ピエール・ルメートルの「天国でまた会おう」を読みました。2015年に発売されてから、読もう読もうと思いつつなかなか手が出ず、気がつけば2年が経っていました…。いや、2年で読めばまだ早いほうか…。
1918年、第一次世界大戦の終戦直前、休戦が近いと噂される西部戦線。上官プラデルの悪事に気づいたアルベールは、戦場で生き埋めにされてしまう。彼の窮地を救ったのは、年下のエドゥアールだった。しかし、アルベールを救った直後にエドゥアールは重傷を負ってしまう。やがて戦争が終わり、二人はパリに戻る。貧しく不自由な暮らしを強いられる2人だったが、エドゥアールはある計画を思いつく…
ここから先は若干のネタバレがあります。未読の方はご注意ください。
戦場で傷ついた若者2人が、パリの片隅で身を隠しながら寄り添って暮らしている…それだけ聞いたら竹宮恵子か萩尾望都の70年代のマンガみたいで耽美ですが、残念ながらエドゥアールは爆撃で顔の下半分が吹き飛んでおり、それがどんな状態か想像しろと言われても限界を軽く突破してしまいますが、とりあえず耽美と言い難いことは確かです。同じ第一次世界大戦を舞台にした映画「ダンケルク」を見たばかりなので、誰かこの小説も映像化してくれないかなどとちらとは思いましたが、ビジュアルが衝撃的過ぎて難しそうです。かといってエドゥアールの顔の状態をソフトにしたら意味がないし。アニメ?アニメならいけるのか?それにしても20世紀初めの医学で、顔の下半分がなくなっても生きられるよう治療法があったのに驚きました。
小説が始まってすぐに戦争は終わるのですが、そこからアルベールとエドゥアールがパリに戻るまでが至難の連続で、果たして無事に戻れるのか、読んでてハラハラドキドキしました。いや、戻れなかったら物語が終わっちゃうから戻れるのは確実なんだけど。上官プラデルがずる賢くて抜け目なくて、対するアルベールがチワワよりも弱弱しいので、このままアルベールたちはパリに戻れないんじゃないかと疑ってしまいました。いや、こんなにびくびくおどおどして頼りない主人公で大丈夫かよ!途中で死んじゃうんじゃないのかよ!と心配になりましたよマジで。まあ、そんな頼りない主人公だからこそ、先の展開が読めなくて、続きが気になって一気読みしちゃうんですけどね。
物語の中心にいるのは、アルベールとエドゥアールですが、その他にもエドゥアールの父親マルソーと姉マドレーヌ、上官プラデル、アルベールとエドゥアールの下宿の女主人の娘ルイーズ、プラデルを追い詰める役人のメルランと、多彩な登場人物が出てきます。彼らは、彼らの視点で、彼らが知りうる範囲の中で、アルベールとエドゥアールと同じパリに生き、時にすれ違い、時に重なり合いながら、それぞれの人生を生きています。読者の視点からだと、あともうちょっとというところで彼らがすれ違うのはとてももどかしいですが、すれ違ってしまう虚しさと悲しさが、この小説に深みを与えているのだから、すれ違っていた人たちがうまいこと出会ってめでたしめでたし、ではつまらないですよね。そりゃハッピーエンドも多少は期待したけど。ルメートルの作品にそれを求めるのがそもそもの間違いでも。
つねにびくびくおどおどしているアルベール、何を考えているのかわからないエドゥアール、金持ちだけど気の毒なマルソーとマドレーヌ、とにかく憎たらしいプラデル…彼らと違って役人のメルランは、見た目と振る舞いと性格はアレですが、戦争を憎み、正義を貫こうとするので、一番共感しやすい登場人物でした。つっても、共感できるのは不正を許さない強い意志と、戦争観だけなのですが。それでも、共感できるのがたったそれだけでも、エピローグの最後に語られる彼の姿は、読む人に強い感銘を与えることでしょう。え、こんな書き方じゃプラデルがどういう人でどういう結末だったのかわからない?そういう人は、この文庫上下巻を買って読んで下さい。大丈夫、2冊まとめてもページ数は京極夏彦1冊分に満たないから!すぐ読めるから!
エドゥアールが何を考えているかわからない、と上に書きましたが、それは他の登場人物と比べて内面の描写が少ないからで、最後まで読んで振り返ると、芸術家の彼がこの結末を迎えたのは必然かな、と思いました。悲しい結末ですが、これ以上の終わり方はないとも思えたので。しかし、ビジュアルのことを抜きにしたら、まんまジルベールみたいな最期なのはなぜなんだろう…まさかモデルにしたとか?いやいやそれはない…。
本筋とはあまり関係ありませんが、プラデルの手下の1人、ラブルダンという区長の男がどうしようもないセクハラクソ野郎で、奴がメイドや秘書といった若い女性の体を不必要に触るたびに、自分が若い頃に職場で受けたセクハラを思い出して腸が煮えくり返りました。なので、終盤ラブルダンの野郎が痛い目に遭った時は胸がすかっとしました。それくらいしか、すかっとする場面はなかったんですけどね…。
小説の中で、圧巻の迫力だったのは、メルランが戦死した兵士たちの墓場へ調査に訪れる場面でした。文章で表現しているだけなのに、戦争の虚しさと悲しさが目の前に迫ってくるようで、強烈に印象に残りました。これを映像化してくれる人、誰かいないかなぁ。
ところで、エピローグでは主人公のはずのアルベールの話がちょろっとしか出てこなくて、彼のその後の人生がよくわかりませんでしたが、もしかすると続編でもあるんでしょうか。アルベール一人では小説になるほどのエピソードがなさそうな気もするので、これで終わりな気もしますけど。
「読もう読もうと思い続けていた本をやっと読む」シリーズだと、次はフロスト警部シリーズでまだ未読の本を読むことになります。読みたいけど、上下巻買うと3000円以上するから、勇気がいるのよね…(遠い目)。
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