能勢謙三の鹿児島まち案内日記

思い出の店4

南京

 「南京」という名の中華そば屋が、徳永屋本店の道路斜め向かいにあった。遅い時間から深夜まで開いていたように思う。込み合っているのを見たことはなかったが、それでも、しぶとく頑張っていた。
 ラーメンではなく、中華そばであるところが一番の特徴だった。学生時代に東京で食べていた中華そばを思い出した。つまり醤油味で、麺が細くて少し縮れていた。めんま、なると、ホウレンソウがのっかていたように記憶する。
 鹿児島にこの手の中華そばが少ないので、豚骨ラーメンを食べたくないとき重宝していた。ほとんど深夜、しこたま酒を飲んでからここに来ていた。
 こわもてで超無愛想な、ひげ面の主人が1人で営んでいたのも印象的だった。無愛想なのは、ひょっとしたらこっちが酔っ払っているせいかもしれない、と思ったこともあるが、どう見てもシラフの客にも愛想がなかった。
 この店を愛していた知人の山ちゃんによると、この主人の前で決して言ってはならない言葉があった。それは「ここのお薦めは何ですか」という言葉。途端に機嫌が悪くなり、ぎょろっとした目でにらみつけ、客を縮み上がらせていたらしい。
 この主人同様に、ひげ面でいかつい顔をして大柄な山ちゃんが、主人と2人きりになった夜があった。主人がトイレに入ろうとして、何度も山ちゃんの方をうかがう。いったんトイレに入ってからも、一度ドアを開けて、またうかがった。こわもて主人が、こわもて客を泥棒と思ったらしい。
 この話を後日、飲み屋で山ちゃんから聞き、おかしくておかしくて。その場面が目に浮かぶようで、後で本にまとめた「天文館夜話」に使わせてもらった。「こわもて同士」のタイトルで。
 何度か店に通ううちに顔見知りとなり、主人が珍しく弱音を吐いた夜があった。商売が芳しくないのに加えて、持病を抱えているらしく、先が見えないと嘆いていたように思う。
 やがて店は閉まったが、今でも酒を飲むと、ふいと、無愛想な主人の顔をちらちら見ながら、あの中華そばを食べたくなる。
 

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