Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

シャーリィ・ジャクスン「処刑人」

2017-01-18 23:42:06 | 読書感想文(小説)


「ずっとお城で暮らしてる」の著者、シャーリィ・ジャクスンの初期の長編小説、「処刑人」を読みました。
本屋で、次は何を読もうかとぶらぶら探し回っているときに、たまたま見つけて購入したものです。他にも読みたい本はたくさんあるのに、読むより先に新しい本に目を奪われるので大変です。歳を取って本を読むペースが落ちるのとは逆に、読みたい本がたまるペースは速くなるんだろうなぁ。


皮肉屋で独善的な文筆家の父と、人生への希望を失った母のもとを離れ、大学の女子寮に入った17歳のナタリー。
そこで待っていたのは、理解不能な同級生と高慢な上級生たちだった。
ただ一人、トニーという風変わりな少女だけは違っていた。
彼女なら、どこまででもあたしを連れていってくれる……
そう信じたナタリーだったが…



※ここから先はややネタバレがあります。ご注意ください。






えー、上に書いたのは文庫本の裏表紙に載っていたあらすじです(最後の行を除く)。
これだけ読んだら、「思春期の少女二人の友情と成長の物語なのねー」と想像しちゃいますが、

驚いちゃいけません。

なんとこの小説、半分以上読んでもトニーが出てこないですから!

モブに毛が生えたような、現れては消える大学の同級生とか、上級生が新入生にしかける70年代の少女漫画みたいな儀式とか、女生徒に人気の大学教師とアルコール依存症のその妻とか、大学教師に近づこうとナタリーを利用する上級生とか、登場人物が次々出てきてイベントが起きるのに、いつまでたっても出てこないんですよトニーが。しまいにゃ「ナタリーがトニーという名の親友を得るってのは私の勘違いか?」と自分を怪しんだり、「もしかして東京創元社、別の本のあらすじ載せてない?」と出版社を疑ったりしてしまいました。まあ、後者はともかく前者の方は、最後の解説まで読んだらあながちハズレではなかったのですが。でも、もし裏表紙のあらすじを読まずにこの小説を読んでいたら、私の読解力ではトニーが何なのか理解できなかったかもしれないので、あらすじがあってよかったです。あと解説も。

トニーの話はいったん置いといて、この小説は、ナタリーが大学の寮に入る三週間前、ナタリーの父と母が催したホームパーティの悲劇からはじまります。そしてこのホームパーティが始まる前に、ええかっこしいの父親のために母親がどれだけ犠牲になっているか、ナタリーがそのとばっちりをどれだけ受けているかが延々と語られる場面で、読んでるこちらはHPをどんどん削られます。おかげでパーティが始まる前に出てくる、小説の中で重要な役割を持つナタリーのある特徴の印象が薄れてしまいます。その上、パーティで起きる悲劇ときたらもう…それまでに出てきたヒントを吹っ飛ばしてしまう破壊力があります。これからこの小説を読む皆さん、ここは大事なポイントですからね!ここを見落とすと、私のように、物語が佳境に入った時に話の展開に戸惑いすぎて置き去りにされちゃいますからね!え、「ナタリーのある特徴って何?」って?うーんそれは教えられないなぁ(ドヤ顔)

いやしかし、ホームパーティで起きた「悲劇」は、ナタリーとナタリーの家族だけでなく、読み手のこちらまでうちのめされてしまう破壊力があるので、人によってはここで読むのを断念してしまう人もいるかもしれません。けれど、そういう人こそ、最後まで読んでほしいと私は思います。森の中で、絶望に呑み込まれそうになったナタリーがどんな選択をするのか、見届けてほしいのです。小説を読んでいて、ここまでハラハラドキドキして、そしてここまで励まされたのは久しぶりだったので。

話をトニーに戻しますと。ネタバレになりますが、名前を持つ他の登場人物に比べてトニーはどういう少女なのか具体的な描写がなく、ナタリーの目の前に唐突に表れてまた消える、ナタリー以外の登場人物とは絡みがない、とその正体のヒントは結構わかりやすく書かれています。でも、主人公のナタリーを含めトニー以外の登場人物がどれもトンチキでアイタタに描かれているので、さてトニーを疑ってかかっていいものかと迷ってしまうんですね。映画「乙女の祈り」のモデルになった事件もあるし。なので、途中まで読んで、この小説もあの映画と似たような終わり方をするのかと想像したりもしました。もしくは「ヴァージン・スーサイズ」みたいな。

「乙女の祈り」は実際に起きた事件を原案にした映画ですが、文庫巻末の解説によると、この「処刑人」もまた、当時アメリカで起きた少女失踪事件にインスパイアされたものだそうです。これだけ奇抜で想像力に富んだフィクションも、現実世界と繋がっているのだと思うと興味深いです。もちろん、実際に起きた事件の真相が、この小説に書かれているとはつゆほども思いませんが。他の、実際に起きた事件をもとにした小説や映画と同様に。

大学の寮に入ってすぐの、ナタリーの落ち着かない様子、周りになじめない様子は、大昔に自分が進学のために家を出た頃を思い出して、胸が痛みました。あの頃は毎日が目まぐるしくて、地に足がついてなくて、先が見えなくて不安で胸がいっぱいでした。今はどうでしょう…うーん、なんということでしょう。あれから四半世紀近くの時が経っているというのに、いまだに地に足がついてなくて先が見えなくて不安で胸がいっぱいです。なんということでしょう(2回目)。でもまあ、いくら悩んだり迷ったりしても、死ぬまでそれがつきまとうのなら、ずっとつき合っていくしかないのかもしれませんね。

シャーリィ・ジャクスンはこのほかにも最近いろいろ文庫化したみたいなので、これからちびちび読みたいと思います。続けて何冊も読むとどっぷりつかりすぎてダメージが大きいかもしれないので、ちびちびと。


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