
11月28日
「長谷川塾生、御一行」は鹿児島市内のホテルでチェックアウトの後、黎明館(鹿児島県歴史資料センター)に移動して鹿児島の歴史,考古,民俗,美術・工芸を見て周りました。経営者の皆さんは 鹿児島の歴史に興味を示し30分ほどの予定で入館したところ約2時間かけて館内をくまなく見学しました。
その後西郷隆盛が自決前夜まで立てこもった洞窟を見学の後、西南戦争に敗れた西郷隆盛と薩摩軍2023名の将兵が眠っている南州墓地を訪れました。墓石は正面に西郷隆盛、左手に最後まで奮戦した桐野利秋、右手に篠原国幹、横に村田新八、辺見十郎太、別府晋介、桂久武など幹部が並び眠っていました。

(墓地中央の「西郷隆盛」の墓、桜島の方向を向いています。)
それまで晴天だったにもかかわらず僕たちが墓石に手を合わせると墓地上空だけ雨雲が現れ大粒の雨が降り始めました。
雨に打たれて「長谷川塾生」全員感無量でした。
ここに眠っている2023人の勇士がもし生きていたら日本はどう変わっただろうか?
そんな事を会話しながら一同福岡への帰路に着きました。
「長谷川塾生、御一行」は鹿児島市内のホテルでチェックアウトの後、黎明館(鹿児島県歴史資料センター)に移動して鹿児島の歴史,考古,民俗,美術・工芸を見て周りました。経営者の皆さんは 鹿児島の歴史に興味を示し30分ほどの予定で入館したところ約2時間かけて館内をくまなく見学しました。
その後西郷隆盛が自決前夜まで立てこもった洞窟を見学の後、西南戦争に敗れた西郷隆盛と薩摩軍2023名の将兵が眠っている南州墓地を訪れました。墓石は正面に西郷隆盛、左手に最後まで奮戦した桐野利秋、右手に篠原国幹、横に村田新八、辺見十郎太、別府晋介、桂久武など幹部が並び眠っていました。

(墓地中央の「西郷隆盛」の墓、桜島の方向を向いています。)
それまで晴天だったにもかかわらず僕たちが墓石に手を合わせると墓地上空だけ雨雲が現れ大粒の雨が降り始めました。
雨に打たれて「長谷川塾生」全員感無量でした。
ここに眠っている2023人の勇士がもし生きていたら日本はどう変わっただろうか?
そんな事を会話しながら一同福岡への帰路に着きました。