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江分利満氏の優雅な生活

山口瞳に関する覚え書き
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山口瞳の競馬に対する認識

2005-11-27 | 山口瞳
 山口瞳は趣味が多い。思いつくままにあげてみると、絵画、将棋、野球、競馬。趣味から発して連載や単行本になったものも多い。絵画は「武蔵野写生帖」『新東京百景』、将棋は正続『血涙十番勝負』、野球は『草野球必勝法』、競馬は『日本競馬論序説』『草競馬流浪記』。これ以外に、趣味ではないが、落語、長唄、日本舞踊にも造詣が深い。また、鎌倉アカデミア時代に、吉野秀雄先生の薫陶で短歌をはじめている。

 山口瞳の作品を読むときには、これらに対する知識があると便利である。これらのうち、私は競馬だけは全く興味がない。競馬に対する認識は、土日の喫茶店にいるおじさん、というものだ。馬券売り場近くの喫茶店では、赤鉛筆片手におじさんたちが一心に競馬新聞を検討している。その様子を見るたびに、その労力をもっと文化的なことに回すことはできないかと思ってしまう。

 昔、女友達に競馬に誘われたことがあった。二人きり、というわけではなく、男女8人ほどで、芝生にビニールシートを敷いてお弁当を食べながら競馬を見よう、とのことだった。私は興味がないので断ってしまったが、ピクニック気分で競馬場に行くという感覚は新鮮だった。

 競馬で身を持ち崩す人がいる。借金や会社の金を横領してまで競馬をする狂った人がいる。そういった人たちが新聞をにぎわす。そのため、競馬に偏見を持つ人も多い。競馬を愛する山口瞳は、競馬には良い面もあるということを訴えた。馬券売り場とパドックの往復をするので運動になる、小銭を扱うのでボケ防止になる、と言った。

小市民への憧れ

2005-11-24 | 山口瞳
 山口瞳は、堅実な気質と博打打ちの気質が同居していた人だったのではないか。私はそう思う。

 山口瞳は極めてマジメな人であった。サントリーの新成人や新社会人を祝福するポスターで、山口瞳は「新人は早く出社して机を拭こう」、とか、「就職したらそこに3年間は黙って働こう」、など実のある心のこもった言葉を綴っている。『新入社員諸君!』という本では、社会人として気を付けるべき常識を教えてくれている。いずれも新成人や新社会人だけでなく、読む人が皆はっとさせられ、初心を思い出して佇まいを正すような文章であった。

 もちろん、マジメなだけでなく、非常に有能な会社員であった。山口瞳はよく不器用だなどと卑下しているが、入社数年で課長補佐にまで異例昇進し、また「トリスをのんでHAWAIIに行こう!」というキャッチコピーで電通広告賞を、『洋酒天国』で電通DM賞を受賞しているのだ。そのままサントリーに所属していたら、重役になっても全然おかしくないと思われる。

 その一方で、山口瞳は賭博もする。戦中戦後、鎌倉や麻布に住んでいた頃、山口家では、常に芸人や博打打ちが出入りし、麻雀や花札を引いていた。ちょっとした賭博場のようになっていた。山口瞳の父はいつも負けていた。山口瞳は決して負けることなく、父の負け分を取り返すこともあった。戦法は徹底した安手早上がりで、あまりのドライさに、「あんたゲジゲジねえ」と言われることもあった。

 昭和21年から毎日賭博に耽っていた。鉄火場に出入りし、ヤクザ者が街で挨拶するようになった。奥さんとの結婚を機に、そういった生活と訣別する。結婚するためには、額に汗して働かなければならない、と思い定めたのだ。ただし、すっぱりと賭博をやめたわけではない。きちんと仕事をした上で、賭博をするようになった。給料袋はそのまま奥さんに渡して、自分の小遣いは賭博でかせいだそうだ。賭博は生涯やり続けた。

 賭博の経験が、後に作家山口瞳のセールスポイントになった。競馬では専著『草競馬流浪記』『日本競馬論序説』がある。騎手や調教師とも親交が深かった。小説にも幾度か取り上げ、例えば『世相講談』には「アポッスル」「待てば海路」「暗闇で鰐」「天国には棲めない」があり、短篇に「馬券師」「逃げの平賀」などがある。麻雀も強かったそうだ。畑正憲、色川武大らとともに文壇の四強と言われていたかと思う。
   
 以上のことから分かるように、山口瞳は仕事に対して極めてマジメかつ有能である一方で、ギャンブルなども強かったのである。マジメかギャンブラーかどちらか一方、という人は多いが、山口瞳のように、両方を兼ね備えているというのは珍しいのではないか。この「幅の広さ」が山口瞳の魅力でもあった。

 興味深いことがある。山口瞳に、将来活躍する野球選手、強くなる力士を見分ける力があった。後に巨人に入る王貞治、原辰則、篠塚利夫については、すでに高校時代から素質を見抜いていた。甲子園大会についても、山口瞳が「男性自身」の中で、「今大会のベストスリーピッチャー」を挙げることが幾度かあった。その選手は決まってプロで活躍するのである。この眼力は、野球に対する山口瞳の見識によるところが多いのだろうが、それだけではなく、勝負事で養われた直感力もあるのではないかと私は思う。

 それに似たようなこととして、山口正介さんは、『親子三人』の中で、「(父は)超能力に近いようなものを持っていた」と書いている。逢ったことのない人物を写真だけで腋臭と見抜き、クイズ番組の優勝者を必ず当てた。山口瞳には、尋常ではない直感力があったのである。その直感力は、青春期に賭博に耽ったことと無関係ではないだろう。

 山口瞳は、自らの「博打打ちの性情」が先祖から伝わってきたではないかと考えていた。彼の母方の先祖「松坂屋仙造」は、「天保水滸伝」の飯岡助五郎の子分だ。横須賀で宿場を経営していた。清水次郎長や国定忠治もよく来たそうだ。

 山口瞳の父にしても、同様である。常に一攫千金を狙い、会社を立ち上げては倒産するということを繰り返した。会社に入って平社員になる、ということが出来ないタイプだった。

 博打打ち家系である母方。軍需成金の父。その血を受け継いだ山口瞳は、先祖から伝わる「博打打ちの性情」を十分に自覚していた。その性情をうまく制御して、きちんと市民としての生活を全うした。山口瞳の人生は、自分の血筋との戦いでもあった。一生賭博をし続け、しかも身を持ち崩すことなく、なおかつ家を建て家族を養うというバランス感覚はすごいと私は思う。

生江義男先生とランドセル

2005-11-20 | 山口瞳
 車で隣町まで行く途中、小学生がランドセルを背負って下校しているのが見えた。まだランドセルを採用している小学校があるのかと驚いた。私の住むところではすでに廃止している。

 ランドセルは理不尽である。六年間同じカバンを使うことは不衛生だ。背中に当たる部分が気になる。また、小学一年生と六年生が同じものを背負うこと自体間違っているように思える。体格に合わせたカバンを持たせたほうがよい。

 山口瞳に『けっぱり先生』という小説がある。桐朋学園の校長である生江義男先生をモデルにしている。けっぱり、とは「がんばる」という意味の方言である。何かというと「けっぱれ~」と言うことからこのあだ名がついたそうだ。

 『けっぱり先生』の中でも、ランドセルのことが触れられている。けっぱり先生が小学校のランドセル廃止を決定し、保護者から廃止取りやめの陳情を受けている。陳情の中には、おじいちゃんがランドセルを買ってあげるのを楽しみにしているのに、その楽しみを奪うのはかわいそうというもの、今ひとつは、皮革業者からの切実な訴えで、ランドセルを廃止したら死活問題になるというものがあった。おじいちゃんのほうは、別のものを孫に買ってもらうことでなんとかなりそうだが、皮革業者については難しい。

 生江先生は、「小学校の時は教科書を学校においておけばいいのです。小学校では思い切り遊ぶのが仕事。ご心配なさるかもしれませんが、幸い桐朋学園は大学までの付属校です。学校を出るときまでに人並みに育てます。だからご安心下さい」と答えている。
 
 公立小学校ではこういうわけにはいかないだろう。しかし、「ランドセルは廃止、ただしランドセルを特に希望する場合は別に構わない。各自カバンを用意すること」とすることは出来るように思う。

ロージナ茶房と居酒屋文蔵

2005-11-17 | 山口瞳
 国立(くにたち)に行ってきた。市役所に用事があった。せっかくなので、ロージナ茶房と居酒屋文蔵に行こうと思った。山口瞳が愛した店である。文蔵は『居酒屋兆治』のモデルとなった店である。

 ロージナ茶房は非常に感じのいいお店だった。原稿がはかどりそうな店だった。コーヒーを頼み、ぼんやりと30分ほどすごした。女主人らしきひとがニコニコと接待してくれた。

 文蔵に行く前に、国立(くにたち)駅付近の古本屋を巡った。一橋大や桐朋学園などのある文教都市国立(くにたち)は、古本屋が何軒もある。特に国立駅東口の谷川書店がよかった。早稲田の古本屋街にあるような、懐かしい感じの古本屋だ。店主が客に一言一言声をかける。「寒いから風邪に気をつけて」「もうテストかい?」その言葉が温かい。品揃えも良く、安い。8冊買う。

 近くに「すた丼や」を見つける。「すた丼や」とは、西東京に何軒かあるチェーン店で、20年近く学生の胃袋を満たしてきた伝説?の店だ。国立駅近くのこの「すた丼や」が、一番店らしい。ニンニクのきいた塩味のタレで、豚肉とネギを炒めて丼に載せたのが「スタミナ丼」。店名もそこから来ている。安くて量が多い。

 満腹になって谷保駅近くの文蔵に向かう。谷保駅と国立駅は歩いて2キロ。30分はかからない。店に着いたのが5時半。電気はついているが、店は開いてない。谷保駅あたりを散歩しながら、何度か文蔵の前まで行ったが、なかなか開店しない。思い切って電話してみると、6時半すぎに開店とのこと。嬉しかった。電話の声は、しぶかった。この店は6:30~10:00営業だと後で知った。

 入り口には右書きで「文蔵」。山口瞳筆とある。6時半に行ってみると、すでにふたり客がいた。この人達は、煮込みと焼き鳥を食べている。酒は飲まずウーロン茶。一人がレバーを食べて、「うんうん」とうなずいた。「これが食べたかったんだよ!」と言っているようだった。しばらくして奥さんがやってきた。『居酒屋兆治』にもあるように、仕込みをご主人が一人でして、開店後しばらくして奥さんが手伝いに来るのである。

 私もレバーを食べる。本当に美味しい。あとは、ハツとタン。いずれもタレ。素朴でいい。炭火で焼いている。煮込みを頼む。燗した酒によくあう。ほろっと酔えた。

 この店は、飾りっ気がないが、雰囲気はとてもいい。丸太の椅子。壁には『山口瞳大全』の内容見本、山口瞳の写真。それから『居酒屋兆治』を演じた高倉健のポスター。映画「ホタル」だったと思う。徳利や皿を入れる店の隅に、山口瞳の『居酒屋兆治』(新潮文庫)が三冊並んでいた。希望するお客に差し上げるのだろう。奥の壁には、山口瞳が書いたとおぼしきものが、額に入っている。私は店の手前にいたので、よく見えなかった。

 常連さんの注文方法を見ていると、一つの決まりがあるようだ。その日に食べるものを、最初にすべて注文してしまうこと。追加注文がほとんどない。お店の方に負担をかけない配慮なのだろう。私も次ぎに行くときは、そうしようと思う。

 ご主人も奥さんも、余計なことをほとんど話さない。「これハツ」「おとうさんはシオね」など、必要なことしか話さない。常連だからといって、主人や奥さんから話しかけることはない。それでいて、注文の時やお会計の時、きちんとお客の名前を言う。例えば「○○さん、ご注文は?」「××さん、1180円」と言うのだ。常連が多いためだろうが、お客の名前を覚えているのは、とてもいい感じだ。

 谷保駅北口、セブンイレブン、マクドナルドの前を通って最初の角を右に曲がる。左手にゲームセンターや居酒屋「笑笑」を見ながらちょっと歩く。値段はふつうの焼鳥屋と同じ。燗したお酒が350円、ビールが450円か。レバー130円。煮込み350円か。突き出しが出る。2000円あれば、ほろっと酔える。