映画なんて大嫌い!

 ~映画に憑依された狂人による、只々、空虚な拙文です…。 ストーリーなんて糞っ喰らえ!

Wの悲劇 ~映画の完全読解 (3)

2011年12月14日 |  Wの悲劇
     ■『Wの悲劇』 (1984年/角川春樹事務所) 澤井信一郎 監督


   製作=角川春樹事務所
   配給=東映
   公開=1984年12月15日、東宝洋画系
   108分、カラー、ワイド

   製作 : 角川春樹
   プロデューサー : 黒澤満、伊藤亮爾、瀬戸恒雄
   監督 : 澤井信一郎
   脚本 : 荒井晴彦、澤井信一郎
   原作 : 夏樹静子
   撮影 : 仙元誠三
   照明 : 渡辺三雄
   音楽 : 久石譲
   音楽プロデューサー : 高桑忠男、石川光
   美術 : 桑名忠之
   編集 : 西東清明
   録音 : 橋本文雄
   助監督 : 藤沢勇夫
   舞台監修 : 蜷川幸雄
   舞台美術 : 妹尾河童
   舞台照明 : 原田保

    配役
   三田静香 : 薬師丸ひろ子
   森口昭夫 : 世良公則
   羽鳥翔 : 三田佳子
   五代淳 : 三田村邦彦
   菊地かおり : 高木美保
   宮下君子 : 志方亜紀子
   堂原良造 : 仲谷昇
   安部幸雄(演出家) : 蜷川幸雄
   嶺田秀夫 : 清水紘治
   安恵千恵子 : 南美江
   木内嘉一 : 草薙幸二郎
   水原健 : 堀越大史
   城田公二 :西田健
   小谷光枝 : 香野百合子
   佐島重吉 : 日野道夫
   林トシ子 : 野中マリ子
   居酒屋女将 : 絵沢萠子



〔10〕
●貸家(外)
→《庭の前の道(カメラは、木の幹から右へ移動/俯瞰)》
 ※木の幹をワイプのように使っている。接続詞のようなものだろう。直前のコインランドリーでの話が、まだ切れていない印象を与える為の工夫だ。
・車の音。
・門の前で止まる車。中から昭夫と静香が出てくる。
・庭先には、薄桃色の花。
・昭夫の営業。
→《昭夫と静香の背後に洋館(煽り)》
・ポケットから鍵を取り出す昭夫。
 ※鍵を翳しながら後ろ向きに歩くことで、自然にカメラの方向へ体を向けることが出来る。
・物件説明をしながら先に階段を上っていく昭夫(カメラは、ゆっくりと上へ移動)。
 ※公園で、静香に自己紹介した時の昭夫が甦る。昭夫が普段、不動産屋で働いていることを印象付かせる狙いもあっただろう。
・後から階段を駆け上がっていく静香。
 ※駆け上がっていく動作に若さがあり、小気味の良いリズムを作る。

●貸家(中)
→《画面左の扉が開く》
・昭夫の姿→静香が左からフレームinすると昭夫は画面右の居間の入口へ移動→昭夫が居間の中辺りでしゃがむと静香はそこを覗く→昭夫が奥の窓を開けて(蝉の鳴き声)、入口まで戻り静香と向かい合う。
昭夫:ここに、一緒に住まないか?
 ※このセリフを昭夫に言わせるまでの移動が、そのまま気持ちの間になっている。
・今度は静香が窓まで移動し、昭夫がアコーディオンカーテンの説明をしながら画面右へ移動(カメラも、この動きに合わせて右へ移動)。
 ※この昭夫の動きで、画面左に写っていたドア口は左へフレームoutする。カメラは、昭夫を中央に据えて止まる。
・二人で住んだ方が経済的だと語る昭夫は、歩きながら画面の右へ移動。
 ※昭夫が立つ位置は、台所への入口。
・窓辺の静香を手招きする昭夫。
→《台所の戸越しの昭夫と窓辺の静香》
 ※昭夫のアクションと静香の姿勢と蝉の鳴き声で繋げている。
・画面に迫ってくる静香が台所を覗き込む→直ぐ後ろに昭夫→押し出されるように前へ進み入る静香(カメラは、静香を追うように右へパン)→続いて昭夫が画面左からフレームin。
・画面左の流しを背に昭夫、右のレンジ台を背に静香。
昭夫:一生芽が出なかったら、どうするんだ?
静香:毎日考えてるわよ、そんなこと…才能ないんじゃないかなって…。
・ここで音楽が入る(蝉の鳴き声は消える)。
 ※静香の心の動揺と音楽は、常に一体となっている。
・画面右手前に歩き出す静香。
・昭夫は、静香の歩く先にチラッと目線をやり腰を浮かす。
 ※この目線が次のカットに繋がる。ここのカットは、静香がフレームoutする前に、カットoutする。台所の狭い空間での移動を考えれば、フレームoutさせるには不自然という判断だったと思われる。

●貸家(ベランダ)
→《ベランダへの戸が開く》
・出て来た静香が手すり伝いに歩く。昭夫も出て来る。
・プロポーズする昭夫(カメラは、静香を追うように右へパンする)。
 ※木々に囲まれた雰囲気の洋館だが、カメラがパンすると都心の風景がある。
静香:成功したら、どうする?
 ※この時、ひょいと手すりを引き付ける静香の動作が、夢を語る少女のようで愛らしい。自信はないけど夢はある。そんな初心に返った様子だ。
昭夫:楽屋にね、大きな花束を届けるよ。それが、さよならの挨拶ってことにしようか…。
 ※このセリフは重要な伏線となるだけに、どうやって自然に言わせるかが最大の課題だったと思う。プロポーズをしておきながら、別れの話というのも不自然だからだ。そこで静香の若さを演出した。20才という設定が、ここで効いてくる。プロポーズを深刻に受け止められない程の若さを演出することで、別れの話も深刻に思えないようにしたのだ。
静香:夜、きれいでしょうね…。
 ※唐突に話題が変わる印象のセリフだけに、静香の気持ちも吹っ切れた様子が分かる。ここでの夜とは、今夜とも未来ともつかない長い時間を感じさせるものなので、コインランドリーから木のワイプで始まった一連のシークエンスを、たっぷりと時間を稼いで終わらせることができた。それに、このセリフは次のカットとも繋がる。

 ※静香と昭夫がセリフの合い間合い間に、まるでカメラと戯れるように踊る。
 (※ここで日替わり)



〔11〕
●夜景(大阪)
→《夜の街(俯瞰)》
・“大阪”のテロップ。
 ※直前のシーンが、静香の「夜、きれいでしょうね」のセリフで終わっているので、夜景のカットを繋げるのは本来なら危険なことだろう。その日の夜と勘違いされる恐れがあるからだ。しかし、ここでは終息する音楽から騒然(ノイズ)への音の切り換えや、“大阪”のテロップを表示する事で、時空を越えていることを説明しているので混乱を生じていない。
・絶えない車の音(ノイズ)。
 ※小さめに入る。
●劇場の外(遠景)
→《劇場の外(煽り)》
 ※左手前の植木にライトを当て、~階段~「Wの悲劇」の看板~入口の上に掲げられた看板(奥)、といった具合に見る側の目線が手前から奥へ向かうような画作りになっている。
・僅かに車の音(ノイズ)。
●劇場の外(看板)
→《手前右は「Wの悲劇」のポスター(煽り)/左奥は「Wの悲劇」の看板》
・僅かに車の音(ノイズ)。
●劇場の中
→《客席(カメラは右上から左下へパン/煽りから俯瞰)》
警部役の五代(off):皆さん!
 ※客席の皆さん(お客さん)を写しながらのセリフ。劇中のセリフなので、お客さんに呼びかけている訳ではない。ちょっとした遊び心だ。
・舞台上では、芝居の本番。
 ※本格的な芝居になっている。
・芝居の効果音楽「♪ジムノペディ」(エリック・サティ作曲)が流れる。
・五代(警部役)が歩く。
●舞台
→《客席を背景に歩く五代(カメラは、五代を追うように左後方へ移動)》
 ※五代のアクションと音楽繋ぎ。
・テーブルを囲む出演者たち。
・舞台上の芝居では、警部が摩子を祖父殺しの犯人として問い詰める。
・警部を振り払い走り出す摩子(かおり)。道彦(嶺田)に抑えられる警部(五代)。
→《画面手前右に舞台袖(下手)の静香の後姿/中央に摩子役のかおり/奥は他の出演者》
 ※画面中央で立ち止まる摩子(かおり)と、道彦(嶺田)を振り払う警部(五代)のアクション繋ぎ。走る足音と音楽でも繋がっている。
かおり:私が、おじい様を殺したんです。
 ※かおり役の決めゼリフだ。
→《舞台を見つめる静香》
 ※音楽繋ぎ。セット越しに静香を写しているが、そのセットが何かは判然としない。しかし、舞台を覗き込んでいる雰囲気が出る画作りだ。
・ぼんやりと台本に目を落とし、それから客席の方を見る静香。
→《台本にペンライトを当てる静香の斜め後姿越しの客席》
 ※音楽繋ぎ。
・顔の向きを、客席から台本へ戻す静香(カメラのピントも客席から静香へ)。
 ※冷静さを取り戻してプロンプの仕事に戻る静香の様子だ。逃がした獲物の大きさを、まだ理解していない感じが良く出ている。ここの描写は、このあと、空になった客席に向かって「はっ!」と込み上げるシーンの伏線になっている。
・音楽はカットout。
 ※余韻を残さずに、感情の流れを絶ち切る効果。登場人物の気持ちが切り替わっている事を知らせる意味と、見る側へも気持ちを切り換えて欲しいという合図のようなもの。

●翔の楽屋…1カット
→《化粧を落とす翔(カメラは、左へ移動しながら右へパンし、翔の後姿と鏡に映る翔を捉える)》
・たくさんの贈り物の花。
 ※『イヴの総て』(1950年/米)のベティ・デイビスを思い出す。
・扉の開閉する音。
 ※このあと、人が出入りする度に入る。
・翔が映る鏡に、左からinしてくる静香。
 ※このあと二人が、動揺にin&outするが、すべて鏡越しの挨拶だ。
静香:衣装いただきに参りました。
・深々と一礼する静香。
翔:あ~、お疲れ~!
 ※軽い。舞台を終えたばかりの高揚感。電話の彼氏と会う約束も控えている。
プロデューサー日高(off→フレームin):翔ちゃん、お疲れ、評判いいよ。
 ※日高を印象付ける為の登場と思われる。スキャンダルへの対応を出演者たちと話し合うシーンや記者会見のシーンにも登場する。ズボンのポケットに手を入れたままの演出が効いている。それなりの立ち場にある印象を持たせる狙いだろう。
翔:どうもどうも。
 ※この軽さが、大女優っぽい。
・水原が爽やかに挨拶しに来る。
・静香が一礼して鏡越しにフレームout。
 ※挨拶の仕方で、それぞれの翔との距離感や、立場の違いが端的に表現されたシーンだ。このあと、五代が「翔!」と呼ぶことへの前フリでもあるだろう。
・鼻歌を歌う翔。
 ※鼻歌の翔で終わることで、俄然、電話の彼氏との約束が想像できる。
●廊下…1カット
→《廊下に出てくる静香(俯瞰)》
・役者さんたちに挨拶しながら手前に走ってくる静香(カメラは静香を追うように、下へパン)。
 ※入り乱れながら雑然と挨拶し合う風景(ノイズ)が見事。手応えを感じた役者たちの高揚感で漲っている。ここのシーンは、静香のフレームoutを待たずにカットしている。昭夫にプロポーズされた貸家の《台所》→《ベランダ》への繋ぎ方と同じだ。短い距離なのでフレームoutさせていない。
●静香とかおりの楽屋…1カット
→《扉に貼られた「菊池かおり三田静香」の紙》
 ※騒然とした声を、約1秒残して繋げている。
・扉を押し開けて入る静香(俯瞰)。中では鏡の前で化粧を落としているかおり。
 ※翔の楽屋とは違って畳敷きだ。
かおり:ねぇ、今日、私どうだった?
・鏡越しに話すかおり。
 ※翔とかおりを重ねている。若い頃の翔は、かおりのようだったのかも知れない。そんなことを匂わせている。
静香:ごめんね、…見てなかった。
 ※かおりへの嫉妬を感じて吐いた嘘。
かおり:でも、自信あるんだ。…あっ、私のも持っていってくれる。
・自分の衣装だけを取りに来た静香だったが、かおりの衣装も持って行かされる。
 ※かおりの自信も然る事ながら、断りきれない静香の人の良さが災いしている。この断り切れない人の良さが、スキャンダルの身代わりという更なる災いを招くことになる。
・不満な表情を浮かべ、部屋を出て行く静香。
 ※静香はまだ、どうせヒロインと女中役では扱いが違うくらいにしか思っていない。本当の違いは、楽屋裏での扱いではなく、お客さんから受ける祝福の違いであることに気付いていない。
・扉が閉まりながら、扉に貼られた「菊池かおり三田静香」の紙。
 ※最初の画に戻る。
・ガッチャ!という音。

●舞台裏
→《扉が開く(俯瞰)》
 ※扉で繋いでいる。
・衣装の山を抱えて入ってくる静香(カメラは、静香を追うように下へパン)。
・一旦立ち止まり、ちょっと舞台を見てみようと歩き出す静香(カメラは、右へパンしながら下がる)。
・画面手前、舞台袖(下手)の静香/奥は舞台。
・舞台へと歩いて行く静香。
●舞台
→《客席の方を見ながら出てくる静香。(カメラは、ローポジションから煽り、静香を追うように左へパン)
 ※静香のアクション繋ぎ。
・音楽(「♪ジムノペディ」)が入る。
 ※これは静香の心の中で流れ始める音楽。彼女の心の中で疼き始めたものを表現している。
・客席に向かって立つ静香の後姿。
→《衣装を抱えた静香(ミディアムショット)》
 ※音楽繋ぎ。
・客席を眺める静香。
静香:はっ…。
 ※逃がした獲物の大きさを、ここで初めて実感する。
・画面右への静香の動き。
→《舞台上手のテーブルへ衣装を置く静香(カメラは、静香を追うように右へパン)》
 ※静香の動きのアクションと音楽繋ぎ。
・再び舞台の中央へ駆けて、芝居をし始める静香(カメラは、静香を追い左へパン)。
→《舞台袖を通り掛かった翔が、静香の声に足を止め覗き込む(カメラは、翔を追い右へパン)》
 ※静香のセリフと音楽繋ぎ。
→《舞台で芝居する静香》
 ※セリフと音楽繋ぎ。
静香:私が、おじい様を殺したんです。
 ※さっき舞台袖から見ていた、かおりのセリフだ。
・音楽が、次のカットに食い込む。
→《画面左1/2に翔の後姿(バストショット)/右奥に舞台上の静香(フルサイズ)》
 ※音楽繋ぎ。
翔:三田さん。
・カメラのピントが翔から静香へ変わる。
 ※名前を呼ばれ、夢から醒めた様子が分かる。ここで止む音楽も同様の効果だ。
静香:はい。
・ビックリして後退り、慌ててテーブルへ衣装を取りに行く静香。
・静香の方へ歩き出す翔。
→《白いスーツの翔が舞台下手から歩いて行く(カメラは、翔を追い右へパン)
 ※翔の歩きでアクション繋ぎ。
・翔がハンドバッグから財布を取り出し、画面右からフレームinした静香へ万札を一枚渡す。
 ※ここからは翔のシーンだ。
翔:これで、何か食べて帰りなさい。
 ※静香が翔の為にたこ焼を買って帰る行動へと繋がる。ここでお小遣いを戴かなければ、あるいは舞台に立ち寄らなければ、スキャンダルに巻き込まれる事はなかっただろう。しかし、同時に舞台の中央に立てることも一生なかったかも知れない。
・客席を眺めながら舞台中央前へ進み出る翔が、深く息を吸う(カメラは、翔を追いゆっくり左へパン)。
 ※自分の新人時代か、初舞台の頃の身震いを思い出したように思える。
五代(off):翔!
 ※五代が羽鳥翔を「翔」と呼ぶことで、二人の関係が親密であることが分かる。
・下手の方を見る翔。
 ※静香の声に気付いて舞台の袖から「三田さん」と声を掛けた翔へ、今度は五代が「翔」と声を掛ける。一度、舞台から聞こえてくる声に翔が気付く様子を見させられているので、五代が翔の声に気付く様子も想像できる。
→《セット二階の(手すりの)格子越し(俯瞰)、左側に静香、中央に翔、右から五代がフレームin》
五代(off→フレームin):飲みに行こうか?
 ※2本の格子が画面を三分割し、三人を各々に立たせている。一見、三角関係のようだが、中央に五代を立たせてはいない。
・翔は五代の誘いを断り、舞台から階段を下りて帰っていく。
 ※三分割された画面中央の位置が、翔の移動でがら空きになる。翔は、これから電話の彼氏に会いに行くところ。つまり、思いを傾けている相手が、静香→五代→翔→電話の彼氏、といった具合に一方通行になっている。だから、翔がこの三分割から最初に抜け出て、画面のバランスを崩すことは理に適っていた。
→《五代のがっかりする横顔(バストショット)》
 ※翔の靴音繋ぎ。
・静香に目をやる五代。
→《目のやり場に困る静香(バストショット)》
静香:お疲れ様でした。
・一礼して走り出す静香。
→《客席の通路を歩く翔/舞台を下手へ走る静香/立ったままの五代(カメラは、二階席から舞台を見下ろす遠景の俯瞰)》
 ※静香の走りでアクション繋ぎ。
・翔と静香の姿が消え、五代だけになる。
五代:あぁ、お疲れ様…。
 ※誰に言うでもなく呟く。この最後の画面は五代のものだ。五代の心の空白が描かれていた。

●ホテル(外観)
→《玄関前~スペシャルウェディングの看板~建物(カメラは、ゆっくりと上へパン)》
 ※スペシャルウェディングの看板で、マンションと区別できる。建物は青い光に染まっている感じだ。カメラが玄関から建物へとパンすることで、人物の動きを想像させる。だから、次の廊下のシーンへはスムーズに繋がる。
・僅かに通りの音(ノイズ)。
●ホテル(廊下)…1カット
→《廊下の奥へと歩いていく静香(カメラは、ゆっくり前へ移動)》
・画面は、廊下を真ん中に据えた、縦に三分割のシンメトリー。
・床の絨毯は赤色。天井からの灯りが、まるでスポットライトのように光の輪を作る。その輪が廊下に4つ半。
 ※ホテルの外観が青く光っていたので、この赤はインパクトがあった。血液を想像させる画面だ。この赤を強調したくて、全体の色調を青くしていたとも思える。
・突当りの部屋の戸へ2度ノックした後、ドアノブにたこ焼をぶら下げる静香。
 ※お土産を買って帰る気遣いが、静香らしい。お小遣いを戴いたささやかなお礼だと気付けば、そこが翔の部屋だと分かる。
・静香は自分の部屋の前へ(カメラは依然として前へ移動)。
・鍵の開く音。
・突当たりの部屋の戸が開く。
・翔に気付いた静香が、お土産のことを告げておやすみの挨拶をする。
・静香を呼び寄せる翔。
・ただならぬ気配を感じて走り寄る静香(カメラも前進)。
・ドアのところで体を入れ替えた翔が、静香を背中から押すようにして部屋へ入れる。
 ※カメラは止まることなく廊下を移動し続けます。
●翔の部屋
→《室内照明越しの静香と翔(俯瞰)》
 ※翔のアクション繋ぎだが、翔の足下がスリッパから裸足になっている。このミスは澤井先生もお認めです。
・部屋のドアが閉まる音。
 ※この音は、はっきりとした大きな音だった。もう後戻りできない、運命の扉が閉まる音だ。
・ゆっくりと部屋の中へ歩き、寝室の灯りを点ける音(カメラは二人を追って右下へパン)。
・画面右から明かりが差す。
・明かりの方を見て、何かを確認するように一歩踏み出す静香
・カメラが、右へパンする。
・ベッドにうつ伏せに寝る男の姿。
→《ベッドの方を見る静香の翔》
・ガウン姿の翔は右手にたこ焼の折り詰めを持っている。
・静香は慌てて失礼しようとする。
 ※見てはいけないプライベートを見なかった事にしようとする静香の様子だ。この時点で、翔の態度や眼差し、男の不自然な寝方などから、既に死んでいることが薄々分かる。
・帰ろうとする静香を引っ張って、寝室の方へ向かす翔。
翔:気をつかってくれなくてもいいの、もう息止まってんだから。
 ※二人が重なるように部屋の覗き込む姿勢がいい。
→《目を開けたままの男》
・効果音楽が入る。
 ※サスペンス的な音楽。
→《寝室のベッド越しの静香と翔》
 ※音楽繋ぎ。
・たくさんの花。
・死体に歩み寄る翔(カメラは、上へ移動し、俯瞰)。
 ※この時、ベッドの上へたこ焼の折り詰めをポンと投げる。
・男の開いた目を閉じさせようとする翔。
翔:さっきは閉じたのに…。
・シーツを頭から被せて男を抱きしめる翔。
・ベッドに座り返して状況を説明する翔(カメラがゆっくり下りてくる)。
静香:本当に死んでるんですか?
 ※当然の問いだろう。人の死体が目の前にあるとは信じ難いものだ。
・静香の方へ振り向く翔。
静香:どうして救急車呼ばなかったんですか?
・立ち上がろうとする翔。
→《花束、静香の背中越しの翔が立ち上がる》
 ※翔のアクション繋ぎ。この1カットは約6分間続く。
翔:東宝デパートの堂原良造、私があなたの歳ぐらいの時、チケット買って貰って…。
 ※この後の記者会見の時に出てくるエピソードだ。
・静香の方へ近寄る翔。
・翔の迫力に後退る静香(カメラは右へパン)。
 ※この時の静香が少女のようで愛らしい。
・堂原に育てて貰ったことを話す翔は、ソファーへ移動(カメラは右へパンし、静香は画面左へフレームout)。
 ※翔のシーン。三田佳子さんの一人芝居は圧巻!ただし、背後の絵画は謎だ。芸者さんだろうか。窓の外は書割だろう。
翔:初めて子どもおろしたのも、この人だったわ…、女優辞めるんだったら産め!って…。
 ※君子の道とは、逆の道を翔が選択してきたことが分かる。画面手前には赤いバラの花が一輪。堂原との愛が本物だったことが分かる。
・尚も堂原との思い出を語る翔(カメラはゆっくりと左へパンする)。
翔:手伝って。
・そう言って静香に歩み寄る翔(翔を追いかけてカメラが左へパン)。
・静香を捕まえて話さない翔。もがく静香。
翔:彼には奥さんも子供もあるのよ…30になった時、結婚してくれって申し込まれてね…断ったの…芝居に夢中だったのよ…妻や母は舞台でいくらでも演じられるわよ…。
 ※女優魂だ。
・逃げるようにドアへ急ぐ静香。追う翔(カメラは、二人を追い左へパン)。
 ※女優として成功する陰には、壮絶な覚悟がいることを知らされた静香は、その女優魂に恐れをなした様子。自分が目指していたもの(役者)から逃げようとしている様子に見える。
・一旦、壁の陰に二人の姿は消える(カメラは右へ移動)。
・引きずり戻される静香(カメラは右へパン)。
・ソファーへ座らされる静香(カメラは右へパンしながら上へ移動)。
翔:花束がスキャンダルに取って代わるの。
 ※花束は、栄光や祝福を意味する。少なくとも翔の周りの花束には、その意味合いが大きいようだ。
・静香へ身代わりを諭す翔(カメラは下がり、そして寄る)。
翔:あぁ、私もう駄目だわ、おしまい、ただの女になっちゃう…。
 ※このセリフは翔の本音だ。彼女がただ役を演じるだけの女優ではなく、羽鳥翔という女優さえも演じていることが良く分かるセリフだ。昭夫が役者を辞めた理由を、翔は受け入れたまま生きてきたことが分かる。昭夫の対極に翔。
翔:…役者でしょう?
静香:役者?
 ※カメラが寄りに入ってからは静香のシーン。かおりへの嫉妬や演じることへの渇望が、モラルの壁を突き破る。
・役者に目覚める静香の表情。
 ※昭夫の世界(ただの女)から、翔の世界(女優)へと、一線を越えていく表情だ。ここまでの1カットが、約6分。怒涛の6分間だ。

●静香の部屋
→《夜景が映る窓》
・静香が場面右からフレームinし、窓に正対する(バストショット)。
 ※一見、翔の部屋と勘違いしてしまうが、そこが狙い。次のショットで実は静香の部屋だと分かる。
・思い切って振り返る静香。
→《服を着て椅子に座る堂原良造》→《窓の前に立つ静香(やや俯瞰)》
静香:1ベル…2ベル…音楽スタート…客電落ちて…緞帳アップ……はいッ!
・電話へ走る静香(カメラは、やや右へ移動しながら下がる)。
・フロントへ電話する静香。堰を切ったように話し、電話を切る。脱力。
 ※これが静香の本格的な女優デビュー。女優として一線を越えるということは、死者に魂を売るようなものであり、正にその瞬間だった訳だ。
 (※ここで日替わり)



〔12〕
●劇場の客席
→《出演者が点々と座っている全景》
・照明が画面左上から斜めに射し込み、薄っすらと安恵や床を照らしている。
 ※焦点が定まり難い画面の場合、見る側は無意識に明るい箇所や動くものを探します。この場合、手前の座席を陰で潰しているので、安恵や床の明るさに目がいき易い。
・プロデューサー日高が、五代に意見を求め、近寄る。
 ※このカットは、正面を向いた日高の顔が振り返る動きで始まっている。僅かだが、この動きで声の主の位置が分かる。また、一番手前に座る男が日高に顔と体を向けているのも、声の主の位置を知るヒントになっている。日高が顔を向ける先に五代を見付けるのは難しい。そこで日高に近寄らせ、五代に“伸び”と“ため息”をさせている。見る側の視線は、画面右上の五代と日高を捉えることになる。
・五代は静香をかばう。
 ※静香と寝たことが世間にばれることを恐れたのか、それとも静香への情か…。この後、このスキャンダルが、実は翔の身の上に起きていたことを知り、かおりに同情する。五代はクールに見えて、情に厚い男なのだろう。
・安恵が五代に反論する。
 ※話し始める前に、安恵が振り向くのだが、視線を五代に取られているので気付き難い。そこで、五代と安恵の中間に座る嶺田の手をうるさく動かし、目を引かせている。安恵が話し始めると日高が振り向き、今度は確実に安恵へ視線が行くようにしている。念の為、安恵を挟んで座る男に鼻までかませている。
・嶺田が挙手して多数決を発案する。
 ※適当に見る側の目線を散らしておいてから、嶺田に手を上げさせている。
・安恵が前を向き返してから、若い者への苦言を呈し始めると、日高が階段を下りてきて、元の席に座る。
 ※日高の座る動きに連動して、五代が座り直す。安恵の苦言に世代間ギャップを感じるのか、安恵に対して不満がある様子が分かる。ここまでの1カットは、人物の動きによって、見る側の視線を導いていることが分かる。日高の顔の動き→日高の歩く方向→五代の“伸び”と“ため息”→嶺田の手の動き→安恵→日高が振り返る方向→男が鼻をかむ→嶺田が挙手→安恵が前へ向き返す→日高が席へ戻る→五代が座り直す。少なくとも、五代と安恵の位置は見る側に刻み込まれる。澤井先生が将棋好きというのも頷ける。まるで詰め将棋のような演出だ。
翔(off):反対よ!
・皆が一斉に顔を上げる。
●舞台
→《舞台下手に立つ翔》
・翔が右に数歩歩き、静香が下手から出てきて止まる(カメラは右へパン)。
※パンする前の画面左に誰かの頭、画面下1/4は座席の影。カットが切り替わる手前で、誰かの手も写るが、これはあまり美しくない。
翔:お客様に道徳教える為に芝居やってる訳じゃないでしょ、私生活と舞台とどんな関係があるの…。
 ※このセリフは、“ただの女”と“女優”を分かつもので、この後の本番シーンでの照明が作る線や、サングラスにも当てはまるものだ。
・翔が舞台中央へ歩く(カメラは、翔を追って右へパン)。
→《歩く翔(カメラは、翔を追って右へパン、サイズは大きくなる)》
・立ち止まった翔がゆっくりと前へ二歩、やや前のめりに、安恵へ。
 ※二歩前へ、やや前のめりの姿勢を作ることで、これから吐くセリフの呼吸を整える。
翔:そんな時、女使いませんでした?
 ※凄いセリフだ。
→《一瞬、気が立つ様子の安恵、直ぐに目を落とす》…4秒強
 ※南美江さんの芝居が素晴らしい。表情の奥に秘めた憤怒と落ち着き。安恵にも心当たりがあることが、微妙な表情の変化から伺える。安恵にも女優になる為の悲喜劇があった訳だ。この1カットで、安恵-翔-かおり-君子が一本に繋がる。
→《尚も語る翔(ミディアムショット)》
・腰に手を当て、空を眺めるように男たちとの思い出を語る翔(カメラは、翔を追って左右へパン)。
 ※女優とは、女優を演じるもの。勿論、静香との約束もあるが、ここでは女優の性(さが)を感じさせる。
・下手に急ぐ翔(カメラは、翔を追って左へパン)。
 ※ヒールの高い靴を履いた女性が急ぎ歩きをする姿は、靴を履きこなしているようで素敵だ。
翔:この子、私と同じなの…。
・静香の肩を抱く翔。
翔:この子、22年前の私なの…。
・静香を引き連れて舞台中央へ進む翔(カメラは、二人を追って右へパン)。
翔:私、この子を辞めさせるんだったら、私も退団するわ!
・そういって画面左へフレームoutする翔。
・翔を顔で追い、泣きそうな静香が、客席の出演者やスタッフへ向かって謝罪。一礼。
→《画面右1/3にセットの階段、画面下1/4に静香、その上1/4に出演者等が座る一階席、画面上1/4に二階席》
 ※静香の一礼するアクションと声の繋ぎ。二階席に斜めの光を射し、セットの角度と調子を合わせいる。
・一礼した後、画面右へ消える静香。
・客席の出演者やスタッフが、吐息混じりに立ち上がり解散する。
 ※日高が立ち上がるのを切っ掛けに、まず後の人々が立ち上がり、日高が後ろへ移動するにつれて順次前から立ち上がっていく。だらだらした感じだ。決を採らなかったので、静香の退所は免れた様子。セット越し客席のカットでシーンが終わっているので、次の本番のシーンへの流れを繋いでいる。次のシーンもカメラは舞台上に位置している。

●舞台(本番)
→《屋敷の廊下(煽り)》
道彦役(嶺田):どうしたんだ淑枝…。
 ※直前のシーンの終わり方をだらだらさせて、この唐突なセリフにインパクトを持たせている。本番前と本番中の空気の張りの違いが出ている。
・部屋から出てくる淑江(翔)が、毛皮を翻して羽織る(カメラは、翔を追い左へパン)。
 ※翔の登場で、静香が残れた事を念押ししている。
・カメラがパンすることで、画面左から舞台袖の静香がフレームinする。
 ※小さいので気付き難い。
・翔と嶺田の芝居(カメラは、二人を追い左へパン、更に右へゆっくりと移動)/背後には客席。
・歩き始める翔。
→《画面手前右に静香の後姿/嶺田を背に上手から下手へ歩いてくる翔》
・翔が歩くアクション繋ぎ。
 ※物凄いタイトな構図。素晴らしい画作りだ。
淑枝役(翔):伯父様を殺したのは、この私、摩子は…摩子は…。
 ※この二回目の「摩子は…」の時に、静香の顔が動く。二度繰り返して言うセリフではないことに静香が気付き、プロンプの体制に入ったことが分かる。ペンライトの位置が移ることでも台本に集中している様子が伺える。
・舞台袖のセットに翔が右手を掛ける、と同時に、
静香:私の罪をかぶって…。
→《画面右1/2の翔越しにプロンプする舞台袖の静香》
静香:私の罪をかぶって、小さな胸に悩みをいっぱい抱え込んで…。
 ※この前後のカットとの切り替えが小気味良い。「私の罪をかぶって」ポン!「……抱え込ん」ポン!。
・音楽「♪ジムノペディ」が入る。
 ※芝居の効果音楽ではあるが、静香の心情を表現したものでもある。
→《画面手前右に静香の後姿/嶺田を背に翔》
 ※静香のセリフと音楽繋ぎ。
淑枝役(翔):私の罪をかぶって、小さな胸に悩みをいっぱい抱え込んで…。
静香:犯人は…。
淑枝役(翔):犯人は…私なんです。
 ※スキャンダルの真相を告白しているようでもあった。
・セリフを思い出し、芝居に戻る翔。
→《立ち去ろうとする淑枝(翔)を引き戻す道彦(嶺田)(フルショット)》
 ※翔と嶺田のアクションと音楽繋ぎ。
・カメラが、ゆっくり下へパンすると、照明の当った床の部分が、横に引かれた線のように写る。
 ※まるで舞台と客席を分けるような照明だった。堂原良造が死んだ時に翔が吐いた「ただの女になっちゃう」というセリフが思い出される。“女優”と“ただの女”を分かつ線だ。
・舞台に崩れ落ちる淑江(翔)と、抱え上げようと支える道彦(嶺田)。
→《翔越しに、舞台袖の静香》
 ※道彦(嶺田)のアクション繋ぎ。
道彦役(嶺田):摩子は、かよわい被害者なんだ…世間も、きっと同情するよ。
・カメラが静香に寄る。
 ※スキャンダルが公になる前の不安。小さな胸に悩みをいっぱい抱え込んでいる静香の表情が切ない!
・拍手(off)。
 ※拍手の音に音楽が消される。

●舞台裏
→《舞台袖で拍手するスタッフ》…1カット
 ※拍手繋ぎ。
・安部(演出家)と日高(プロデューサー)の間を、颯爽と飛び出してくる翔。かおりも続く。
・翔は出て来た勢いのまま歩き続ける。画面向かって左に安部、右に日高、真後ろにかおり。
 ※両サイドの安部と日高がダーク系のスーツなので、翔が映える。かおりの衣装も中が白いシャツなので出来るだけ照明が当らない位置に立つ。
・カメラは、歩く道筋を作るように、後退していく。
・一旦全員(7人)が立ち止まり、再び翔が歩き始めると、かおりだけを残して他の5人は画面右へフレームout。
・楽屋前の廊下へ出た後、翔が鏡の前で立ち止ると、また全員が画面に揃う。
 ※今度は翔への照明を落とし、かおりに当てている。翔は振り返ってかおりに話し掛けているので、後姿が多い。これは見る側の視線をかおりに集中させる為の工夫だ。
・翔はかおりを責め、再び歩き出し画面右へフレームout。
・カメラは、かおりを追いながら右へ反転する。
・楽屋の扉に入りかけて話す翔。翔の楽屋前にいる静香を、遮るように立つ安部の後姿。
・かおりが翔の前へ飛び出して来ると、安部が左に退いて、かおりの向こうに静香が現れる。
翔:摩子役、誰かほかの子に代わってくれなきゃ、東京やらないわよ…できないわ!
・勢いよく扉が閉じられる。ガチャッ!
 ※翔の女優としての勢い、強さだ。
・かおりが廊下の向こうへ泣きながら走り去ると、カメラは静香に寄り、静香は翔の部屋へ一礼して入っていく。
・翔の楽屋の扉が静かに閉まる。カッッチャッ!
 ※かおりが追い落とされていく様子を前に、静香は顔を上げられない。いつもなら「失礼します」と言って入る楽屋へも、この時は無言のまま。かおりへの後ろめたさからだ。それが扉の閉まる音に表れている。このあと、どんな会話が二人の間で取り交わされたのだろう…。
 (※おそらく、ここで日替わり)


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