お寺ふぁん・続

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平成高野山 2018紅葉 ビルマ方面軍

2018-11-04 09:53:11 | 紅葉

 なんでも平成最後を付ければいいというもんじゃないでしょうけど・・事実として平成最後の紅葉となりました。

 

 蛇腹道を経由して壇上伽藍に向かいます。

 

 朝が早いので日差しは強くありません。少し風があります。

 

 弁財天の池にも映り込み・・

 

 

 壇上伽藍に三塔があります。朱の残る東塔。

 

 東塔から根本中堂を見ます。

 

 根本中堂は内部を公開していますね(有料)。見たことありません。

 

 

 

 

 西塔は周辺建物も含めて古いものですね。

 

 

 

 

 

 中庭的な場所に三鈷の松があります。三本枝の松葉です。 これまで意識してなかったので知りませんでした。

 空海が”教えを開く適地はどこか?” と中国の港から三鈷杵を投げたところ、この枝にひっかかっていたとか・・

 ロマンですね。・・じゃなきゃ空海か三鈷杵の超能力・・

 

 葉だけでもいいですね。GSのところの信号交差点付近のもみじ、銀杏、高野槙の造る錦はいつも発色がよくて美しいです。

 

 上空は航路のようです。飛行機が行き違います。

 

 

 ここ成福院は、高野に来ると立ち寄ります。

 

 ユニークな外観もですが、造った趣旨が悲しいです。

 日本軍にビルマ方面軍というものがありました。

 インパール作戦を実行した軍です。

 いわゆる策源地攻撃にあたる作戦で、敵の攻勢の基点になる箇所を先制攻撃するというもので着眼はいいとされます。

 それまで実行に移されなかったのは兵站(補給)の問題が解決されないためです。

 ”武士はくわねど高楊枝” ”糧食軍備は牛馬に背負わせ、消費したらその牛馬は食料” ”日本人は元来草食人種、緑の山野に食べられるものはたくさんある”

 そんな”名将”の決断により作戦は実行に移されます。

 山岳、奔流・・きわめて困難な地を進軍しますが、イギリス軍は退却していきます。

 そして補給線が延びきったところで反撃に会います。

 撃つに弾なし、食うに兵糧なしとなった日本軍は、”名将”に退却も許されず、いわば味方に見捨てられる形で屍をさらしていきます。曰く、”白骨街道” と・・

 そんな兵卒の慰霊が主目的だとか・・・ ”名将”は比較的近年まで存命だったようです。”一将功ならず、万骨も枯る”・・ですね。

 

 

 台風はどうだったでしょう?

 大きな木がもぎり倒されています。

 さらに大きな木は予防的に伐られた? 西塔に倒れ掛かったら大変ですからね。

 

 大門の前も頂部が砕かれています。

 

 林の中も面白いです。

 

 

 

 霊宝館。初めて入りました。

 大変よかったですが、この分帰りの所要時間が増えることに・・渋滞はこわい。

 

 

 

 

 高野山は、交通標識板も笠をかぶってます。バイクの人も多いです。そしてそれも景色です。高級車群です。

 

 ちょっと奥まった店でランチです。すしよしさんでした。はらいっぱい~

 

 全山秋とまでは行ってないようです。ひょっとしたら紅葉する葉が吹きちぎられてしまったのかも・・・

 


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