わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

分離~サム・J・ミラー

2023-01-20 21:38:58 | 海外SF短編
「(おれの息子を返してくれ。)と叫びたかった。(おれを愛してくれる息子を。あの子はどこにいるんだ。あの子になにをした。この不機嫌そうな生き物は、どこのどいつだ。)眼下に張りめぐらされた、クアナークの二百万におよぶ命をささえている鋼鉄の格子を通して、黒いグリーンランドの水が、われらが洋上都市の水門に打ち寄せていた。」

 環境破壊と地球温暖化が進み、居住できる土地、工作できる土地が水没し、激減した近未来の世界では、限られたエリアの洋上都市クアナークの高層階に住む、まさに開創の高い人々と、土地を追われ、難民として、仮想の苛烈な労働に従事する人々とに分断され、乏しい資源と食料のもとで、格差が強烈な社会となっていました。
 主人公は、海に沈んだ北アメリカから、スウェーデンに逃れてきたものの、よい仕事は見つからず、氷河から割れて漂い出る氷塊を捕獲し、水を確保する「氷船」の乗組員として、「蟹工船」ではないですが、劣悪で過酷な労働に就かざるを得ない境遇です。
 主人公は、ここへ逃れてきたばかりのときに、上流階層の女性と恋に落ち、一人息子のセデをもうけます。将来のことを考えて、母親にセデのことを託すのですが、航海のあいまに、息子と会えることだけが、彼の生きがいとなっていました。
 セデが幼いころは、父親と会うのを喜び、主人公も父親としての強さと頼りがいのあることを誇示することに幸せを感じていたのですが、セデが成長するにつれて、父子関係に微妙な影が差し始めます。
 セデとのすれ違いを感じている主人公は、長期の航海へと出る前に、セデとの信頼関係を取り戻し、自分が何であるかをあらためて息子に示そうとの強い決意をもって、ある行動にでるのですが・・・。

 セデには、同性の恋人がいるのですが、父親には何も話しません。
 住む環境の相違もあり、父親との価値観のギャップは埋めがたく、セデは父親のことを理解はしつつ,苛立ちを隠せなくなっています。
 父親も、わかっちゃいるけど、今更、どうにも変えられない、そんなもどかしい、不穏な雰囲気がじわじわと悪化していきます。

 「「あのふたりをどう思う?」息子と同じ年ごろの少女ふたり組を顎で示す。
 しばらく、彼は返事をしなかった。それからこういった。
 「パパがうしろ向きのマッチョ文化のなかで育ったのは仕方がないけど、せめてそれを胸の内にとどめておけないの?」


 いや、これは、実に痛切な言葉ですね。子供との価値観の衝突の経験ある親としては、自らを省みると、ぐさりと胸に刺さるのではないでしょうか。

 主人公が自分の故郷であり、アイデンティティのバックボーンとなっているニューヨークを思い起こすことのできる大切な宝物として、セデに贈ったTシャツをめぐって、ストーリーは悲劇的な展開をたどっていきます。

 結末が意外でショッキングというわけでなく、途中で、展開は見えるのですが、そのとおりになってしまうというのが読んでてつらいですね。
 環境破壊をもたらし、格差と分断を生み出す、今の社会のありかたが行きつくディストピアを、その変化に翻弄される父子のパーソナルな視点から、鋭利に、タイトに描いた優れた作品だと思います。
 少しは、未来への明るい展望の兆しというものを示唆するというラストはよくあるのですが、この作品は全く容赦のない分、おためごかし的なきれいごととは一線を画し、強烈な迫力をもたらしていると感じました。
 
 「SFマガジン」2022年4月号~特集・BLとSF~に掲載されている作品です。
 作者のサム・J・ミラーは、1979年ニューヨーク生まれで、男性パートナーと暮らし、ゲイに関わる作品を多く書いています。貧困に苦しむ人たちを救うための社会活動家としての実績もあるようです。
 この「分離」(calved)は、ガードナー・ドゾワ選のyear's bestをはじめ、各種年間ベストに選ばれています。
 Short Stories | Sam J. Miller

 

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