Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

辻村深月「鍵のない夢を見る」

2015-10-17 00:11:56 | 読書感想文(小説)



辻村深月の直木賞受賞作、「鍵のない夢を見る」を読みました。
書店で平積みになっているのをたまたま見つけて、地方の町に住む女性が主人公の短編集、といううたい文句にシンパシーを感じて読んだのですが…

いや、シンパシーなんでかわいいもんじゃなくて、体に高圧電流流されたみたいにビリビリきましたよ。心臓えぐられるかと思った。

自分の現状に満足できない、かといって“自分探しの旅”なんてこっぱずかしくてできない。何者にもなろうとせず、そのくせ何者かでありたい。収録されているそれぞれの話に出てくる、女たちの焦りと葛藤を読んでいると、「ほらほらあんたも彼女たちと同類なんじゃないの~?」と背後から囁かれているようで気持ちがざわつきました。

もちろん、どの話の主人公も中身が一緒というわけではなく、それぞれ年齢も職業も置かれている環境も違います。それなのに、どの主人公もちらりと見せる本音の顔と思わず口から洩れたうめきが、自分の中にあるものとシンクロする瞬間があってはっとしました。その、はっとした瞬間の居心地の悪さに、「どの主人公にも共感できない、全然面白くない」とバッサリ切り捨てられる人のほうが幸せなのかなぁと考えさせられたりもして。だからといって、この小説に出会えたことを後悔はしていませんけどね。この本を読む直前に、ネットで「女子とスター・ウォーズ」なんて文章を見つけたときは、ちょっとだけ読むのをためらいましたが。

以下は各話の感想。若干ネタバレもありますのでご注意ください。

「仁志野町の泥棒」
母と乗った観光バスのバスガイドは、ミチルの小学校時代の同級生・律子だった。三年生の時に転校してきた律子には、ある噂がささやかれていた。律子の母は泥棒で、町のあちこちの家に空き巣に入っているというのだ…。
生理前に情緒不安定になって、衝動的に空き巣に入ってしまう律子の母も理解に苦しみますが、解決しようとせずにうやむやに済ませようとする、町の大人たちにも戸惑いました。私が子供の頃はどうだったろうかと、ふと考えましたが思い出せません。大人たちは口をつぐんでしまえるのかもしれないけど、子供の間では何かとトラブルのもとになりそうです。まして律子の母親は現場を何度も押さえられているというのに。
ここまで書くと、物語の主題は律子の母親の盗癖にあるみたいですが、本題はその先。母親と同じことをしようとした律子にミチルがしたこととは。そしてその結果ミチルは何を思い、律子との関係はどうなったのか。大人たちは、ミチルが自分のしたことで苦しむことをわかっていて、同じように苦しむのを恐れて、うやむやに済ませていたのかもしれません。それが正しいのか正しくないのかは、別として。世の中はそんな風に割り切れるものじゃないのだという言い訳を用意して。
ひっかかったのは、小説は律子とミチルが大人になった時点で始まっているのに、結末は高校時代の回想だったこと。ミチルの回想を終わらせて、観光バスに乗っている現在に戻るのかと思ったのでちょっと驚きました。こういうの、ありなのかなと。

「石蕗南地区の放火」
実家の近所で不審火が起きたことを知った笙子は、仕事の都合で火災現場に足を運ぶことになる。そこで再会したのは合コンで知り合った冴えない消防団員の男。仕事上、火事が起きればやむをえず現場に行かなくてはいけない笙子と、本来の仕事を休んででも駆けつける男。男に誘われてしぶしぶ出かけたときのことを思い出してぞっとする笙子だったが、もしかすると男は、自分に会うために放火をしたのでないかと疑い始め…。
36歳独身の笙子が、“私がモテないのは全部お前らが悪い”と言わんばかりに、言い寄ってくる男にロクなのがいないと嘆く様子は、まるで自分の頭に矢が刺さったかのようにアイタタタでしたが、笙子のデモデモダッテぶりはすさまじくて、1笙子をウザそうに扱っている10歳下の同僚女性のほうが共感できました。もっとも、笙子のように自意識過剰だったり、そのくせ自分から動こうとせずに「なんで私ばかり」と悲劇のヒロインぶったりするところが、自分にはないと断言するほど厚かましくないですけど。
笙子の主観で描かれているにしても、彼女にとって消防団員の男が好ましい相手ではないことは別に仕方のないことで、無理に合わせようとする必要はないと思うけれど、それでも「自分に気のある男」というレッテルを貼りたがっているところは、恋愛に慣れてない女性あるあるな感じがして、むずがゆかったです。いや、私はそんな経験ないけどね!笙子みたいに合コンで知り合った男と二人で出かけるなんてこともしたことないし!(血の涙)
結局、男は自分に会いたいから放火したんだという笙子の願い(?)はどうなったのかというと…いや、この結末はそんじょそこらのホラーよりも怖いですわ。これが怖くなくて、「この主人公馬鹿じゃないのー?」と笑い飛ばせる人が、ほんと羨ましいっす。

「美弥谷団地の逃亡者」
海に行きたいかと聞かれて、陽次とともに千葉のビーチにやってきた美衣。出会い系で知り合った陽次から、相田みつおの詩を教えてもらった美衣は、団地でともに暮らす母親に相田みつおの日めくりをプレゼントする。しかし、やがて陽次の束縛はひどくなり、暴力を振るうようになる。美衣の母はそのことを警察に相談するが…。あらすじを簡単にまとめようとしたら、間違っていないはずなのに間違っているような文章になってしまいました。ううん、難しい。
美衣が、全方位から見てクズ男の陽次から離れられないのは、陽次から教わった相田みつおの詩が胸に響いたから。「相田みつおの詩に救われた」が、「陽次に救われた」にスライドしてしまったから。うーん、この心理、私にも覚えがあるような…自分が好きなものを相手も好きだと言ってくれた時の、しびれるような感覚に惑わされたことを思い出して、ちょっと凹みました。遠い昔の話ですが。
美衣の過去の話と、美衣と陽次が2人で千葉のビーチに来ている現在の話が交互に出てきて、一体何がどうなってるのかラストシーンまで読者にわからないようにしているのは構成が上手いなと思いました。辻村さんの本格ミステリー小説も読んでみたいです。
陽次から離れようとしても、どうしても離れられない美衣の様子はアリ地獄にハマっているみたいでぞっとしましたが、それよりももっともっとぞぞぞぞっとしたのは、美衣が子供の頃にした「キョンシー」遊びです。クラスの中でカースト上位の子が「人間」の役、下位の子が「キョンシー」の役になって、人間がキョンシーを一方的に叩くむごい遊び。想像しただけで地獄です。子供の頃、「花いちもんめ」が苦手だったことを思い出しました。なんで苦手だったかって?言わなくてもわかるでしょう。

「芹葉大学の夢と殺人」
美術教師の未玖は、大学時代のゼミの教授が殺害されたことを知って愕然とする。容疑者は未玖の恋人の雄大。デザイン工学科の学生だった未玖は、同じゼミ生の雄大に惹かれて恋人になるが、曖昧で現実感のない夢を語る雄大に翻弄され、しだいに疲弊していき…。
次から次へと胸糞悪くなる男と、デモデモダッテでそんな男から離れられない女が出てくるこの短編集の中で、一番むかついたのがこの話に出てくる雄大でした。「美弥谷団地の逃亡者」に出てくる陽次も満場一致のクズ野郎でしたが、いちいち人の神経に触ることをドヤ顔で言う雄大のほうが激しく殺意がわきました。本当になんで未玖はこんな男とずるずるつき合い続けたのか…と思ったけど、鼻が利くんでしょうね雄大は。その才能を他の分野に活かせばよかったのに。現実を直視せずに、自分に都合のいいことばかり考えて、面倒なことから逃げて、他人に尻拭いさせ、罪悪感を感じない。そんな才能を活かせる場所、きっとあったと思うよ。何とは言わないけど。
大学を卒業して地元に戻って就職して、雄大とは距離を置いたはずの未玖がそれでも雄大を振り切ることができなかったのは、彼を愛しているからではなく、彼に愛されてないことを認めたくないからなのでしょう。愛されないのなら自分に執着してほしい、彼の人生に自分の墓標を突き立ててやりたい。あーわかる。わかるわー。でも残念なことに、どんなに体を張っても、たとえ命を捧げても、何とも思わない人は思わないんですよ。「ふーん」とか「あっそう」でスルーしちゃって、it's none of my business. なんですわ。そういう人いるんです、ほんとに。
衝撃的なラストシーンの後、未玖はどうなるのか。助かるパターンと助からないパターン、どちらも救いがないけれど、できれば助かる方がいいかなぁ。だって、死んだら何もかも終わりだから。

「君本家の誘拐」
自宅マンションから車で5分のショッピングモールで、良枝は連れてきたはずの娘の咲良がベビーカーごといなくなっていることに気づく。誰かに連れ去られたのではと半狂乱になって娘を探す良枝だったが…。
結婚してすぐに子供が欲しかったのになかなか授からなくて悩み、ようやく生まれれば今度は育児ノイローゼになり夫は無神経でと、良枝に同情する点はいっぱいあるはずなのに、友人へのイラッとする言動やモノローグのおかげで同情する気になりません。いや、子供のいる人なら共感したり同情したりするのかもしれないけど、それと同じくらい「私の時は○○だった」「そうなるのは××しないからだ」などといった一家言を授けて差し上げようとする人もいそうな気がして(個人の偏見です)。でも、良枝と良枝の友人で既婚のキャリアウーマンの里沙が会話する場面は、2人の間の空気のピリピリ感が伝わってきて面白かったです。リアルでこんな場所に同席したくないけどね。
それはさておき、この話は冒頭から育児に疲れ果てた良枝の記憶が曖昧なので、「良枝は本当に咲良をショッピングモールに連れていていたのか」から始まり、「咲良という赤ん坊は本当にこの世に存在するのか」まで、想像が無限に膨らみます。いや、想像妊娠ならともかく想像出産と想像育児はちょっと強引すぎると思ったけど、「良枝がショッピングモールに来た時点で咲良はまだこの世に存在していたのか」という疑問はありました。
結末はぱっと見明るい感じがするけど、読み返してみるとその前にいろいろ不穏な文章があって、はてこの先大丈夫かしらと不安にもなります。大人同士が愛憎でドロンドロンになっても何とも思いませんが、相手が小さな子供ではもやもやします。辻村さんの小説を読むのはこれが初めてなので、絶望的な結末がアリな人なのかどうかわからないのです。でもこの結末が絶望的な未来をほのめかしているのなら中途半端な気もするし、そうではないのかなぁと期待を込めて思っています。

全部読んで、角田光代さんと作風が似てるかな?とちょっと思いましたが、角田さんよりも辻村さんのほうが文章と内容に若さを感じます。角田さんのほうが落ち着いていて、俯瞰でものを見ているような感じです。どっちがいいとか悪いとかではなく。

これ以外にも、辻村さんの作品は話題作が多いので、少し時間を置いて他の作品を読んでみたいと思います。何から読もうかな~。



2 コメント

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私も読みました (ぱたぱたまま)
2015-10-22 20:27:45
もちきちさん、こんばんは。またまた、私も最近読んだばかりなので、感想が読めてとてもうれしいです。
もちきちさんの感想が、私がなんとなく悶々として文章にできないことを、見事に文章がしていただき感謝感謝です。辻村さんの本は、女同士のいやらしさやなんともいえない、いや~な気分を出すのがとてもうまいですよね。でも直木賞をもらうほどいいかな~基準がよくわかりません。辻村さんの本は「ゼロハチ・ゼロナナ」「ぼくのメジャースプーン」「冷たい校舎の時は止まる」が面白かったです。ご参考までに。これから寒さに向かうので、くれぐれもご自愛ください。これからもブログ楽しみにしています。
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直木賞って (もちきち)
2015-10-23 06:49:59
>ぱたぱたままさん
おはようございます。コメントありがとうございます(^_^)

そうそう、直木賞って、なぜこの人が?とか、なぜこの作品で?って思うときありますよね~。作家に与えられる賞なのか、作品に与えられる賞なのか、よくわかりません。
辻村深月さんの他の作品も読んでみたいと思っているので、読んだらまた感想書きますね。
今日はこれから母と新潟へ行ってきます。紅葉も楽しみだけど、新米コシヒカリが超楽しみですo(^_^)o
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