地理講義   

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149. 独立国家の夢

2014年10月01日 | 地理講義

スコットランドの独立要求

イギリスの人口6,318 万人のうち、510万人を占めるスコットランドがイギリスからの完全な独立を求めて、2014年9月19日に住民投票を実施した。独立賛成1,617,989票(44.7%)、独立反対2,001,926票(55.3%)の選挙結果となり、独立は否定された。スコットランドが独立を要求した最大の理由は、北海油田からの年間税収8,200億円を独占することにあった。失業問題、福祉問題の解決できる金額であった。クライド海軍基地が核潜水艦基地になっていることへの不満もあった。しかし、選挙ではスコットランドの軍隊創設や北海油田の枯渇問題などの、反独立キャンペーンに負けた。

 


吉里吉里国(岩手県上閉伊郡大槌町)
井上ひさしの「吉里吉里人」は架空の独立国を書いた小説である。岩手県大槌町に吉里吉里の漁業集落(人口4,000人)があり、1982年に大槌町が観光目的に「吉里吉里国」の独立を宣言した。ミニ独立国家第1号である。
2011年3月11日の東日本大震災で最大24mの津波が襲来した。古くから津波被害が多く、高台への移転が進んでいたが、低地に移転した集落120戸が流失、10人が死亡した。パロディとしての吉里吉里国は数年で忘れ去られたが、2011年の津波被害で思い出された。


吉里吉里

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
銀杏国(東京都八王子市)
八王子市は幕末に生糸集散地として発展し、輸出港横浜までの馬車道は「絹の道」といわれた。新宿~八王子の鉄道開通とともに八王子に住宅団地や大学ができた。八王子に愛着を持たない若者が増加した。
西八王子追分交差点から高尾までの甲州街道4.2kmの銀杏並木は、大正天皇の御陵造営記念として1927年に宮内省が植樹した。1979年秋から、女子大生が実行する新旧八王子市民の親睦を図る目的で「イチョウ祭り」が開催された。1983年に「銀杏国」ができた。

人口50万人の八王子で、イチョウ祭り見物者は20万人程度であり、盛り上がらない。祭りの寄付金も集まらない。伝統のない都市に老若男女総参加の祭りを作り出すことが難しい。クラシックカーパレードが目玉だが、大人のマニア限定であり、銀杏王国の青少年の楽しむものではない。銀杏神輿担ぎも、神田にも浅草にも神輿の長い伝統があり、目の肥えた銀杏国市民には「イチョウ祭り」の新しい神輿は、注目されなかった。3~4年でミニ独立国「銀杏国」は有名無実になった。団地住民の高齢化、大学の縮小や都心回帰により、「銀杏国」再生は不可能である。平和裡に銀杏国の愛国心を育てるには、国家的スケールのオリンピック、万国博覧会、サッカーワールドカップのような、巨額資金による国家的祭典の招致が必要である。

 

 


 


ニコニコ共和国(福島県岳温泉)
1982年に、大宮~盛岡に東北新幹線が開業した。しかし、福島県二本松市には東北新幹線の駅はなく、在来線としての東北本線二本松駅はあったが、在来線の列車本数が削減されて二本松市の岳温泉は観光客の減少が予想された。岳温泉旅館協同組合は、ミニ独立国吉里吉里共和国をモデルに、岳温泉をニコニコ共和国として1982年に独立した。

温泉街入口に「国境」を設置し、温泉街にある温泉協会事務所を「国会議事堂」、豆腐店を「蛋白研究所」、食堂を「国立議員食堂」と称した。温泉街で使用できる地域通貨「コスモ」を発行した。一時、独立国の珍しさによって温泉客が増加したが、数年でマンネリ化した。2006年、「ニコニコ共和国最後の晩餐」において「日本国への統合」を決定、独立国家は消滅した。
安達太良中腹の温泉で固定客はあったが、ニコニコ共和国時代には客足は伸びなかった。ニコニコ共和国存続時に、経営者・従業員は団体客扱いに慣れ、他の温泉が不況の直撃を受けて大型温泉旅館の倒産が相次ぐ中で、岳温泉は客を減らさなかった。

 

 


 


アルコール共和国(新潟県佐渡市)
1983年、新潟県佐渡島の真野町がアルコール共和国として、独立を宣言した。島内の4酒造会社があり、そのうち、2酒造会社が真野町にあった。大統領も国王も不在のミニ独立国だが、実質的にアルコール共和国を差配するのは、真野の尾畑酒造である。地元西三川小学校廃校を酒蔵の一つとして利用したり、オレンジハウスでは各酒造会社の酒を飲み比べることができ、観光客に喜ばれたりした。アルコール共和国は島外からの観光客には、オレンジハウスで酔うほどの試飲ができることで好評であった。
しかし、2004年の平成の大合併で、佐渡島全部が佐渡市になったのを機に、オレンジハウスが廃止され、各酒蔵で細々と試飲できる程度になった。オレンジハウスの大量試飲が各酒蔵の宣伝販売となり、土産品として売れた。もっとも、観光客が自宅まで土産品として持ち帰らず、途中の船でなくなってしまうケースが多かった。オレンジハウスの試飲直売が、他の土産物の売上げが減少になるようで、オレンジハウスが廃止された。旗
佐渡島がアルコール共和国あるいはサドの島として独立する場合、国民としての島民多数にとって新国家独立の必要性が不可欠であり、その具体化として新国家への帰属意識つまり愛国心が不可欠であった。アルコール共和国は文字どおり、佐渡島の酒造会社が宣伝広告のために、ミニ独立国家の流行の機運に便乗したものである。佐渡島島民多数の生活や歴史から遊離しているので、アルコール共和国が国家として存続できる基盤はなく、10年で廃止になるのは当然であった。アルコール共和国は、佐渡島の文化に立脚したキャッチフレーズではなかった。日本各地のミニ独立国家同様、短期間のパロディで終わったのは当然であった。

 

 

 

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文化
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