・パブの話
パブ(Public House)には、Public Bar(パブリック バー)、Lounge Bar(ラウンジ バー)、そしてSalon Bar(サロン バー)があった。ただ単に「パブ」と言った場合は、このパブリック バーを指します。パブを強いて日本語に訳せば「大衆酒場、或は居酒屋」が適当な言い方でしょう。
パブリック バーはロンドン郊外や下町に点在し、一般民衆や労働者を対象にした酒場でした。そのパブリック バーへ入ると、床はコンクリート、テーブルは粗末な作り、そして室内は何の飾りっ気もなかった。タバコの煙が充満している中で、人々はビールを飲み、そして会話を楽しんでいる、そんな感じがするのが特徴であった。
ラウンジ バー、或いはサロン バーは、ロンドンの繁華街界隈に点在し、上品な雰囲気の中で高級感を楽しみながら、静かに飲みたい人々が対象となっていた。昔、上流階級の紳士淑女が対象とされていた、と言う。従って店内の装飾は凝っていて、床は絨毯が敷き詰められ、テーブルや椅子もクラシック調(ヴィクトリア調的)の由緒あるものを感じた。
要するに酒場のスタイルが分かれてあるのは、階級制度の名残でもあるが、今では自分の好きなスタイルのパブを利用出来ます。
パブリック バーで飲むのか、ラウンジ バー又はサロン バーで飲むのか、その時の条件しだいで選択されるべきです。気安さ、又は酒代を考えたら、或いは民衆の雰囲気を感じたいのならパブリック バーの方を選択すべきであり、格調、或いは静かな気分で飲みたいならラウンジ バー又はサロン バーであろう。しかし服装には注意した方が良さそうだ。
イギリスはウィスキーの本場であるにも拘らず、パブリック バーでもラウンジ バーでも酒の主役はビールであった。ウィスキーを飲んでいる人は、私の見た範囲でいなかった。
初めてカナダ人とラウンジ バーへ行った時、ビールの注文は彼がしました。ロンドンで2回目にパブへ行った時、私が「ビァ、プリーズ」と言っても、ビールは出て来なかった。出て来たのは、バーテンの早口英語で最初、理解出来なかった。
ソ連、北欧、フランス、スペインやイタリアでは、「ビァ プリーズ」と言うと、小瓶のビールを出してくれたし、ミューヘンやウェールズでは大ジョッキで出してくれた。所がロンドンでは違っていた。バーテンは「ビールの種類は何になさいますか。ラガー、ビター、スタウト等が御座いますが」とか、「瓶のビールにしますか、それともジョッキにしますか」、又「ジョッキは一杯にしますか、それとも半分ですか」と、お客の飲みたい種類のビール、飲み方を事細かく聞いて来た。
大概の人は、「A pint of lager beer, please」と言って、ジョッキのラガー ビールを注文していた。私もたどたどしい英語でバーテンに注文した。これは日本の各種メーカーのビン ビール、又はウェールズで飲んだビールに味が近かった。「ラガー」と言う言葉を日本で聞いた事があるので、普通のビールをラガーであると理解した。
3度目以降は要領を覚えて、ラガー ビールを注文する事にした。目的のビールが出され、市民の中に混じって飲んでいると、私もロンドン市民になった、或はイギリス人に似て来た様な錯覚になるのでした。又、この一時が侘しい私のロンドン生活での「オアシス」でもありました。
多くの人はジョッキ1杯を注文していたが、中には半分注文し、それを舐めるように飲んで、長時間に渡ってパブに入り浸っている人もいた。
バーテン(男性、女性、或いは店のおばさんやその主人)から出されたビールにその都度お金を支払い、カウンターで立って飲んでも、テーブルまで自分で運んで飲んでも、どちらでも良かった。パブリック バーは、チップが要らないので気を使う必要もなく、又経済的にも助かった。
不思議な事に、ビールを飲むのに『酒の肴』がないのが、イギリスの酒場であった。日本では考えられない事なのだが。私は彼等がそれらを注文、若しくは食べているのを1度も見掛けなかった。
感心する事は、日本の酒場の様に人の迷惑にも拘わらず大声を出したり、酔ってクダを撒いたり、と言う人に出会った事がなかった。パブリック バー或はラウンジ バーは、市民の社交場であった。
そうそう、「階級制度」と言えばシーラの話によると、今でも歴然と王様から平民まで分かれ、その階級制度が存在し、生活に深く根付いているとの事であった。しかし、短い滞在期間ではどの様にそれらが影響をしているのか、私には知るよしもなかった。