日和山めぐり ~郷土「室積」を見つめる~

JR中国(旧国鉄)バスがなくなります。

来年3月以降、光市内をJRバスが走らなくなります。
JRバスは旧国鉄時代に光駅ー室積駅で昭和17年頃から運行されていました。

運行されるようになった理由は、光海軍工廠の工員が通勤するためでした。
当時の海軍の力は絶大で国鉄バスを簡単に呼び寄せることができたのでしょう。
旧室積小学校前に室積駅はありました。

線路もなく汽車が停まらないのに「室積駅」と呼ばれていたことが不思議でした。
昭和40年代に旧室積小跡地に室積駅は移転、新しい公民館も隣接していました。
この室積駅を起点として公園口(附属学園・花見)と大峰山展望台(観光)に国鉄バスが運行されていました。

平成20年代に室積駅はなくなり、バス停だけになりました。
JRバスも来年3月には室積の街並みを走らなくなります。
思うに、車社会になってからバス利用者はとても少なくなりました。
附属学園に通学する児童生徒、買い物・通院の利用者は多かったように思います。
バスが満車になるのは、公園口から象鼻ヶ岬までの花見・普賢祭り・附属の研究発表会・夏の花火大会・杵崎神社奉納相撲大会の時だったように思います。

家内の父親は昭和4年生まれ、附属広島一中時代に臨海学校で毎夏室積を訪れていたそうです。
89で亡くなりましたが、室積で夏を過ごした思い出を楽しそうに語っていたことが思い出されます。
「光駅から歩いて室積まで行き、到着するのがとても心待ちだったこと」
「室積で水泳に習熟、飛び込み台から海に潜る感動がたまらなかったこと」
「銀行に勤め始めた新婚時代には海に近い大町住宅にいたこと」  など
昔話を聞いたことが今でも思い出されます。

海水浴客(臨海学校)
附属学園関係者(児童生徒・教育実習生・研究発表会参加教師)
普賢祭り
花火大会
相撲大会
他、たくさんの人の夢や希望、楽しみをJR中国(旧国鉄)バスは運んでくれました。
室積駅ー西の浜ー中松原ー後松原ー新開ー西新開ー新宮ー戸仲ー川畑ー光警察署前ー光郵便局前ー光市役所前ー島田市ー筒井(千歳橋)ー浅江ー 西河原ー営業所前(虹ヶ浜一丁目)ー光駅
子ども頃から親しんだバスの停車場所を知らせるアナウンサーの声はいつまでも忘れることはないでしょう。
JRバスの廃止で全国一の僻地校である山口大学附属光小中学校がなくなってほしくないです。
かんぽの宿は亀の井ホテルとして存続していますが利用者数次第ではどうなるかわかりません。
現在、観光地としての室積のにぎわいはありません。
個人的には、利便性はよくないが心豊かに生活できる静かな室積であってほしいと思っています。
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