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QOL第一の「乳がん」乳房温存手術

2015-02-15 13:07:05 | 産業・経済
QOL第一の「乳がん」乳房温存手術 男性も乳がんになることがありますが、極めて少ないため、乳がんは実質的には女性特有のがんといえます。その意味では、男性医師である私が受けたいというより、女性の身内や知人に受けさせたい乳がんの治療についてお話しします。
 乳がんの治療は「乳房」「リンパ」「全身」の3つに分けて考える必要があります。「乳房を全部取るなら、抗がん剤治療は必要ないですか」という患者さんがいますが、すべて切除するか部分的に切除するかは乳房に関わることで、抗がん剤治療は全身に関わることです。これらは別問題として考えます。
 また、原発巣、つまり最初の乳がんの治療と、再発乳がんの治療とでは、治療に対する考え方が根本的に異なります。原発巣は治すことを目的に治療し、治る確率がかなり高い。とはいえ、治療には副作用や合併症が伴います。乳がんで手術の後、まったく治療をしなかったとして、それでも7割方、治る患者さんがいたとします。さらに、抗がん剤治療を行うと、治る割合が8割5分に高まるのですが、抗がん剤治療を受けるかどうか、患者さんはかなり迷います。
 一方、再発乳がんが治るのはかなり難しいといわざるをえません。治療は治すというより、病気をコントロールすることが中心になります。この場合も、何の治療をどこまでするか、患者さん、あるいは医師側も、迷う場面があります。
 治療法を決定する場合、医師として重要な要素の一つは「患者の意思をくみ取る」こと。患者さんが「乳房を残したい」とおっしゃるなら、その意向を尊重した治療法を模索します。たとえば、手術の前に抗がん剤治療を行って、病変をできるだけ小さくして、乳房温存手術にしようなどと考えます。
 しかし、患者さんの希望をすべて聞き入れるわけではありません。乳房温存手術を強く希望されても、乳房を全部摘出しないと対応できない場合もあるのです。治療法の選択肢だけを提示して、「さぁ、どれにしますか」と、選択を患者にゆだねる医師もいるようですが、決してよい方法には思えません。患者の意向を十分に聞き、医療者からベストの治療法を提示することが大切だと思います。
 ■4タイプに分けて治療法を検討
 乳がんの治療法は近年、非常に進歩し、その一つにセンチネルリンパ節生検が広く行われるようになったことがあります。これは最初にがん細胞が流れ着くと思われるリンパ節を調べる検査です。この検査が普及する以前は、手術の際にリンパ節も切除するのが一般的でしたが、腕が腫れるなどの合併症が起きると、QOL(生活の質)が著しく下がってしまいます。…検査の結果、リンパ節にがんがなければ、切除しなくてもすみますから、恩恵を受けられる人は大勢いるでしょう。
 乳がんの性質がかなりわかるようになったことも大きな進歩です。かつては病変の大きさやリンパ節転移の有無といったがんの進行度を重視していましたが、いまではがんの性質、いわゆる“タチ”を重視するようになりました。がんの大きさが1センチメートル程度でもタチの悪いがんはあるし、3センチメートル以上あってもタチが比較的よく、おとなしいがんもある。タチのよいがんなら、抗がん剤治療はしないで、手術の後はホルモン治療だけでがんをコントロールする選択も可能になります。
 そして研究が進んだ結果、乳がんを大きく4つのタイプに分けて考えるようになりました。女性ホルモンとHER2(ハーツー)という遺伝子ががんに関係しているかどうかを調べ、それぞれのあるなしの組み合わせで、4タイプに分けます。タイプごとに治りやすさも違えば、選択すべき治療も違います。ホルモンに関係するがんではホルモン治療を、HER2が関係していればタチがよくないので、抗がん剤とハーセプチンの治療を行います。
 こうして見てみると、乳がんの治療は個々人によって異なる「個別化医療」の時代に入りつつあるといえます。病変の大きさや転移の有無だけではなく、その人のがんのタチによっても、治療法を選ぶ時代に入ったのです。
 画像検査や病理検査の技術も進歩しました。ひと昔前までは手術前の検査のレベルはかなり低く、手術中に想定外の事態に出くわすことも、まれではありませんでした。しかし、いまではそうしたケースは、少なくとも当院ではほとんどありません。また、手術前には複数の医師で画像をよく見て、がんのある範囲を予想します。そのうえで、実際には予想した範囲よりやや広めに切除します。そうすることで、がんの取りこぼしを防いでいるのです。
 ■手術中の病理検査で全摘に切り替えも
 これまでお話ししたように、診療の技術はかなり進歩しています。ただ一方では、わからないこともまだ多く、医師が判断に迷う場面もまだあります。
 たとえば、ホルモンに関係している乳がんの場合、ホルモン治療に加えて抗がん剤治療を行うかの判断は容易ではありません。オンコタイプDXというがんの遺伝子を調べる検査があって、これを行うと、再発リスクをある程度は知ることができます。リスクが「高い」となれば、抗がん剤治療を行ったほうがよいし、「低い」となれば、行う必要はない。…でも「中間」程度の場合は、結局どうするのがよいのかわからず、患者さんの希望を優先して決めるしかないのが現状です。
 手術の場合も、微妙な判断を迫られる場面があります。手術を受ける患者さんの多くは、乳房全摘出手術ではなく、乳房温存手術を希望されます。乳房を完全に失うのを避け、少しでも残したいと思うのは当然のお気持ちでしょう。しかし、乳房温存手術でほんとうにいけるか、判断に迷うケースもあるのです。
 なかにはMRI検査では温存がOKなのに、超音波検査ではダメというような、検査で結果が異なる場合もあります。そうした場合は、手術の最中に病理検査を行い、その結果で全摘出手術に切り替えることがあります。もちろん、患者さんと事前によく話し合い、許可もあらかじめ得たうえで行いますが、できれば避けたいことです。また、乳房温存手術をしたけれど、手術後の病理検査の結果、予想外にがんの範囲が広く、後日、全摘出、あるいは追加切除の手術をする必要に迫られることもあります。
 現在の乳がん治療には、手術、薬物治療、放射線治療、精神的なケアなど、総合的に対処することが求められています。トータルに対応することができて、十分に話し合える医師のいる医療施設を選ぶことも大切でしょう。
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 がん研有明病院乳腺センター長 岩瀬拓士
 
 1954年生まれ。81年、岐阜大学医学部卒業。89年、癌研究会附属病院外科医員となり、愛知県がんセンター乳腺外科医長を経て、2005年に癌研有明病院レディースセンター乳腺科部長に。11年、有明病院乳腺センター長に就任し、QOLを重視した治療に取り組んでいる。
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 平出 浩=構成 加々美義人=撮影

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