逍遥日記

経済・政治・哲学などに関する思索の跡や旅・グルメなどの随筆を書きます。

転売の問題(2)―その問題とは何か―

2020-05-21 21:41:31 | 経済
転売の問題(2)―その問題とは何か―
                                                       和洋女子大学・山下景秋

 最近、日本のマスク不足・価格高騰の問題は解消されつつある。しかし、他の製品・商品でも品薄や価格高騰の問題が起こる可能性があるし、これからもまた同じような事態が起こる可能性もある。そこで、マスクの不足・価格高騰の問題を例に、特に転売に焦点をあててこの問題を検討してみたい。
1.マスクの不足問題
買い急ぎ・買い占め
 マスクの品不足の問題の1つの原因として、買い手が品不足になると思い込んで買い急ぐということがある。「買い急ぎ」とは、現在の使用ではなく将来の使用のために商品を早めに買っておこうとすることである。
 また、もう1つの品不足の原因として、買い占めというものがある。「買い占め」とは、他の多くの人が買うのが難しくなるぐらい買い手1人が市場や店にある多くの商品を買い集めることである。一般の消費者が買い急ぐために買い占める場合があるし、業者が(後で述べる)転売のために買い占める場合がある。
 需要(買う、買おうとする)と供給(生産したものを売ろうとする)の大小関係によって価格が自由に動くメカニズムを価格メカニズムというが、価格メカニズムが働いているならば、商品を買い急いだり買い占めることによって価格が上昇する。
 マスクなどでは感染症の拡がりによりますます需要の増加が予想される場合や、需要の大きさに対して生産が追い付かない場合は、ますます商品の品不足が進行し、またしたがってますます価格が上昇する。
売り惜しみ
 価格上昇が予想される場合は、売り手の方が売り惜しむという可能性もある。「売り惜しみ」というのは、価格の上昇が予想されるとき、売り手が現在商品を売るのではなく、将来価格が上がるときに売ろうとして現在は売ることを控える行為のことである。
業者は現在の市場に供給しないので、品不足、価格上昇の一因になる。
品不足と価格上昇の深刻化
 買い急ぎ、買い占めや売り惜しみが始まると、品薄と価格の上昇が起こる。そうなると、ますます他の多くの消費者も買い急ぐ。
 問題は、品不足と価格上昇が、これらの原因のうち転売によって引き起こされる部分である。以下では、この転売についてもう少し詳しく検討してみよう。

2.転売問題
 転売はなぜ問題なのだろうか。ふつうの流通や貿易と同じなのだろうか、あるいは異なるのだろうか。また、なぜ転売は許されない行為なのだろうか。
(1)通常の流通、貿易
流通と貿易
 ある商品に関して、需要に対して供給が大きい余剰地と、供給に対して需要が大きい不足地があるとしよう。通常は、その双方のぞれぞれの土地で需要と供給の関係により商品の価格が決まる。需要と供給がバランスする水準で決まる価格を需給均衡価格と称することにしよう。
 通常は、不足地の需給均衡価格は余剰地の需給均衡価格よりも高い。すると、相対的に低い価格の余剰地から相対的に高い価格の不足地に向かって商品が流れる。余剰地で相対的に低い価格で買って、不足地で相対的に高い価格で売ることにより利益を稼ごうとして、商品を運ぶ者が出現するからである。
 余剰地において生産者から商品を購入し、不足地に向かって消費者にこの商品を届けるだけの行為は、転売とは言わず、ただの流通であり貿易である。
 この行為によって不足地で供給が増え価格が下がるので、不足地の人にとってありがたい行為であるから好ましい行為なのである。(ただし、余剰地では供給が減る分いくぶんか価格が上がる)
 流通や貿易は両地の商品数の過不足や価格差を調整するという効果がある。
 なお、余剰地として、生産国や輸出国、生産企業などを想定して良い場合がある。また、不足地として、輸入国、購入企業、消費者などを想定して良い場合がある。
余剰地から不足地への商品の移動の例
 ここでは、簡単な例を用いて、両地の間の調整について見ておこう。 
マスク余剰地をX地とし、そこではマスク1つの価格が20円とする。一方、マスク不足地をY地とし、そこではマスク1つの価格が30円とする。
 相対的に商品の供給数が多い場所(ここの例ではX地)で相対的に低い価格(この例では20円)でその商品を購入して、相対的に供給数が少ない場所(ここの例ではY地)で相対的に高い価格(この例では30円)でその商品を販売することにより、その価格差の利益(ここの例では、30円-20円=10円の利益)を得ることができる。
 このような動きは、場所(あるいは時間)によって商品の需要数や供給数に差があり、したがって価格差があるから生じる現象である。この価格差がある限り利益を得ようとしてこのような動きが続くことになる。価格が需要と供給の関係によって自由に動く場合は、この動きにより商品が吸収されるX地では価格が上がり、商品の販売数が増えるY地では価格が下がる。単純に考える場合は、最終的に両地の価格が同じ水準、たとえば25円になるだろう。両地の価格差がなくなれば、このような動きによる利益がなくなるためこの動きが終息する。またしたがって価格はこの25円で動かなくなる。
 以上が、ふつう「経済」の常識とされる考え方である。

(2)転売の問題
売とは 
通常、転売とは、需要が大きい商品を小売業者から購入し、自分は使用しないのに商品を他へより高い価格で売って利益を得ようとする行為のことであると定義されている。
本稿では、転売とは、自己の使用のためでなく利益獲得のために商品を市場(小売業者)から購入し販売する行為のうち、消費者に対して品不足と価格上昇の被害を与える行為である、と定義する。
 このような転売行為を行う者を転売屋(転売ヤ―)と称することにする。
 転売の対象になるものは、マスクだけでなく消毒剤などの医療関連製品、米など農産物や食品、チケットなどがある。
通常の流通・貿易との違い
 ただの流通・貿易は、需要が多く、それに対して供給が少ない場所に向かって商品を移動させる行為であるのに対し、転売は逆に、需要が多く、それに対して供給が少ない場所から商品を吸収する行為であり、これによりさまざまな問題を生じさせる行為である。
 転売屋は仕入れ業者からではなく、与えられた一定の供給数の範囲内で小売業者から買うので、転売は供給を増やす行為ではない。したがって転売は、生産を誘発し生産増に寄与するものではない。
株式投資との違い
 転売は、株式投資とも異なる。
 株式投資の場合は株式は投資対象であり、株を購入する者は投資家だけであるが、転売対象となるマスクなどは消費対象の消費財(特に感染症が深刻な場合は生命に関わる必需財)であり、商品の購入者は転売屋だけでなく当然ながら一般の消費者もいるところが異なる。
 そして株式の場合は株価の上昇により株主は利益を得るが、これにより株主以外の一般の人達が損することはない。むしろ株価が上昇すれば発行主体の企業は資金調達が増える。
それに対して、転売屋は転売商品の価格上昇により利益を得るが、この価格上昇により一般の消費者は逆に損をする。
通常、株は余裕のお金を使って購入するものであるが、マスクなどは余裕のお金がなくても買わざるを得ないものである。
(ただし、マスクなどの転売屋と同じく、株を買った者が予想外の価格下落により損する点は共通している)
転売の種類
 転売行為は同じ場所で行われる場合(この場合の転売を同地転売と称することにする)と、他の場所に向かって行われる場合(異地転売)と、将来の時間帯に向かって行われる場合(異時転売)がある。
 同地転売と異地転売を合わせて空間転売と称し、異時転売は時間転売とも称することにする。
以下では、余剰地をX地、不足地をY地とし、ある特定の商品たとえばマスクを対象に考えるものとする。
①空間転売
異地転売
 通常は、余剰地X地から商品が不足地に流出しても、X地で供給が十分にあればX地で価格(需給均衡価格)が上がることはない。しかし、転売屋によってX地から商品が過剰に流出し、X地でその流出を補う供給がなければ、X地で商品価格が上昇し始める。その価格は、自然な状態における需要と供給が均衡する需給均衡価格というよりも、商品をY地でより高い価格で販売して利益を得ようとする転売屋(の過剰な流出行為)によって引き上げられた結果による価格であることに注意しなくてはならない。この価格と本来の需給均衡価格の差が、転売屋によって引き上げられた価格の部分である。
 この価格上昇は、X地の消費者の利益を損なうのは勿論である。もしX地からY地への商品流出が過剰であるため、X地の消費者が以前購入できた数の商品を買えなくなれば、この減少した商品数(X地の消費者の本来の需要が満たされない部分の需要=転売屋により吸収されたために買えなくなった商品数+転売屋により引き上げられた価格の上昇により買えなくなった商品数)も、X地の消費者の利益を損なう。
 異地転売によってX地の消費者のこの商品の購入数が減っても、価格の上昇により支出が増える場合もある。
 転売の対象の商品に関して、1個当たりの価格が上がって消費者の支出が増える一方で転売屋の利益が増えるということは、実質的に転売屋はX地の消費者から不当に貨幣を奪い取ることを意味する。
空間転売から時間転売へ
 X地で価格が上昇すれば、Y地との価格差が少なくなるため異地転売が減る可能性があるが、X地(や需要が多い場合のY地)で次に述べる時間転売が始まる可能性がある。

②時間転売(異時転売)
 X地やY地で需要が大きく増える場合は、異時転売が起こる可能性がある。
 需要が非常に大きくなると、X地でもY地でも需要増の程度に応じて商品の価格が上昇し始める。
そうなると現在の価格と将来の(予想の)より高い価格の差を利用する、時間を通じての転売が始まる。(場所の違いによる価格差を利用した異地転売が止まる場合でも、異時転売が始まる。
転売の転化)
 両地で転売需要増によりさらに価格が上がり、価格が上がるから転売需要が増えるという悪循環が始まり、この過程のなかで転売の対象になった商品の価格が異常に上昇する。
 価格の上昇が予想される場合は、買い急ぎや売り惜しみが起こる可能性もある。

(3)定価販売と自由価格販売
 ここでは、定価で売られる場合と、価格が需要と供給の関係で自由に決まる自由価格で売られる場合を比べてみょう。
①完全な定価販売 
価格上昇の回避
 需要が大きくなってもある商品が全て定価で売られる場合(完全な定価販売)は、消費者は需要増による商品価格の上昇に苦しめられることはない。

②定価販売から自由価格販売へ
転売の始まり
 マスクのような製品は生命に関わる重要な製品であると考えられている。感染症が深刻になればなるほどその必要度が高くなるためその需要が非常に大きくなるにもかかわらず、生産数が急に増えない場合は、定価で買った商品(製品)を定価よりも高い価格で売って利益を得ようとする転売が始まる。
定価販売の消滅
 定価で売られている店から転売用に購入され続けると、店頭にある商品数が減ってくる。すると、一般の消費者が将来この商品が手に入らなくなるのではないかという不安感をもつようになるので、消費者による買い急ぎが始まる。
 転売屋による転売のための買い占めと、一般消費者の買い急ぎにより一気に定価で商品を売る店頭から商品が消えてしまう。
 また更に、需要が多くて商品価格が高騰すると、この商品の仕入れ価格もまた高騰する。高価格の仕入れでは定価で販売する店は利益がでなくなるから、仕入れをしなくなる可能性がある。これもまた店頭から商品が消え続ける理由になる。
 そうなると、商品の販売は定価販売の店を通じて行われる部分はほとんどゼロに等しくなるので、実質的に定価販売は消滅する。
自由価格販売へ
 その代わりに商品の大部分は、自由価格の高い価格で売買されるようになる。

③自由価格
自由価格
 自由価格の場合は、その(転売需要を含む)需要(と供給)の変化の程度に応じてマスクの価格が上昇する。
 自由価格の下では需要が多い場合は価格が上がり、この価格上昇を期待して時間転売が起こる(注★)。そしてこれにより価格がさらに上がるという悪循環になる。
時間転売による価格の高騰 
 この結果、消費者は非常に高い価格で商品を買わなくてはならなくなる。あまりにも価格が高いと、買えない人もでてくる。
(注★、異地転売がある場合は、自由価格ならば[自由価格が上昇して両地の価格が同一になるので]異地転売はやがて消滅するが、その代わりに時間転売が起こることになる(空間転売から時間転売への転化))。
自由価格の問題点
 この自由価格が自然な状態の需給均衡価格なら、たとえ高い価格でも正当な価格と考えるべきかもしれない。
商品の売買が定価販売から自由価格販売に移行すると、定価販売で購入していた需要数が自由価格による需要数に加わるうえに、「需要」の中に正当な需要でない転売による需要が加わるので、それがない場合の需給均衡価格よりも高い価格に上昇してしまう。さらに、不足感が強く人々の不安感が強い場合は、買い急ぎによる需要も付加される。
また「供給」の中にも、正当でない部分がある。業者が将来の値上がりを予想して現在の販売をしない売り惜しみを行う場合がある。この売り惜しみにより現在の供給数が減少してしまう。
このような正当でない部分を含む需要過多・供給不足が深刻な時期には、消費者は定価で商品を買えないうえに、自由価格が正当な需給均衡価格ではなく、不当に歪められた需要と供給による自由価格であることに注意しなくてはならない。

(4)転売の問題点
 過大な需要があるにも拘わらずその需要を満たす供給数がない商品(特に必需的な商品や生命に関わると認識されているマスクなど)に関して、買い急ぎ、転売、売り惜しみの問題が現れる。
 需要面では、買い急ぎは消費者の(将来の)使用のために行われるが、転売は消費者の使用のために行われる行為ではない。供給面では、転売(時間転売)は将来その分供給(販売)されるという主張もあるが、価格の上昇が続くと予想する将来まで売らなかったり、売ったとしても、より高い価格で買って得た利益でさらに転売のために購入しようとすると、転売需要と同数が将来供給されるわけではない。つまり、転売対象商品が投資商品化すると、(多数の転売屋が価格上昇を予想する)将来の長い期間にわたって、転売による供給よりも転売による需要が上回る可能性がある。
 買い急ぎは店頭における品不足と価格上昇を促進させるので、ますます買い急ぎを促進するという悪循環を引き起こす。転売も同様である。また、販売側も、品不足による価格上昇が始まると売り惜しみをする場合があり、これによる品不足と価格上昇の進行により、更なる売り惜しみを進めるという悪循環を起こす。
 このそれぞれの悪循環の過程で、買い占めの数量とこの悪循環に参加する参加者が増加・拡大する。それに加えて、この3つの悪循環は互いに影響を与え合うので、更に悪循環が深刻化する。
 買い急ぎだけや売り惜しみだけの悪循環に加えて転売による悪循環が加わると、転売による悪循環が買い急ぎと売り惜しみによる悪循環を1つの巨大な悪循環に巻き込み、転売はその中心の構成要素となる。
 またさらに、転売が進行すると、(定価販売の商店で買えなくなって、正規以外の商店やネットで)消費者は転売屋から商品を購入せざるをえなくなる。そのため、転売屋は恣意的に商品価格を引き上げることが可能になる。
 この結果、対象商品の自由価格が自然な需要と供給の均衡価格よりも高い価格になり、消費者が手に入れることができる消費数は、その均衡価格における自然な需要数よりも過少になる。
 (需要側では)転売と(供給側では)売り惜しみは、このような問題を引き起こす。そしてこの両者の行為の根底には、この対象商品を自己の利益の追求のために利用するという悪意がある。
転売屋の利益と消費者の損失
 転売屋の転売行為によって、消費者は商品の購入可能数の減少と価格上昇との被害を受ける。一方、その損失に対応して転売屋は利益を得る。消費者の保有貨幣が転売屋の意図的な転売行為によって不当に奪われるのである。もしこの転売行為が無ければ、消費者は価格上昇や品不足の被害を受けることはなかったのである。 
 特に問題になるのは、商品が不足しているのに、買い占めにより転売が過剰に行われる場合である。転売は緊急時には転売屋による悪質な(犯罪的な)利己的行為と言わざるをえない。
 転売屋により引き起こされた高価格で買えない消費者を生み出すため、転売は貧しい消費者を排除する。特に経済が落ち込んだ時ほど収入が低下した消費者を排除してしまうことが問題である。








現在の危機時における支援の基本的な考え方

2020-05-12 11:47:51 | 経済
現在の危機時における支援の基本的な考え方
和洋女子大学・山下景秋

財政資金による支援
 新型コロナウイルスの感染症と経済危機による複合危機の現在、政府は企業・商店・個人などを支援しようとしているが、スピードが遅いし支援金額も少ない。できるだけ政府は速度を上げ、支援金額を可能な限り増やすことが必要である。
 しかし、財政的な制約もあり財政資金による100%の支援を期待することはできない。政府による支援と合わせて、民間の金融による支援資金を出動させなくてはならない。
金融による支援
 外出規制により飲食店や観光業などは収入が入らないので、家賃などを支払うことができず経営が苦しくなっている。一方、一般の人達は外出できないので、消費する機会が少なくなり、使用しないおカネが増えている(収入が減少した人を除く)。すなわち、現在は資金が必要なところと資金が余っているところの差が拡大することになっているはずである。
(ただし、以下のことが前提にされている。
 所得=消費+貯蓄より貯蓄=所得-消費、
所得=GDP(国内総生産)であるとし、貯蓄は全て金融機関に預けられる(預貯金になる可能性がある)ものとする。
  所得=100、消費=60の時は、貯蓄=40、
  所得=60、消費=10の時は、貯蓄=50
所得の減少よりも消費の減少の方が大きければ、貯蓄が増加する。現在のような危機の時には、人々は外出規制により消費できないことと、将来が不安であるため将来に備えてできるだけ消費を節約しようとしているので、消費が大きく落ち込んでいるのではないかと考えられる。
  厳密には、危機の中で国民のうち所得がそれほど減少しない層と、飲食業のように所得が大きく落ち込む層に分けて調べる必要がある)
 現在のような緊急時において必要なことは、一般の人達のこの余っている資金を金融機関を通じて飲食店など当座の支払い資金を必要とするところに早急に融通することである。民間の金融機関ならば、効率的にこの仕事をしてくれる。
既に人が殺到して混乱している役所の窓口だけでなく、全国の金融機関に数多ある窓口をも利用する方がよい。しかも、預金口座をもつ金融機関の口座に必要な資金を振り込んでもらうだけなら、窓口に行く必要すらない。
金融を財政が支援
 しかし、民間の金融による支援と言っても収益事業なので、貸出金は十分返済されないと不良債権が累積し、金融機関の経営が危なくなったり貸し渋りにより一般の企業・商店が将来資金を借り入れることが難しくなる。
 そこで、危機後の借り手の十分な自助努力を前提に、借り手が返済できない部分を政府が財政的に支援するというようにすればよい。
 危機後の借り手側の自助努力を促すことが必要であるということと、これにより限られた財政資金を有効に使うことができるからである。
結論
 現在の危機時の救済資金は、財政による補助金と、一部財政支援を伴う金融を通じる支援の2本立てで行うべきである。
返済が困難な救済に関しては、前者の方法で支援すべきである。現在、日本の与野党が実施を検討している家賃補償は、後者の方法であるようだ。
 

転売の問題(1)―マスク転売の現状―

2020-05-06 22:13:47 | 経済
転売の問題(1)―マスク転売の現状―
和洋女子大学・山下景秋

(「マスク転売の問題」という題を「転売の問題」という題に変更しました)

 この「転売の問題」のシリーズでは、この新型コロナ感染症拡大の危機時における転売の問題を中心に扱う。以下では、転売に関して日本人に一番関心のあるマスクを例にして述べる。

平常時
新型コロナウイルスが日本で感染拡大する前は、日本でマスクが不足したり、価格が異常に上がるという問題はなかった。
 月間のマスクの需要が1億枚から4億枚(年間12億枚から48億枚)であるのに対し、2019年のマスクの生産・輸入数は約55億枚だったからである。(このうち約44億枚[8割]が輸入であり、ほとんど中国からの輸入である。国内の生産数は約11億枚で国産化比率は2割ぐらい)
 マスク不足はなかったし、価格もドラッグストアや量販店で不識布マスク50枚、500円から600円(1枚当たり10円から12円)程度で売られていた。
新型コロナウイルス感染の拡大
 しかし、1月に中国で新型コロナウイルス感染が拡大し、2月ごろから日本で感染が拡がり始めると、事情が変わってきた。
 ドラッグストアや量販店の店頭でマスクが見られなくなり、ネット通販で2月中旬には1箱60枚4万円(1枚667円)を超える例もあったぐらいマスクの価格が高騰したのである。
 ドラッグストアでマスクが開店直後に陳列される場合は、開店前に行列ができ、朝並べる人だけが買えるという不公平感も人々の間に生まれたのである。
マスク不足と価格高騰の原因
 このようなマスク不足と価格高騰の原因として考えられることは、ます1つ目に、主として供給を依存している中国でマスクの需要が急拡大し、中国以外への輸出がその分急減速したことがあげられる。
 また原料への需要拡大による原料不足と価格上昇により、中国のマスクの生産は1月下旬の月当たり6億枚から3月には2億枚まで減少した。
転売の問題
 日本でのマスクの不足と価格高騰の2つ目の原因は、マスクの買いだめ・買い占め・転売である。
 店頭でマスクが売られるチャンスが減ると、客がマスクを店頭で見かけた時に多く買ってしまうことが増えた。また、転売屋がマスクを買い占め、そのマスクをより高い価格で他の人に売るという転売もひどくなった。
転売禁止
そこで、3月15日からマスクの買い占めや転売が禁止されることになった。
 小売店舗やECサイトなどから購入したマスクをより高い価格で、ネットや店舗などを通して転売することが禁止されたのである。
商店や路上でのマスク販売
 ところが、マスク製造業者や卸業者から直接に仕入れたマスクによる通常の販売は禁止されなかった。
その結果、マスクを販売する、飲食店や衣料品店などの商店が目立つようになってきた。また(立ち止まると無許可の路上販売になるので)路上でカートを引いてマスクを売る者も出現し始めたのである。
なぜ急に、街角でのマスク販売が増えたのか。
その最大の理由は、中国での新型コロナ感染拡大が沈静化してきたからだと考えられる。そのため中国での需要が急減したので、(一時は中国などからの輸入はほぼなくなっていたが、2月中旬ごろから入り始め)4月には中国からのマスクの輸入は平時の4割ほどに回復した。これに対応して、4月中旬から日本に対する中国側のマスクの売り込みが盛んになってきた。 
また、これ以外に、政府が、一住所あたり2枚ずつ布製マスクいわゆるアベノマスクを配布することを決めた(4月7日に閣議決定)ことや、日本でマスクの生産を開始したシャープが、一般消費者向けマスクを4月21日から発売し始めた(1箱50枚入り、税込み3,278円、別途送料660円)ことがあるだろう。
これらの理由の結果、マスクの不足感が和らぎ、価格上昇の程度が下がってくるのではないかと恐れた転売屋や(将来の価格上昇を期待して売り惜しんでいた)商社が手持ちのマスクを早く売り始めようと考えたのだろうと思われる。
高値販売
ところが、問題はマスク1枚の価格が70円から100円という高値で売られていることである。
その理由として、欧米でもマスクを需要するようになったこと、そしてそれにより原料価格が上がったことにより、感染拡大以前は4円から7円であったマスク1枚の仕入れ価格が、4月の初めごろには70円(税込み)前後まで上がったことがある。
それ以外にも、世界的に大きな需要があるため、マスクの製造業者や販売者が価格をつり上げている要因もあると考えられる。
転売範囲の拡大
問題はさらに、マスク以外の消毒剤や体温計、人気のゲーム機、ホットケーキミックスやバターや人気店の餃子(正規価格の3倍以上)などにも転売がひろがっていることがある。
マスクの国内生産
マスクに関しては、国内で生産する動きが高まってきているとはいえる。
マスク生産工場を中国から日本国内に移したり国内の生産設備を増強しようという動きがでてきている。これは、政府が設備投資に補助金を出すことを約束したり(アイリスでは30億円のうち20数億円が補助)、(製造業者が一番恐れるのは感染症終息による売れ残りだが)売れ残れば政府が備蓄用として買い上げることを約束したことがある。
この結果、ユニ・チャームや興和は1月中旬から増産し、異業種のシャープ、トヨタ、日清紡、ヘリオス、DMMもマスク生産に参入した。
マスクバブルの崩壊
 5月に入るころから、どうやら日本のマスク不足・価格高騰の問題は少しずつ解消され始めたようである。
 中国などにおける新型コロナ収束による需要急減、中国製粗悪品の返品による在庫増、売れ残り懸念の中国製マスクの日本への輸出増、日本国内の生産増などの要因により、
 日本の飲食店や衣料品店などドラッグストア以外で売られるマスクが急増したため、不足感がなくなり、マスクの価格が低下し始めたのである。
 このまま進むと、マスクバブルの崩壊という事態になるだろう。


新型コロナウイルスと経済対策(4)―賃金、家賃―

2020-04-29 22:47:52 | 経済
新型コロナウイルスと経済対策(4)―賃金、家賃―
                                                      和洋女子大学・山下景秋
 今まで「新型コロナウイルスと経済対策(1)~(3)」など、感染症・経済のこの複合危機に対する経済対策についてブログを書いてきた。この(4)では、企業や商店などの事業体の経営や労働者や家主の経済に関わる、賃金や家賃に対する補助金の支払いに関して書いてみた。

1.賃金と家賃に対する政府補助
(1)自民党案と野党案
 事業体の賃金や家賃の支払いに対する政府の補助・支援の方法としては、全額補助金、一部補助金、支払い延期支援などがある。
 現在(4月29日)の時点では、事業体の家賃の支払いに関して、自民党案が検討され、野党が共同で案を提出している。
 自民党案は、部屋の借主が金融機関から家賃を無利子で借りて家賃を支払い、この借り入れ金を金融機関に返済する時、その返済金の全額か一部を政府が補助するというものである。
 それに対して野党案は、政府系の銀行が部屋の借主の代わりに家主に対して家賃を支払い(銀行が家賃の代金を立て替える)、借主は後にその代金をその銀行に支払う(借主が銀行から借りた資金を銀行に返済する、とみなすことができる)。これは、実質的に、借主にとっては家賃を延納することに等しい。ただし、家主が家賃の金額を減額すれば、その減額の8割ぐらいを政府が補助するというものである。

(2)山下案
 私の案(山下案)は、政府による補助金によって事業体と労働者・家主を支援する仕組みに関する1つの案である。
目標
 本稿は、主として事業体の経営や雇用ができるだけ維持されること、また事業体の経営維持や家賃補助により家主もできるだけ救済されることを目標とする。
原理ならびに方法
1. 事業体の規模が小さいほど、労働者の賃金が低いほど、家主の家賃が少ないほど補助の程度を高くする。
2. 事業体の収入低下幅が大きいほど補助の程度を高くする。
3. 事業体が雇用を維持すればするほど補助の程度を高くする。

2.賃金の補助
(1)賃金の補助率
 労働者の賃金は1人1人異なるが、ここでいう「賃金」とは全労働者の(月当たり)平均賃金のことである。
 賃金の補助率=(賃金に関する)補助金/(危機前の)賃金、危機前の賃金(wage)をwと表わし、補助(subsidy)率をsと表わすことにする。ただし、0≦s≦1
①賃金水準と補助率
 賃金水準が低いほど労働者の生活が苦しい。低賃金労働者の生活維持のために危機前の賃金水準が低いほど賃金に対する補助率を高くするものとする。
 ここでは1つの具体例として、危機前の月当たり賃金がたとえば30万円以下は補助率=1、賃金が30万円を超える範囲では、賃金が多くなればなるほど補助率が低下するものとする。
賃金が30万円よりも多い範囲における補助率
 この範囲における補助率は、危機前の賃金がたとえば50万円では補助率=0.6とする。この範囲における補助率は、(w30万円、s1)と(w50万円、s0.6)を結ぶ直線上の点の高さで示されるものとする。
 この直線の式は、s=-(1/50 )w+1.6
 この式を使うと、w=50万円のときはs=0.6であることが確かめられる。もしw=80万円ならs=0となる。すなわち賃金が80万円以上では、賃金に関する補助は与えられないことになる。
(s=0となるw の金額を決めた方がsの直線の式を決めやすい)
②雇用維持と補助率
 Nを危機前の雇用数、nを危機時の雇用数とする。危機時においても、危機が到来する前の雇用が維持されることが好ましい。すなわち、雇用維持率(n/N)が高いことが好ましい。最も好ましいのはn/N=1(危機時であっても、危機到来前の雇用が完全に維持される)である。逆に、n/N=0(危機時に全員解雇)は最も好ましくない。なお、0≦n/N≦1
 この雇用維持率(n/N)も賃金に関する補助額を決めるものとして考慮することにする。
③賃金の補助率
 賃金の補助率は、①と②の双方を合わせて考えると、
賃金が30万円以下の範囲
 賃金が30万円以下の範囲では、賃金に関する補助率=1×(n/N)となる。
(企業Aのケース)
 企業Aが危機前の労働者数10人(N)のうち危機時において8人(n)の雇用を維持しようとしている場合。ただし危機前の賃金20万円(w)とする。
 →危機前の賃金20万円は30万円までの範囲内にあり、n/N=8/10であるから、補助率s=1×(8/10)=0.8
賃金が30万円よりも多い範囲
 賃金が30万円よりも多い範囲では、賃金に関する補助率=s×(n/N)={-(1/50 )w+1.6}×(n/N)となる。
(企業Bのケース)
 企業Bが危機前の労働者数50人(N)のうち危機時において30人(n)の雇用を維持しようとしている場合。ただし危機前の賃金40万円(w)とする。
→危機前の賃金40万円は30万円を超える範囲にあり、n/N=30/50であるから、補助率s={-(1/50 )×40+1.6}×(30/50)=0.8×0.6=0.48





(2)賃金支払い可能額
 危機時における事業体の月当たり収入は、賃金と家賃の双方に政策的に2:1の割合で振り分けるものとする。賃金、家賃以外の仕入れなどの費用はゼロとする。
(企業Aのケース)
 危機時における企業Aの月当たり収入30万円とし、そのうち賃金支払いに20万円、家賃支払いに10万円を充てるものとする。(賃金支払い可能額=20万円)
(企業Bのケース)
 危機時における企業Bの月当たり収入150万円とし、そのうち賃金支払いに100万円、家賃支払いに50万円を充てるものとする。(賃金支払い可能額=100万円)

(3)賃金補助額と賃金受取額
 雇用労働者1人当たりに関して、賃金補助額=(危機前の賃金-[1人当たりの]賃金支払い可能額)×雇用維持率、とする。
 雇用労働者1人当たりに関して、労働者の賃金受取額=賃金補助額+[1人当たりの]賃金支払い可能額、とする。
(企業Aのケース)
 8人の雇用維持に対して支払い可能な金額が20万円なので、1人当たりの賃金支払い可能額=20万円/8人=2.5万円。
 危機前の賃金=20万円、雇用維持率=8/10なので、
(1人当たり)賃金補助額=(20万円-2.5万円)×(8/10)=14万円、
 したがって、(1人当たり)賃金受取額=14万円+2.5万円=16.5万円
(企業Bのケース)
 1人当たりの賃金支払い可能額=100万円/30人=3.3万円。
 危機前の賃金=40万円、雇用維持率=30/50(=0.6)なので、
 (1人当たり)賃金補助額=(40万円-3.3万円)×(30/50)=22万円、
 したがって、(1人当たり)賃金受取額=22万円+3.3万円=25.3万円

3.家賃の補助
(1)家賃の補助率
 危機前の家賃水準が低いほど、家主への家賃に対する補助率を高くするものとする。
(月当たりの)家賃の補助率=(家賃に関する)補助金/(危機前の)家賃、危機前の家賃(rent)をrと表わし、補助(subsidy)率をsと表わすことにする。
 月当たり家賃がたとえば30万円以下は補助率1、家賃が30万円を超える範囲では、家賃が多くなればなるほど補助率が低下するものとする。
家賃が30万円よりも多い範囲における補助率
 この範囲における補助率は、危機前の賃金がたとえば50万円では補助率=0.8とする。
 この場合は、(r30万円、s1)と(r50万円、s0.8)を結ぶ直線上の点の高さで示されるものとする。
 この直線の式は、s=-(1/100)r+1.3
 この式を使うと、r=50万円のときはs=0.8であることが確かめられる。もしr=100万円ならs=0.3となる。
 なお、補助率s=0となる家賃r=130万円となる。130万円以上の家賃では家賃の補助金は与えられないということになる。
 (s=0となるr の金額を決めた方がsの直線の式を決めやすい)


(2)家賃支払い可能額
 企業Aでは危機時の収入30万円のうち家賃支払い可能額=10万円であり、企業Bでは危機時の収入150万円のうち家賃支払い可能額=50万円である。

(3)家賃補助額と家賃受取額
(企業Aのケース)
 危機前の家賃=20万円とする。家賃20万円では家賃補助率=1、
 家賃補助額=(危機前の家賃-家賃支払い可能額)×家賃補助率=(20万円-10万円)×1=10万円、
 したがって、家主の家賃受取額=家賃補助額+家賃支払い可能額=10万円+10万円=20万円
(企業Bのケース)
 危機前の家賃=100万円とする。家賃100万円では家賃補助率s=-(1/100)r+1.3=-(1/100)×100万円+1.3=0.3
 家賃補助額=(危機前の家賃-家賃支払い可能額)×家賃補助率=(100万円-50万円)×0.3=15万円、
 したがって、家主の家賃受取額=家賃補助額+家賃支払い可能額=15万円+50万円=65万円

4.結論
  本稿に意義があるとすれば、その主な意義は、危機時の現収入を賃金支払い可能額と家賃支払い可能額に分けることによって、雇用確保と賃金補償を家賃補償と一体化して考え、これによって政府による労働者や家主に対する支援だけでなく事業体の経営支援を一体化して考えることができる点にある。
 危機前の賃金水準や家賃水準が低ければ補助率が高くなるということは、事業体の経営規模が小さければ大きい補助をし、また労働者や家主の補助が大きくなることを意味する。
(原理ならびに方法1の条件を満たす)
 支払い可能額が小さくなれば、その分補助額が増えるということは、事業体の経営が悪化すればそれだけ補助が大きくなることを意味する。(原理ならびに方法2の条件を満たす)
  賃金(家賃)支払い可能額や「危機前の賃金(家賃)-賃金(家賃)支払い可能額」に補助率を適用する考え方もありうるが、危機前の賃金(家賃)の水準で補助率を決める本稿の方法は、事業体の経営規模を考慮し、なおかつ経営悪化の程度も考慮できるという意味がある。
 n/Nが大きい方が補助率が大きくなるということは、事業体の雇用維持の努力を評価し、その努力を促すことを意味する。(原理ならびに方法3の条件を満たす)
 なお、この山下案では、政府が家賃補助をするのは、事業体が雇用維持の努力をすることを前提条件とする。
 また、他の用途に使われないようにするために、政府の補助金は経営者に渡すのではなく、賃金補助金は労働者に、家賃補助金は家主に渡すのがよいと考える。
 本稿では、分かり易くするために、それぞれの箇所で具体的な数値例を用いたが、これらの数値が変わるともちろん計算結果の数値も変わる。





















消費増に対する政府の現金給付の効果の比較―10万円給付と30万円給付―

2020-04-20 01:59:58 | 経済
消費増に対する政府の現金給付の効果の比較―10万円給付と30万円給付―
                                                            和洋女子大学・山下景秋

 日本政府は当初、新型コロナウイルスと経済危機の複合危機により貧困化した世帯に30万円の現金を給付する案を検討していた。私のブログでも、貧困化した世帯への経済的支援の必要性を訴えてきた。しかし、多数の国民が反対したため、政府は国民全員に10万円の現金を給付することに決めたようである。低所得者の救済に関しては、貧困化世帯に30万円を給付する方が効果が大きいので、私としては残念な結果になったと思っている。
 この10万円案を唱えた人の中には、税金を正確に納めていない人たちがいて、彼らが30万円案なら支援の対象にならないことを恐れた人もいただろう。10万円案を支持する主な意見には、早く実行できる(筈)であることや消費を促すという理由もあったと思われる。
 そこで本稿では、10万円給付と30万円給付のそれぞれが消費増に与える影響と、両者の比較を試みたい。
 以下の1では、30万円が給付される対象が低所得者層の全員それぞれである方法(方法A)を検討する。 次に2では、低所得者層の全ての各家庭に30万円が給付される方法(方法B)を検討する。また3では、そのうち給付条件に該当する家庭のみに給付される方法(方法C)を検討する。
 以下では、日本国民のうち高所得者層に属する人がX人、中所得者層に属する人がY人、低所得者層に属する人がZ人いるとする。
1.低所得者層の全ての各人に30万円が給付される場合(方法A)
(1)10万円給付と30万円給付
 政府が国民の全ての各人に10万円を給付する場合と、低所得者層の全ての各人に30万円を給付する場合とでは、消費増効果はどちらが大きいだろうか。それを以下で検討してみよう。
①財政支出
(全ての各人に10万円配布のケース)
 10万円×(X+Y+Z)人=10(X+Y+Z)
(低所得者層の各人に30万円配布のケース)
30万円×Z人=30Z

②消費増効果
 現金給付が消費を増やす効果に関しては、限界消費性向を用いて表わす。
 限界消費性向=消費増/所得増とは,所得が1単位増加したとき,それによって消費がどれだけ増えるかを表わす。たとえば、限界消費性向=0.6ならば、1兆円所得が増えた時消費が0.6兆円増えることを示す。もし所得が2兆円増えたら消費は1.2兆円(=0.6兆円+0.6兆円=0.6兆円×2=2兆円×0.6)増える。50兆円所得が増えたら消費は50兆円×0.6=30兆円増える。
(以下、収入=所得とする)
年収の金額により5つの所得階層に分けた時、最も年収の高い層は限界消費性向が約25%=2.5/10、年収が中間の層は約30%=3/10、最も年収の低い層は約40%=4/10だと言われている。(『平成22年(2010年)度 年次経済財政報告』内閣府、p202参照)
 これらの数値をそれぞれ、高所得者層、中所得者層、低所得者層に適用するものとする。
(全ての各人に10万円配布のケース)
全員に10万円ずつ配布すると、消費増加の効果は、高所得者層全体は10万円×(2.5/10)×X人、中所得者層全体は10万円×(3/10)×Y人、低所得者層全体は10万円×(4/10)×Z人となる。
したがって、消費増の合計金額=10万円×(2.5/10)×X人+10万円×(3/10)×Y人+10万円×(4/10)×Z人=2.5X+3Y+4Z
(低所得者層の各人に30万円配布のケース)
低所得者層全体に30万円ずつ配布すると、消費増加の効果は、30万円×(4/10)×Z人=12Z

(2)比較
以下で、10万円を給付する場合を(10万円)と表わし、低所得者層の各人に30万円が給付される方法(方法A)を(A・30万円)と表わすことにする。
①財政支出の比較
(1)の①を前提に、(10万円)と(A・30万円)のそれぞれの財政支出を比べてみよう。
(10万円)の財政支出=10(X+Y+Z)=10(X+Y)-20Z+30Z、一方、(A・30万円)の財政支出=30Z
したがって、10(X+Y)-20Z>0、すなわちZ<(1/2)(X+Y)なら、(10万円)の財政支出の方が(A・30万円)の財政支出よりも大きい。
逆に、10(X+Y)-20Z<0、すなわちZ>(1/2)(X+Y)なら、(A・30万円)の財政支出の方が大きい。
 以上を言葉で言えば、
低所得者層の人数が、高所得者数と中所得者数の合計の半分(つまり両者の平均)よりも少なければ、(10万円)の方が(A・30万円)の場合よりも財政支出が大きい。
しかし、低所得者層の人数が、高所得者数と中所得者数の合計の半分よりも多ければ、(A・30万円)の方が(10万円)の場合よりも財政支出が大きい。

②消費増効果の比較
(1)の②を前提に、(10万円)と(A・30万円)のそれぞれの消費増を比べてみよう。
(10万円)の消費増=2.5X+3Y+4Z=2.5X+3Y-8Z+12Z、一方、(A・30万円)の消費増=12Z
したがって、2.5X+3Y-8Z>0、すなわちZ<(1/8)(2.5X+3Y)なら、(10万円)の消費増の方が(A・30万円)の消費増よりも大きい。
逆に、2.5X+3Y-8Z<0、すなわちZ>(1/8)(2.5X+3Y)なら、(A・30万円)の消費増の方が(10万円)の消費増よりも大きい。
 以上を言葉で言えば、
低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも少なければ、(10万円)の消費増の方が(A・30万円)の消費増よりも大きい。
しかし、低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも多ければ、(A・30万円)の消費増の方が(10万円)の消費増よりも大きい。

③、消費増に対する財政支出の効果の比較(イ)
  (10万円)の方が(A・30万円)の場合に比べて、「財政支出がより少なく、なおかつ消費増効果がより大きい」(財政支出がより少ないのに消費増効果がより大きい)ことがありうるか?
  これが成り立つためには、
  10(X+Y+Z)<30Z、かつ(2.5X+3Y+4Z)>12Z
  すなわち、10X+10Y-20Z<0、かつ2.5X+3Y-8Z>0が成り立たなくてはならない。
これは、書き換えると、
  Z>(1/2)X+(1/2)Y、かつZ<(2.5/8)X+(3/8)Y      …★
が成り立たなくてはならないことになる。
 2つの不等式の2つの右辺の大小を比べるために、
{(1/2)X+(1/2)Y}-{(2.5/8)X+(3/8)Y}=(1.5X+Y)/8>0(分子はプラスだから)      
すなわち、
  {(1/2)X+(1/2)Y}>{(2.5/8)X+(3/8)Y}         …★★
となると、★★式の条件で★式を満たすZは存在しないことになる。
 すなわち、(10万円)の方が(30万円)の場合に比べて、「財政支出がより少なく、なおかつ消費増効果がより大きい」ことはない。

  一方、次の逆の場合はありうるか。
  (A・30万円)の方が(10万円)の場合に比べて、「財政支出が少なく、なおかつ消費増効果が大きい」ことがありうるか?
 上の連立不等式の不等号の向きが逆の場合を考えれば良い。
  Z<(1/2)X+(1/2)Y、かつZ>(2.5/8)X+(3/8)Y      …★★★
★★式の条件で★★★式を満たすZが存在する。
 すなわち、3つの所得階層の人数の間に、★★★より
   (2.5/8)X+(3/8)Y<Z<(1/2)X+(1/2)Y           …●
という関係あるならば、(A・30万円)の方が(10万円)の場合に比べて、「財政支出がより少ないのに消費増効果より大きい」と言える。 

④、消費増に対する財政支出の効果の比較(ロ)
  消費増/財政支出を検討する。この比率は、財政支出1単位当たりの(財政支出1単位による)消費増を表わしている。この比率が高ければ、消費増に対する財政支出の効果が大きいことを意味する。
(10万円)の場合…(2.5X+3Y+4Z)/{10(X+Y+Z)}

(A・30万円)の場合…(12Z)/(30Z)=0.4

両者の比較
  (2.5X+3Y+4Z)/{10(X+Y+Z)}-0.4=(-1.5X-Y) /{10(X+Y+Z)}<0(分子<0、分母>0だから)
したがって、(2.5X+3Y+4Z)/{10(X+Y+Z)}<0.4
 これは、(A・30万円)の場合の方が(10万円)の場合よりも、消費増/財政支出が大きいこと、すなわち消費増に対する財政支出の効果が大きいことを意味する。 
 
2.低所得者層の全ての各家庭に30万円が配布される方法(方法B)
 低所得者層の各家庭は平均4人家族であるとすると、低所得者層の家庭数(30万円の給付対象家庭数)=Z/4
 (財政支出の比較)
 【(10万円)の財政支出】 10(X+Y+Z)=10(X+Y)+2.5Z+7.5Z>7.5Z(=30万円×(Z/4))【(B・30万円)の財政支出】
  左辺が10(X+Y)+2.5Z(>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(B・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+2.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
 【(10万円)の消費増。1の(1)の②より】2.5X+3Y+4Z= 2.5X+3Y+Z+3Z >3Z(=30×(Z/4)×(4/10)。4/10は低所得者層の限界消費性向)【(B・30万円)の消費増】
  左辺が(2.5X+3Y+Z) (>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(B・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+Z)だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (10万円)の(消費増/財政支出)-(B・30万円)の(消費増/財政支出)
  ={(2.5X+3Y+4Z)/10(X+Y+Z)}-{3Z/(7.5Z)}=(7.5X+9Y+12Z)/50(X+Y+Z)>0(分母も分子もプラスだから)
  よって、(10万円)の方が(B・30万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

3.給付条件に該当する家庭のみに30万円が給付される方法(方法C)
 低所得者層の家庭の1/3が給付条件に該当しているとする。したがって、30万円の給付対象家庭数=(Z/4)×(1/3)=Z/12
 (財政支出の比較)
 【(10万円)の財政支出】10(X+Y+Z)=10(X+Y)+7.5Z+2.5Z>2.5Z(=30×(Z/12))【(C・30万円)の財政支出】
  左辺が10(X+Y)+7.5Z(>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(C・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+7.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
 【(10万円)の消費増。1の(1)の②より】2.5X+3Y+4Z=2.5X+3Y+3Z+Z >Z(=30×(Z/12)×(4/10))【(C・30万円)の消費増】
  左辺が(2.5X+3Y+3Z) (>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(C・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+3Z) だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (10万円)の(消費増/財政支出)-(C・30万円)の(消費増/財政支出)
  ={(2.5X+3Y+4Z)/10(X+Y+Z)}-{Z/(2.5Z)}=(-7.5X-5Y)/50(X+Y+Z)<0(分母がプラス、分子がマイナスだから)
  したがって、(2.5X+3Y+4Z)/10(X+Y+Z)<Z/(2.5Z)
  よって、(C・30万円)の方が(10万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

4.結論
(1)整理
(A)低所得者層の各人に30万円が給付される場合
 (財政支出の比較)
  低所得者層の人数が、高所得者数と中所得者数の合計の半分(つまり両者の平均)よりも少なければ、(10万円)の方が(A・30万円)の場合よりも財政支出が大きい。
  しかし、逆ならば、(A・30万円)の方が(10万円)の場合よりも財政支出が大きい。
 (消費増の比較)
  低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも少なければ、(10万円)の方が(A・30万円)よりも消費増が大きい。
 しかし、逆ならば、(A・30万円)の方が(10万円)よりも消費増が大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (A・30万円)の方が(10万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。 

(B)低所得者層の各家庭に30万円が給付される場合
 (財政支出の比較)
  (10万円)の方が(B・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+2.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
  (10万円)の方が(B・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+Z)だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (10万円)の方が(B・30万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

(C)給付条件に該当する家庭のみに30万円が配布される場合
 (財政支出の比較)
  (10万円)の方が(C・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+7.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
  (10万円)の方が(C・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+3Z) だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (C・30万円)の方が(10万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

(2)結論
①.各政策による消費増の金額は、(10万円)は2.5X+3Y+4Z、(A・30万円)は12Z、(B・30万円)は3Z、(C・30万円)はZである。

②.Z<(1/8)(2.5X+3Y)なら、(10万円)2.5X+3Y+4Z>(A・30万円)12Zである。この場合、(A・30万円)、(B・30万円)、(C・30万円)のうち、(10万円)の2.5X+3Y+4Zと比べて消費増の金額が最も少ないのは(C・30万円)のZであるので、消費増の効果の観点からは、(C・30万円)は採用が最も難しい選択肢となり、(10万円)が最も好ましい選択肢となる。

③.Z>(1/8)(2.5X+3Y)なら、(10万円)2.5X+3Y+4Z<(A・30万円)12Zである。この場合、(A・30万円)、(B・30万円)、(C・30万円)、(10万円)のうち、消費増の金額が最も多いのは(A・30万円)の12Zであるので、消費増の効果の観点からは、(C・30万円)は採用が最も難しい選択肢となり、(A・30万円)が最も好ましい選択肢となる。

④. ②、③における選択肢の決定には、Zと(1/8)(2.5X+3Y)の大小関係、すなわち、低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも多いか少ないかによる。

⑤.消費増に対する財政支出の効果に関しては、(A・30万円) や(C・30万円)は(10万円)と比べると効果が大きい。しかし、(B・30万円)は(10万円)と比べると効果が小さい。

(3)注意事項
①.本稿では、限界消費性向の数値を2010年度の数値から採用したが、最近は少し変化している可能性がある。さらに複合危機の現在もう少し大きく変化している可能性がある。

②.本稿では、(C・30万円)の給付条件を低所得者層の家庭の1/3としたが、この条件が異なると、上記の(C・30万円)に関する数値が異なってくる。

③.日本の(10万円)政策では、10万円の給付を希望する者のみに給付する自主申告制を採用する予定である。そうなると、特に高所得者層の中に給付を希望しない人がでてくる可能性があり、その場合上記の(10万円)に関する数値が異なってくる。

④.以上、本稿は、各政策の選択肢の消費増の効果を述べてきたが、もちろん貧困家庭(や貧困化した家庭)にとって最も好ましい政策は(A・30万円)で、次に(B・30万円)、さらに次に(C・30万円)、最後に(10万円)となる。
 新型コロナウイルスの問題が深刻になっている現在、最も考慮すべき政策は、このような貧困家庭(や貧困化した家庭)に対する経済的支援であることを再度強調しておきたい。