映画なんて大嫌い!

 ~映画に憑依された狂人による、只々、空虚な拙文です…。 ストーリーなんて糞っ喰らえ!

Wの悲劇 ~映画の完全読解 (5)

2019年06月28日 |  Wの悲劇
     ■『Wの悲劇』 (1984年/角川春樹事務所) 澤井信一郎 監督


   製作=角川春樹事務所
   配給=東映
   公開=1984年12月15日、東宝洋画系
   108分、カラー、ワイド

   製作 : 角川春樹
   プロデューサー : 黒澤満、伊藤亮爾、瀬戸恒雄
   監督 : 澤井信一郎
   脚本 : 荒井晴彦、澤井信一郎
   原作 : 夏樹静子
   撮影 : 仙元誠三
   照明 : 渡辺三雄
   音楽 : 久石譲
   音楽プロデューサー : 高桑忠男、石川光
   美術 : 桑名忠之
   編集 : 西東清明
   録音 : 橋本文雄
   助監督 : 藤沢勇夫
   舞台監修 : 蜷川幸雄
   舞台美術 : 妹尾河童
   舞台照明 : 原田保

    配役
   三田静香 : 薬師丸ひろ子
   森口昭夫 : 世良公則
   羽鳥翔 : 三田佳子
   五代淳 : 三田村邦彦
   菊地かおり : 高木美保
   宮下君子 : 志方亜紀子
   堂原良造 : 仲谷昇
   安部幸雄(演出家) : 蜷川幸雄
   嶺田秀夫 : 清水紘治
   安恵千恵子 : 南美江
   木内嘉一 : 草薙幸二郎
   水原健 : 堀越大史
   城田公二 :西田健
   小谷光枝 : 香野百合子
   佐島重吉 : 日野道夫
   林トシ子 : 野中マリ子
   居酒屋女将 : 絵沢萠子



〔14〕
●帝国劇場の外(夜)
→《劇場前の風景(ローポジション)》
・開演のブザーと街のノイズ。
・入口へ吸い込まれていく人々。
・画面右からフレームinしてきた男が、画面を左へ横切り、フレームoutしていく。
 ※この男の動きで、画面に奥行きを持たせている。更に、右から左への運動の方向を作り出している。この次のカットが、やはり右から左への運動なので、流れが切れずに繋がっていく。
●帝国劇場のロビー
→《場内へ入っていく人々》
 ※開演のブザー繋ぎ。画面右からフレームinしてくる男の動きが、直前のカットの男の動きと連動している。
・人の移動のノイズ。
・ブザーが止み、「♪ジムノペディ」(エリック・サティ作曲)
が流れる。
●場内
→《二階席~一階席~緞帳(カメラは右上から左下へパン/煽りから俯瞰)》
 ※大阪公演の初日のシーンと同じカメラの動きだ。
・引き続き音楽は流れ続ける。
 ※音楽繋ぎ。
・客席に着く人々。
・カメラがパンしている途中で、場内の明かりが落ちる。
 ※緞帳の絵柄は鶴。後のカーテンコールのシーンで効果的に使う為に、ここでは光を落として目立たないようにしている。
●舞台一階(開幕直前)
→《二階の翔を呼ぶ進行係》
 ※このカットは、安恵の姿が画面左にフレームoutするところから始まっている。その動きで幕前の慌しさも出ていたが、客席から幕を挟んでのカットだったので、何か変化を付けたのだろう。
・出演者も二階を気にしている様子。
 ※人物が画面右上へ顔を向けているので、翔が二階にいることが分かる。
●舞台二階
→《腰に手を置きながら、振り返る翔と血塗れの静香》
 ※下からの呼び掛けに反応する翔。音楽繋ぎ。
・緊張する静香の右の手の甲を、翔が3回叩く。
 ※小気味が良い。
翔:あなた、今日の為に何犠牲にしたの。
 ※少女の夢、ただの女の生き方、昭夫…。
●舞台一階(開幕直前)
→《進行係が階段の途中まで駆け上がる(カメラは、彼を追って右やや上へパン)
 ※音楽繋ぎ。
・左手に時計を持ち、幕を開けることを告げる進行係。
 ※彼を特徴付ける為に、メガネを掛けさせている。
・嶺田が画面を右へ横切る。
 ※見る側の視線を散らす為だろう。
進行係:幕を開けま…
●舞台二階
→《静香の肩を揺らす翔》
進行役(off):…す!
 ※進行係のセリフと音楽繋ぎ。
翔:女優、女優、女優…勝つか負けるかよ、いい?
 ※女優の生き様だ。
・振り返って歩き出す翔。
→《二階の部屋から出て、階段を下りてくる翔(煽り)》
 ※翔のアクションと音楽繋ぎ。
進行係(off):お願いします。
・進行係が、画面下を手前に走って来て、左へフレームoutする。
●舞台袖
→《奥の舞台袖に引っ込む進行係》
 ※進行係のアクションと階段を下りる翔の靴音と音楽繋ぎ。
・進行係が合図を出す。
●舞台
→《階段を駆け下りて舞台の中央に立つ翔》
 ※翔の靴音と音楽繋ぎ。靴音のリズムが段々速くなるところがいい。
・幕が開き、芝居が始まる。
 ※何事もなかったようにお芝居が始まる。少し分かり難いが、幕が開けると背後には満員の客席が現れる。無償のエキストラだ。薬師丸さんがやって来るという理由で、いっぱい人が集まってくれたという。澤井先生曰く、贅沢なカットだ。満席でなければ実現できないアングルだ。
→《客席側から見た舞台の全景-A》
 ※女中役のお辞儀する芝居で繋げている。この女中役は、静香がついこの間までやっていた役だ。ただし、そのシーンは一度も無い。
・家庭教師の先生が、摩子の卒論「ダロウェイ夫人についての考察」を褒める。
 ※ヴァージニア・ウルフ著の「ダロウェイ夫人」は、1923年のロンドンを舞台に、夜会の為の花を買いにいった主人公クラリッサが、かつての輝くような青春をふと振り返り、自問し始める。波乱の恋を捨てて堅実な結婚を選んだこの人生は正しかったのか…。この作品の最後で、静香が女優としての道と、昭夫との生活の間で揺れる様とも重ねられるだろう。
・摩子(静香)を呼びに階段を途中まで上がる淑枝(翔)。
→《画面左手前に翔の後頭部、右に静香(ミディアムショットで煽り)》
・翔に顔を向ける静香。
 ※不安な表情の静香。
→《画面右手前に静香の後頭部、左に階段途中の翔(俯瞰)》
・強い眼差しで静香を見つめて、頷く翔。堂原の件で、静香に約束した舞台だ。「約束は守ったわよ。このチャンスを物にするかどうかは、あなた次第」、そんな表情にも伺える。
→《正面へ顔を向き直す静香(バストショット)
 ※女優のスイッチが入った瞬間だ。堂原が突然死した際に、ホテルのフロントへ電話を掛けた時の静香とも重なる。
・絶叫しながら画面右へフレームoutする静香。
・勢い良く扉が開く音。
→《画面下半分に客席、上半分は舞台(やや俯瞰)》
 ※静香の足音繋ぎ。客席から見ているような臨場感のある構図だ。
・二階の扉から静香が飛び出して来る。
摩子役(静香):私、殺してしまった…おじい様を刺し殺してしまった!
 ※静香が待ち焦がれていたセリフ。このお芝居での母親をかばう娘の絶叫だ。この役を取る為に犠牲にしてきたものの絶叫とも取れなくもない。
・突如、荘厳な音楽が入る。
・舞台の照明も下からの青いライトに変わり、やがて暗転。
 ※かおりの怨念のようでもある。

●帝国劇場の外
→《チケット売り場(煽り)》
・画面左半分に帝国劇場、Wの悲劇の看板。右半分に販売窓口。
・街のノイズ。
・画面右からフレームinしてきた昭夫が立ち止まり、引き返しては、また立ち止まり…。
・窓口のカーテンが閉まり始めるのを見て、慌てて走り寄っていく。
 ※静香と公園で気まずい別れ方をしたことが効いている。やっぱり好きなんだなぁ…。カーテンが閉まる動作で思わず走り出す昭夫の衝動/動機付けは心憎い。
→《画面左2/3に窓口~右1/3に等身大の翔~等身大の静香~「Wの悲劇」の看板》
 ※カーテンを閉めるアクション繋ぎ。奥の看板の青と紫色が効いている。
・窓口のカーテンを閉めようとする女性職員の手。
・街のノイズ。
・画面右側からフレームinして、窓口に飛び込む昭夫。
女性職員:もう終わりの方ですよ。
昭夫:構いません。
 ※当たり前のセリフだけれど、「構いません」って響きがとってもいい。
・チケットを手に昭夫は入り口へと走っていく。
・職員はカーテンを閉める。(カーテンを閉める音)
 ※このカットは約10秒。この前の迷っていたカットが約19秒。もたもた迷っていた時間と、急いで飛び込んでいく慌しさが、時間でも示される。

●舞台
→《果物ナイフがお腹に刺さったままベッドに横たわるおじい様》
・「♪ジムノペディ」(エリック・サティ作曲)が流れる。
・翔と静香のセリフがoffで入る。
→《舞台上のベッドを囲む、娘の摩子と母の淑枝(フルショット)-B》
 ※音楽繋ぎ。
・粉雪が降る向こうに大きな窓のセット。窓の一部は鏡になっている。
 ※ベッドの上の死体。静香と翔。身代わり。堂原の一件と重ねられたお芝居だ。
・祖父のお腹に刺さった果物ナイフに手を掛ける静香。
・音楽が止む。
→《祖父のお腹に刺さったナイフを掴む静香》
 ※淑枝(翔)の息遣い繋ぎ。
・引き抜いた箇所から血が噴出し、摩子の黄色いドレスの胸元を赤く染める。
 ※翔の身代わりに血を浴びる静香でもある。
・風の乱吹く音。
淑枝役(翔):だめ…
→《舞台上のベッドの摩子と傍に立つ淑枝(フルショット)-B》
 ※風の音繋ぎ。
淑枝役(翔):だめ…。
 ※お芝居の方では、摩子が身代わりを買って出たのに対して、実際のスキャンダルでは、翔に無理やり頼まれた静香だった。
摩子役(静香):さぁ、早く…
●客席
→《画面下1/2に人影、上1/2に壁際に立って舞台を見つめる昭夫の姿》
摩子役(静香)(off):行って!
 ※摩子(静香)のセリフと、風の音繋ぎ。
・昭夫の真剣な眼差し。
●舞台
→《舞台上のベッドの摩子と傍に立つ淑枝(フルショット)-B》
 ※風の音繋ぎ。
・摩子に謝りながら、淑枝は画面左へフレームoutする。
・ナイフを手に握ったまま、窓辺へ歩いていく摩子(静香)。
→《窓辺に立ち止まる、ガラス越しの摩子(静香)(ミディアムショット)》
 ※静香のアクションと風の音繋ぎ。
・窓ガラスが鏡のように摩子(静香)を映す。
・ひとつ息を呑む摩子(静香)。
 ※覚悟を決めた様子。
・風の音が止む。
摩子役(静香):私は、人殺し。
 ※堂原を部屋に運んだ後で、フロントに通報する時の窓辺のシーンと重ねている。実生活と芝居の関係で、スタニフラフスキーの「俳優修行」が効いてくる。このセリフも、菊池かおりを俳優として抹殺したことと無関係ではない。記者会見の夜、ラウンジで五代が「菊池かおりはどうなるんだ、あんたと三田が殺したって事じゃないか。」と翔に言うセリフがあった。「殺す」という言葉をあえて使ったのも、このシーンのセリフに繋げる狙いからだと思われる。
・左手首をナイフで切る摩子(静香)。
 ※翔の身代わりになることは、静香にとって自傷行為に等しいものなのだ。
・淑枝役(翔)(off):摩子ちゃん、お茶が入ったわよ…
 ※三田佳子さんならではのセリフ回しが、繰り返される。
・振り返る摩子(静香)。
 ※カメラのピントが、窓越しの摩子(静香)から振り返った摩子の顔に合う。
・絶叫しながら画面左へフレームoutする摩子(静香)。
→《二階の扉から飛び出してくる(舞台の全景)-A》
 ※物音繋ぎ。
摩子役(静香):私、殺してしまった…おじい様を刺し殺してしまった!
・突如、荘厳な音楽が入る。
・他の出演者たちが、舞台上で横並びになる。
・舞台の照明が下からの青いライトに変わり、やがて暗転。
●舞台裏
→《舞台裏(カメラは静香を追い、やや下~右へとパン)》
・音楽繋ぎ。
・画面上、暗がりの中から姿を現した静香が階段を下りてくる。画面下で、研究生たちが口々に「よかった!」と励まして迎える。
 ※画面中央、階段の下辺りにライトが当たてられていて、拍手する腕が暗がりに浮かぶ。そこへ静香の姿も現れる。
・画面右奥へと静香が走り去る。
→《鏡台の前へ走り込んで来る静香(俯瞰)》
 ※静香のアクションと音楽繋ぎ。
・化粧直しをする静香。
●舞台
→《舞台、暗転~青い照明へ(舞台の全景)-A´》
・家庭教師の一条(小谷)と道彦(嶺田)の会話。
→《舞台中央の一条(カメラは一条を追って右左とパン。フルショット)-C》
 ※音楽繋ぎ。
・真犯人が摩子ではなく、道彦であると推理する一条。
・音楽が止み、鳥のさえずり。
●舞台裏
→《衣装を着替える静香》
 ※一条(小谷)のセリフ繋ぎ。セリフの息継ぎにあわせて、カットを割っている。画面の右端に裏方の動きが映り、奥行きを作っている。
●舞台
→《舞台中央の一条(フルショット)-C》
・振り返って道彦(嶺田)の方を見る一条(小谷)。
→《テーブルの上座に座った道彦(嶺田)-D》
 ※一条(小谷)のセリフと背後の壁の電灯の位置繋ぎ。
●舞台裏
→《画面左1/2を物陰で潰して、右上1/4に楽屋裏の進行係(やや俯瞰)》
 ※一条(小谷)のセリフ繋ぎ。画面手前に後ろ向きの人物を立たせ、進行係の顔が直ぐに分かるような1/4の画作りをしている。
進行係:おい、まだか?
研究生(off):もう少しです。
進行係:急いでくれよ。
研究生(off):はい。
 ※本番中の緊張感を出している。時間との闘いだ。
●舞台
→《舞台中央の一条(カメラは一条を追って右へパン。フルショット)-C》
 ※鳥のさえずり繋ぎ。
●舞台裏
→《鏡越しの静香》
・髪をセットしてもらう静香。
・正面の鏡と手鏡に映る静香の顔。
●舞台
→《テーブルの上座に座った道彦(嶺田)-D》
・笑いながら立ち、一条の背後へ移動する道彦(カメラは道彦を追って左へパン)。
・道彦(嶺田)が一条(小谷)の首に手を掛ける。
淑枝役(翔)(off):あなた!
・一条(小谷)から手を放す道彦(嶺田)。
→《二階の扉の前で、道彦と一条を見下ろす淑枝(ポン引き。舞台の全景)-A´》
 ※道彦から一条が放れるアクション繋ぎ。
・階段を下りようと動き出す淑枝(翔)。
→《階段を下りる淑枝(ポン寄り。カメラは、淑枝を追い左下へパン。フルショット)》
 ※淑枝(翔)のアクション繋ぎ。
・音楽「♪ジムノペディ」(エリック・サティ作曲)が入る。
・階段途中で止まる淑枝(翔)。
●舞台袖
→《着替えの為の簡易部屋の前、左に進行係、右に裏方の研究生2名》
 ※淑枝(翔)のセリフと音楽繋ぎ。
研究生(off):できました。
・カーテンを開ける。
・靴を履く静香と、一斉にペンライトで足元を照らす裏方たち(カメラは、やや下へパン)。
 ※画面右下から人物たちがフレームinしてくる。画面の手前を潰して静香の移動する道を作っていた。
・靴を履いた静香は、勢いよく飛び出していく(カメラは、静香を追って左へパン)
 ※ここでは、フレームoutせずにカット。やはり近い移動の為だ。
→《画面中央に舞台の道彦(嶺田)~右に舞台袖の五代-E》
 ※静香の靴音繋ぎ。画面右手前に物陰を作っている。体の大きい五代が静香より目立たないようにする工夫だ。ここは二人の描写ではなく、飽く迄も静香の描写だ。
・画面左からフレームinしてくる静香。
・五代と目が合う静香。
・ためらいながら俯く静香。
・画面左下の舞台の床に、影が現れる。
●舞台
→《階段を下りてくる淑枝(舞台の全景)-A´》
 ※淑枝(翔)とその影のアクションと、音楽繋ぎ。
淑枝役(翔):あなた、もう一度だけ私を抱いて下さい。
・舞台中央の道彦(嶺田)に歩み寄り、抱き寄せる道彦をナイフで刺す淑枝(翔)。
・舞台下からの照明が消える。
・淑枝(翔)を抱えながら一回転する道彦(嶺田)。
●舞台袖
→《画面中央に淑枝(翔)と道彦(嶺田)、舞台袖の静香と五代-E》
 ※淑枝と道彦のアクションと、音楽繋ぎ。
五代:今までのところ、なかなかいいぞ、あと一息だ、がんばれ!
・音楽(「♪ジムノペディ」)が止む。
静香:はい。
 ※芝居に集中する五代の姿から、彼もまた翔と同じ役者馬鹿の一人であることが分かる。芝居をしている時が一番生き生きしている。五代は、静香が翔の身代わりでスキャンダルに巻き込まれていることを知っている。
・五代からの声掛けに、自信を持って舞台に正対する静香。
五代:よし、行くぞ。
静香:はい!
 ※二度の「はい」。一度目は感激。二度目は決意。心のわだかまりが取れて迷いが無くなった様子が分かる。
・舞台に飛び出していく静香。
●舞台
→《舞台中央で、息を切らしながらよろめく淑枝(舞台の全景)-A´》
・画面左から、摩子(静香)と警部(五代)がフレームinしてくる。
・ナイフを手に動揺する淑枝(翔)。
→《舞台中央、錯乱しながら後退りする淑枝(ポン寄りのフルショット、やや煽り)》
 ※淑枝(翔)のアクション繋ぎ。
淑枝役(翔):お母様、こうするしかなかったの…。
 ※スキャンダルの真相が公になった後の翔は、女優としての死を選ぶのだろうか…。
・柱に凭れ、放心した淑江(翔)が自分のお腹にナイフを突き立てる。
・明るい照明が淑枝(翔)を照らす。
 ※女優三田佳子の見せ場だ。
・同時に、賛美歌のような音楽が静かに流れる。
 ※「Wの悲劇」はWomenの悲劇。劇中劇に登場する女性たちの悲劇も描き込まれている。夫に愛されたい一念で、娘を身代わりにする母。そんな母からでも愛されたいと願う娘。
・柱を背に、崩れ落ちる淑枝(翔)。
→《舞台中央に崩れ落ちる淑枝(翔)、画面左に摩子(静香)と警部(五代)(ポン引き、舞台の全景)-A´》
 ※翔のアクションと、音楽繋ぎ。
・淑枝(翔)に走り寄り、抱き上げる摩子(静香)。
摩子役(静香):お母様、死なないで!
→《淑枝を抱き上げる摩子(ポン寄り、やや煽り)-F》
 ※摩子のアクションと息遣いと、音楽繋ぎ。画面手前に物陰を作って、見る側の視線を二人の上半身に集中させる工夫が見られる。
淑枝役(翔):摩子ちゃん、ごめんなさいね。
→《テーブル越しに立つ家庭教師の一条(小谷)(やや煽り)》
 ※音楽繋ぎ。
淑枝役(翔)(off):つらかったでしょう…。
 ※翔の心の声では無い。しかし、静香の心を察する言葉だ。
→《脱力する五代(フルショット、やや煽り)》
 ※音楽繋ぎ。
→《淑枝を抱く摩子(やや煽り)-F》
 ※音楽繋ぎ。
・絶命する淑江(翔)。
摩子役(静香):おじい様を刺したのは私じゃない!二人でそう決めたんじゃない!
 ※堂原の一件で交わした、二人の約束。
摩子役(静香):お母様!
●舞台袖
→《舞台袖の裏方、進行係が手を振って合図を出す》
 ※摩子(静香)の絶叫と音楽繋ぎ。
●舞台
→《画面の左右両側にセット、中央は客席を背景に倒れたままの道彦~淑枝を抱える摩子の後ろ姿 -a》
 ※音楽繋ぎ。
・ゆっくりと緞帳が下りてくる。
・観客の拍手。
 ※客席が拍手で揺れて見える。
・緞帳が下り切ると、嶺田と翔が立ち上がり、静香は床にうずくまる。
 ※嶺田が立ち上がりざまに静香へ拍手を送る様子は、静香への役者として評価だ。
→《舞台の両方の袖から出演者が出て来る(カメラは、下手からの俯瞰)》
 ※拍手繋ぎ。
・皆が次々に静香への拍手を捧げる。
→《緞帳を背後に、うずくまる静香を囲む出演者たち -b》
 ※拍手繋ぎ。カメラは、緞帳が下りてくるシーンよりも、やや寄っている。画面の左右両側にセットを入れていない。
翔:カーテンコールも芝居のうちよ、ほらっ!
・緞帳前に皆が移動し始めて、緞帳が上がり始めると静香も立ち上がり、走ってその列の方へ(カメラは、ゆっくりと前へ移動する)。
・依然として拍手は続いている。
→《画面下1/2に客席、上1/2に舞台。遅れて静香が整列に加わる-G》
 ※静香のアクションと、拍手繋ぎ。
・出演者一同が頭を深々と下げる。
 ※真ん中の翔が、一番ゆっくりと頭を下げている。
●客席
→《拍手する観客(カメラは、客席を真横から捉える俯瞰)》
 ※拍手繋ぎ。
→《 同 (カメラは、客席のやや上の方へ向けて傾けている)-H》
 ※拍手繋ぎ。顔の前で拍手をしている。見る側の視線が、観客の顔よりも叩いている手の方に行くようにしている。
→《 同 (一階席を俯瞰)》
 ※拍手繋ぎ。
→《観客越しの拍手する昭夫(煽り)》
 ※拍手繋ぎ。昭夫の顔半分に照明が当てられているので、直ぐに分かる。この客席の4カットは、約2~2秒半弱。
●舞台
→《客席を背景に頭を下げる出演者一同の後ろ姿 -c》
 ※拍手繋ぎ。
・緞帳が下りてきてゆっくりと頭を上げる出演者一同。
・翔が静香の肩を抱いて、それ以外の出演者は全員左右にフレームoutする。
・再び緞帳が上がる。
・やや前へ歩み出る翔。
→《舞台中央の静香と翔》
 ※翔のアクションと、拍手繋ぎ。
・右手を広げてから頭を下げる翔と、手を前に頭を下げる静香。
●客席
→《二階席(煽り)》
 ※拍手繋ぎ。
→《青い照明機材越しの、一階と二階の客席》
 ※拍手繋ぎ。
→《見上げる観客》
 ※拍手繋ぎ。この客席の3カットは、各約1秒半。
●舞台
→《観客を背景に頭を下げる翔と静香の後ろ姿 -d》
 ※拍手繋ぎ。
・緞帳が下がる。
→《下手を背後に、まず翔が頭を上げて画面下からフレームin、続いて静香がフレームinする(やや煽りのバストショット)》
 ※拍手繋ぎ。舞台袖を、まだ映さないようにする為の煽り画面。
翔:今日だけ譲ってあげる、しっかり挨拶しなさい。
 ※「堂原の件での借りは返したわよ」「約束は果たしたわよ」という表情。
・放心した様子の静香を舞台に残して、画面奥へと歩き去っていく翔。
・音楽が入る。この音楽は、「♪ジムノペディ」ではない。
→《鶴が舞う絵柄の緞帳がゆっくりと上がり始める(舞台の全景)-G》
 ※拍手と音楽繋ぎ。照明の当たった緞帳は初めて映る。このシーンの為に、鶴を取っておいた訳だ。空を舞う鶴と、初舞台で羽ばたいた静香を重ねて描く為に…。
→《舞台中央の静香(ミディアムショット)》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
・深々と一礼し、2歩ばかり歩み出る(カメラは、静香の動きに合わせて上下に軽くパンする)。
 ※感激で胸がいっぱいの静香の表情がよく出ている。公園で喋っていた、割れ返るような名声を手に入れた瞬間だ。あの時も、昭夫は客席にいて静香を見ていた。
●客席
→《拍手する観客(カメラは、客席のやや上の方へ向けて傾けている)-H》
 ※拍手と音楽繋ぎ。このカットは、最初のカーテンコールのシーン●客席の2つ目のカット-Hと同じアングルのものだ。
→《 同 (カメラは、観客を斜め前から撮る)》
 ※拍手と音楽繋ぎ。奥にピントを合わせて、観客の顔を特定できないようにしている。この客席の2カットは、各約1秒。最初のカーテンコールから、2秒半→1秒半→1秒といった具合に、だんだんカットの長さを短くしている。満場の拍手に包まれている雰囲気さえ作れれば、あとはリズムを作る効果として、カットの切り替えを速めていく。
→《観客の頭越しの、拍手する昭夫(ミディアムショット)》
 ※拍手と音楽繋ぎ。昭夫も感激している様子が分かる。
●舞台
→《舞台中央の静香(ミディアムショット)》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
・再び深々と頭を下げる静香。
●舞台袖
→《拍手する演出家や進行係》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
→《拍手する安江ら》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
→《拍手する嶺田や小谷》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
●舞台
→《客席を背景に、ゆっくりと頭を上げる後ろ姿の静香 -e》
 ※拍手と音楽繋ぎ。静香が観客に溶け込んでいるような画になっている。
・左の客席へ、続いて右の客席へ深々と頭を上げる静香。
・頭が上がる動き。
→《頭を上げる静香(カメラは、静香の動きに合わせてやや上へパン》
 ※拍手と音楽と、静香のアクション繋ぎ。
●舞台袖
→《画面左1/2に、腕を組む翔と拍手する五代、右1/2は暗幕》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
・暗幕の後ろに消える翔。
・チラッと翔に目を遣る五代。
●舞台
→《舞台中央の静香(フルショット)》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
・両手をいっぱいに広げて観客の声援に応える静香。後ろへ下がる。
→《画面下1/2は客席、上1/2の舞台中央に静香(舞台の全景)-G》
 ※拍手と音楽と、静香の後ろへ下がるアクション繋ぎ。
・両手を前にして、再び頭を下げる静香。
→《客席を背景に頭を下げる静香の後姿 -c》
 ※拍手と音楽繋ぎ。
・緞帳が下がると同時に、頭を上げるものの直ぐにへたり込んでしまう静香(カメラは、静香の動きに合わせて下へ下がる)。
→《画面中央にへたり込む静香(遠景の俯瞰)》
 ※音楽と、静香のアクション繋ぎ。大胆なカメラポジション。
・両舞台袖から一斉に研究生たちが雪崩れ込んで来て静香を取り囲み、静香の名を連呼する。
 ※まるでお祭りの神輿のよう。

 ※カーテンコールのシーンでは、客席を背景にした背後からのカットが再三使われる。これらのカットは、カメラ位置が徐々に人物に近付いていき、静香と客席との距離感が縮まっていく効果を狙っていた。
 a(セット越し。全身。)→ b(柱越し。全身。ここでカメラが前へ移動。)→ c(足首から上。)→ d(腰から上。)→ e(胸から上。)

●劇場の外
→《「Wの悲劇」の看板と、その前の人集り~奥に階段を捉える(カメラは、左へ移動しながら右へパン、やや俯瞰)》
 ※人々の後頭部で、画面手前に物陰を作っている。余計なものを映さないことと画面に奥行きを持たせる為だ。
・ざわざわとした人の声(ノイズ)。
→《芸能レポーター藤田、須藤、その他記者ら多数》
 ※ノイズ繋ぎ。藤田以外は全員男性。
→《警備員の横顔と花束を持ったファンの女の子たち(やや俯瞰)》
 ※ノイズ繋ぎ。男性が支配する画面から女性が支配する画面への切り替え。
→《人影の間から覗いて見える花束を持つ昭夫》
 ※ノイズ繋ぎ。花束を持つ女性の画面から花束を持つ男性(昭夫)への切り替え。
→《画面下1/2にマスコミ、上1/2に背景》
 ※ノイズ繋ぎ。
マスコミ:来た!
・一斉に手前に走ってくる。
 ※マイク、カメラ、照明、TVカメラ。
・拍手が沸き起こる。
→《階段の上に現れた静香がゆっくり下りてくる(煽り)》
 ※拍手繋ぎ。電灯が強烈な印象を与える構図だ。摩子役のオーディションに落ちて帰った夜、昭夫が「スター誕生のお祝いだ。」と言って花束を差し出した場面の電灯の挿入が思い出される。大きな電灯は成功の証なのだろう。
→《手前に走ってくるマスコミの群れ(俯瞰)》
 ※拍手繋ぎ。
・画面右からフレームinしてくる静香の後ろ姿。
→《階段を笑顔で下りてくる静香》
 ※拍手繋ぎ。女優の姿だ。
・画面下からフレームinしてくるマスコミの群れ。
 ※マイク、照明、TVカメラ、カメラ、フラッシュライト。
・階段の途中で立ち止まる静香。
・静香の顔に煌々と焚かれるライト。
 ※スターの輝きだ。
・カメラのシャッター音。
藤田レポーター:今日の初舞台、堂原さんに見て頂きたかったでしょうね。
 ※静香の表情が陰る。
・気を逸らすように、周りを見渡す静香が誰かに気付き、身を乗り出す。
・その瞬間、効果音楽がポロンと入る。
 ※処女を喪失して帰った朝方のシーンで、鏡台に映る自分の姿にハッとする静香の場面と同じものだ。
→《花束を持つ人越しの昭夫(俯瞰)》
 ※シャッター音繋ぎ。
・静香の方を見つめ、笑顔で頷く昭夫。
・この瞬間にも、ポロンと効果音楽が入る。
 ※心の声になっている。
→《昭夫を見つめながら階段を急いで下りてくる静香(カメラは静香を追い下へパン)
 ※シャッター音繋ぎ。
かおり(off):静香!
・声の方向へ顔を向ける静香、続いて回りも一斉に振り向く。
 ※先ず静香、続いて藤田、須藤、そのあと3人、そして2人の順に振り向く。
・シャッター音が止み、サスペンスフルな効果音楽が始まる。
 ※バーナード・ハーマン風。
→《画面下1/2に静香やマスコミの後ろ姿、上の警備員の制止を振り切って入ってくるかおり。
 ※音楽繋ぎ。かおりに照明が当てられている。
・堂原良造が翔のベッドで死んだことを暴くかおり。
・レポーターが一斉に静香の顔を見る。
 ※かおりが話を続けると、また一斉にかおりの方へ顔を向けるレポーターたち。
・摩子役の為に静香が身代わりになったことを暴くかおり。
・マスコミは一斉に階段を下りて行く。
→《画面下1/2にマスコミの後姿、上1/2にかおり~その右側にメモを取る記者、藤田、須藤~かおりの後ろに警備員~その背後にファンの人たち(俯瞰)》
 ※音楽繋ぎ。
・右手にナイフを持ち出すかおり。
 ※かおりの、自分の役を奪った静香への怨み。
・驚く周囲。悲鳴。
→《驚く静香(バストショット)》
 ※音楽と悲鳴繋ぎ。
静香:かおり。
→《ナイフを手にするかおり(俯瞰)》
 ※音楽繋ぎ。画面下のマスコミの後ろ姿が、画面左右へフレームoutする。
かおり:殺してやる!
・手前へ走ってくるかおり。
→《危険に気付く昭夫》
 ※音楽と、かおりの靴音繋ぎ。
→《画面中央、階段途中の静香の方へ掛けて行くかおり》
 ※音楽と、かおりの靴音繋ぎ
→《画面へ向かって来るかおり(バストショット)》
 ※音楽と靴音繋ぎ。
→《階段を後退りする静香(バストショット)》
 ※音楽繋ぎ。
→《手前へ走ってくるかおり(カメラは、かおりの動きに合わせて下へパン、俯瞰)》
 ※音楽繋ぎ。
・画面下から静香の後頭部が、右からは昭夫がフレームinしてくる。
昭夫:やめろ!
・かおりを追い抜く昭夫。
→《階段の静香、かおり、昭夫を真上から捉える(遠景)》
 ※音楽繋ぎ。画面右下の窓ガラスが、鏡のような効果をもたらしている。
・かおりを追い抜き静香の盾になるように間に立った瞬間、音楽が止み、人を斬る効果音が入る。
 ※時代劇ではお馴染みの効果音。階段を対角線にした構図で、電灯の笠がアクセントになっている。
・悲鳴。
・近付くマスコミ。光るフラッシュライトとシャッター音。
・画面左下からフレームinしてきた2人の警備員が、かおりを連れて左下へフレームoutする。
・それに続いてマスコミも画面左下へフレームoutする。
・騒然とするノイズ。
→《階段の途中で、花束を持ちながらふらつく昭夫と、後ろから支える静香。
※ノイズ繋ぎ。
昭夫:約束したろう…
静香:約束?
・音楽が入る。
 ※セリフとほぼ同時に音楽が入る。音楽が、静香の心の声を表現したものなので、昭夫との約束を思い出すと同時に音楽が入る。
昭夫:成功したらさ、大きな花束贈るって…それ、さよならの挨拶にしようってさ…
・階段を飛び降り、振り向いて花束を差し出す昭夫(カメラは、右へパン、やや左へ移動)。
昭夫:おめでとう。
・その場に倒れる昭夫(カメラは下へパン)。
・駆け寄る静香(カメラは、左へ移動しながら右上へパン)。
 ※この時の薬師丸さんの動きが速い。階段を飛び降りて、直ぐにフレームに納まる。
・救急隊員に両脇を抱えられながらタンカに乗せられる昭夫。
 ※画面奥の壁に、赤色灯の明かりが点滅する。
昭夫:これでおあいこだね…
・救急隊員に撥ね退けられた静香が、画面左へ一旦フレームoutする。
昭夫:君も身代わりだったんだろう?好きなもののためにさ、だから…今度は…俺がさ…
・タンカで運ばれていく昭夫(カメラが、やや上に移動)。
・画面左からフレームinしてくる後姿の静香。
・昭夫のタンカと入れ替わりにカメラマンが一斉に入ってきて静香の前に立ちはだかる。
 フラッシュライトとシャッター音のノイズ。
・後退りする静香が振り返る。
→《階段の下の、グラジオラスの花束》
 ※フラッシュライトとシャッター音と、音楽繋ぎ。
・足元の花束を手に取り(後ろ姿)、立ち上がる静香(半身)(カメラは、静香の動きに合わせて上へ移動)。
 ※静香の衣装は、この作品一番の衣装。花の絵柄の可愛いワンピースだ。
・暫く花を見つめた後、昭夫が去っていった方を見つめる静香(バストショット)。
 ※昭夫への感謝や別れの悲しみが表れた素晴らし表情。グラジオラスの花言葉は、“情熱的な恋”。オーディションに落ちた夜に、めちゃくちゃにしてしまった花と同じものだ。初めて貰った花束と最後の花束は、いつも応援してくれていた昭夫からのものだった。
 (※ここで日替わり)



〔15〕
●静香の部屋(アパート)
→《木の幹越しのがらんとした部屋の中、画面下1/2は居間、上1/2はダイニングキッチン(俯瞰)》
・画面左側の物陰からinして、奥の台所へ向かう静香。手には青いバケツ。
・バケツの水を流しに捨て、雑巾をバケツの縁に引っ掛けてからバケツごと床に置く静香。
・方々を確認しながら手前まで歩いてくる静香。
 ※ワンピースにジャケット姿。掃除をする服装ではないことから引っ越していくことは容易に想像がつく。
・窓ガラスを閉め、鍵を掛ける静香。
 ※窓を閉める行為から、引っ越して来たのではなく、引っ越して行くことが分かる。閉めた窓ガラスには、窓外の木々が映って見える。『映画の呼吸』(澤井信一郎著/ワイズ出版)によると、このシーンはセットらしい。
・部屋の奥へと引き返し荷物に手を掛ける静香。
→《静香の頭越し、天井に貼ったままの「Wの悲劇」のポスター(煽り)》
・静香の横顔が横切る。
 ※静香のアクション繋ぎ。
・静香の顔が、ポスターの方へ向く。
→《荷物を手に持ち、見上げる静香(俯瞰)》
 ※静香の顔の向き繋ぎ。
・見上げたまま荷物を置き、手前の畳の間まで歩いてくる。
・寂しげな、次に強い表情に変わり、思いっ切りジャンプして手を伸ばす静香。
→《ジャンプした静香。下は畳、上は天井とポスター、奥は窓(ローポジション、広角レンズを使った煽り)》
 ※静香のアクション繋ぎ。このカットのカメラ位置は、部屋の中心線からやや右側へずれている。この後、静香の動きに合わせてカメラが移動するとその理由が分かる。玄関を仕切る壁が、中心線の延長線上にある為だ。その壁が邪魔で、カメラが置けなかった訳だ。
・手が届かず、畳に尻餅をつく静香。
・再び立ち上がり、ジャンプするも届かず、
・今度は、窓の縁に足を掛けて飛びつくも、またも失敗して尻餅をつく。
・ポスターを見上げ、諦める静香。
 ※良くも悪くも消せない記憶として残る、静香の思い出。ポスターは、成功と挫折の象徴だ。
・立ち上がると、畳の間を出て、荷物を手に靴を履く静香(カメラは、静香の動きに合わせ右へ移動しながら左へパン)。
・もう一度天井を見上げる静香。
→《翔と共に写った「Wの悲劇」のポスター》
 ※静香の目線繋ぎ。
→《見上げる静香》
・寂しげな表情で手を振る静香。
 ※必死になって女優に憧れていた頃の自分には、もう戻れない寂しさ。
・音楽が入る。
・泣きながら玄関へ向く静香の動き。
→《畳越しに捉えた空っぽの部屋。カバンを肩に担ぐ静香(部屋の全景、ローポジション)》
 ※静香のアクション繋ぎ。
・ドアを開けて出て行く
●タクシーの車内
→《タクシーの後部座席に座り、外を眺める静香》
 ※音楽繋ぎ。座席に白いカバーが掛けられているので、直ぐにタクシーと分かる。
・車窓には公園の池。釣りをする人の姿。
・運転手に回り道を告げる静香。
 ※昭夫との思い出を思い出した様子。
→《道の向こうから走ってくるタクシーが、一旦停まって方向転換する(カメラは、タクシーの動きを追って左右へパン)》
 ※音楽繋ぎ。カメラは左右にパンするが、最後には、最初のポジションに戻る。
・タクシーは、画面右へフレームoutする。
・音楽は次のカットの冒頭へ食い込ませている。
●貸家(外)
→《貸家への道を歩いてくる静香、画面手前には淡いオレンジ色の花(俯瞰)》
 ※音楽繋ぎ。
・静香の靴音と、蝉の音。
・門の前で立ち止まる静香が、横を向く。
・カメラが右へパンし、引越し屋のトラックと荷物を二階へ運ぶ作業員を捉える。
昭夫(off):それじゃ、これここの鍵です…。
 ※昭夫の声で、彼が死んだ訳ではないことが分かる。
・そのままカメラは右上へ移動しながら作業員を画面左へフレームoutさせ、玄関の昭夫と借主を右からフレームinさせる。
・カメラは昭夫を追って左へ移動し、画面左からフレームinしてきた作業員を右へoutさせる。
・遠くで鳴る鐘の音。
 ※以前のシーンでも聞こえていた。
・後ろ姿の昭夫が静香に気付く仕草で、カメラが左下へパンし、画面左から静香がフレームinしてお辞儀する。
・急いで階段を下りようとする昭夫の動き。
→《画面右手前に後ろ姿の静香、奥の貸家の二階から急ぎ足で階段を下りてくる昭夫(カメラは、やや下がる)》
 ※鐘と蝉の音と昭夫のアクション繋ぎ。
・恐る恐る静香に近づく昭夫。
昭夫:あんまり何日も居させてくれるような怪我じゃなかったんだ。
 ※そう何日も経っていないことが分かる。また、それ程大層な怪我でもなければ、かおりの罪も軽くて済みそうだ。
昭夫:誰にも貸さないように頑張ってたんだけどね…俺、もっといい家さがすよ…すぐみつから…だか…
 ※ここまで、静香の表情は映らない。
→《画面右手前に後ろ姿の昭夫、中央やや左に静香(カメラは、ゆっくりと左へ回り込む、やや俯瞰)》
昭夫:…ら。
 ※昭夫のセリフと、蝉の音繋ぎ。
静香:お願い、やり直そうなんて言わないで…
・音楽が入り、蝉の音が止む。
静香:…やり直そうなんて言われたら、ワッてあなたの胸に飛び込んで…
昭夫:そうしろよ、してくれよ。
静香:したいけど、でも、できない。
・昭夫が一歩踏み込んで、
昭夫:どうして?
 ※昭夫の一歩の理由は、カメラが左へ移動しているので、画面の右へ寄り過ぎないようにする為と、あとでカメラが右へパンした時の、道とのバランスを考えてのことだ。
静香:だめになっちゃう…自分の人生、ちゃんと生きてなくちゃ、舞台の上のどんな役もちゃんと生きられないって…
・静香も一歩踏み込む。
 ※この一歩も、昭夫と同じ理由だ。
静香:だから、二人じゃなくて、一人でやり直すの。
 ※イプセンの「人形の家」のノラのよう。昭夫は絶えず家を背後にしている。家は安定を意味する。
昭夫:芝居、やめないのか?
静香:…私は、もう一人の自分って厄介だけど、でも、付き合っていくわ。
・静香の背後に道が開ける。
 ※この構図を作る為の昭夫と静香の一歩だった訳だ。静香の未来が開けている証だ。君子や翔とは違うタイプの自立した女性を目指す静香の未来は、明るい。
静香:じゃあ。
・一旦、音楽が止む。
・静香が笑顔で振り返る動き。
 ※ここまで、二人の表情が一つの画面に納まることはない。二人が同じ白いジャケットを着ていることからも、お互いもう一人の自分であることが分かる。昭夫の背景が絶えず「家」であることや、あとで静香の背後に道が開けるのも象徴的だ。
→《貸家と庭木の花を背景に、昭夫を背に歩き始める静香(やや煽り)》
 ※静香のアクション繋ぎ。このカットは、二人の表情が同じ画面に納まる最後のカットだ。この貸家のシーンで意図的に交わることの無かった二人の表情が、漸く一つの画面に納まり、二人の慎ましい感情がピアノの効果音楽で表現される。
・ポロンと効果音楽が入る。
 ※先ずは、昭夫から静香への感情。
昭夫:これが、俺たちの千秋楽か?
 ※言葉通り、二人が交わる最後のカット。
・立ち止まる静香。
・再び、ポロンと効果音楽が入る。
 ※今度は、静香から昭夫への感情。二人の感情も交わる。
・静香の振り返る動き。
→《振り返る静香、背後には道が続いている(バストショット)》
 ※静香のアクション繋ぎ。
・音楽が入る。
・静香:もう一人の自分が、泣いちゃいけないって…ここは、笑った方がいいって…。
・泣くことを堪えて微笑む静香。
→《静香の方を見つめる昭夫(ミディアムショット、やや煽り)
 ※音楽繋ぎ。
・泣くことを堪えて微笑む昭夫。
→《昭夫の左肩越しの静香、やや俯瞰》
 ※音楽繋ぎ。
静香:じゃあ。
・微笑みながら振り返り歩き去る静香。
・昭夫が拍手をする。
 ※昭夫の肩越しに映りこむ手。これから旅立つ静香への激励の拍手。二人の最初の出会のシーンも、昭夫の拍手から始まっていた。
・立ち止まる静香。
→《拍手する昭夫(バストショット、やや煽り)》
 ※昭夫の拍手と音楽繋ぎ。
・涙を堪える昭夫の表情。
・高まる音楽。
→《後ろ姿の静香(ミディアムショット)》
 ※昭夫の拍手と音楽繋ぎ。
→《拍手する昭夫(バストショット、やや煽り)》
 ※昭夫拍手と音楽繋ぎ。
→《振り返る静香(バストショット)》
 ※昭夫の拍手と音楽繋ぎ。
・涙ぐむ静香。
・高まる音楽に、拍手が掻き消されていく。
→《泣きながら拍手する昭夫(バストショット)》
 ※音楽繋ぎ。
→《真正面に立つ静香(フルショット)》
 ※音楽繋ぎ。
・涙を堪えながら、スカートを両手で摘み上げ、軽く膝を屈める静香(バストショットになるまでズームin)。
 ※昭夫の為だけのカーテンコール。
・音楽が終わると同時にストップモーション。
・泣きながら微笑む静香をタイトルバックに、エンドロール。
・主題歌「♪Woman」が流れる。
 ※作詞/松本隆、作曲/呉田軽穂、編曲/松任谷正隆、歌/薬師丸ひろ子。

     毛宇 以加奈以天˝ 曾波˝仁以天
     末止˝乃曾波˝天˝ 宇天˝遠久无天˝
     由幾乃与宇奈 保之加˝不留和
     寸天幾祢

     毛宇 安以世奈以止 以宇乃奈良
     止毛太˝知天˝毛 加末和奈以和
     州与加˝州天毛 不留衣留乃与
     己衣加˝…

     安安 止幾乃加和遠 和太留不祢仁
     於宇留波奈以  奈加˝左礼天久
     与己太和州太 加美仁武祢仁
     不利州毛留和 保之乃加計良

     毛宇 以州之由无天˝ 毛衣州幾天
     安止波波以仁 奈州天毛以以
     和加˝末末太˝止 之加良奈以天˝
     以末波…

     安安 止幾乃加和遠 和太留不祢仁
     於宇留波奈以  奈加˝左礼天久
     也左之以女天˝ 美州女加衣寸
     不太利幾利乃 保之不留末知

     以加奈以天˝ 曾波˝仁以天
     於止奈之久 之天留加良
     世女天安左之 比加˝左寸末天˝
     己己仁以天 祢武利加˝於遠
     美天以太以乃

・角川春樹事務所 1984 終
・フェードout。


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