『改良人類』
「「どのぐらい寝てたんだい?」
「六一七年と三か月になります」
「は?600年?なんで起こしてくれなかったんだよ!」
ALSを患っていた主人公の劉海南は、治療法が確立されているであろう未来に希望を託して冷凍睡眠に入っていました。彼が、600年後に目覚めたとき、遺伝子改変の技術が極度に進み、遺伝子に関わる病気はもちろんのこと、性格や容姿に至るまでコントロールできるようになり、まさに「理想的」な人々からなる社会が実現しているように見えました。
ところが、行き過ぎた弊害として、遺伝子の多様性が失われてしまい、再度取り戻すには、配列を固定している「ロック機能」を解除する必要がありますが、これができなくなってしまっていました。このため,ひとたび悪質なウィルスがはやると、人類全滅となるリスクが極めて高くなっているという深刻な事態に陥っています。
主人公は、自分の遺伝子の提供で危機回避に貢献できるならと、協力を請け合いますが、彼と双子の兄弟であった、劉辰北教授が主人公に残していた、ホログラムによるメッセージを聞き、仰天してしまいます。
これまで、冷凍睡眠から目覚めて、「協力」した人々は、再び、意識のない状態で水槽に漬けられ、「ロック」を解除できる遺伝子を何とか見つけ出すための「生体実験機器」とされていたのです。
自然の摂理に背いて、あまりに人為的な選択を進め過ぎた結果、大変なリスクを背負ってしまい、生き残るために、主人公たちに対して、非人道的な行いをすることもやむなしという、「改良人間」たちの身勝手な割り切りがなかなかにえげつないものがあります。
見目麗しく、礼儀正しく振舞う人たちが、このような措置を、悪気なく、合理的なものとして、粛々と行い、実験台とされる「改良前人類」への自責の念や葛藤が感じられないのが、これぞ優生思想というものでしょう。
とはいえど、主人公が危地を脱するためには、改良人類を絶滅させてしまうことになり、残された水槽漬けの改良前人類による再興の可能性も甚だ希望の見えない状況です。
水槽漬けか、ジェノサイドか、主人公が選択を迫られるところは、まことに同情してしまいます。
どちらかといえば、主人公に感情移入はするのですが、自分だったらどうするんだろうと考えてしまいますね。利己主義こそ、人類の本質と言われれば、そうかもしれないのですが。
なかなかにシリアスなお話なのですが、哲学的に分け入っていくという趣旨ではなく、究極のシチュエーションの設定を楽しめる作品だと思います。
明快で読みやすく、どことなくとぼけた、あっけらかんとした雰囲気も持ち味です。
『猫が夜中に集まる理由』
作者の王諾諾は、もう一篇、巻末に愛らしい小品が掲載されています。
シュレディンガーの猫を題材に、エントロピーの増大を少しでも食い止めようとする、崇高な犠牲的使命を担う、「猫族」のお話です。
猫の集会、猫の家出という、猫のあるあるを背景として、猫の人に媚びない魅力が、奇想天外な使命とマッチし、不思議な宇宙感覚のあるおとぎ話のような作品です。
「僕たち猫は一日中、手持無沙汰で目的もなさそうにダラダラ過ごしてる。人間に糞尿を始末させたり、やりたい放題だ。でも君は考えたことあるかい?なぜ猫はこんなふうに毎日偉そうに、少しも悪びれもせず、思い上がって暮らしてるんだろうって?」
猫をいとおしく思う気持ちにあふれており、猫好きな人には、泣ける作品でもあります。
猫SFアンソロジーには、加えたい一品となりました。
「中国・アメリカ 謎SF」には、意識、知性とは何かを、吃驚するようなアイデアを「つかみ」として紐解いていく「マーおばさん」を巻頭に、題名通りスラップスティックなおバカSF「焼肉プラネット」、陰鬱で厭世的な終末話が心地よい「降下物」などなど、バラエティに富んだ作品が揃い、編訳の柴田元幸、小島敬太,両氏の目利きのよさを楽しめます。
「「どのぐらい寝てたんだい?」
「六一七年と三か月になります」
「は?600年?なんで起こしてくれなかったんだよ!」
ALSを患っていた主人公の劉海南は、治療法が確立されているであろう未来に希望を託して冷凍睡眠に入っていました。彼が、600年後に目覚めたとき、遺伝子改変の技術が極度に進み、遺伝子に関わる病気はもちろんのこと、性格や容姿に至るまでコントロールできるようになり、まさに「理想的」な人々からなる社会が実現しているように見えました。
ところが、行き過ぎた弊害として、遺伝子の多様性が失われてしまい、再度取り戻すには、配列を固定している「ロック機能」を解除する必要がありますが、これができなくなってしまっていました。このため,ひとたび悪質なウィルスがはやると、人類全滅となるリスクが極めて高くなっているという深刻な事態に陥っています。
主人公は、自分の遺伝子の提供で危機回避に貢献できるならと、協力を請け合いますが、彼と双子の兄弟であった、劉辰北教授が主人公に残していた、ホログラムによるメッセージを聞き、仰天してしまいます。
これまで、冷凍睡眠から目覚めて、「協力」した人々は、再び、意識のない状態で水槽に漬けられ、「ロック」を解除できる遺伝子を何とか見つけ出すための「生体実験機器」とされていたのです。
自然の摂理に背いて、あまりに人為的な選択を進め過ぎた結果、大変なリスクを背負ってしまい、生き残るために、主人公たちに対して、非人道的な行いをすることもやむなしという、「改良人間」たちの身勝手な割り切りがなかなかにえげつないものがあります。
見目麗しく、礼儀正しく振舞う人たちが、このような措置を、悪気なく、合理的なものとして、粛々と行い、実験台とされる「改良前人類」への自責の念や葛藤が感じられないのが、これぞ優生思想というものでしょう。
とはいえど、主人公が危地を脱するためには、改良人類を絶滅させてしまうことになり、残された水槽漬けの改良前人類による再興の可能性も甚だ希望の見えない状況です。
水槽漬けか、ジェノサイドか、主人公が選択を迫られるところは、まことに同情してしまいます。
どちらかといえば、主人公に感情移入はするのですが、自分だったらどうするんだろうと考えてしまいますね。利己主義こそ、人類の本質と言われれば、そうかもしれないのですが。
なかなかにシリアスなお話なのですが、哲学的に分け入っていくという趣旨ではなく、究極のシチュエーションの設定を楽しめる作品だと思います。
明快で読みやすく、どことなくとぼけた、あっけらかんとした雰囲気も持ち味です。
『猫が夜中に集まる理由』
作者の王諾諾は、もう一篇、巻末に愛らしい小品が掲載されています。
シュレディンガーの猫を題材に、エントロピーの増大を少しでも食い止めようとする、崇高な犠牲的使命を担う、「猫族」のお話です。
猫の集会、猫の家出という、猫のあるあるを背景として、猫の人に媚びない魅力が、奇想天外な使命とマッチし、不思議な宇宙感覚のあるおとぎ話のような作品です。
「僕たち猫は一日中、手持無沙汰で目的もなさそうにダラダラ過ごしてる。人間に糞尿を始末させたり、やりたい放題だ。でも君は考えたことあるかい?なぜ猫はこんなふうに毎日偉そうに、少しも悪びれもせず、思い上がって暮らしてるんだろうって?」
猫をいとおしく思う気持ちにあふれており、猫好きな人には、泣ける作品でもあります。
猫SFアンソロジーには、加えたい一品となりました。
「中国・アメリカ 謎SF」には、意識、知性とは何かを、吃驚するようなアイデアを「つかみ」として紐解いていく「マーおばさん」を巻頭に、題名通りスラップスティックなおバカSF「焼肉プラネット」、陰鬱で厭世的な終末話が心地よい「降下物」などなど、バラエティに富んだ作品が揃い、編訳の柴田元幸、小島敬太,両氏の目利きのよさを楽しめます。
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