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わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

「やせっぽちの真白き公爵の帰還」~ニール・ゲイマン②

2025-01-10 21:32:36 | 海外SF短編

 David Bowieがこの世を去ったのは、2016年の今日、1月10日でした。

 私の住む京都には、ところどころに京都を愛したボウイの足跡が残っています。

 1970年代後半、アメリカから欧州へと戻ったボウイは、「ロウ」(1977年)「英雄夢語り」(1977年)「ロジャー」(1978年)のベルリン3部作を仕上げる合間に、たびたび京都を訪れ、まるで地元人であるかのような時間を過ごしています。以降も、CMの撮影、妻イマンとの新婚旅行など、京都と深く関わってきたボウイ。

 観光場所とは異なる、でも、京都らしさが感じられる、何気ないまちの風景に不思議と似合うボウイの姿を撮した鋤田正義氏による数々のショットは、色あせることなく、京都の魅力を高めるコンテンツにもなっています。ボウイにちなんだ場所やエピソードは、京都のボウイ伝説として語り継がれていくことでしょう。

 さて、ニール・ゲイマンの「やせっぽちの真白き公爵の帰還」(The Return of the Thin White Duke)は、ボウイのトリビュートとして、2004年に発表されました。あるファッション雑誌がボウイ夫妻を取り上げ、天野喜孝氏に絵を描いてもらおうとした際に、天野氏のたっての希望により、ニール・ゲイマンに依頼して、このコラボ作品を載せることとなったそうです。

 時と場所を超えて、あらゆるものを統べる公爵は、永い治世のうちに、いつしか心動かされる物事もなくなり、モンスターと呼ばれる存在と化していました。

 そんなある日、公爵は、世の果てのあわいの地に囚われている女王を救ってほしいとの「情報虫」からの願いを聞き、忘れかけていた心の高ぶりを思い出して、強力無比な軍馬にまたがり、出立します。遮るものを蹴散らし、王女のもとに着いた公爵ですが、女王からは、救いを求めているのは公爵であり、女王の愛で満たされるこの地にとどまるよう説得されます。

 公爵は、この地の先の霧にもやる彼方に何があるのかと女王に問います。存在が消滅してしまい何もなくなるか、あるいは自らが創ることになる世界だと聞いた公爵は、女王を後にして、靄の中へと進んでいくのですが…。

 「Thin White Duke」は、ボウイの幾つかのペルソナとして、あの「Ziggy Stardust」の派手な巨名と比較すると、憂鬱げで地味に見えるキャラかもしれませんが、スタイリッシュで無感情な外面の内に、神経症的な狂気もうかがえる造形は、端正な貴公子然とした雰囲気を持つボウイによく似合っていました。ただ、アメリカでのショービジネスに疲れ、コカインを過剰摂取していた時代のペルソナで、パフォーマンスの中でのナチズムへの親和的な言動とか、いろいろ物議も醸したこともあってか、後年は、ボウイもあまり言及したくなさそうであったようです。

 そんなキャラを持ってきたゲイマンですが、さすが見事にファンタジックなイメージに転化して描いています。ゲイマンは、2015年に出版された、この作品を含む短編集「Trigger Warning」を、物語化したことの許しをしたためた添え状とともにボウイに贈呈したようですが、もう少し早ければ、ゲイマンがボウイと会う機会もあったかもしれません。

 題名の「The Return of the Thin White Duke」は、1975年の主演SF映画「地球に落ちてきた男」の後、1976年に発表されたアルバム「Station to Station」のタイトルナンバーの冒頭のフレーズに出てきます。 

The return of the Thin White Duke
Throwing darts in lovers’ eyes
Here are we, one magical moment
Such is the stuff from where dreams are woven
Bending sound, dredging the ocean
Lost in my circle
Here am I, flashing no colour
Tall in this room overlooking the ocean
Here are we, one magical movement
From Kether to Malkuth
There are you drive like a demon
From station to station
 
 「霧の向こうはマルクト、すなわち王国です。でも、あなたが存在させないかぎり、それは存在しません。あなたが創るままになるのです。もし霧のなかに踏み入れるなら、あなたは一つの世界を創り出すか、きれいさっぱり消滅するかしかありません。そうしてもいいわ。どうなるかわたしにもわからないけれど、これだけはわかります。わたしから去るなら、二度ともどることはかないませぬ」

 ゲイマン描く、真白き公爵は、靄をぬけて、我らが地上へと降り、若者に戻って、ギターケースを手にし、これから征服しようとしている世界にふさわしい言葉を探しながら、新たな舞台へと歩んで行きます。

 音楽、演劇をはじめマルチな舞台で、独自の美意識により独創的な世界を造り、また変容することを恐れなかった希代のアーチストにふさわしい言葉は、一つに決められるものではないのでしょう。

 物語では、公爵は女王のもとを去っていくのですが、女王のモデルであるイマンとは、ボウイは最後まで連れ添いました。彼らの結婚記念日4月24日には、毎年、イマンがボウイへのメッセージを発信しています。

On April 24th, 1992, David and Iman married at a registry office civil ceremony in Lausanne, Switzerland. Iman marked the 32nd anniversary of that event today with a photograph of the couple in Amsterdam taken by Ellen von Unwerth in 2003. (We’ve used a crop of the same image)

 2023年のメッセージには、こうあります。

Iman also posted the following message online:

“THE YEARS MAY PASS, BUT STILL, YOU STAY AND STAY AND STAY”

本当にそうですね。ここ京都にも、ボウイはSTAYしています。

 

(蛇足)

 ちなみに、アルバム「Station to Station」には「Stay」という切れのいいリフが印象的なナンバーがあります。もう一曲、「Golden Years」は、私が中学生の頃、ラジオから流れてきて、ボウイの曲を聴くきっかけとなった懐かしのナンバーです。

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