![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/ea/03dd90a32fb2150e46298401b00c76e9.jpg)
(写真は松代城)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/39/2bd8474d6c3b9cfe5b45cdee6ccfc5f8.jpg)
昨日は、猛暑の中、上田城周辺を1日中歩き
回ってぐったりとなってしまったので、今朝は
ゆっくりと起きて、のんびりと温泉に浸かって
から、11時前にホテルを出ました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0147.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0199.gif)
今日も嫌になる様な猛暑で、ホテルから徒歩
15分の「松代城」へ、ゆっくりと歩いて行き
ます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/body_walk.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0001.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_do.gif)
帰りのバスの時間を確認するために、先ず、
「旧松代駅」に立ち寄ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/50/25b3bfa5dc3129f31b63bebf4dc896c3.jpg)
長野鉄道・屋代線の廃線跡を横切って、少し
歩くと「旧松代駅」に着きました。
平成24年に、電車は廃線になっていますが、
バス停の名前は「松代駅前」のままです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/dd/767598630e86daaddb32f9cdc7fd80c6.jpg)
昔のままの状態で残されている駅舎の待合室で
一休みします。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/91/9b05b870ac2e80a06731cb9c5f9eed90.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/0b/b14b0b5ac000d95a6091ff93fdcfbdec.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/e4/cd5f1ad3734327b770ad9ea9ccef3c46.jpg)
(廃線時の新聞)
この旧松代駅のロッカーに、リュックを入れ
身軽になって、この旧駅舎の隣の「松代
(まつしろ)城」へ向かいます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/body_walk.gif)
「松代城」の前身は、「川中島の戦い」で有名な
「海津(かいづ)城」です。
「川中島」では、甲斐の「武田信玄」と越後の
「上杉謙信」が信濃地方の覇権を争いました。
1560年に、武田信玄が、上杉に対する最前線基地
として築城したのが「海津城」(のちの
「松代城」)です。
海津城の城の出入り口には、「丸馬出し」(まる
うまだし)という、当時の最先端の技術が
施されていました。
半円形に築かれた「丸馬出し」は、敵が攻撃して
きた場合は、城を守る防御の拠点となります。
また、攻撃に転じる場合は、敵を攻撃しながら、
2方向から出撃出来るという、他の城には無い
機能でした。
そして、この海津城の「丸馬出し」を、真田幸村
が、大坂の陣で、大阪城に「真田丸」として築き、
ご存知の様に大活躍しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/cat_5.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/8c/bc3bc4fda90c3fc911858a7138d4df48.jpg)
(松代城の丸馬出し:上の写真の赤丸印)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/12/041e79fee0db1bad3827bd04e72d08e9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/72/b2f7ef04956b5424007886e15279e223.jpg)
(丸馬出し:NHK・BS「英雄たちの選択」から)
海津城が築城された翌年には、もう、最大の激戦
となった「第4次・川中島合戦」が勃発し、
妻女山に陣取った上杉軍と、海津城に籠城する
武田軍が激突しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/85/be76642a44d51f966dd93c9c9df1a489.jpg)
(NHK・BS「英雄たちの選択」から)
海津城の最大の特徴は、この「丸馬出し」で、
当時としては、海津城は鉄壁の要塞でした。
従って、北信濃を支配する上で、海津城は、
軍事的・政治的に最も重要な拠点となりました。
このため、武田氏の滅亡後には、織田信長、
上杉景勝、豊臣秀吉、徳川家康の各重臣が、
入れ替わりで海津城に入城しました。
そして、大阪の陣を経て、1622年、真田昌幸の
長男の真田信之が、13万石で「海津城」に
入城します。
信之は、「海津城」から「松代城」へと名を改め、
その後、松代藩の藩庁として、また真田氏の居城
として、明治維新までの250年間、長きに
わたって存続しました。
「松代城」は、桜の名所としても知られ、千曲川の
流れを外堀とする天然の要塞で、形式は平城です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0237.gif)
明治の廃城に伴い、城の建物が壊されたため、
長い間石垣を残すのみでしたが、昭和56年、
新御殿(真田邸)と共に、国の史跡に指定され
ました。
更に、平成16年には、櫓門・木橋・石垣・土塁・
堀などが復元され、現在は、海津城址公園として
整備されています。
「旧松代駅」から徒歩5分で、松代城の本丸の
大手口に着きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/body_walk.gif)
駐車場の前の下の写真の「二の丸南門跡」から
入って行きます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/38/e676b18cda567fe49339b4af75314b7b.jpg)
大手口には、「橋詰門」とその奥の「太鼓門」が
復元されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/cat_4.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/93/9b89ba9691baa5cfe35e57b9b9ce2dcc.jpg)
内堀に掛かる「太鼓門前橋」を渡り、「橋詰門」
をくぐります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/3d/27459981133aba2923ad218ae22322bc.jpg)
次に次頁の写真の「太鼓門」(櫓門)をくぐり、
本丸跡に入ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/14/24181b54bdb1869afbe5e6200453ee38.jpg)
太鼓門は、時を告げる太鼓を備えていたことに
由来するといわれています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/5d/6533d669d705b69d3021f874355a96b0.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/cb/f6645a85fe4aa060266a0267d3abfc83.jpg)
太鼓門をくぐると、上の写真の本丸跡です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/ed/d4781980732c97d0f5f8d20dbbbfa7c6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/30/a2db0da7ee5e006f51c7ac1ce5d4348d.jpg)
本丸の外側には、内堀が整備され、長大な土塁が
復元されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/b1/965d17a3f40c1f0f037c331d06cbe294.jpg)
その土塁の一部には、トンネル状の埋門(うめ
もん)が造られており、土塁の反対側と行き来
出来るようになっています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/52/dfd64d638964ada94247b1e276b9803f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/b2/5ed7291a78b3c42ec9dafd5f754151a1.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/40/6fe0f19e233cebfe3e9e6c465776a6ec.jpg)
松代城跡の北西には、戌亥隅櫓(いぬい すみ
やぐら)の跡があり、ここから周囲を一望する
ことが出来ます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/cat_4.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/43/c769644e3dc0926f04a21575598390a6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/8a/5996a7d126f29d66a2358089517541e2.jpg)
(戌亥隅櫓から北側を見下ろす)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/c7/bb961a563d8dd9c7b2c54c82873d6868.jpg)
(戌亥隅櫓から西側を見下ろす)
松代城の石垣は、大小さまざまな自然石を巧みに
積み上げた特徴的なものです。
以前は、千曲川は、松代城(旧海津城)の北側を
えぐる様に流れていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/f6/8c6ecfb3898c44a09f11478b4476e033.jpg)
(NHK・BS「英雄たちの選択」から)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/ef/e6fdb0e55dd36cf71dfe4b44b1ed0758.jpg)
そして、現在のこの戌亥隅櫓跡の石垣の下には、
何と!、更に4メートルもの高さの石垣が
埋まっているのだそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/cat_5.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/c4/f61f03f6df9204d44eb3a63704f66f4f.jpg)
(NHK・BS「英雄たちの選択」から)
従って、当時は、この千曲川の河岸段丘の縁に
築かれた松代城の石垣は、見上げる高さだった
そうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/f6/3824de945fc9bc83051d42669094adbe.jpg)
次に、本丸の北側へ向かいます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/body_walk.gif)
本丸北側の搦手(からめて)には、桝形と
前頁写真の櫓の2つの北不明門(きたあかず
もん)が復元されています。
松代城の東に回ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/body_walk.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/2d/2fafd14f3f216776389b7b53a1d6161c.jpg)
(東不明門前橋)
松代城見物が遅いスタートだったので、見物を
終えるともうお昼時です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/cf/fcd20f3514247a88664d849bda3476f2.jpg)
松代城の前の「竹風堂松代店」に入り、昼食を
とります。
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松代は長芋の産地です。
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地元で採れた長芋のとろろを使った「麦とろ膳」
(1,188円)を注文します。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/d5/65df6555618a9dbf2f1239b3bfb908c7.jpg)
余りの暑さに、かき氷も注文します。
「栗みぞれ」(572円)
この栗みぞれには、栗を長く漬けておいた蜜と
栗あんが使われている、贅沢なかき氷です。
初めて食べましたが、忘れられない味で
美味しかったです。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/a8/54205e7c07518a2fe01eef11bdaa1453.jpg)