夏至ちかい夕暮れです。まだ新月なので、本日のお役目は夕方の空をちょっと飾っておしまい。気が向いたお月さまは、先日アイルランドの牧場で買ったばかりの、群青色の小さな傘をぱっと広げて、メリーポピンズみたいにぴょ~っとまっすぐ地上へ降りて行きました。
そして青いガス灯の並ぶ土手に革靴のかかとをそろえて降り立つと、ポケットから煙草とライターを出して一服。あたりには月見草が黄色い花を咲かせています。お月さまは鼻歌を歌いながら、のんびりと土手の上を歩いていきました。頭上には小さな星々がきらきらしはじめています。なかなか気持ちのよい初夏の晩です。
そこへ、犬の鳴き声が聞こえたかと思うと、ガス灯に照らされて、灰色の犬がこちらに走ってくるのが見えました。その後ろから追いかけて走ってくる少年の姿もあります。
「ディライト!待ってよ、速いよ!!」
「わん、わん!」
そしてお月さまがおやおや、と思う間も無く、灰色の犬はおつきさまに飛びついたのです。つかの間の抱擁。がし。
とはいえ実はお月さまは犬が苦手。こんなときのためにいつも用意しているマシュマロも、今日は持っていません。腕の中に飛び込んできて、しっぽを振っているこの生き物をどうしたらいいのかと思いつつ、火のついた煙草を落とさないよう注意していました。
その時、犬の飼い主らしい少年が、驚いた顔でおつきさまを見つめて叫びました。
「・・・後藤君!」
「?」
「後藤君じゃないか!久しぶり!ぼくだよ、佐原だよ!」
「??」
少年はしゃがんで犬を抱えているお月さまに向かって叫びました。
「なんだよ、僕のこと覚えてないの?ほら、夏期講習で隣の席だったじゃないか、いつだったかあんまり天気がいいんで、一緒に授業をサボって坂の上の喫茶店に行ったろ?」
お月さまはよ~く考えましたが、思い出せません。
「君ったら、カプチーノに角砂糖を5つも入れるんだもんな、忘れようが無いよ」
「・・・・」
確かに、お月さまは実は甘党で、コーヒーを飲むときは角砂糖を5つは入れないと気が済まないのでした。しかしこんな少年は知らない。そこまで考えこんでお月さまはハッと気が付きました。
「人違いですよ、僕はゴトウなんて名前じゃないもの」
「人違いなもんか、絶対後藤君だって、な、デイライト」
「わん!」
「それに、いつも駅まで迎えに来るデイライトに、マシュマロくれたじゃないか」
お月さまは困ってしまいました、それで立ち上がると、かすれた声で「いや、人違いですよ」というと、走り出しました。
「後藤君!」
「わん、わん!!」
お月さまは一生懸命土手をかけおりましたが、灰色犬のデイライトが追いかけてきます。お月さまは怖くなってきました。急に走ったのでわき腹も痛いし、濡れたようなつめくさの斜面を駆け下りるには革靴がつるつるして転げてしまいそうです。それでお月さまはあわてて蜜蜂になりました。蜜蜂になって一目散に土手のしたの茂みに逃げ込んだのです。そこにはひっそりと紫陽花が咲いていました。
蜜蜂になったお月さまは、紫陽花の影で息を潜めていました。灰色犬のデイライトは、お月さまのかくれている紫陽花の傍までやってきます。お月さまは恐ろしくて仕方が無くなって、とうとう紫陽花の花になってしまいました。
デイライトの鼻でもこうなってはお月さまの行方はわかりません。くるくるとそのあたりを廻ると、やがて土手の上の少年の所へ駆けてもどりました。
お月さまが青い花の陰から覗くと、ガス灯の下に立ってこちらを見ている少年の様子がはっきり見えます。でも少年もやがてあきらめたらしく、デイライトを連れて、土手を通り過ぎて行きました。
お月さまはそれから、紫陽花の花になったままひざを抱えて、あの少年に会ったことがあるかどうか、一生懸命思い出そうとしました。もしやあれがオレオレ詐欺というヤツだろうか・・・いや、それにしては角砂糖やマシュマロの事を知っていた。そして考えれば考えるほどお月さまは、どこか小さな町の夕暮れの駅前で、灰色の犬にマシュマロをやったことがあるような気がするのです。
夜が白んできます。じっと膝を抱えて首をかしげたまま、紫陽花の花の中でお月さまは泣きたくなってしまいました。
ちょっぴし「一千一秒」風に(^-^)
そして青いガス灯の並ぶ土手に革靴のかかとをそろえて降り立つと、ポケットから煙草とライターを出して一服。あたりには月見草が黄色い花を咲かせています。お月さまは鼻歌を歌いながら、のんびりと土手の上を歩いていきました。頭上には小さな星々がきらきらしはじめています。なかなか気持ちのよい初夏の晩です。
そこへ、犬の鳴き声が聞こえたかと思うと、ガス灯に照らされて、灰色の犬がこちらに走ってくるのが見えました。その後ろから追いかけて走ってくる少年の姿もあります。
「ディライト!待ってよ、速いよ!!」
「わん、わん!」
そしてお月さまがおやおや、と思う間も無く、灰色の犬はおつきさまに飛びついたのです。つかの間の抱擁。がし。
とはいえ実はお月さまは犬が苦手。こんなときのためにいつも用意しているマシュマロも、今日は持っていません。腕の中に飛び込んできて、しっぽを振っているこの生き物をどうしたらいいのかと思いつつ、火のついた煙草を落とさないよう注意していました。
その時、犬の飼い主らしい少年が、驚いた顔でおつきさまを見つめて叫びました。
「・・・後藤君!」
「?」
「後藤君じゃないか!久しぶり!ぼくだよ、佐原だよ!」
「??」
少年はしゃがんで犬を抱えているお月さまに向かって叫びました。
「なんだよ、僕のこと覚えてないの?ほら、夏期講習で隣の席だったじゃないか、いつだったかあんまり天気がいいんで、一緒に授業をサボって坂の上の喫茶店に行ったろ?」
お月さまはよ~く考えましたが、思い出せません。
「君ったら、カプチーノに角砂糖を5つも入れるんだもんな、忘れようが無いよ」
「・・・・」
確かに、お月さまは実は甘党で、コーヒーを飲むときは角砂糖を5つは入れないと気が済まないのでした。しかしこんな少年は知らない。そこまで考えこんでお月さまはハッと気が付きました。
「人違いですよ、僕はゴトウなんて名前じゃないもの」
「人違いなもんか、絶対後藤君だって、な、デイライト」
「わん!」
「それに、いつも駅まで迎えに来るデイライトに、マシュマロくれたじゃないか」
お月さまは困ってしまいました、それで立ち上がると、かすれた声で「いや、人違いですよ」というと、走り出しました。
「後藤君!」
「わん、わん!!」
お月さまは一生懸命土手をかけおりましたが、灰色犬のデイライトが追いかけてきます。お月さまは怖くなってきました。急に走ったのでわき腹も痛いし、濡れたようなつめくさの斜面を駆け下りるには革靴がつるつるして転げてしまいそうです。それでお月さまはあわてて蜜蜂になりました。蜜蜂になって一目散に土手のしたの茂みに逃げ込んだのです。そこにはひっそりと紫陽花が咲いていました。
蜜蜂になったお月さまは、紫陽花の影で息を潜めていました。灰色犬のデイライトは、お月さまのかくれている紫陽花の傍までやってきます。お月さまは恐ろしくて仕方が無くなって、とうとう紫陽花の花になってしまいました。
デイライトの鼻でもこうなってはお月さまの行方はわかりません。くるくるとそのあたりを廻ると、やがて土手の上の少年の所へ駆けてもどりました。
お月さまが青い花の陰から覗くと、ガス灯の下に立ってこちらを見ている少年の様子がはっきり見えます。でも少年もやがてあきらめたらしく、デイライトを連れて、土手を通り過ぎて行きました。
お月さまはそれから、紫陽花の花になったままひざを抱えて、あの少年に会ったことがあるかどうか、一生懸命思い出そうとしました。もしやあれがオレオレ詐欺というヤツだろうか・・・いや、それにしては角砂糖やマシュマロの事を知っていた。そして考えれば考えるほどお月さまは、どこか小さな町の夕暮れの駅前で、灰色の犬にマシュマロをやったことがあるような気がするのです。
夜が白んできます。じっと膝を抱えて首をかしげたまま、紫陽花の花の中でお月さまは泣きたくなってしまいました。
ちょっぴし「一千一秒」風に(^-^)