霊界物語 第三巻 霊主体従 寅の巻 第六篇 青雲山
天山(テンザン)には黄色(キイロ)の玉を祀(マツ)り、
宮殿を造営してこれを鎮祭し、
埴安(ハニヤス)の宮(ミヤ)と名づけられたり。
斎代彦(トキヨヒコ)を八王神(ヤツワウジン)とし、
妻斎代姫(トキヨヒメ)をして神業を補佐せしめ、
谷山彦(タニヤマヒコ)を八頭神(ヤツガシラガミ)となし、
谷山姫(タニヤマヒメ)をして神政を補助せしめられける。
谷山姫は嫉妬猜疑の念ふかく、
斎代姫の命令をきくことを非常に不快に感じゐたり。
夫婦は、つねに犬猿のごとく、たがひに嫉視反目をつづけ、
それがために天山城内の神政は、つねに紛擾絶えざりける。
茲(ココ)に八王大神(ヤツワウダイジン)は、
部下の邪霊荒国彦(アラクニヒコ)を谷山彦の肉体に憑依(ヒヨウイ)せしめ、
また荒国姫(アラクニヒメ)といふ邪霊を谷山姫に憑依せしめたり。
これより谷山彦夫妻の性行は俄然一変し、
斎代彦夫妻をしりぞけ、
みづから八王神たらむことをくはだてける。
斯(カ)くのごとく悪心を起したるは
全く憑霊(ヒヨウレイ)の所為(シヨイ)なり。
ここに谷山彦は妻の使嗾(シソウ)により、
埴安の宮司国代彦(クニヨヒコ)、国代姫(クニヨヒメ)の夫婦を手に入れ、
国魂を盗ましめ、八王神の身に失策を招かしめ、
その目的を達せむとし、種々の手段をめぐらしゐたりける。
しかるに宮司の国代彦は正義の神司(カミ)なれば、
容易にその心を動かすべからざるを悟り、
妻の国代姫を甘言をもつて説得せむと計りぬ。
国代姫は谷山彦夫妻に招かれけるが、谷山彦はいふ、
『汝の弁舌をもつて夫国代彦の心を動かし、
国魂を盗み出さしめなば、
吾はただちに八王神の位に上り、
汝ら夫妻を八頭神の地位に据ゑむ』
と言葉たくみに説き立てたり。
国代姫はその成功を危ぶみ、
かつ天地の律法に背く由を述べ、これを謝絶せむとするとき、
何心なく夫の国代彦はこの場に現はれ来りぬ。
谷山彦にむかひて前述の謀計を打明けたるに、
国代彦は一も二もなく賛成の意を表しけり。
国代姫は夫の言に驚き、
涙とともにその悪行をとどめむとて泣きて諫言したりけれども、
国代彦は決心の色を面に現はし、
今この場において谷山彦の意見に反対を表せむか、
いかなる危害の身辺に及ばむも計り難しと、
わざと空惚(ソラトボ)けていふ、
『吾は天則違反の行為ならむと察すれども、
諺(コトワザ)にも勝てば善神、敗れば邪神といふことあり。
吾が出世栄達の道を開かせたまふならば、
よろこんで貴下(キカ)の命を奉ぜむ』
と即答したりける。
谷山彦夫妻は大いに喜び、埴安の宮の祭典をおこなひ、
これを機(シホ)に宮司国代彦をして
玉を盗み出さしめむとしたりければ、
国代彦は同形同色の偽玉(ニセダマ)を造り、
深く懐に秘めて祭典に列し、
みづから鍵を出して宮の扉を開き種々(クサグサ)の供物(クモツ)を献じ、
ひそかに偽玉を谷山彦に手渡ししたるに、
谷山彦は素知らぬ顔を装ひ、これを懐中に秘しゐたりけり。
祭典は無事に終了し、八王神斎代彦、斎代姫も列席し、
直会(ナホラヒ)の宴は盛んに開かれ、
八百万神司(ヤホヨロヅガミ)は神酒に酔ひ、歌をうたひ、踊り狂ふ。
このとき国代彦はたちて歌をうたひ、しきりに踊りはじめけり。
その歌は、
『時世時節(トキヨジセツ)は怖(コワ)いもの
深山(ミヤマ)を越えて谷越えて
常世(トコヨ)の国(クニ)の涯(ハテ)の涯(ハテ)
黄(キ)が気(キ)でならぬ玉の守(モ)り
時世時節は怖いもの
谷は変じて山となり
山は代つて谷となる
変れば変る世の中よ
頭(カシラ)は今に尻尾となり
尻尾は転げて谷底へ
落ちて苦しむ眼前(マノアタリ)
何の用捨も荒国彦(アラクニヒコ)の
霊(タマ)の憑(カカ)りし谷と山
どこの国代(クニヨ)か知らねども
木々(キギ)〈黄々(キギ)〉の木魂(コダマ)に響くなり
埴安宮(ハニヤスミヤ)の玉欲(ホ)しと
谷と山から攻めてくる
谷と山から狙(ネラ)ひをる
照る日の影は清くとも
雲霧たつは山の谷
虎狼も隠れすむ
気をつけ守る国世彦(クニヨヒコ)
玉は日に夜に曇るなり
曇る玉こそ替玉(カヘダマ)よ』
といつて面白く踊り狂ふ。
ここに八王大神斎代彦はこの歌を聴き、谷山彦の謀叛を悟り、
ただちに夫妻を捕へて厳しく詰問したり。
谷山彦は答ふるに実をもつてせり。
ここに斎代彦は谷山彦夫妻の職を免じ、国代彦、
国代姫をして八頭神の後を襲(オソ)はしめむと宣言せり。
この時謙譲の徳高き国代彦夫妻は、
『命(ミコト)の大命実に有(ア)りがたく、
身にあまる光栄なれど、
われはかかる聖職に任ぜらるるの資格なし。
願はくば以前のごとく宮司(グウジ)たらしめられたし。
谷山彦夫妻は思ふに元より
かかる悪事を企つるごとき邪神にはあらず。
悪霊の憑依によつて
かかる無道(ブダウ)の行動に出でられしならむ。
すみやかに神前にともなひゆきて
厳粛なる審神(サニハ)を奉仕し、
その上にて裁断あらむことを』
と涙を流し赤心面(オモテ)にあふれて奏上したりける。
斎代彦は打ちうなづき、
直ちに二人の審神を開始されけるに、
たちまち二人は上下左右に身体震動し、
邪神荒国彦(アラクニヒコ)は谷山彦の体内より、
荒国姫(アラクニヒメ)は谷山姫の体内より、
神威に畏れて脱出し、悪狐の正体を現はし、
常世の国にむかひて雲を霞と逃げ去りにけり。
邪神の脱け出でたる後の谷山彦夫妻は、
夢から醒めたるごとく前非を悔い、
かつ邪神の謀計の恐ろしきを悟り、
それより心をあらため、神々を篤く信じ、
元の誠心に立ちかへりけり。
斎代彦は今までの谷山彦夫妻の行動は、
まつたく邪神憑依の結果となし、その罪を赦(ユル)し、
元のごとく八頭神の聖職に就かしめたりける。
(大正十年十一月十八日、旧十月十九日、土井靖都録)
天山(テンザン)には黄色(キイロ)の玉を祀(マツ)り、
宮殿を造営してこれを鎮祭し、
埴安(ハニヤス)の宮(ミヤ)と名づけられたり。
斎代彦(トキヨヒコ)を八王神(ヤツワウジン)とし、
妻斎代姫(トキヨヒメ)をして神業を補佐せしめ、
谷山彦(タニヤマヒコ)を八頭神(ヤツガシラガミ)となし、
谷山姫(タニヤマヒメ)をして神政を補助せしめられける。
谷山姫は嫉妬猜疑の念ふかく、
斎代姫の命令をきくことを非常に不快に感じゐたり。
夫婦は、つねに犬猿のごとく、たがひに嫉視反目をつづけ、
それがために天山城内の神政は、つねに紛擾絶えざりける。
茲(ココ)に八王大神(ヤツワウダイジン)は、
部下の邪霊荒国彦(アラクニヒコ)を谷山彦の肉体に憑依(ヒヨウイ)せしめ、
また荒国姫(アラクニヒメ)といふ邪霊を谷山姫に憑依せしめたり。
これより谷山彦夫妻の性行は俄然一変し、
斎代彦夫妻をしりぞけ、
みづから八王神たらむことをくはだてける。
斯(カ)くのごとく悪心を起したるは
全く憑霊(ヒヨウレイ)の所為(シヨイ)なり。
ここに谷山彦は妻の使嗾(シソウ)により、
埴安の宮司国代彦(クニヨヒコ)、国代姫(クニヨヒメ)の夫婦を手に入れ、
国魂を盗ましめ、八王神の身に失策を招かしめ、
その目的を達せむとし、種々の手段をめぐらしゐたりける。
しかるに宮司の国代彦は正義の神司(カミ)なれば、
容易にその心を動かすべからざるを悟り、
妻の国代姫を甘言をもつて説得せむと計りぬ。
国代姫は谷山彦夫妻に招かれけるが、谷山彦はいふ、
『汝の弁舌をもつて夫国代彦の心を動かし、
国魂を盗み出さしめなば、
吾はただちに八王神の位に上り、
汝ら夫妻を八頭神の地位に据ゑむ』
と言葉たくみに説き立てたり。
国代姫はその成功を危ぶみ、
かつ天地の律法に背く由を述べ、これを謝絶せむとするとき、
何心なく夫の国代彦はこの場に現はれ来りぬ。
谷山彦にむかひて前述の謀計を打明けたるに、
国代彦は一も二もなく賛成の意を表しけり。
国代姫は夫の言に驚き、
涙とともにその悪行をとどめむとて泣きて諫言したりけれども、
国代彦は決心の色を面に現はし、
今この場において谷山彦の意見に反対を表せむか、
いかなる危害の身辺に及ばむも計り難しと、
わざと空惚(ソラトボ)けていふ、
『吾は天則違反の行為ならむと察すれども、
諺(コトワザ)にも勝てば善神、敗れば邪神といふことあり。
吾が出世栄達の道を開かせたまふならば、
よろこんで貴下(キカ)の命を奉ぜむ』
と即答したりける。
谷山彦夫妻は大いに喜び、埴安の宮の祭典をおこなひ、
これを機(シホ)に宮司国代彦をして
玉を盗み出さしめむとしたりければ、
国代彦は同形同色の偽玉(ニセダマ)を造り、
深く懐に秘めて祭典に列し、
みづから鍵を出して宮の扉を開き種々(クサグサ)の供物(クモツ)を献じ、
ひそかに偽玉を谷山彦に手渡ししたるに、
谷山彦は素知らぬ顔を装ひ、これを懐中に秘しゐたりけり。
祭典は無事に終了し、八王神斎代彦、斎代姫も列席し、
直会(ナホラヒ)の宴は盛んに開かれ、
八百万神司(ヤホヨロヅガミ)は神酒に酔ひ、歌をうたひ、踊り狂ふ。
このとき国代彦はたちて歌をうたひ、しきりに踊りはじめけり。
その歌は、
『時世時節(トキヨジセツ)は怖(コワ)いもの
深山(ミヤマ)を越えて谷越えて
常世(トコヨ)の国(クニ)の涯(ハテ)の涯(ハテ)
黄(キ)が気(キ)でならぬ玉の守(モ)り
時世時節は怖いもの
谷は変じて山となり
山は代つて谷となる
変れば変る世の中よ
頭(カシラ)は今に尻尾となり
尻尾は転げて谷底へ
落ちて苦しむ眼前(マノアタリ)
何の用捨も荒国彦(アラクニヒコ)の
霊(タマ)の憑(カカ)りし谷と山
どこの国代(クニヨ)か知らねども
木々(キギ)〈黄々(キギ)〉の木魂(コダマ)に響くなり
埴安宮(ハニヤスミヤ)の玉欲(ホ)しと
谷と山から攻めてくる
谷と山から狙(ネラ)ひをる
照る日の影は清くとも
雲霧たつは山の谷
虎狼も隠れすむ
気をつけ守る国世彦(クニヨヒコ)
玉は日に夜に曇るなり
曇る玉こそ替玉(カヘダマ)よ』
といつて面白く踊り狂ふ。
ここに八王大神斎代彦はこの歌を聴き、谷山彦の謀叛を悟り、
ただちに夫妻を捕へて厳しく詰問したり。
谷山彦は答ふるに実をもつてせり。
ここに斎代彦は谷山彦夫妻の職を免じ、国代彦、
国代姫をして八頭神の後を襲(オソ)はしめむと宣言せり。
この時謙譲の徳高き国代彦夫妻は、
『命(ミコト)の大命実に有(ア)りがたく、
身にあまる光栄なれど、
われはかかる聖職に任ぜらるるの資格なし。
願はくば以前のごとく宮司(グウジ)たらしめられたし。
谷山彦夫妻は思ふに元より
かかる悪事を企つるごとき邪神にはあらず。
悪霊の憑依によつて
かかる無道(ブダウ)の行動に出でられしならむ。
すみやかに神前にともなひゆきて
厳粛なる審神(サニハ)を奉仕し、
その上にて裁断あらむことを』
と涙を流し赤心面(オモテ)にあふれて奏上したりける。
斎代彦は打ちうなづき、
直ちに二人の審神を開始されけるに、
たちまち二人は上下左右に身体震動し、
邪神荒国彦(アラクニヒコ)は谷山彦の体内より、
荒国姫(アラクニヒメ)は谷山姫の体内より、
神威に畏れて脱出し、悪狐の正体を現はし、
常世の国にむかひて雲を霞と逃げ去りにけり。
邪神の脱け出でたる後の谷山彦夫妻は、
夢から醒めたるごとく前非を悔い、
かつ邪神の謀計の恐ろしきを悟り、
それより心をあらため、神々を篤く信じ、
元の誠心に立ちかへりけり。
斎代彦は今までの谷山彦夫妻の行動は、
まつたく邪神憑依の結果となし、その罪を赦(ユル)し、
元のごとく八頭神の聖職に就かしめたりける。
(大正十年十一月十八日、旧十月十九日、土井靖都録)