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何してたって大変じゃない人生なんて見つからないだろうけど

2005-06-17 22:08:54 | 社会
うつ病など精神障害の労災認定130人 過去最多 (朝日新聞) - goo ニュース


一口に「労災」といっても、種類は大別して3つある。
つまり、建設業や製造業や運輸業、林業などで起き易い「事故」的な負傷(転落墜落なども含む)、これが数としては圧倒的に多いだろう。
そして、職業性疾病、平たく言えば職業病に該当するものとして、主に建設土木業におけるじん肺や振動病や難聴、最近はIT関連の職種も多いからVDT症候群(*注1)も一般的になりつつあるし、細かいところではピアニストの腱鞘炎や料理人の胃潰瘍などもあり、腰痛なんて多くの職業にある。

で、3つめとして最近特に問題なのが、脳・心臓疾患による過労死と、鬱病を始めとした精神障害、な訳だ。

勿論、脳・心臓疾患と精神障害では病気の質が異なり過ぎるので、厚生労働省の労災補償の認定基準も当然異なる。精神障害の場合は、平成11年に定められた「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が基準となっている(*注2)。
又、精神障害と因果関係のあった心理的負荷=ストレスの程度なんて客観的に測定するのは非常に困難なので、その指標として、3段階の強度・31のチェック項目からなる「職場における心理的負荷評価表」「職場以外の心理的負荷評価表」が判定材料として設けられている。

そうした行政の整備によって認定される件数が増えたから「過去最多」であり、6/10の記事で述べたように、実数が増えたとは限らないという見方はやっぱりできる。(特に今回の労災というテーマの場合、厚労省の統計自体が83年以前には存在してないし)

ただ、ワークシェアリングの考え方が広く浸透してゆとりを持てる人が多くなったかと言えば全然そんなことはなくて、昨年、全国の労働基準監督署の検査によって、労基法・安全衛生法違反件数が1年間で約8万2千件、その中で残業代の不払い、所謂サービス残業は約2万3百件と前年より約1千8百件増加したというデータがある。
いくら景気が少々上向きつつあるとはいえ、新卒採用数も増加傾向にあるとはいえ、多くの企業がコスト削減の意味でも人件費をできるだけ抑えたいのは事実で、そのしわ寄せが社員にサービス残業という負担でのしかかっていると解釈していいだろう。

一方で、過労死を引き起こすようなサービス残業の実態には、別の観点もある。日本の会社組織という風土が『とても「労基法通りにきっちり定時で終わります」なんて言えない』ものであるとか、社員の側も言う発想自体ない、サラリーマンのオトーサンなんかは居場所のない家庭よりキツくても会社にいる方がいいと感じてしまうような日本社会全体の構造の問題とかだって考えるべきである。ただそれは本筋から外れるのでここでは置いといて。

そういう無茶なサービス残業は会社側の責任は当然あるし、事故はヒューマンエラーの範囲内のものならある程度はどうしようもないし、それらに対して「補償」という対処はあってしかるべきだろうが、考えるべきは「職業病」や精神障害の方だ。


「仕事」は、他人(顧客)のために行われるものだから、多かれ少なかれストレスはどんな職業であれ避けられないし、又「仕事」は、一定のレベルに達すれば基本的には「繰り返し」であるから、プロとして同じ行動・動作を繰り返すことで体のどこかに無理が生じるのも避けられない。

その「ストレス」も、人間関係によるものだけとは限らない。農家や漁師の方々は、自然が相手だ。自然は人間のように聞き分けなんか良くない。いくら農業でも漁業でも機械化・ハイテク化が進んでいるとはいっても、同じことをして同じ結果に常になるなんてことはない。その意味で常に緊張を強いられるストレスは、サービス業のストレスより大きいことだって十分ある。人間関係のストレスが労災になるならこっちだって労災にしなきゃいけないが、農家や漁師の方々はそんなことは言わない。

別に鬱病や諸々の職業病を労災と認めるな、と言いたい訳じゃないが、そういう見方だってあるってことだ。「労働」と「生活」が完全に分かれてしまっているから、労災という考え方も生まれる。仮に自給自足の生活を営んでいて自分で作物を育てたり生活必需品を自分で作っていれば、労災なんて訴えようがない。
それゆえ、余り労災の範囲を広げ過ぎるとキリがなくなるから、自分の職種の特性を考えてある程度は「織り込み済み」で、自分でできる対策を講じることは必要だろうとは思う。

大昔の話なんてすべきではないかもしれないが、何と言っても昔の「労働」やそれに伴う職業病は、全部が全部じゃないにしても今の比ではないものもあったのだから。
(話としてはここまでで、ここから先は半ば余談である。興味のある方だけ読んで下さい)

例えば「たたらを踏む」「替わりばんこ」という表現は誰でも知っている言葉だろう。これは、昔の製鉄(砂鉄から鉄塊を精製する)から来ている言葉である。細かい作業工程の説明は省くが、「たたら」とは、大型のふいご(送風機)のことで、炉の火力をあげるため足で踏んで風を起こす。その足踏みの動作(*注3)が、「勢いあまって、踏みとどまろうとしつつも数歩進む」動作と似ていたことから「たたらを踏む」という表現が使われるようになった。

この作業は、ふいごの進化と共にかかる人数は少なくなっていったが、四日五晩不眠不休で風を送り続け炉を燃やし続けないと砂鉄は溶けてくれない。このふいご踏みの作業を担当する者を「番子」といい、交代交代でやっていたから「代わり番子」なのであり、それくらい重労働だったと言える。
そして、この製鉄においては、炉の火の色を判別する作業も重要だったのだが、この判別作業に携わる者は、皆片目で行っていた(医学的にも片目の方が色の判別には適しているらしい)。それによって、50,60になって本当に一方の視力を失って片目になってしまう人が多かったと言われてもいる。


*注:
(1)
VDT、すなわちCRTや液晶などのディスプレイを使った長時間の作業により、目や体や心に影響のでる病気のこと。体の症状としては、 肩こり、首から肩・腕・背中などの痛み、手指のしびれ、だるさなどの症状、精神の症状としては、 イライラ、不安感、抑うつ状態などがある。

(2)
私の調べたところでは、今のところこの平成11年の基準は変わっていない。ただ100%確実とは言い切れないので、関心のある方は調べてみて下さい。

(3)
『もののけ姫』をご覧になった方なら、ふいご(本来の意味のたたら)踏みの様子は、覚えておられるかもしれない。主人公アシタカが、旅の途中立ち寄ることになる、エボシ御前という女性が率いる村、あの村が描かれているシーンの中にある。