今日は午前中に、奈良の実家で擁壁の打ち合わせをすることになった。工事は地元の土建屋に頼むつもりなのだが、私の従兄弟である。
家の前の道が狭いので、車で来たときのために車庫のシャッターを開けていると、別な従兄弟(といって75歳の爺さんなのだが)家の前を散歩途中に通りかかって、
「おお、元気か? この間物置の道具箱からちょっと道具借りたけど・・・」
そういえば、母親が道具を貸したと言っていた。
「昨日から電話の調子が悪いね、昼から見てくれる?」
と言い放って言ってしまった。私はNT○に勤めているのだが、NT○の社員は全員電話機修理ができると思っているらしい。
ほどなくすると、土建屋の従兄弟がやってきた。
「兄ちゃん(私のことを兄ちゃんと呼んでいる)来たで。今、近所で工事やっててドロドロやけど、悪いなあ」
なるほど作業服が泥だらけだ。
午後、昼ご飯を食べてテレビを見ていると例の従兄弟がきた。
「さあ、行こか」
ん?、電話機を持って来るのではなくて、家に来てくれということだったのか、今わかった。
車で10分くらいのところなので行ってみると、電話機は異常がない。どうも外周りのようなので電話線の引き込みを見ていると、従兄弟の家の隣のN君に久々に会った。小学校のひとつ後輩だ。ただ小学校といっても当時は分校で全校36人、先生2人、職員さん1人だった。小さな集落なのでみんな仲が良かったし、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんまで知っていた。今は市になって人口も増え学校もいくつもできたが・・・。そのN君なのだが、みごとに田舎のおっさんになっていた。もともとN君はサラリーマンをしていたのだが、今は家業を継いで専業農家をやっている。近所のスーパーでは“Nさんの畑で取れました”という野菜を売っていたりする。でも専業農家はやっぱり大変だろうと思う。
しばらくすると、ヤンマーの販売店の軽トラがやってきた。従兄弟のところに耕運機のタイヤを届けに来たらしい。私からは車の中がよく見えなかったので気づかなかったが、中から出てきたのは何と小学校の同級生のH君。
「Mちゃんやんか、久しぶり?」と声をかけられた。55歳になってもやっぱり“ちゃん”付けなのだ。懐かしいやら、照れくさいやら。H君は幼い頃に両親をなくし祖父母に育てられた。小学校の授業参観には、いつもおじいさんが来ていた。相当苦労したんだろうと思うが、いま元気に働いている姿を見て何かホッとしてしまった。
またしばらくすると、今度は村の魚屋の主人が犬の散歩で通りかかった。やっぱり小学校のひとつ後輩のお父さんに当たる。今は近所にスーパーができて昔ながらの魚屋は廃業になったが。
「M君やね、帰ってるの?」
私は、入社後ずっと東京だったので、村では東京の人になっている。もう12年前から奈良に帰ってはいるのだが。
「お父さんに、よう似てきたなぁ」
私の父親は、20年前に他界したのだが、父親を知っている人に会うと、最近よく言われるようになった。内心、ちょっと嬉しい気もする。
今日は、懐かしい人にたくさん会った、田舎な一日だった。