goo blog サービス終了のお知らせ 

蹴ログ

蹴る、闘う、観る、読む、休む、想う

別れ、出会い、出発

2007-04-29 14:14:11 | 蹴ログ
えーと、しばらくぶりの蹴ログ。書かなきゃいけないことは一杯あったのだけど、家にネットがまだ来ていないことを言い訳にしておきます。

この1ヶ月。それが1ヶ月の間に起こったこととはとても思えないような、1ヶ月。

まずは慶應義塾体育会ソッカー部女子として、初めての卒業生(6名)を送り出しました。FC COULISSEとして1年。そしてソッカー部女子として創部初年度の1年を過ごした学生達だけに、その卒業の不在感は大きなもので。ただ永遠の別れではなく、彼女たちにとっては新たな出発なわけで、涙なく、握手での送り出し。

毎年卒業生を出している学校の先生って大変だなあ。

しかし、出会いあれば別れありではなく、別れあれば出会いあり。
フレッシュな新1年生4人と、2年生2人、3年生1人の計7人の新入部員を迎え、今年も目標に向かって1歩、1歩がんばります。

仕事の方はなかなか大変で、まあまだ知識と経験がないというのがその大変な理由の大半を占めていると思うけど、まあ粘り強くやっていくしかないね。さすがに2時くらいまで会社にいて、次の日朝練が2回続くと、朝が来たのに、ちょっとわけ分からなくなって、体調悪くなったけど。昨日で一つ年を重ね、もう若くないので、無理はせずに日々生きぬきます。

荷物だらけのスペースのない部屋のスペースクリエイト、GW中に終わらせないと。


デービット 岡山湯郷BelleのGKコーチに(岡山湯郷BelleのHPより) 彼も新天地でがんばっています。今日L初戦。 








代表戦、午後半日オフ、雨時々晴れ

2007-03-27 01:07:33 | 蹴ログ
 昨日日曜日は雨で試合が中止になった関係で、スケジュールを確認する限り、実に1カ月と21日ぶりの午後半日オフ。半日休んだだけでも気持ちは楽になるもんなんだなと。まあほとんど洗濯に費やしたけど。あとオフを利用して最近スタミナぎれ状態(1コールで電池がきれる)だった携帯を買い換えました。P703iu(Docomoの公式サイト) 薄いのはいいけど、なくさないように、どこにおいたか忘れないよう気を付けます。

 24日の代表戦、横浜国際で観てきました。少し早く競技場に着いたので、オシムの考え方に当てはめるとこのメンバーが先発だろうなという予想を書いていたのだけど、左サイドバックを橋本と書いた以外は、ぴったし。けど、「中村俊輔と憲剛は一緒に使わないだろう。タイプが似てるから」と書いたのは大きな誤りで、短い時間だったけど、2人の共演はすばらしかった。もっと強い相手でこの組み合わせを見てみたい。中村憲剛が入った瞬間にボールと人が大きく動くようになったと思う。それまでは、俊輔が右サイドでためて、左サイドの駒野にサイドチェンジというのしかなかったし。

おそらくパッと見で、試合の内容としては、ジーコ時代も今も変わらないと思う。違うのはディテールというか、チームとして意図してそのプレーを選択しているか、誰が入っても、どの相手でもそのプレーができるかということ。

決してできのよい試合ではなかったけど、よいプレーはたくさんあったと思う。やっぱり俊輔や憲剛がつくる一瞬の間が好きだ。けど代表レベルでは物足りない、パスの意図のなさ(精度というよりも意識が足りん。)、状況判断の悪さ(そこでしかけないでどこでしかける?)というプレーも多い。やっぱり競技場に足を運んで自分の目で見ないとといかんね。

今自分を取り巻く天気は雨、けど時折未来の明るさを示す太陽がちらりと顔を見せます。 いろいろなしかけを今いろいろなところにしかけておくのが大事。

チームはというと、まさしく春を待つ桜です。きれいに咲くためには、寒い時期をのりこえないと。

今年度末もがんばっていきまっしょい。





月刊蹴ログ

2007-03-15 02:07:16 | 蹴ログ
テンパッテいる毎日が続いていますが、何とか元気です。

2月にシーズンが始まって以来、まあ本当にいろいろなことがあり、昨年の経験から少々のことには動じないと言いたいところですが、動じまくっているという現状。 その近況を記します。

3月5日から7日にかけて、大学女子サッカー地域対抗戦があり、関東2部の選手を中心に構成する関東B選抜の監督を務めました。

今年のチャレンジは、3回の選考練習を行い、18名のメンバーを絞り込む作業をしたことと、地域対抗戦で選抜チームとして戦う強化コース(計6回)だけでなく、大学からサッカーを始めた選手を対象とした普及コース(計3回)を行ったこと。

他大学のスタッフと共にプログラムを作り、昨年12月から、慶應のグラウンドに全コースの延べ数で100人以上の参加者を集めました。特に2部8大学全大学から選手が集まってくれたことは、大きな成果。

 また選抜チームとしては、これまで2度の地域対抗戦の参加で最下位が続き、存続を危ぶまれていたのが、3勝1敗1分で11チーム中5位となったこと。特に予選リーグで今年インカレ王者の大体大を中心とした関西と撃ち合いを演じて3-3で引き分けたこと、九州、北信越に勝ちきったことは、選抜チームという条件付きながらも、選手たちの自信になったのではないかと思います。

自分自身のチャレンジとしては、これまで慶応のチームで取り組んできたことが、他の大学の他の選手にどこまで通用するのかということが検証できたこと。オープンマインドで昨年慶応でやってきたことのエッセンスはすべて出し切った感じ。

12月から3月と長丁場で続けたので、それなりにしんどかったけど(個人的に最後は息切れしてしまった感あり)、チャレンジしたことで通用した部分と足りない部分がはっきりわかったことは、大きな収穫でした。また他大学の監督、コーチとあーでもない、こーでもないと議論しながら共同でチームを作ったことで、自分自身を見つめなおすきっかけになりました。

出し切ってしまった以上、同じことはもう通用しないので、今年の慶応が更にチャレンジをするためのハードルを自ら設定したつもりです。

今年タイで開催されるユニバーシアードの強化合宿に、関東Bチームから誰も送り込めなかったことは大きな課題だけど、今年最初の活動としては良いスタートをきれたのではないかな。

この関東Bの活動の間にも、引っ越しで徹夜したり、引っ越し用に借りたレンタカーの10人乗りバンのお腹をこすっちゃって大変なことになったり、週末勤務したり、といろいろなことがあったのだけど、それは些事ということで、、。

くじけずがんばっていきまっしょい。

スタート

2007-02-20 00:09:06 | 蹴ログ
 わが社の硫黄島(と勝手に呼んでいるだけだけど)に異動し20日、2007年シーズンが始動し7日が経とうとしています。その中でも家族のこと、引っ越し先の契約などなど、信じられないくらいたくさんの出来事があり。

 けど毎日歯を食いしばって1日、1日しっかり生きる。どんな状況でも前への一歩を踏み出す。そんな1日を過ごすことはもう2度とできないのではないかと思う。

 しばらくはひたすら穴堀り、がんばります。

現役引退

2007-01-29 01:19:08 | 蹴ログ
今日の試合で勝っても負けても、と思っていましたが、まだやめられないね。
ここまできて、現役の定義って何だというのもあるけど。向上心、負けて悔しい気持ちがあるうちは現役ということにしてください。例えチームがこれまでのような形でできなくなっても。

「できあがったカテドラルのなかに、ぬくぬくと自分の席を得ようとする人間になってはだめだ。自分がカテドラルを建てる人間にならなければ、意味がない。」(須賀敦子 「ヴェネツィアの夜」) 

というサン=テグジュベリの言葉を、つい先週部員に紹介したのだけど、自分はこのチームで、みんなが作ってくれる居心地のよい環境にただただ甘えて、まさしくぬくぬくと自分の席を得ようとする人間でした。

メンバーのバランスを考えながら、セットを何度も書き直す四戸の姿を見てそう思った。

試合後の集合でいつも冷静で相手の裏をかくことばっかり考えている(と思っている)彼の涙を見たのは、もう10年以上も同じチームで一緒にやってきて初めてではないか。

自分は少なくとも今シーズンは、泣く資格がないと思っていたので、涙は寸手のところでとどめました。

もう創業当時のメンバーはみんなover 30だけれども、平日は馬車馬のように働き、それでも夜家に帰ってランニングし、毎週末の練習や試合で一喜一憂し、負けて泣ける、そんなover 30があってもいいじゃないかと思う。


研究所内での異動があり、明日から、また新たな世界に飛び込むことになります。あと少しは闘うサラリーマンでありたいと思います。


My カリスマ美容師

2007-01-20 00:44:07 | 蹴ログ
 My カリスマ美容師の大藤さん、
ARIMINOのフォトコンテストグランプリ(ARIMINOのnewsページ)を獲得したとのこと。My カリスマ美容師ではなくて、みんなのカリスマでした。

6年越しの初受賞とのこと。やはりそういったチャレンジの積み重ねが結果につながるんだなあ。

その写真の美しさにはしばらく何も言えず見入ってしまった。

そんな人にカットしてもらうだけでも勇気をもらえる。一期一会(大藤さんによると一期二会が目標だそうですが)って大事だなあと思います。

チャレンジ

2007-01-18 01:04:10 | 蹴ログ
深澤仁博選手、カナダのモントリオールインパクトで2シーズン闘った後、動向を気にしていたのですが、2007年シーズンはACLで川崎フロンターレと同組に入っているタイのバンコクユニバーシティの一員として闘うことになったとのこと。
彼のチャレンジはまだ続きます。

彼をはじめて知ったのは、テネリフェというアフリカ大陸の横にある小さな島で、当時リーガエスパニョーラ1部のチームで、ただ一人の日本人としてがんばっているとき。

寺本くんも昨年のアジア大会で、日本の大黒柱としてがんばっていました。(TBSの番組に筋肉むきむきで突然現れたときは、びっくりしましたが。)彼も同じくスパンブリという日本人なんて一人もいないタイの田舎町で、一人闘っていました。

彼らには到底及ばないけれど、自分自身もチャレンジし続けなければ。

けど、今日は珍しく マッコリを飲みすぎてふらふらです。今日飲んだ黒豆のマッコリは大ヒット。けどやばい。

「勝ちにいく身体」

2007-01-16 01:12:39 | 蹴ログ
 恥ずかしい話ですが、「奈緒子」の原作者の坂田信弘が、ゴルフの坂田塾の坂田さんとはこの本を読むまで知りませんでした。その坂田信弘と、斉藤孝の対談形式。

 上達のためには、戻るところがある、戻るところを作る。というのは、どの分野でも通ずるところなのだろう。

 今、アーセナルvsブラックバーン観てるけど、アーセナルが前半13分で一人退場になった途端に、バランスをとりながらも機を見て人数をかける闘い方になって、1-0でリードしちゃった。この応用力というか、集中力というのは何ともいえない。

勝ちにいく身体

角川書店

このアイテムの詳細を見る

「おはぎ」

2007-01-10 02:05:39 | 蹴ログ
この今のニュートラルな時間がとても貴重だ。
 
ヴィッセル神戸でJ1残留争いとなった03年シーズンを振り返ってのKazuの言葉から

~「プレーだけでなく、チームのディテール(細かいところ)の部分で、もっと作業をしていかなければいけなかった。」
~(中略)「子どもがやるようなインステップキックの練習からやり直すぐらいの気持ちでいなければ。オフの半分をリラックスに当てたら、あとは自分たちのサッカーを見つめ直す時間に使ってほしい。自分も経営者も含めて「プロとは何か」をしっかりとね。」

大学の頃、当時のコーチに、プロだと思って準備をしろといつも言われた。そのコーチは、例えば試合の前日に、試合をする競技場の芝の長さと固さを、人気のない競技場で計ってくる、そんな人知れない準備のことを言っていた。その精神は理解し実践しつつも、僕は常に、プロじゃなくてアマチュアだからこそ、そういう準備が必要なんだと考えていた。

大学のサッカーはプロではない。スタッフだって良いか悪いかはべつとして手弁当の世界。けど、自分たちで部費を払い、生活の貴重な時間を費やす、全ては自分の選択でやっていること。だからこそ、最善の準備をするべきなんだと思う。

常盤木学園V・・・サッカー全日本女子ユース選手権(8日スポーツ報知)

常盤木は、4年連続でインターハイ準優勝で、シルバーコレクターと呼ばれようが(それ自体すごいことなのだけれど)、自分たちが目指すサッカーがぶれなかった。そしてしっかりと結果を残した。それがすごい。

自分自身の、そしてチームの1年間のチャレンジを振り返ってみると、シーズン当初に志向したサッカーを1年間やりぬくことができず、リスクを負えなかったことを否めない。それではある程度の結果を残せても、それ以上はないなというのが1年間の正直な反省。 けどそういう反省が出てくること、リスクを負うというのがどれくらい難しいかが分かったことこそ、1年間の成果。

仕事、サッカー両面でしっかりと長期のビジョンを描きたい。

おはぎ

講談社

このアイテムの詳細を見る

2007年「あたり前のことをあたり前に」

2007-01-03 03:27:41 | 蹴ログ
 思えば激動だった2006年は大晦日の早朝、突然お腹を壊し、あまりの苦しさに救急車で病院に運ばれるという、ある意味激動(胃腸がですが)のまま終わりました。大晦日早朝の救急病院は、同じような症状で運ばれてくる人ばかりで、救急を告げる電話が鳴るたびに、医師や看護婦が「またか」とため息をつく、そんな雰囲気を、朦朧とした意識の中で点滴を受けながら感じていました。幸い感染性の今流行のノロウイルスではなく、家族で体調を壊したのは自分だけだったことがせめてもの救い。この時期にノロウイルスにやられたら、家族が正月を迎えれなかっただろうから。原因は妹の要点をまとめる力の欠如によるものだという説が有力。「大丈夫だった?」と聞いて、「大丈夫だった」と応えるのと、「~~したから(結果的に)大丈夫だった」と応えるのは大きな違い。コミュニケーションは難しい。ただ早朝から病院に付き添ってくれたのも頼りの妹だったことを補足しておきます。

 おかげで実家でのんびりと本を読みつつ過ごしています。何でこんなにのんびりと、心に余裕があるかというと、トレーニングして、試合して、分析して、トレーニングして、試合してという1シーズン続いた短くかつ長いサイクルから開放されたから。きっと選手も同じように開放感を感じているんだろうなあと思う。このニュートラルな時期に、いろんな人に会い、いろんな本を読み、いろんな勉強をし、どれだけピラミッドの土台を大きくできるかが大事。

 2006年初頭に、そして2006年の中で、
「自分を生き、そして人に貢献する」 
・1日1日の生活の中で意識をあげていくこと。
・考えた事を即行動できるコンディション(心身とも)に自分をおいておくこと。

と目標を定めた。2006年年初は、ソッカー部女子の創設という大きな動きは決まっていたけれど、自分がどうそれに関わるのか、自分がどうしていけばよいのかというのが漠然としていたため、目標も漠然としているように思える。ただ、最終的に2006年に仕事、監督の両立に挑んで、実際に起きたことを考えれば、この目標は的確だった。しかし、要点を押さえていたのにも関わらず、その達成度はというとかなり低いと感じるのが残念だ。

 それは「自分」を生きることができなかったこと。「自分」が今やるべきことをしっかりとやって「人」(社会)と関わるべきなのに、自分自身の弱さから「自分」と向き合えなかったことが多々あった。それが残念。「自分」を生きれないことが、「意識」の低下、コンディションの低下に直結した。「低下」というのは自分が求めるレベルに比べて低下という意味だが、そのことが自分だけでなく、結果的に人に迷惑をかけたことが多々あったという事実がある。

 2006年のチャレンジは、自分自身に様々な問いかけ、様々な試練を投げかけてくれた。中にはどうしたらよいのか全くノーヒントで、呆然と立ちすくむようなものもあったし、自分自身の心の芯をつつくような、苦しい思いを伴うものもあった。自分自身がそれに対して繰り出した応えや行動は、今考えれば決して間違っていなかったと思う。ただ、それに対して、自分自身がどういう立ち方で向き合ったか、その立ち方が大事。

 というわけで、2007年は「あたり前のことをあたり前に」できる自分でありたい。「あたり前」というのは人の主観で決まることなのだけれど、その「あたり前」のハードルを自ら高く設定しつつ、それを「あたり前」にできる自分でありたい。これは目標でなくスローガンかな。

 蹴ログを読んでくださっている皆様には、ぜひその「あたり前」のハードルをあげるお手伝いをお願いできれば。

 2007年は、また新たなステージ、新たなチャレンジが目白押し。すごいことを成し遂げられるんではないかというわくわく感で一杯です。本年もご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

 2007年もがんばっていきまっしょい。
 

2006年シーズン終了のご報告

2006-12-30 02:02:36 | 蹴ログ
 昨夜実家に帰ってきました。
 23日に東京都リーグ3部最終節があり、2-0で勝利して、3部優勝、2部リーグ昇格を果たすことができました。大学リーグ1部昇格を2-0から追いつかれて逃してからちょうど1ヶ月。

 ここで何も手にすることができなければ、1年間頑張ったみんなの心が折れてしまうのでは。そんな気持ちと闘った1ヶ月。

 そして学生ならではの4年生はこの1ヶ月で引退という現実。彼女達が卒業後に自分達がやってきたことを自信をもって語るためにも、絶対に必要な結果でした。

 他チームが先に試合を消化したため、3戦で勝ち点7以上が絶対条件という決して楽ではない状況の中で、最終的に2位だったチームとの大一番を2-1で乗りきり、その後2-0, 2-0としっかりと結果を残したこのチームは、入れ替え戦での悔しさをバネにして、文字通り一つステージを上がるにふさわしいチームになることができたのかなと思います。

 部になったことによる環境激変への戸惑い。シーズン当初から相次いだ怪我人。練習試合ではほとんどぼろ負け。ほぼ始発で集まり6時30集合7時開始という朝練。1年間みんなが味わった苦労というのは語り尽くせないですが、このチームの一員として闘うことができて本当によかった。

 そして卒業する4年生。

 喋り出すとどんどんテンションが上がって声が大きくなるガチンコ主将は、チームをまとめるとともに、勝負所で素晴らしいゴールを決めてくれました。入れ替え戦の先制ゴールは、練習通りだけれども、こちらが試合前に描いていたイメージを凌駕するゴールで一生忘れない。

 最近まで妹だと勘違いされていた主務は、グロインペインに苦しみながらも、持てる能力をフルに出しきって、中盤の殺し屋として闘いぬきました。どちらかというとチームの中心選手を生かす役回りだったけど、チームとしては絶対に欠かせない選手。

 初めて会ったときにマネージャーだと思ったくらい小さくて、学力優秀な選手は、怪我を克服し、強い気持ちとともに、試合では印象的なダイレクトシュートを決めてくれました。日が落ちそうなグラウンドでこれ終わらないと今日終わらないとリフティングやったなあ。
 
 10時-17時というサラリーマン顔負けのコアタイムで研究を続ける選手は、いつも私を試合に出せという厳しい視線を監督に向けながら、シーズン当初の目標通り大学リーグでゴールを決めてくれました。 

 9月卒業のため、大学リーグ半ばで引退を余儀なくされた選手は、その後の試合で彼女がここでいてくれたらと思うくらい、貢献度のある選手に成長してくれました。何よりも体育会になることを望んでいた彼女が試合にでることができて本当によかった。

 チームに関わりたいとフィジカルコーチ兼選手で戻ってきてくれたつーちゃんは、GKからフォワードまでほぼ全てのポジションでユーティリティぶりを発揮すると共に、選手の体調管理レポートを逐次送ってくれました。

 最後に、ゆるいのかしっかりものなのかよく分からない守護神は、さまざまなGKコーチの教えを吸収して、とても大学からとは思えない安定感のあるGKに成長してくれました。彼女がシーズン終盤に骨折し出場できなかった2試合で、彼女のいいところはコーチングだったんだと再発見。 ベストイレブンの名にふさわしいゴールキーピングでした。
 
 2006年度、応援いただいた皆様ありがとうございます。2007年もソッカー部女子のチャレンジは続きます。来年も宜しくお願い致します。