科学と恩寵
病気の所為で 痛みに耐えながら歩く老人の前を
原子爆弾をつんだスポーツ・カーが煙を上げて過ぎ去る
おれにはわからねえ
そそりたつあのパイプが 何の為に
やがて おれ達に終りをもたらす死の灰を
今も明日も 撒き散らし続けているのか
錆び、腐りかけたゆり籠の中で
何かを愛し 愛される事が出来るのか
科学とは無限の未来を放棄し
文明とは有限の自覚を放棄させるんだろ
おれはいま知る この世の堕落を 虚無を 汚らしさを
おれは知らない 世界、お前の愛を 夢を 性懲りのなさを
(『蓄音機』収録)