愚痴は言わない

2020-10-22 06:18:48 | 日記
飲み会で人生の先輩のお話から。
「嫁さんが家族や、子どもの前で旦那の悪口言う家庭は崩壊しやすいし仕事が繁盛しない」
だそうで…(笑)
想像しただけで家庭の空気悪そうですね(笑)

男性は昔(昭和)力仕事、物が少ない時代なら日曜大工など家族を支えるには掛け替えのない存在でしたからお金で済む今は、もどかしさが愚痴になる方も多いのかも知れませんね。

料理、洗濯、子育て、災害時の適応力、ここまでのことも出来るような学校環境や学びやがあれば良いのかも知れませんね。

お金だけあれば幸せなんて世の中は人をダメにしてしまう気がしました。

ポップコーンと器

2020-10-21 08:22:06 | 日記
こんなお話を耳にしました。
実際にあった実験だそうです。

美味しいポップコーンAと、そうでもないポップコーンB。でもみんなが全部食べたのは後者でした。それは何故でしょうか?

答えは器にありました。

Aは手首までしか上手く入らないポップコーンを取りにくい入れ物、Bは取り口の広いバケツのような形をしたポップコーンを取りやすい入れ物だったのだそうです。

いくら素材が良くても、容器で美味しく感じさせないことがあるし、出来ると言うことですね。

これは他の事にも応用出来る話だと思いました。

仕事で会社を後輩たちを、スポーツ指導では子ども達の能力を、恋愛や子育て(一緒に住む相手)でも当てはまると思います。

上手くいかないのは相手(素材)じゃなく自分(器、入れ物)が美味さや良さを引き出せてないのではと考えてみませんか?

もし素材が自分なら綺麗な容器に入れたくなる素材になりましょう。

冷えて、固くて、焦げたような素材では綺麗な容器に入れてもらえるのは難しく、反対に暖かく、柔らかく、プルプルな素材だと誰もが食い付きたくなります。

呼び込むエネルギーは温かく優しい物の方を私はオススメ致します。

魔法のランプ

2020-10-16 16:18:15 | 日記
アラジンの魔法のランプは物語の世界だと想っていますか?

アラジンは魔法のランプを手にして擦ると魔神が現れ、

「あなたの望みを全て叶えます(物語では3つとなっているものが多いです)」

と話し、アラジンが願いを言うと

「承知いたしました。」

と願いを全て叶えてくれます。

人が生まれたというものは誰もが同じではないあなたの願いを叶えるためのチャンスの1番始まり。

自分という魔法のランプはいつも全て願いを叶えてきました。良いことも悪いことも全てですです。

今までの人生の選択肢の中でもどちらにも行く道があったと思います。

その時何を考えて進んだのかを振り替えれば今いる場所の意味が分かります。

良いと思って進んだのだけれどそうではなかったと思っている人もいると思いますが、環境を変えたのに変わらなかった時には原因は回りではなく自分にあります。

せっかく良い環境にいても、思考や行動力が変わらなければ環境に適応できず、自分に合わないと感じているだけなのではないでしょうか。

願いが叶うチャンスは何時でも常にあるのに思考がマイナスになる状態を作っていたら叶えられる願いはほとんどが悪い状況に招かれてしまいます。

自分自身を魔法のランプと例え、願い(目標)を頭の中で出きるだけ鮮明に浮かべます。

それをいつも表情や姿勢、言葉等に表し小さな事(例えば次の日の朝目が覚めた、ご飯が食べられた、仕事がある、恋人がいる、子どもと楽しい時間を過ごす等)にでも叶えてくれた目の前の状況に全て「ありがとう」と表して下さい。

今から私は今の事を試して過ごします。

きっと今描いている未来が現実のもとなるに違いません。楽しみでワクワクしています。

まとめ
魔法のランプは自分の望みを全て叶えてくれる。ランプは自分で望みは思考、それを全て叶えたものが今あなたのいる現実。

今日も読んでいただきありがとうございます。感謝しています。

災害の不安の中にあった当たり前の光景

2020-10-04 10:32:21 | 日記
介護の仕事をしていて中越地震を体験しました。地震の後に向かった職場はまるで変わっていて廊下や会議室、いつも体操をしていたフリースペースが隣の病院にいた患者様の病室となっていました。

職員は余震の続く中で不安になりながらも何とか乗りきろうと必死で、その時は看病とか介護よりも状況把握や生きるための最低限の事しかなされていませんでした。

そんな環境の激変の中で向かえた朝に、忙しそうに動いていた私の視界に映ったのは他の病院からヘルプに来た師匠(私が勝手に思っていました)Y田さんが廊下にあるベッドにいた高齢者の女性の方と一緒に行っていたいつものリハビリでした。

ベッドから起こし、足を床につけられる高さにベッドの高さを調整してゆっくり話し始めました。

患「みんな騒がしいねぇ…何かあったの?」
Y「そうですねぇ。どうしたのでしょうねぇ。いつもと違う感じがしますか?であれば何かあったのでしょうねぇ。」

と地震が起きる前の病棟で見るいつもの光景がそこだけにはあったのです。

いそいそと動いていた私は一瞬呆気にとられましたが、直ぐにY田さんの真似を始めました。いつもの利用者様が「ありがとう」と言ってくれる事をやり始めました。

トイレへ声かけとお手伝い。髭剃り。笑顔で挨拶。

地震の不安何て患者様やご利用者様は求めていないと思ったからです。

当たり前の事ってそれが出来たり、やれること自体が幸せの中にいるということだったのです。

当たり前の空気こそ幸せ作りの基礎、ヒントではないかなと感じることが出来ました。

例えば介護をしていて相手がそわそわしていたり、落ち着かない時はきっと関わっている私たちがそんな作った空気を感じとられているのではないか。

不安や恐怖、怒りのある人であれば目の前の私たちの動きや持っている空気がそうさせているのではないか?

と思ったのです。

それから私は自分がワクワクしたり、落ち着いたり、気持ちの良い事を仕事に取り入れ、一緒に働く人や過ごしていただくご利用者様に伝わると良いなと思いながら仕事をしています。

新しいステージに進む前の今この時にWebで見た後輩の話を聞いて思い出しました。

今日も読んでいただきありがとうございます。

幸せの花

2020-10-04 07:43:08 | 日記
世の中のどこにでも幸せの種は存在しています。

この種がたくさんの奇跡の花を咲かせるには幸せの栄養となる感謝の言葉が必要です。
反対に愚痴や不平不満等は育ちが悪くなったり、枯れてしまう原因となります。

幸せの花をより綺麗に咲かせるためには当たり前のこと、普通のこと、不満を言えることさえも幸せなだと気付ける心が大切なのです。

それに気付くと雨も、暑い日も、大雪も、感謝できます。自然の災害も意味があって起きているのだと捉えて感謝しましょう。

苦しいことにも挑戦すると幸せの花は色を変えたり形を変えたり出来ます。

成功か失敗じゃなく花を咲かせるまでの過程が大切です。

実はこの幸せの花はどこにもない世界でたったひとつのあなた自身なのです。