(イツ)破壊さるるか分らぬ状態であつた。
天稚彦は唐子姫の姿を見るより、
にはかに精神恍惚として挙措(キヨソ)動作度(ド)を失ひ、
つひに手に手をとつて山奥深く隠遁し、竜宮城へは帰つてこなかつた。
稚桜姫命といふ美(ウル)はしき妻神(ツマガミ)があり、
また八柱(ヤハシラ)の御子(ミコ)のあるにもかかはらず、
唐子姫に心魂を蕩(トロ)かしたるは、返す返すも残念な次第である。
(大正十年十一月八日、旧十月九日、外山豊二録)
シオン山はかくのごとく
大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)の機略縦横の戦略によつて、
容易に抜くこと能(アタ)はず、
かつ三方の神将はますます勇気を増しきたり、
魔軍はもはや退却するのやむなき苦境に陥つた。
このとき常世姫(トコヨヒメ)より密使が来た。
『汝(ナンヂ)らはいかに苦境に陥るとも
断じて一歩も退却すべからず。
持久戦をもつて大八洲彦命以下の諸神将を、
シオン山に封鎖せよ。
われは竜宮城をはじめ、芙蓉山(フヨウザン)、
モスコー、ローマ、竜宮島をこの機に乗じて占領せむ』
とのことであつた。
美山彦(ミヤマヒコ)、国照姫(クニテルヒメ)、
武熊別(タケクマワケ)はこの命を奉じて、
あくまでも退却せざることになつた。
ここに竜宮城の諸神将は、芙蓉山およびローマ、
モスコーの魔軍の攻撃にあひ、苦戦の情況を察知し、
神国別命(カミクニワケノミコト)、元照彦(モトテルヒコ)をして、
ローマ、モスコーへ向はしめ、
真鉄彦(マガネヒコ)をして芙蓉山に向はしめた。
竜宮城には言霊別命(コトタマワケノミコト)、花森彦(ハナモリヒコ)、
主将としてこれを守ることとなつた。
言霊別命は内部の統制にあたり、花森彦は敵軍の襲来に備へた。
常世姫の夫神(ヲツトガミ)八王大神常世彦(ヤツワウダイジントコヨヒコ)は、
三軍の将として芙蓉山を始めローマ、モスコーの攻撃に全力を注ぎ、
常世姫は魔我彦(マガヒコ)、魔我姫(マガヒメ)とともに再び竜宮城に入り、
稚桜姫命(ワカザクラヒメノミコト)に深く取入り、
表面猫を被(カブ)つて柔順に仕へてゐた。
しかして言霊別命、花森彦を失墜せしめ、
みづから城内の主権を握らむと考へてゐた。
常世姫は常世(トコヨ)の国(クニ)より来れる
容色艶麗並(ナラ)びなき唐子姫(カラコヒメ)を城中に入れ、
言霊別命、花森彦に近く奉仕せしめた。
唐子姫の涼(スズ)しき眼(マナコ)は、
つひに花森彦を魅(ミ)するにいたつた。
花森彦は唐子姫に精神を奪はれ、大切なる神務を忘却し、
夜ひそかに手を携へて壇山(ダンザン)に隠れ、
ここに仮(カリ)夫婦として生活をつづけた。
言霊別命は力とたのむ花森彦を失ひ、
ほとんど為(ナ)すところを知らなかつた。
花森彦の妻桜木姫(サクラギヒメ)はおほいに驚き、かつ怒り、かつ怨み、
涕泣(テイキフ)煩悶の結果つひに発狂するにいたつた。
言霊別命以下の神将は大いにこれを憂ひ、
いかにもして花森彦の行衛を探り、
ふたたび城内に還らしめ桜木姫に面会せしめなば、
たちまち全快せむと協議の結果、神卒を諸方に派遣し、
その行方を探らしめた。
城内はおひおひ神卒の数を減じ、漸次守備は手薄になつた。
桜木姫はますます暴(アレ)狂ふのである。
言霊別命は今や稚桜姫命の前に出で、シナイ山の戦況を奏上する時しも、
桜木姫は走り来つて言霊別命を抱き、
『恋しき吾が夫ここにゐますか』
と、かつ泣き、かつ笑ひ、無理に手も脱けむばかりにして、
自分の居間に帰らむとする。
常世姫は心中謀計の図にあたれるをよろこび威丈高(イダケダカ)になつて、
『言霊別命』と言葉に角(カド)を立てて呼びとめ、
『汝(ナンヂ)は常に行状悪(アシ)く内外ともに
その風評(ウハサ)を聞かぬものはなし。
しかるに天罰は眼のあたり、
いま稚桜姫命の御前にて醜態を暴露したり。
桜木姫の発狂せしは貴神司(キシン)が原動力なり。
これを探知したる花森彦は温順の性(タチ)なれば、
過去の因縁と断念してすこしも色に表はさず、
桜木姫を汝に与へ、
みづからは唐子姫とともにこの場を遁れたるなり。
花森彦は決して女性(ヲミナ)の情(ナサケ)に絆(ホダ)されて、
大事を誤るがごとき神司(カミ)に非ず。
しかるに危急存亡の場合、
命をしてかかる行動に出でしめたるは、
全く汝が罪のいたすところ、これにてもなほ弁解の辞あるや』
と、理を非にまげ、誣言(ブゲン)をもつて稚桜姫命の心を動かさむとした。
言霊別命は居なほつて常世姫にむかひ、
『こは奇怪なることを承(ウケタマ)はるものかな。
貴神司(キシン)は何の証拠あつて、かくのごとき暴言を吐きたまふや』
と言はせもはてず、常世姫は眼(マナコ)を怒らし、口を尖らし、
少しく空を仰いで、フフンと鼻で息をなし、
『証拠は貴神司(キシン)の心に問へ』
と睨(ネ)めつけた。
桜木姫は言霊別命を花森彦と誤解し、
狂気の身ながらも常世姫にむかつて飛びつき、
『汝は何故なれば最愛の吾夫にたいし、暴言を吐くか。
われは夫に代り、目に物見せてくれむ』
と、いふより早く髻(タブサ)に手をかけ、力かぎりに引きずりまはした。
常世姫は声を上げて救けを叫んだ。
城内の神司(カミガミ)はこの声に驚いて諸方より駈(カ)けつけた。
言霊別命の濡衣(ヌレギヌ)は容易に晴れず、稚桜姫命の厳命により、
竜宮城を追放さるることとなつたのである。
ここに稚桜姫命は常世姫の誣言を信じ、言霊別命を追放し、
花森彦を壇山より召還し、城内の主将たらしめむとしたまうた。
ここに天稚彦(アメノワカヒコ)は協議の結果壇山にむかひ、
花森彦を招き帰らしめむと出発せしめられた。
天稚彦は容色美(ウル)はしき男性(オノコ)にして、稚桜姫命を助けてゐた。
天稚彦は天(アメ)の磐船(イハフネ)に乗つて壇山にむかひ、
花森彦に稚桜姫命の命を伝へ、かつ唐子姫との手を断り、
一時も早く帰還せむことを伝へた。
花森彦はおほいに悦び、ただちに迷夢を醒まし、
天の磐船に乗つて竜宮城に帰還し、
稚桜姫命の帷幄(イアク)に参ずることとなつた。
城内は常世姫、花森彦の二神司(ニシン)が牛耳(ギウジ)を執(ト)つてゐた。
実に竜宮城は常世姫の奸策によつて、
何時(イツ)破壊さるるか分らぬ状態であつた。
天稚彦は唐子姫の姿を見るより、
にはかに精神恍惚として挙措(キヨソ)動作度(ド)を失ひ、
つひに手に手をとつて山奥深く隠遁し、竜宮城へは帰つてこなかつた。
稚桜姫命といふ美(ウル)はしき妻神(ツマガミ)があり、
また八柱(ヤハシラ)の御子(ミコ)のあるにもかかはらず、
唐子姫に心魂を蕩(トロ)かしたるは、返す返すも残念な次第である。
(大正十年十一月八日、旧十月九日、外山豊二録)