野球応援

阪神タイガースを中心に野球の記録と記憶を徒然なるままに書きつづってみます。

決戦・日本シリーズ

2011年11月11日 | 野球応援
かんべむさしの「決戦・日本シリーズ」ってご存知ですか?


1974年に発表されたかんべむさしの短編小説で、早川書房のハヤカワ・SFコンテストに応募、選外佳作を受賞して「SFマガジン」に掲載され、1976年に早川文庫から出版された。






スポーツ新聞のスポーツイッポン社、通称スポイチが、25周年の記念として、として、”決戦・日本シリーズ、阪神・阪急の激突に参加しよう”が企画された。

今シーズンの両チームは無敗の連勝街道を突き進んでおり、今年の日本シリーズは阪神と阪急の戦い、今津線シリーズになることは、まず間違いのない。





大阪湾のいちばん奥まったところに、大阪市がある。そこから湾の円弧に沿って、西へ約30キロ行くと神戸である。北は六甲山系、南は海にはさまれて、大阪・尼崎・西宮・芦屋・神戸と続いている。その弧状地帯が、いわゆる阪神間である。その各市をもれなく通って、東西方向に3本の鉄道が通っている。山側から、阪急・国鉄・阪神である。

阪急神戸線は、大正9年、当時田んぼばかりでほとんど人家もなかった土地を、一直線に突っ切るように敷設された。その路線に沿って家が建ち街ができ、阪急もその発展に力を入れた結果、いまの芦屋や、甲陽園や、武庫荘が出現したのである。

阪神電車は、それよりずっと早い明治38年に開通していた。阪急が線路を敷いて街をつくったのに対し、阪神は街を縫って電車を走らせた。だからその路線は、福島・淀川・尼崎・西宮と、街並みに沿って大きくカーブし、うねっている。

どちらも、大阪の梅田と神戸の三宮では、ほとんど同一地点に駅がある。そのちょうど中点にあたるのが、西宮である。阪急西宮北口、ここに阪急ブレーブスの本拠地西宮球場がある。阪神甲子園、勿論、タイガースの地元、甲子園球場である。ふたつの球場が、車で走ればたかだか十分以内の地点に位置しているのである。

お互いの電車が、大まかにいえば同じ場所から出発し、ほとんど同じ地点の球場を経て、同じ所に到着するように、しかし、厳然として交わらず、平行を保って走っているというわけだ。

ただひとつの接点は今津である。西宮北口で神戸線と直角に交叉し、宝塚と今津を結んで南北に走る阪急今津線の終点は、阪神今津駅と隣りあっている。双方のプラットフォームは、金網のフェンスひとつで区切られている。このフェンスだけが、阪神・阪急、ただひとつの共用設備なのである。





「はい。ええと、この今津線シリーズをですね、当社の企画によって、いままでになかったほどの熱戦にしてみたいと思うわけです。要点を先に言いますと、阪神・阪急、どちらが日本一になるか、ハガキで投票させるわけです。勿論、阪神ファンは阪神と書くでしょうし、阪急ファンは阪急と書くでしょう。
それだけでは、大した盛りあがりは期待できません。そこで、そのハガキのなかから抽選で千名様を」

「ふん、グアム島招待か」
南海ファンの太っちょが、横をむいた。

「いえ、そうではありません。勝ちチームに投票したファン千名を、勝ちチーム側の電車に乗せて、負けチーム側の路線をパレードさせるのです」

「ややこしいな。もっと分りやすう言うてくれんか」と、常務が身体を乗り出した。

「それでは、例を挙げて説明しましょう。
阪急が日本一になったとします。そこで、阪急の田植監督以下全メンバーと、阪急ファン千人が阪急電車に乗って、中でどんちゃん騒ぎをしながら、阪神の路線を突っ走るのです。その間、阪神側は、特急も急行も時間待ちをして、そのパレード電車を優先通過させなければいけないのです。阪神ファンは、敵の電車がノンストップで走るのを、指をくわえて見まもっていなければならないのです。
走る方は、さぞいい気持でしょう。ざまア見ろヘヘンです。走られる方は、さぞくやしいでしょう。クソッたれめ、覚えとれです。
熱狂的なファンにとって、これは絶大なる興奮剤です。日本シリーズ始まって以来の話題、始まって以来の観客動員ができるでしょう。そういう、殺るか殺られるかを目の前にブラさげての、ファン投票なのです。一戦一戦、一投一打が戦争なのです。そう、これは野球に名を借りた、ファン対ファンの戦争計画なのです」

「しかし、それでは、その企画はファンだけが興奮して終ってしまうのではないかね」

「他のチームの場合なら、そうかもしれません。しかし、阪神と阪急は、野球だけで対抗しているのではないのです。阪神デパートと阪急デパート、ホテル阪神と新阪急ホテル、阪神パークと宝塚ファミリーランド、甲子園競輪と西宮競輪、阪神バスと阪急バス、阪神タクシーと阪急タクシー、阪神不動産と阪急不動産・・・・・」

「勿論、阪神電鉄と阪急電鉄、タイガースとブレーブスやな」

「そうです。そして、もっとその輪をひろげるならば、阪神は旭光放送、阪急は浪速テレビという、イメージ的なつながりを人々は感じています。事実、浪速テレビは阪急グループなのです。
マスメディアはまた、他種メディアとの相互関係を強く持っています。
つまり、テレビ局は必ず新聞やラジオにも兄弟会社や協力会社を持っているのです。旭光は旭光新聞と関連し、浪速テレビは、参詣新聞やラジオ桜橋と相互協力を行なっています。

どの業種どの企業を頂点として系列をとらえるかは、様々な見方がありますが、仮に阪神タイガース、阪急ブレーブスをそれぞれの頂点とみなした場合、その背後にはマスコミを後ダテとする、巨大な軍勢がひかえているのです。同じエリアで、同じ業種の二社が、同じひろがりを持つ味方を率いて、丁々発止やっているのです。すでに激突しているのです。
しかも、面白いことには、阪神間に住む人びとまでが、この系列化傾向を示しているのです。

阪神沿線に住んでいるか、阪急沿線に住んでいるか、距離的な差はごく僅かです。
たとえば、阪急夙川駅と阪神香炉園駅とは、どちらも夙川をまたぐ鉄橋上にある駅です。南北方向には徒歩十分の距離をもつ両駅も、東西方向には同一地点、大阪や神戸へは、どちらででも同じ時間で行けるのです。しかし、たまたま阪急で通勤している人は、阪神をローカル線のように思っています。阪神に乗っている人も、阪急なんてと考えています。傾向として、阪急側が阪神側に対して、優越感を持っているようです。阪急電鉄が創ってきた高級イメージに彼らは乗っかって、それをそのまま武器として、阪急は高級→俺は阪急→俺コーキューという位置づけをするのです。根拠も証明もありません。イメージです。願望です。欲求です。逆に阪神側も、その対抗意識のなかに、腹立たしさ、くやしさ、みじめさが多少なりとも入っています。これもその根拠はありません。相手が自分達は高級だと言っている。先に言ってしまった。
言った者の勝です。そして、高級でない者は低級です。俺コーキューと言う。それは、お前テーキューと言うのと同じことなのです。同じことなのだという受け取り方を、阪神側はしてしまうのです。根拠も証明もなく、双方が願望のぶつけあい、欲求の見せあいをしているだけなのです。ちょっと失礼、お茶を飲みます」

俺は、冷えてしまった番茶を、ごくごくとひと息で飲んだ。

「ですから、今津線シリーズは野球チームだけの試合ではなく、巨大グループの戦い、さらには、住民対住民の戦いとなる要素を、すでに充分持っているのです。その要素を拡大して位置を変換し、住民対住民、俺とお前とが巨大グループを率いて激突する。野球チームに試合をさせることによって、その片をつける。ちょうど、ローマの貴族がお抱え剣闘士に戦わせたように、威信をかけて戦わすそんな具合に日本シリーズを捉え、演出するのです。そして、その概念を圧縮した形で示すのが、勝ち組電車負け路線を走る、なのです」





そして日本シリーズが始まった。



そして決着がつく時が来た。お互い3勝3敗1分けで迎えた8回戦、西宮球場





そして、そして、遂に最後の瞬間がやってきた。3対2、阪神リードで迎えた9回裏阪急の攻撃。

ワンナウトの後、9番ピッチャー邪魔田にかわって、ピンチヒッター渋柿ヒットで出塁。

トップに戻って、河豚本3塁前のセーフティ・バンドでランナー1・2塁。

2番白熊、送リバントでツーアウト2・3塁。大観衆死人のごとく硬直し、田植監督タイムをかけてトイレヘ走り込む。

3番果糖に対して阪神は敬遠策。9回裏2死満塁、得点差ただ1点。

「4番、ライト、長寿(ながいき)」

うぐいす嬢の声澄んで、ウォーンとひろがる大観衆の緊張のため息。

おりから吹き来たる一陣の突風。砂塵の中に立ち、互いを見据えるピッチャー真夏、バッター長寿。

1球目ボウル、2球目ファウル、3球目空振りのストライク。

4球5球と選んでボウル。

9回裏点差1点2死満塁カウント2=3。

異形の雲もいまは去り、風おさまって晴れわたる、秋のさやけき空ひろし。

俺は、今日は放送席から試合を見ていた。

浪速テレビのアナウンサーは、顔面蒼白で額の血管がピクピクけいれんしている。声はもう完全につぶれてしまい、泣きすがるように同じ言葉を繰り返している。

「大変なことになりました。大変なことになりました」

カメラマンも興奮して震えているらしく、放送席のモニターテレビが細かく縦ブレを起こしている。

「大変なことになりました。カウント2=3です。

大変な、あッ、あれは何でしょう」

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「さあ、大変な状況です。最後の一球、真夏ふりかぶった。ランナーいっせいにスタートを切った!」

ウワーッという大歓声が巻き起こった。

「試合終了、試合終了です。座ぶとんが飛んでいます。5メートルの金網越しに、いろんな物が投げられています。空罐が飛んでいます。靴が飛んでいます。背広の上下も飛んでいます。失礼、人間が入ったままでした。

アッ、金網が破られました。観客がボロボロとグランドにこぼれ落ちています。1塁側から、3塁側から、観客がグランドに飛び込んでいます。走っている、突っ走っている。中央で出会った。アッ、殴り合いです。殴り合いが始まりました。グランドもスタンドも乱闘5万人対5万人の大乱闘です。私も行きたい。行くいく。わいも行くでクソッタレ、どついてこましたんねや。では、全国の皆さん、さようなら。あ痛、このガキ・・・・・」





ここから本は上下二段に別れ、





「阪神が負けた場合」と「阪急が負けた場合」に分離し、各チームが凱旋するが・・・無事凱旋ができない状況が書かれている。




この小説はあくまでも「阪神タイガース」を思い浮かべて読む本ではなく、筒井康隆風ドタバタ・ナンセンス小説です。また、最後の二段に別れてからのパレードの部分は非常にシュールな内容となっており、覚悟が必要です。





出版された当時購入して読んだ覚えがあるが、今は所有していない。また読みたくなってあれこれ探したところ、文京区の図書館に蔵書があり貸し出してもらった。



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