伝説
立石様は別名「根有り石」、「根無石」、「奇石」、「霊石」、「活蘇石」等、
様々あるそうです。
そしてそれらの名前の由来となった伝説があります。
今回はそちらを紹介したいと思います。
昔、立石村の若者達が、「立石様」はどの位地下に埋まっているうだろうと思って、
掘ったことがありました。
しかし、掘れども、掘れども「立石様」の根元は現れなかったのです。
とうとう、若者達は根負けしてしまったのでした。
そんなことがあって、「立石様」はしばらく「根無石」の名が奉られました。
この頃から、立石様は不思議な石として知れ渡り、
村人も「霊石」として崇めるようになりました。
この話を伝え聞いた他の村人も立石様をわざわざ見物に来るようになり、
人々の間に宣伝され、世間に知れ渡って、名物となりました。
そして「立石様」に勝手な名前を付け加えていきました。
江戸時代の石コレクター木内石亭は、著書(雲根志)に
「立石様は冬の間は凍ると表面がぼろぼろになって崩れ欠けるが、
夏になると、また元の通り膨らんで大きくなる。だから活蘇石である。」
と記しました。
好奇心旺盛な殿様がいて、ある日どれほど根が深いか究明しようと、
人を雇って深く掘らせました。
しかし、根元は現れませんでした。
掘っていた人々は、薄気味悪くなって、皆逃げてしまいました。
仕方なく殿様は発掘を一時中止にし、再び人を雇って発掘を再開しようとした時です。
この村に、奇病が発生したのです。
最初は高熱が出て、次に口が利けなくなり、手真似で穴に一生懸命潜る仕草をするのです。
祈祷師が占うと、立石様の障りだというので、
村人たちは殿様に立石様の掘出しを止めてもらうよう懇願しました。
殿様も実は少々あきれていたところでもあったので、直ちに取りやめにしたのでした。
すると嘘のように病人は快復したのでした。
それからは、再び掘り出そうとする者はいなくなったということです。
萬年 一 著 葛飾区の民話と伝説「葛飾百話」より 一部加筆
古代東海道を知る重要な鍵を握る「立石様」。
研究・調査のため、発掘する日が再び来るのでしょうか…
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次回は立石5丁目・6丁目を歩きます。≫
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