呆老冷水録-Don’t be silly Grand'pa

80すぎたら横と後ろだけ見て過ごそうか!

切支丹訴人の定

2009年01月10日 | 遠近旅録-国内/近郊
中山道馬籠宿の妻籠側の入り口付近に江戸時代の高札をいくつかまとめて復元掲示した場所があるので暫く眺めていたら、古文書の教科書に参考資料として載っていたのと一字一句そっくりの切支丹訴人の定の高札(観光地のことだから崩し字もずいぶん読みやすく書き変えてある)を見つけました。
キリシタンといえば昔長崎の外海(そとめ)町の山の中で隠れキリシタンの神社(枯松神社:2005/2/22に記事)というのを見たことがあるがこんな木曽の山奥にも取締りのお触れが回っていたんですね~!
国外へ逃げ易い長崎あたりに比べ布教活動には随分危険な内陸なのに・・オドロキましたね~!正徳元年というから1711年のことです。
(教科書の方はそれより30年ほど古いもの)

高札の内容は
1つ ばてれんの訴人には銀500枚
1つ いるまんの訴人には銀300枚
1つ 立帰り者の訴人には銀200枚(←一旦ころんで又信仰に戻った者のこと)
1つ 同宿ならびに宗門の訴人には銀100枚

のご褒美を与える事になっているのだが、そのあとの文言が教科書の方は
「たとひ同宿宗門の内たりといふとも訴人に出る品より銀500枚被下之」云々・・

とあって何を言いたいのかサッパリ分からないままだったのだが、ここ馬籠の高札では
「・・訴人に出る品より」でなく「品により」と にの字 が付いていたのです!!

要するに教科書の方は品のつぎの「に」の字が脱字だったワケで、原文は
「たとえ信者や仲間に関する訴えであってもその内容次第では最高額のご褒美も出すゾヨ」と言う意味の但し書きだったんですね~ 
品と言う言葉にはグレードというニュアンスがありますから・・・

江戸時代のこういうお触れは村々に回覧されて来る原文を書き写して名主が村民に読み聞かせたり高札にしたりしたそうだからこういう誤字脱字が珍しくないのは知っていたが、タッタ「に」の字ひとつで数ヶ月間モヤモヤしていた疑問が氷解したのデス!!
今年ゃ何かいいことありますかナ~・・・・?  (2009年1月記)





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