きんいろなみだ

大森静佳

「塔」2021年7月号 作品2(小林幸子選)

2021年07月30日 | 短歌
付箋をつけた歌より

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約束をしないから良い日々であるのびてちぢんで来月余白 小田桐夕

石鹸をシャボンと呼びし祖母の名をパスワードとし密かに愛す 渡部和

わたくしが神様ならばカブトムシの雌には角を二本与える 森山緋紗

刈り上げた襟足の潔さが君 春なんてもの愛でずともよい 小松岬

春づける地の上を草の芽ふみてゆくわれが侵さむもの限りなし 三上糸志

三階に教室十二カーテンの閉まっていたり揺らめいていたり 水谷英子

澄みわたる汽水に映る橋影をかすかに揺らして春の潮来る 吉井敏郎

湖に向けた車に窓を閉ぢクラリネットを吹く人が居る 内藤久仁茂

春が来て草も木の芽もありんこも十倍速で動き出しおり 山口淳子

「塔」2021年7月号 作品2(前田康子選)

2021年07月29日 | 短歌
付箋をつけた歌より

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「奇跡的に全壊でした」と答えたり全壊の上に流失ありて 逢坂みずき

掛け金をことりとはづせば寒がりの小さな箱がのばらをうたふ 若山雅代

「こちょこちょ」というだけで子は笑いだし我の空白色づいてゆく 王生令子

柿わかば朝の雨に濡れてあをり読まるるまへのページは翳り 岡部かずみ

防波堤しぶきに濡れてどの町の本屋にも谷川俊太郎 奥川宏樹

呼び捨てに俊郎と言うは此れの世に九十八の惚けし母のみ 坂下俊郎

こねあげてゆく水餃子三十個みんな味方の三十個なり 星亜依子

午後の陽のひかりの粒に吹かれをり「ゆ」の字の暖簾の紫は褪せ 栗栖優子

おづおづといふ感じにて昇り来てわたしひとりのものとして月 高橋ひろ子

「塔」2021年7月号 若葉集(山下洋選)

2021年07月28日 | 短歌
付箋をつけた歌より

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床に置く原色図鑑に見ていたる花かまきりの花のくれない 山尾閑

「どこか」って言う眼差しに海宿る すべての海が正しく揺れる 錫木なつ

セーターを広げて畳んで胸に抱く遺影の母が着ているこの服 かみくらめぐみ

帯締めの絹の声聞く全山が傾くほどの恋であらうか 小林純子

右頬に海の刺繍を入れました忘れたくないことがあります 鹿沢みる

車窓には入りきらないマンションの三階ベランダの市松毛布 鈴木初子

言語野の深さに私 明日にはくらくてひどいものが生まれる 津隈もるく

きみの手をきみと手に分け手を握る きみがほんのりひかる夕暮れ 長井めも

運転席からは見えなかった月の話に歩きだして追いつく ワトゾウ

鼻風邪の娘は口で呼吸する熱くて痰の匂いの寝息 黒澤沙都子

わるいひとではないのだとこぼす人そのかたわらで浅くうなずく 浅井文人