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わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

顔の美醜について~テッド・チャン④

2022-02-01 23:19:28 | テッド・チャン
その根深い社会問題とは、ルッキズム、すなわち容貌差別です。ここ数十年で、人種差別や性差別に関する議論は活発になりましたが、容貌差別についてはまだ遠慮があるようです。けれども、恵まれない顔立ちの人びとに対する偏見は、信じられないほど広まっています。人間はだれに教えられるともなくそんな差別をします。それだけでも困ったことなのに、現代社会はこの傾向に抵抗するというよりも、むしろ積極的にそれを助長しているのです。

 「ニューロスタット」というプログラム可能な薬剤を、脳組織の特定部位で活性化することで、その部位の神経インパルスを一定値以下に引き下げることが可能となったところで、顔の美醜を感知する神経回路を特定できたことから、「美醜失認処置」が発明されました。

 この処置を受けると、人の顔を見ても、美しいか、醜いか、わからなくなります。また、ニューロスタットは簡単に不活性化することもできるため、この処置を受けることは、そんなにハードルの高いものでもありません。

 ある大学で、ルッキズム反対の学生団体が、在籍学生は、全員この処置を受けるべしとの運動を始めたことから、賛成派、反対派、さらに、広告業界、医療界などなど、様々な論戦が展開されていきます。

 ルッキズムについては、昔のように露骨なものは見えなくなったとは思いますが、なんとなく暗黙の了解の中で、潜在化しているのではないか。これはおかしいと積極的に発言する人は増えていますが、人権意識の高まりによって、だんだん解消されつつあるといえるのでしょうか。

 この物語の設定は、ハイテク整形のような、現状対応型の手法ではなく、美醜の認知機能を無効化するという、価値転換的な手法を使うところがミソであります。

 卑近に言うと、例えば、別嬪な方が、ルッキズム反対と主張したとして、申し訳ないが、白々しさを感じてしまうのは、下種の所以なのだろうが、「美醜失認処理」は、そういう本音と建て前のドロドロ、グダグダを一掃してくれそうな、クリアさがあり、それが物語の議論の明快さと面白さにつながっているのではと感じます。

 反対派の意見で、全員が処理を受けているという前提であればよいが、受けない人も認めるならば、その人のルッキズムによる行動は、処理を受けている人にとっては認識できないことから、ルッキズムを容認する人によって、かえってルッキズムが助長されるリスクがあるというのは、なかなかの課題提起だなと思いました。

 確かに、生まれた時から、自分の容貌についての自己認識をすることなく、「美醜失認処理」を全員が受けることになれば、ルッキズムは解消されるでしょう。これはこれで、管理社会の怖さではありますが、それは別として、そのような処置がもたらす弊害について、合理性、正当性があるか、作者は、いろいろな観点からの考え方を提示してくれます。
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