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気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

風 2

2020-04-09 21:35:00 | ストーリー
風 2





俺が千葉に越してきた頃の話だ

まだ21の俺は田舎から都会に越してきて
期待でワクワクしたスタートだった

同じアパートの二階には年齢の近い女の子が住んでいた

彼女も少し前に田舎からこのアパートに上京してきたらしくお互い地理もわからない同士だったからか俺達は直ぐに仲良くなった


方向音痴な彼女より俺の方が早く周辺の地理や店を覚えたから よく一緒に近所のスーパーマーケットに食材の買い物に出掛けた

のんびりした性格の彼女は俺よりも田舎町で暮らしていたようで

純粋で俺より世間知らずな所があったから変なやつに騙されたりしないかと見てて心配になるほどだった

そんな彼女に
俺は気がつけば恋をしていた


一年が過ぎた頃だったか…
定期的に夜 彼女の部屋に訪ねてきている男がいることがわかった

スーツにネクタイ姿
随分と歳上の大人のサラリーマン

きっと… 彼氏なんだろうな…

同じアパートだから二階に上がる階段を革靴で昇るカン、カン、という音がする度に俺は胸が締め付けられた

そんな夜は同じアパートに居たくなくて俺は携帯と財布を持ってコンビニに出かけていた

いつものように帰り道の公園で携帯を見ながら時間を潰してると雨がポツポツと降ってきた

仕方なくアパートに戻って鍵を開けようとした時
二階の部屋のドアが開いて口論する声が聞こえた

声のする方を見上げると彼女が男に出て行ってと泣きながら訴えていた

男は諦めたのか 本格的に降りだした雨の中を大通りの方向に歩いて行った

その後ろ姿を彼女は泣きながら見つめていた


それからの彼女はいつもと変わらなかった

買い物に行くんだけど米とか重い物を買うなら一緒に行かないかと尋ねると彼女は笑顔で行くと応えた

あの男と完全に別れたのだろうか…
気になるけど 俺達はそういう話をしたことがない

彼女は通り過ぎるスーツ姿の男に自然に目がいっているのを俺は気づいていた

やっぱりまだ忘れてないんだと
俺の胸はその度痛んだ


買い物を済ませてアパートに帰る途中にあるいつも時間潰しをしていた公園の横を通りすぎようとした

公園には子供連れの母親が数人いた

彼女は俺に 不倫についてどう思うかと尋ねてきた

ーー あの男は既婚者だったのか


俺は不倫についてなんて考えたこともなかった
まだ22だし俺の日常には無い話

俺の両親は仲が良いとも悪いともいえない
本当にどこにでもいる普通の夫婦

親父は趣味のサーフィンはたまにやってたけどサーフィンをしない休日は家で一人で音楽を聴いてる

昔のディスコミュージックを聴いてはどうも踊っているようだった
(ドンドンと音がしていたから)


うるさい!とオカンにどやされるとおとなしくヘッドフォンに変えて機嫌良く聴いてる

平日は職場から毎日直行で帰宅してたし親父が浮気してないのは俺から見てもわかる


でも 誰もが結婚する時は浮気なんかするつもりなんかなくて 世界で一番好きな相手と結婚してんだろ?と漠然と思ってたぐらいで 浮気とか不倫とかについて深く考えたことなんかなかった


彼女は俺に良いご両親の元で育ったんだねと微笑んだ

良い両親かどうかはわからないけど それを見て育った俺にはそれが普通だと思ってた

彼女の両親は不仲だったようで早く自立して暮らしたいと実家から離れた今のアパートに暮らし始めたようだ

彼女からそんな薄暗い過去の話を聞いたのは初めてだった

幸せになるのって難しいんだよと
彼女は少し悲しげに微笑んだ

難しいかな
俺はそうは思わないけど…

幸せなんて旨いもん食ってても思うし
良い波が来てて大好きなサーフィンをやってる時は最高!って思うし…

そんな風に普段の日常の中で幸せと思えることが沢山できればいいのに

俺が単純だから?と言うと
佐々木くんとこうして話してるだけで楽しいからこれも幸せってことかな?と笑った


それから たまに一緒に飯作ったり一緒にゲームで対戦したりするようになった

ゲームをする時は俺の部屋に来る彼女

初めて俺の部屋に彼女が来た時は心臓がバクバクだったけどそれも段々慣れてきた頃

彼女の携帯にまたあの男から着信が入った

彼女は鳴り続ける携帯を取ろうかと迷っていた
俺はその携帯を勝手に切った

あんなに泣いて辛い思いをしたのにまた繰り返すなんてダメだ

そうだねと微笑んだ表情が 少し寂しそうに見えて
俺は衝動的に彼女を抱き締めた


彼女から女の子の使うシャンプーのいい匂いがした
手に伝わる細い肩に 俺の胸は急にドキドキして

このまま これからどうしたらいいのか
よくわからなくなった


抵抗しない彼女は今どんな顔してるんだろう

泣いてるかな 困ってるかな
恐る恐る身体を離して彼女の顔を覗きこんだら

恥ずかしそうな表情をしていた

その表情に俺も凄く恥ずかしくなって
ごめん!と彼女から離れた


俺 君が好きなんだ
もうずっと前から…

ずっと胸に秘めていた気持ちを彼女に告白した

彼女は戸惑いながらも嬉しいなと微笑んだ


でも…
俺達は付き合うこともなく

一年後 彼女はアパートを引っ越していった


俺も彼女を忘れるために
海の近くのアパートに引っ越してサーフィンに没頭した


それからも女の子と知り合っては何となく良い感じになって その流れで付き合ったりもしたけど

やっぱり時々思い出すのは
あのアパートで出会って恋をしたあの子だった


俺 本当に あの子が好きだったんだ ーー






ーーーーーーーーーーーーーーー


風 1

2020-04-09 07:35:00 | ストーリー
風 1





四国から一人上京し千葉に移り住んで7年

28歳の独身で彼女無しの俺

趣味のサーフィンは俺が子供の頃に親父に教わった
親父も子供の頃からやってただけにそれなりに上手かった

海や川が多い田舎町だったからか
釣りかサーフィンを経験している男がほとんどだった

俺は親父の影響もあってサーフィン派
真冬以外は海に入っていた

毎年 春の風が強くなってくる頃からテンションが上がる

サーファー仲間と今日の休日も九十九里浜を訪れた

「風も良いし天気良くてサーフィン日和だな(笑)」

「まぁ雨でもやるけどな!(笑)」


俺と天羽にとってサーフィンは休日のルーティンのようなものだ

「そういや、今日… 政人来てないな。」
もう一人のサーファー仲間の政人の車が停まっていないか見渡した

「あいつ、女ができたんだって。くそ。裏切りもんが、、」
車のトランクを開いた

「は!? いつ!」

トランクからウエットスーツが入ったバッグを開きながら愚痴り気味に話し出した

「あいつ、先週飲み会に行ったらしいぞ。そこで早速ゲットって… 俺らも呼べや!っての!」

「女… かぁ」 あいつが、ねぇ

「まさか、颯真、お前まで女欲しいとか言わないよな!?」

「は? そりゃ欲しいわ。」

「だよな。」
それからお互い無言でウエットスーツに着替えた

俺が最後に付き合ったのって…
2年前に別れた彼女以来いない

俺は小さな自動車修理工場で整備士として働いている

華やかさもなけりゃ 出会いもない

合コンだとか紹介だとか ナンパとか?
そういうきっかけでもなけりゃ女の子と出会うなんてない

まぁ… ナンパはしないけどな

天羽が俺に尋ねてきた
「俺らも… 合コン…やる?」

「だな。」

天羽はサーファー仲間の政人が先に彼女ができたことがかなり堪えたようだった


その日は朝から休憩しながら夕方近くまでサーフィンをした

職場の工場のホースを借りてウエットスーツやボードを丁寧に洗って帰宅した

ん? 天羽のやつ
どっから合コン話を持ってくるつもりだ?
宛てでもあるのか?

シャワーを浴びてビール缶を開けて
飲みながらテレビを点けた

テレビには話題の舞台の宣伝をしていた
舞台の練習風景が画面に映っているのを俺はボーッと見てると なんか見たことある顔が一瞬映った

… え? ええっ!?

目を凝らして見ると画面後ろにぼやけていたけどやっぱり俺の知った顔がそこにいた

同郷で同級生のクラスメイトの女の子だった

「えーっ… 知らんかった… 」
なんか懐かし~!

引っ込み思案で目立たない子だったけど
顔はそこそこ可愛かったからなんとなく覚えてたんだよなぁ

舞台に出てるってことはもう引っ込み思案じゃなくなったんだな(笑)

名前… なんだったっけ

久しぶりに四国の高校時代の友人に電話をかけてみた

「なんやなんや!?颯真から電話ってなんかあったんか? 元気にしよったんか?」

「なんもないよ(笑) 元気にやっとるよ(笑)」

友人とお互いの近況を話し合った

「そうだ、さっきテレビであの、、ほら、同じクラスやった女の子が舞台に出てるみたいで、さっき、、」

「ユキノのこと? なんや舞台に出るって聞いたな。こっちは田舎やからそういう情報は直ぐに回ってくる(笑) 」

ゆきの?
「ゆきのって名前だったっけ?」

「ゆきの まこと、な?」

あぁ、思い出した!
行野 真!

漢字だけで見ると男みたいだなって当時は思ってたんだ

「舞台、見に行ったら?こっちからはなかなか行けんし、見たら感想教えてな(笑)」

見に行けってか?
俺、舞台なんか興味ないけど

「まぁ、行けたら行くわ(笑)」

電話を切ってちょっと調べてみた
脇役なのかキャスト欄の最後の方に“行野 まこと” の名前を見つけた

話しした記憶もない同郷のクラスメイトだけど
まぁ 見に行ってみるかと
軽い気持ちでチケットを取った



ーーー



舞台はオリジナルの物語

行野 真は本当に時々出てくる程度だったけど
あの頃の引っ込み思案で地味な印象は全くなかった

生き生きとしていて
本当に好きでこの世界に飛び込んだんだと伝わってきた

かつてのクラスメイトの活躍に俺も背筋が伸びるようだった

「俺もがんばろ!」
舞台のパンフレットを手に会場を出た

スマホの電源を立ち上げると天羽から合コンの連絡が入っていた

あいつマジで合コン話を取り付けてきたのか!

“行くだろ?てか、人数に入れといたからな!”

“もち、行く。”

合コンかぁ♪
俺は浮かれ気味で帰宅した


ーーー


その合コンは女の子5人と男5人
男のメンバーの中に知らない奴が一人いた

サーファー仲間の真っ黒な暑苦しい男4人の中に爽やかな色白のイケてる洒落た男

この男だけ目立つ!
(なんかちょっと悔しい)

どんな女の子が来るのか楽しみにしながら待ち合わせの場所で待っていたら横断歩道を渡ってくる5人の女の子グループを見つけた

おーっ!いよいよか!
ワクワクしてきたぞ!

創作料理の居酒屋で女の子と向かい合わせて座った

お決まりの自己紹介は男側から
女の子みんな可愛いじゃん!

なんで可愛い子ばっかなの!?

挨拶が最後になった女の子が照れくさそうに自己紹介をした

「行野 真です」

ゆきの? 行野 真!?
先日の舞台で見たあの同級生の行野 真!?

目を凝らして凝視した

「(おい!見すぎだろ!)」
隣の天羽に耳打ちされた

あっ、、
とっさに顔を反らした

行野さん 俺のこと覚えてないんだな

俺も知らないフリしておくべき、、か?
それにしても俺の名前も覚えてないんだな

こっちは田舎と比べて人が多いしまさかこんな所で同郷の人間と偶然会うなんて思わないか

お互いに何の仕事をしてるのかとか趣味の話で盛り上がった

でも俺はついつい行野さんをチラ見してしまっていた

「(ゆきのさんに話しかけてみろよ(笑))」
天羽が席替えを言い出して俺は行野さんの隣に座ることになった

まだわかんないのかな
なんか皆が知らない秘密を知っているようで妙にドキドキする

「行野さん、地元はどこ… ?」

「徳島です」
やっぱり!てか、わかってたけどな!

「佐々木さんは?」

そうか、そう質問返しされるよな
「俺も、徳島… 」

行野さんは驚いた表情から笑顔に変わった
「同じ!? 嘘!こんな所で同郷の人と会えるなんて!」

やっぱり気付いてなかったんだな
もう言っちゃおうかな
「俺、実は」

「私、愛媛だよ!四国民が三人もいるなんて(笑)」

横から西田さんが口を挟んできた

「あぁ、、そう、なんだ、、(笑)」
結局 言いそびれてしまった


俺は行野さんとその愛媛の西田さんと連絡先を交換して合コンはお開きになった

天羽は消化不良気味な表情
「お前、女の子二人からモテモテだったな!」

あれがモテモテだって?

「どこをどう見たらそう見えるんだ。天羽は気になった女の子いた?」

「いた!唯ちゃん!」
唯ちゃん…
あぁ あの可愛かった子か
あざといくらい自分を魅せるのが上手い子ね

あざといとわかってても男には堪らんけどな


「確かに可愛かったな。うん。」

「可愛かったよ… マジで… 颯真は?どっち?」

は?

「どっちって… そんなのわかんないよ。」

「二股かけんなよ!」

「かけるか!ばか(笑)」



ーー というか
愛媛の西田さんから早速 翌日にLINEが来た

“颯真くん今度サーフィン教えてくれない?やったことないからど素人だけど”

“いいよ。行こう。”


俺 サーフィンが初めての女の子に教えたことなんかないけど

西田さんは社交的な子なんだな
子って、俺より2つ歳上だったっけ

行野さんからLINEは来なかった



ーーー


「颯真くん、よろしくね(笑)」

「あっ、はい、こちらこそ… 」

レンタルのウエットスーツを着た西田さん
スタイル良いし似合ってる

てか… 脚、ながっ!!
俺より長いんじゃ…

「じゃ、じゃあ、西田さん、準備運動、しよっか、、」

「はーい♪」

なんだかモデルみたいだな…

「西田さんって、スタイル良いからモデルみたいだね。」

「モデルもやってたよ~♪」

「やっぱそうなんだ… (笑)」

「グラビアモデルの方だけどね(笑)」

グラビア!?
思わずセクシーなのを想像してしまった

「へっ、へぇ~ … 」

「見たい?」

そりゃ… 見たい… です… ね
「まぁ、、でも、後で… 」

「じゃあ後で♡」

グラビアモデルって聞いてしまったら…
変なこと想像してしまいそう

「まっ、まずは、、ボードのこの辺にこう乗って… 」

俺の真似をする西田さんはテンション高く嬉しそうだった

「腰をこう落とす、、」

そうやって基本的なレクチャーをして浅い所で練習した

運動神経やバランス感覚が良い西田さんは初心者の割に上達が早かった

初めてだしあまり長時間海に入ると疲れるだろうから今日は早めに終わりにした

来て良かったと濡れた髪を整えている西田さんは
本当にモデルだったんだなぁと思わせる魅力を感じた

「また教えてくれる?」

「うん。いいよ。天羽とよく来るから今度は天羽も、」

「私は颯真くんと二人がいいな(笑)」

えっ、、

「あ、そう、、わかった(笑)」
なんかドキドキしてきた
落ち着かない

「シャワーしてくるね!」

西田さんがウエットスーツのレンタル店でシャワーをしに行っている間に持ってきた水タンクで簡単に海水で濡れた髪と身体を流して着替えた


「ふぅ~ 」

俺 あんまり自由に(サーフィン)できなかったなぁ
ちょっと消化不良…

「お待たせ!ご飯行こうよ!お腹空いちゃった!」

自然に彼女のペースに巻き込まれてる
でもなんか嫌じゃないな

一緒に晩飯に行って西田さんを駅まで車で送った

「颯真くん ありがと♡ またご飯行こうね(笑)帰ったらLINEしていい?」

「あぁ、うん、気をつけて。」

西田さんの姿が見えなくなり
車を職場へと走らせた

合コンの時と印象が違って色っぽかっ…

あっ!!グラビア時代の画像!!
結局見せてもらってない!!

今更俺の方から見せてくれとは言えない
あん時直ぐにでも見せてもらえば良かった

でもガツガツした男には見られたくなかったからな

職場に着いてウエットスーツやボードなど全て洗ってるとLINEの音がした

ホースを片手に水をボードにかけながらLINEを開くといきなり半裸の女性の画像が出てきた

「ぅわっ!!」

思わず手に持っていたホースを手離し画像を凝視した

おっ!? おぉっっ!?

ただただグラビア写真を見るよりも
さっきまで実際に会ってた人のグラビアだからか妙に興奮する

“颯真くんに見せてあげるの忘れてたから♪”

わざわざ画像を送ってくれてありがとうございます!!

あ、でもこれ最近の写真っぽいけど
今とあまり変わらないな

大き過ぎない程よい大きさの胸と感触の良さそうな太もも
「最っ高だな… 」

「何が?」

突然声がして驚いた

「水、出しっぱなしだぞ?」
同じ整備士仲間で38歳の朋さんが水道の蛇口を締めた

俺は慌ててスマホをポケットに隠した
「す、すいません。」

「最高って?(笑)」

「あ、いや、、(笑)」

「やらしいもん見てたとかぁ~(笑)」

鋭いな!
「ははっ(笑) そうっすね(笑)」

休みなのに朋さんが来てたのは奥さんの車の整備をしていて帰るところだったようだ

嫁さんが実家に帰るからと言いながらポケットからタバコを取り出し火をつけた

「嫁さんと別居することになってな。俺ができることしとこうと思って。」

えっ…
仲の良い夫婦だと思ってたのに…

この間だって奥さんが小さな男の子と一緒に差し入れを持ってきてくれてた

その時の奥さんも朋さんもとても仲良くて
理想だなって思ってた

外から見てるのと
家庭の中は違うってことだったのか?


ここ数年間 実はあまりうまくいってなかったようでとうとう子供を連れて実家に帰ることになったようだ

朋さんは細かなことは言わなかったけど 複雑そうに微笑んで帰って行った

結婚したら必ず幸せってもんじゃないんだな…

沈んだ気分で洗ったボードやウエットスーツを車に乗せて帰宅した


スマホを見ると西田さんからLINEが入っていた
“感想は無いの~?(笑)”

あ、返信忘れてた
“最高です!ありがとう(笑)”

“実物見てみたくない?”

えっ!! そりゃ見たいッス!!
手ブラしてないのが見たいッス!!

いやいや、落ち着け!俺!!

クールに
“それはどういう意味?”と返すと

“海開きしたら一緒に普通に海で泳がない?”

あ~ …
そういうことね(笑)


“海開きしたら是非(笑)”

“颯真くん意外とがっちりしてて体格良かったんだね!ドキドキしちゃった(笑)”


ドキドキしたのは俺の方!

ん? 意外とって?
“意外と軟弱そうに見えてた?”

“着痩せしてたんだなと思った!肩とか胸板とか腕とかガッチリしてるなって思ったよ”

女の子でもそういうの見るんだ

でも なんだろう この雰囲気
積極的に接点を持とうとしてる気が…

もしかして 俺に気があるとか?
いや、ただの思わせ振りかもしんないしな!
適度に距離を置いて…

距離なんて置かなくても良いのか

でも…

魅力的な女の子だけど
恋愛感情の “好き” とかじゃない

良い感じだなと思った女の子なら…みたいな考えで前の彼女と付き合ったけど

どうしても心のどこかに
“なんか違う”って思いつきまとった


何やってても
つい思い出してしまう程

大好きで大好きで
本気で大好きな女の子に

初めて触れた時のあの感覚が

今でも 記憶のどこかで
古傷のように残っていからだと

気付いてしまったから…






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たしかなこと (5) 最終話

2020-03-30 10:50:00 | ストーリー
たしかなこと (5) 最終話



香さんは何の店を開くのだろうか
二人の会話からは詳細を知ることはできなかった

でもその情報はたまたま耳にした話がきっかけで知ることができた

香さんはSNSのインスタグラムをやっていたようでそこに情報を上げていると聞こえてきた

僕はSNSは一切したことがない
インスタグラムも名前は知っていたがどういったシステムなのかも知らない

そんなSNSに疎い僕は取りあえずそのインスタグラムのアプリをインストールしてみた

でもそこからどうやって香さんを見つければ良いのかわからない



困った僕は娘の万結を頼ることにした

万結は大学生
そういうものには当然詳しい

万結はパパがインスタやるの!?と驚いた
始めは気乗りしない様子だったけれど

インスタグラムの面白さや便利さを語っている内に僕にも使い方を詳しく説明をしてくれ始めた

パパはどんな写真を載せるの?と聞かれ
携帯のアルバムを開いた

家の花の写真や釣った魚の写真ばかりだった

インスタに載せるために写真を撮るんだと
今運ばれてきたショートケーキの写真を撮っている

そんな万結を見て そんな風に何でも撮ればいいのか?と質問をしてみた

「何でもじゃダメ!バエる写真だよ?」

バエ… る?…

「綺麗だなぁ!とか美味しそうだなぁ!とか見る人にウケる写真だよ。」

「そう、なのか(笑) 意識してみるよ(笑)」

「パパのセンスはそんなオヤジ臭くない方だし意外とインスタは向いてるかもね(笑)」

「若く… 見えるか?」
香さんとお付き合いをして僕は自分の歳を気にするようになっていた

「見える見える(笑) 45…ぐらい?(笑)」
少しは若く見えるんだな(笑)

万結に教えてもらった通りにインスタグラムをきちんと始めてみた

他の人はどんな写真を上げているんだろうと見ている内に 幾つもの美しい写真を目にした

写真を上手く撮る方法とか携帯のカメラの画素数の高いものはどの機種でどれだけ違うのかとか いろんな事を調べ始めた

いかん!本来の目的からだいぶ反れた

インスタグラム内の香さんを探した
確か店の名前は Jolie なんとか…

検索すると沢山ありすぎて驚いた
意外と本名で登録をしていないだろうかと検索をすると

「あ、あった… 」

香さんのアカウントがあった
店を改装している写真から昨日撮ったばかりの写真もあった

でもどの写真を見ても香さんの顔は写っていなかった

プレゼント用の包装紙にリボン… 装飾の花やちょっとした雑貨も販売する小さなお店を開くようだ

香さん… 頑張ってるみたいだな

来月オープンか…
それまでも大変だろうし その後はもっと大変だろう

小さくても自分の店を作る、経営者になるという決断をした香さんを心から尊敬する


僕はインスタグラムで香さんのフォロワーになった

本名を伏せ 【ちょびひげ】と載せた
何故なら僕は鬚を伸ばしていないから

僕だとわからない方がいいしプロフィールにも僕の詳細も書いていない

これなら僕とは気付きはしないだろう


香さんが記事をアップするたび僕は必ずコメントを書いた

自分も食べ物の写真をアップしてみたり風景をアップしたりとインスタグラムを使って香さんと接点を持った

“店がオープンしたらもしお近くなら来てください。お待ちしております。”

それが営業文句だとわかっていても
僕の心は少し高揚した

でも… 直接行くことはできない…



いよいよお店のオープンの日
僕は匿名で店に花を贈った

インスタグラムには店の様子がアップされていた

そして僕が贈った花も…

ちゃんと僕の花も彼女の元に届き 受け取って貰えたことに喜びを感じた

“あなたがこれからも幸せでありますように”
そう花に添えたメッセージカードも読んでくれただろう


翌日の記事を見てハッとした

“匿名でこのお花を贈っていただいた方へ。
いつも温かく見守っていてくれていたことを私は知っています。私はまたあなたに胸を張ってお会いできるよう頑張っています。夏の暑さにも負けないポーチュラカの花のように強くなります。その時 私はまたあなたにお会いしたい。”

ポーチュラカ…
そのメッセージに涙がこみ上げた

この花を贈ったのが僕だとわかったんだ ーー

貴女はやっぱり素敵な女性だ
僕の心が貴女から離れようとしない

本当に罪な女性だね

「ふふっ… (笑) その時 僕は幾つになっているだろうか。」

“綺麗な花を咲かせてください ”
そうコメントをした

“ちょびひげさん。ポーチュラカ、綺麗に咲いていますね。”

えっ…

“それはどういう意味ですか?”
ドキドキしながら返信した

“ポーチュラカの花。ちょびひげさんの写真に写っていました。”


そんな、載せたつもりは…

手前の花を写した奥に 少しだけ写りこんでいたのを香さんは気付いたのか…

“綺麗に咲きました。愛情をこめて毎日声をかけています(笑) ”

“ちょびひげさんらしいですね(笑) 声をかけている姿が想像つきます(笑)”

“むさ苦しいおっさんなのでお恥ずかしい(笑) ”

“ちょびひげさんはとてもセンスが良い方なのでそんな風には見えないでしょう(笑)”

ちょびひげを僕だとわかっているのか いないのか…

どちらにしても
またこうして繋がれた縁を大切にして貴女を見守っていこう



ーーー


それから一年…
もう僕は52歳になっていた


香さんの店はインスタを見る限り順調のようだった

時々 彼女の店の向かいにあるカフェの窓際に座り珈琲を頼む

彼女の姿はハッキリとは見えないが笑顔で客と話し込んでいる様子を時々は見ることができる


僕はまだ香さんに恋をしていた

貴女に会いたい…
ちゃんと顔を見て話がしたい…

募り続けるこの想いを貴女に伝えたい
でも僕なんかとうの昔に忘れてしまっているかもしれない


カフェを出ると 香さんも客を送り出すところだった


ーーあっ、、!

慌てて顔を反らし 足早に立ち去ろとしたその瞬間ーー


「白川さん?」


懐かしい声だった
ずっと聞きたかった声…



ーー 僕は… どんな顔をすればいいのか…

ゆっくりと振り返ると

夕陽に照らされた香さんが
僕に優しく微笑みかけていた



ーーー

香さんの店はとてもセンスが良く
男性でも気軽に入れるような雰囲気になっていた

ネット通販が多い今の時代だからこそ、プレゼントに自分なりの気持ちを込めた特別な物にしたい人が包装紙やリボンや飾り花を必要とするんですよと

楽しそうに話す貴女を見て
とても充実した日々を過ごしていることが伝わった


「私… 白川さんに謝らないといけないとずっと思っていました。何も言わずに去って行くようなことになってしまって… ごめんなさい。」


香さん…

「もういいんだ。今 貴女が幸せならそれで。」

「… お花、ありがとうございました。」

えっ…?

「オープンの日にお花を贈ってくれましたよね。一緒に添えていただいていたメッセージカード、あれは白川さんの文字でした。」

あぁ… 気付いていたのか
「僕の書く文字は特徴ありますか?」

「好きな人の字はちゃんと覚えてますよ(笑)」

好きな人…
「まだ… 僕の文字を覚えていますか?」

「もちろんです。白川さんですから… (笑)」

彼女がまとう空気が一年前と変わっていたことに気付いた

凄く綺麗になったね…


珈琲を入れたカップを丁寧に僕に差し出した
「ありがとう。」

まだ少し 胸がドキドキとしている
まるで学生の頃の純愛のようだ


「香さんとこうしてまた向かい合えていることが夢のようです。」

「白川さんのそのロマンチストな部分、変わってないですね。ふふっ(笑)」

心がフワフワする
まるでほろ酔いの状態に似た感覚だ

貴女といる時の僕は
自分がもう50を越えているということを忘れてしまう

「本当は貴女からの連絡を待つつもりでした。」

「私から連絡するつもりでした。白川さんのお誕生日の明日。」

えっ…

明日 誕生日… だった
僕の誕生日を貴女は覚えてくれていたのか

「明日も、、会ってくれますか?」

「そのつもりでした(笑)」

ーー 貴女とまた もう一度…
その想いは胸の奥にしまった

「白川さん。私… 強くなりましたか? 白川さんとつりあいが取れる女になれてますか?」

え…?
つりあい?

「どうしてそんなことを思うんですか?僕はどんな貴女でも構わないと何度も言ったはずです。」

「私は自分に自信を持ちたかったんです。白川さんに似合う女になりたかったんです。」

ついあうとか 似合う女だとか
香さんがそんなことを考えていたなんて思いもしなかった

「僕と貴女の間にそんなこと、必要ありましたか?僕が貴女にそう思わせることをしたのでしょうか。僕は… ありのままの貴女が傍にいてくれればそれで良かったんです。」

困ったように眉尻を下げて微笑んだ

「… 私が一人でそう思ってたんです。自信の無い自分自身の問題だったんです。遠回りしたんでしようね。でも遠回りして良かったと思っています。やっと自分が好きになれましたから(笑)」

“遠回り”

貴女がまた僕の元に戻ってきてくれる可能性が少しはあると… 僕は希望を持ってもいいのですか…?


「明日の僕の誕生日、貴女にお願いがあります。」

「なんですか?」

「僕と… 食事してくれませんか。焼き肉でも構いません。」

「白川さんのお誕生日なんですよ?(笑) 白川さんが食べたい物はなんですか?」

そうして また香さんと会う約束をした



今日 家を出る時には想像もしていなかった

まさか今日
手を伸ばせば触れられる距離に香さんがいるあのシチュエーションが叶うなんて…


しっとりと
柔らかな微笑みだった…

この一年で貴女は変わったんですね
それだけ いろいろとあったんでしょうね

「本当に… 綺麗になりましたね …香さん 」



ーーー


店は 15時から臨時休業とインスタグラムに書かれていた


花を贈ったのは匿名だったけれど文字で僕だとバレていた

でもインスタグラムの【ちょびひげ】は僕だとはわかってない

だからちょっと聞いてみよう…



【ちょびひげ】 “今日はどこかに行かれるのですか?”

【香さん】 “素敵な再会があったのでまたお会いすることになりました”

素敵な再会…
楽しみにしてくれてるのかな(笑)


【ちょびひげ】 “デートですか?”
ドキドキしながらそう聞いてみた

【香さん】 “それはどうでしょうか(笑)”

“どうでしょうか” !?
勝手にデートだと僕は思いこんでいた…


17時 待ち合わせ場所に香さんは現れた

「素敵なワンピースですね(笑) よく似合っていますよ。」

「え? ありがとうございます。白川さんも素敵です。やっぱり今もセンスが良いですね(笑)」

並んで歩く
手を伸ばせば貴女に触れられる距離
なのに あの頃のように手を伸ばせない…

浮かれちゃいけない
これはデートではないんだと自分にそう言い聞かせた


和食の創作料理の店の小さな個室に僕らは向かい合わせで座った

「お誕生日おめでとうございます(笑)」

「ありがとう… (笑)」

照れくさいな
この歳で誰かに誕生日を祝ってもらうなんて思ってもみなかった

しかも… 香さんに

「何ですか?(笑) あまりじっと見られたら恥ずかしいです(笑)」

「あ、、すみません、、」
視線を反らした
でもつい見つめてしまう

「あまりお話してくれませんね(笑)」

「えっ、、そうですね… (笑)」

香さんは会社に入社してからお店を開くことを夢にしていたと話してくれた


でも夢は夢と割りきっていたけれど
退職が決まった時に店を開く決断をした

退職前に早々と退社をしていたのはリサーチや経営の準備をしていたようだ

僕に愛想を尽かしたとか嫌いになったという訳ではないと打ち明けてくれた

店を開き 少し自信をつけた時
また僕に連絡を取ろうと彼女は思っていた

でも 時間が経つにつれ
彼女の中に迷いが出てきた

何も話さず 何の連絡もせず 今更どんな顔をして会えばいいのかと…

「私、本当に勝手で図々しいですよね(笑)」

「過ぎたことはもういいんです。今、こうしてまた貴女に会えたんですから。」

店を出ると もうすっかり日が落ちていた
今日は満月だった

綺麗な月だ…


今夜みたいにまた貴女に会いたい
貴女の傍にいたい
離れたくない
またあの頃のように…

その言葉を胸にしまって並んで歩いた


「白川さん。」

「はい… 」

香さんは足を止め 夜空を見上げた

「綺麗な月ですね… 」

えっ
それは…

意味のある言葉なのか
単純に月が綺麗だからそう言ったのか

その真意を知りたくて香さんを見つめた


「白川さんはどう思いますか?」

微笑んで僕の返事を待っている


「本当に… 綺麗な月ですね 」

貴女が好きです
今も全く色褪せず 冷めてもいない

運命の女性なんだと思う…
だから気持ちが変わらないんだと思う


「 “月が綺麗ですね”って言葉の意味、まだ忘れていませんか?」

「もちろんです。“あなたが好きです” ということです。」

「ふふっ(笑) 良かった(笑) 忘れてなかったんですね。私は… 」
真剣な表情に変わった

「あなたが好きです。ずっと忘れられませんでした。もし… あなたの気持ちがまだ変わっていなければ、」

「変わってませんっ、僕も!」

香さんは ふふっと笑った

「私とお付き合いしませんか?」
月明かりに照らされた香さんはとても美しく輝いていた

「貴女はずっと僕の心から貴女を忘れさせなかった。ズルい人だよ(笑)」

「ふふっ(笑) やっと“ちょびひげさん” に逢えた(笑)」

「気付いてたんですか!?」

「ええ(笑) 文面で、そうかなって(笑)」

「ひどいな(笑) 気付いてたならそう言ってくれれば良かったのに(笑)」

「それじゃ面白くないでしょ?(笑)」

「貴女って人は… 本当にズルい人だ(笑)」

僕は彼女を抱きしめた
「もう… 絶対に離さないから。」

たしかなことは
ずっと貴女の傍にいること


そして僕と香さんの時間がまた動きだした







ーーーーーーーーーーーー


たしかなこと (4)

2020-03-28 10:00:00 | ストーリー
たしかなこと (4)




一週間もすると香さんの声は元に戻りいつもの元気な姿を会社で見られるようになった


でもそれから1ヶ月も経つと仕事帰りに一緒に食事をして帰ることはできなくなっていた

二人きりで会えるはずの週末の休みも仕事が入ったり急用が入って会えなくなっている


ーー 嫌な予感がする

男と女がすれ違う時というのは
こんな風にタイミングが合わなくなったり徐々に会えなくなってくるからだ

少なくとも僕の場合はそうだった


“来週は会いたいです。”
初めて香さんから会いたいと要求してきた

それだけ僕が貴女に寂しい想いをさせている
僕も同じ気持ちだ


“今 電話いいですか?”と送り 僕は香さんに電話をかけた

来週は幸い何も予定が入っていないから“大丈夫だよ”と伝えた


「僕のうちに来ませんか?」

『えっ、、』

「それとも貴女の行きたいところへデートにでも行きますか?」

『いえ、是非 白川さんのご自宅を見てみたいです!』


ここで会わなければもっとすれ違ってしまう ーー
そんな予感がした


「僕が迎えに行きます。必ず会ってください。必ずです。」

『はい。楽しみにしています!』




週末の午後
予定通りに彼女を迎えに行けることができた

「わざわざ迎えに来てもらってありがとうございます(笑)」

「良いんだ。少しでも香さんと居たいんですよ。僕がね(笑) 久しぶりに二人きりで会えるんですから(笑)」


この一抹の不安も気のせいだ
こうして隣には香さんがいるのだから大丈夫


「私も嬉しいです♪白川さんの部屋が見られるのも楽しみだなぁ~!」

「香さん。約束覚えていますか?」

「約束??」

約束… 覚えてない?
「覚えていなくても構いません。貴女は必ず思い出します。」

「思い出す… ?」

ええ
僕が必ず思い出させます


車を駐車場に停め
初めて女性を自分の住む部屋に招いた

「わぁ… 思ってた感じの部屋!」

「どういう感じを想像していたんですか?」

「北欧風かなーって何となく思ってたんです(笑)」

嬉しそうにしている香さんを見ているのが僕は好きだ

香さんはベランダで育てている植物や野菜を眺めながら微笑んでいた
「本当に育ててたんですね(笑)」

「種から育てて芽が出てくるととても可愛らしいですよ。あぁ、香さん。今からこちらを植えてみますか?ポーチュラカです。夏の暑さにも強い花なんですよ。」

僕がプランターに新しい土を入れ 香さんが種を植えた

植えた種が芽吹き花を咲かせる姿を貴女も見に来て欲しいと言う僕に もちろんと笑顔を向けた





「会社での白川さんから花を育ててる姿なんて意外で誰も想像できないと思います(笑) ふふっ(笑)」


“意外” ……


「まだ僕の知らない貴女の意外な一面も知りたいですね。」

「底の浅い私に意外な一面なんてもう無いですよ(笑)」

「そんなことないでしょう。」
香さんの手を握ると優しく握り返して僕の目を見た

「今夜は泊まって行くでしょう?」

「一応… そのつもりです… 」
照れながら僕の目を見つめる彼女を抱き締めてキスをした

時々離れる唇がまた貴女に触れたくて何度も何度も唇を重ねてしまう


ワンピースの背中のファスナーを少し下ろし指先を肌に滑らせると女性らしいなめらかな肌の感触が伝わった

「ま、まだ、明るいし… 」少し拒んだ

「すまない。でも夜まで待てそうもない。」
彼女を抱き上げ隣の寝室のベッドに降ろした

「がっついてるな(笑)… でもあの流星群を見に行った夜からずっと欲しかったんです。香さんが… 」

ワンピースを脱がせるとレースのキャミソールが現れ 香さんは恥ずかしそうな表情をした

「そんな、まじまじと見ないでください、、」

「香さんはとてもズルい人だったんですね… 身も心も貴女の虜にするつもりなんだな 」

「またそういうこと… 」
首筋にキスをするとビクッと反応した

貴女はまるで美しい音色を奏でる楽器のように
僕の唇や指に敏感に反応をした


ーー 完全に身も心も僕は貴女の虜になってしまったようだ



ーーー



リストラ候補者名簿を統括本部長に送信した

苦渋の選択という言葉はこういう時に使うんだな


リストラ候補者の中に彼女の名前もある

個人的な感情で選べるものなら彼女の名前は入れたはくなかったし誰も欠けることが無い体制が望ましかった


「はぁ… 」

このところ ずっと頭痛が止まらない ーー

鎮痛剤を飲んでも気休め程度しか効き目がない

リストラの肩叩きと言っても「辞めてくれ」と会社側からは決して言わない

あくまでも自主退社を促す、説得するという方法だ


その役目は僕ではなく専任担当者がいる
その担当者にならなくて済んだことに内心安堵した

とはいえ自分が下した人選
それが重圧として重くのしかかっていた

部内は いつ自分が担当者に呼びだされて切られるのだろうかと戦々恐々とした緊張感が漂っている


香さん… 本当にすまない

彼女はいつもと変わらない様子だからまだ呼び出されてはいないのだろう


彼女からメールが届いた

“白川さん ずっと悩んでたんですね。私なら他の職を探しますから白川さんが気に病むことはないですよ。私は大丈夫です。”



ーーえっ!

香さんは少し微笑んでいた

もう担当者との面談が終わっていたのか…


香さん…
“今夜 会いたい”

僕の顔を見た
“ごめんなさい。今日は会えない。”


…初めてだ
香さんから断られたのは


“そうか。では明日は?”

“明日も、しばらくは。すみません。”

ーー 何故だ


香さんはPCに向かった

しばらくって…
リストラの件が理由だろうか

また 罪悪感を感じて
胸が苦しい



ーーー


それからの香さんは
仕事を定時で終わらせ直ぐに退社するようになった

そのまま家に帰っているのだろうか
それとも何処かに行っているのだろうか

僕は退社後 香さんにメールを送った
“香さん。今どこですか?”

返事は来なかった

帰宅して電話をかけてみたけれど
電話にも出ない


ーー また嫌な予感がする



24時を過ぎた頃 メールが入った

“遅くなってごめんなさい。もう寝てますよね? おやすみなさい。”

“起きていました。今 電話しても構わないかな。”

“もう遅いのでまた明日。”


ーー 香さん …

“香さんの声が聞きたい。”
その返事は結局来なかった



翌朝 会社での香さんはいつもの通りだった
メールの返事は… まだ無い

香さん…


定時になって帰り支度をする香さんを呼び止めた
「笹山君、ちょっと。」

香さんはチラッと時計に視線を向け僕の元に歩み寄った

「帰るところすまないね。ちょっと話があるんだがいいかな。」

「はい。なんでしょうか。」

ひと気のない所に場所を移した
「香さん。もしかして… 僕を避けていますか?」

「… え? いえ、、そういう訳では。」

「毎日どこかに行ってるんですか?」

「… はい。」困ったように視線を外した

「どこに行ってるんですか?」

責めているように聞こえないよう穏やかに問いかけた

「…それは またその内に。」
やっぱり教えてはくれなかった

「貴女と食事に行きたいのですが… 」

腕時計を見た彼女は
「ごめんなさい。私 急いでいますので これで。」
時間を気にして帰ってしまった

何故 どうして…





会社を出て駅に向かった

香さんに似た後ろ姿が雑踏の中で見えた気がして追いかけた

やっぱり香さんだった

「香さん!」


香さんの隣には30代なかばに見える男と一緒に歩いていた

親しげな若い二人の後ろ姿を
50を過ぎた中年の僕はただ見送ることしかできなかった



そう… か

そういうこと
だったんだな…


貴女は今 幸せ… かい?




ーーー


香さんが植えたポーチュラカの種が可愛らしい小さな芽となって土から顔を出した


毎朝 欠かさず水やりをしながら声をかけている
「頑張って育ってくれよぉ~ “香” (笑)」

僕は香さんが植えたその花に
彼女の名前 “香” という名をつけた


そして いつものように部屋を出た




香さんが今日退職する

会社で顔が見られるのも… 今日で最後

最後の日 香さんは残務整理と業務内容をデータにまとめていた


僕の心は寂しさで押し潰されそうだった

いつの間に僕の心はこんなにも弱くなってしまったのだろう


一人…
そしてまた一人と

この部署から仲間が居なくなる度
いつも同じことを自分自身に問いかけた

“本当にこの選択は正しかったのだろうか”と…


香さんが別れの挨拶をしている
もう このまま会えなくなってしまうのだろうか

最後に僕の所に挨拶に来た

「部長。今まで 大変お世話になりました。」
深々と頭を下げた

顔を上げた香さんは目を潤ませながらも気丈に笑顔を作って僕に見せた

明るく前向きな彼女らしいその表情に
“もう貴女に会えない” と心が感じてしまった


僕は堪えることも忘れ 涙が溢れ出てきた

「…すまない 」


香さんの目にも涙が溢れてきた

「部長が謝ることじゃ、ないですよ(笑)
本当にありがとう、ございました… 」


彼女はまた
深々と頭を下げた

その彼女の足元には
涙の滴が降り始めた雨のように落ちていた



ーーー



「香、今日も綺麗に咲いてくれてありがとうね(笑) 」

僕は今日も花の “香” に声をかけた

きっと端から見れば僕は変な奴に見えるだろうな



香さんが退職してからもう3ヶ月

香さんは変わらず元気だろうか
また熱を出して寝込んだりはしていないだろうか
この花の “香” のように綺麗にどこかで咲いているだろうか




休日
僕は肥料を買いにホームセンターに向かった

肥料は沢山の種類があるので目当ての肥料を探し棚を覗いていると聞き慣れた声がした

何気なく声の方に視線を移すと
そこにいたのは

ーー 香さん!



あの時偶然見かけたあの男と一緒だった

僕はさりげなく身を隠した


「これじゃない。こっちだって!」
あぁ… 香さんの声だ…

「はぁ? お前が言ってたのって、これだろ!?」

二人の距離感の近さに
ズキズキと心臓を刺されるようだった

僕とはこんな仲になれなかったな…



親しげに話す二人に 小さな女の子が駆け寄ってきた

「走ると危ないって言ったろ?」
男は女の子を抱き上げた

子連れ… ?
バツイチの男なのか?


そこに別の女性が歩み寄ってきて香さんに話しかけた

「見つかった?」

「見つかったよ(笑)」


花の土を探していたようだった
4人がどんな関係なのか全くわからない

その時 小さな女の子はその男をパパと呼んだ

「ママ、ちょっと抱っこしといて。俺、香と土と肥料運ぶから。」


ーー え?
一体どういうことだ?

あとから来た女性に男が『ママ』と言ったことに戸惑った


「兄ちゃんはほんっと昔から聞き間違い多すぎ!」

「いーや!お前が言い間違えてんだ!俺が悪いんじゃないね!」


なん…だ…
兄妹… だったのか

僕はあの時
香さんの新しい彼氏なんだろうと勝手に思いこんだ

なそうだったのか…


もう別れた関係なのに
安堵してる自分に気付く

やっぱり僕は
まだ貴女への想いを裁ち切れない…


「ところで。店の方はどこまで準備が進んだんだ?順調か?」

店… ?

「まぁ一応予定通りに進んでる。オープンまで時間かけられないから気持ちは焦ってるけど。来月にはオープンさせたいなぁ… はぁ~でもたまに不安になるよ~ 。私にできるのかなって。」


香さんは何かの店を出すのか

「健二にも手伝わせるから。できるだけ金は使いたくないだろ?」

「え~? 健二が手伝ってくれる~? 私が手伝いを頼んだら面倒くさそうな返事したよ?」

「あいつは自分のことには要領は良いが人のためにとなると面倒がって動かんからな!勝手なヤツめ!こんな時こそあいつに手伝わせてやる!ふんっ!」


香さんには他にも兄妹がいる…?
僕は何も知らなかったんだな…


「あ、この種… 」

「あ?」

「この花… 私が好きな人が好きな花 」

“好きな人”という言葉に胸がドクッとなった


「“ポーチュ… ラカ” ? 呼びにくい名前(笑)」

ポーチュラカ!?
その“好きな人” って
それはつまりまだ僕のことを…?


「へぇ~(笑) お前、好きな男いるんだ(笑) どんな奴よ(笑)」

「言わない!そんなニヤケた顔して聞いてきた時はロクなこと言わないじゃない!」

「ニヤケてないぞ!兄ちゃんは妹を案じてんだ。いい歳して男一人いない不憫な妹を可哀想だと思ってるんだぞぉ~?」

「そうやってバカにするから言いたくないの!心配しなくても兄ちゃんみたいにふざけた人じゃないから。とても誠実な人だよ!」

「俺だって誠実だぞ?」

「どの口が言ってるの? サエちゃんは兄ちゃんのどこが良くて結婚したのか… さっぱりわかんない。」


あぁ… 貴女はこういう人だったんだ(笑)
僕にはこんな顔を見せたことがなかったね


「お前の片想いか?」

また胸がドキッとなった

「… うん。私の片想い。」

えっ、、違う!!
どうしてそんなこと言うんだ
僕はまだ、、


「ふぅん… そっか。まぁ今は恋愛どころじゃないわな。店のオープンとかあるし。チラシとか配るか?あ!健二に配らせるか!(笑)」

「そうだね!(笑) 」

「よし!これだな!」
土と肥料をカートに乗せて二人はレジに向かった



香さんが元気そうで良かった

貴女はまだ僕のことを忘れてはいなかった
まだ僕のことを好きでいてくれた


なのに何故…
貴女は僕から去ってしまったんだ

僕はまだ貴女のことをこんなにも想っているのに何故 貴女は片想いだと思ってるんだ…


ポケットから携帯を取り出した

また貴女に電話をかけることを
許されるのだろうか…





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たしかなこと (3)

2020-03-26 19:13:55 | ストーリー
たしかなこと (3)




時々視線が合うと白川さんは目元に笑いジワができる

書類を持つあの手が私の頬に
あの唇が…

いけないっ
つい色々と思い出してしまう、、

変なことばっか考えてるから顔が熱い(笑)

… ん? あれ? ほんとに熱い…



私は本当に高熱を出しかけていた

あんなに白川さんが風邪をひかないようにと気にかけてくれたのに

白川さんが責任を感じてしまいそうで私は平然と業務をこなしていた

でも夕方になるといよいよ体温が異常に上がってきたことを実感してきた

喉が凄く痛い
でも定時まであと1時間…

もうちょっとだから頑張らないと…



「笹山君、ちょっと。」
白川さんに呼ばれた

「手を出してください。」

「え?」

厳しい表情に変わった
「手を出して。」

手を出すと私の手を握った後 立ち上がって耳の下に手を充てた

「どうして… 」眉をしかめた



白川さんにバレてしまった ーー

「今から直ぐに病院に行ってください。」

同じ部署の女性が歩み寄ってきた
「どうかしました?」

「あぁ、植草君。笹山君が高熱を出しているようなので、すまないが今から病院まで付き添ってあげてもらえないだろうか。私はどうしても今は出られないから。」

白川さん…
あぁ、、心配かけさせてごめんなさい

植草さんに付き添われ近くの内科の個人病院に向かった

点滴を受けることになったので植草さんには感謝を伝え、先に帰ってもらった

点滴を受けている間 私は2時間ほど眠ってしまっていた




点滴が終わると少しだけ熱が下がった気がした
受付に向かうと白川さんが心配そうに待ってくれていた

「香さん。風邪でしたか?」

「急、性…」
あ、声が出なくなる

「扁桃、炎、で、す」
私は昔から数年に一度 急性扁桃炎になる
高熱が出てこんな風に声が出なくなる

疲れて免疫が落ちてたんだ…


病院を出ると白川さんは直ぐにタクシーを止め一緒に乗り込んだ

一人で帰ると伝えたけれど家まで送らせて欲しいと心配そうな表情をした


あぁ… 本当に申し訳ないです…

「点滴を、打って、少し楽になり、、ましたから、部長は、近くの駅、から帰ってくだ、」

白川さんは小さく頭を横に振った
「駄目です。こういう時こそ一緒にいたいんです。僕のわがままだと思ってくれても構わない。それに、」

窓側にもたれていた私の頭を優しく自分の肩に寄せた
「こうだろう?」
その声はちょっと怒っているように聞こえた


窓が冷たくて気持ち良かったのになぁ
「怒って、ま、す(か)?」

「ええ。怒っています。」

え?

「何も言わず黙って仕事をしていたことにです。どうして具合が悪いのに何も伝えてくれなかったのかと。」

近所まで帰ってきてタクシーの運転手さんに場所を伝え白川さんに寄り添われて自宅に戻った

「この辺りにスーパーマーケットは?」


もう大丈夫だから帰っていただいてもと言う私の言葉を無視して私の部屋の鍵を持ち買い物に出掛けてしまった

着替えてお風呂に入っていると玄関が開いた音が聞こえた

お風呂から上がると白川さんがお粥を作ってくれていて驚いた

「こんな時に風呂に入るなんて。悪化したらどうするんですか。全く。貴女は… 」
さっきより怒っている様子

「ごめんな、さい… 」

「これを飲んで今すぐ布団に入ってください。」

言われるがまま手渡されたスポーツドリンクを飲んで布団に入ると枕には冷たいアイス枕がのせられていた

私の部屋に白川さんがいる…
いつも仕事してる格好でキッチンに立ってる…

不思議な光景… だなぁ…



「起きられますか?」
その声に目が覚めた

「は… い…」起き上がると
お粥と梅干しに病院で貰ってきた飲み薬を持っていた

「食べられそうですか?無理なら一口でも構わないよ。」

「食べら、れ、ます。」
そう言うと食べさせようとしてくれたから照れくさくて自分で食べると器を受け取った

「香さんはこんな時でも僕に甘えてくれないんだね。」

白川さんはそういう風に思ってたんだ…

「きっと僕の器量不足なんでしょう… 」
残念そうに視線を落とした

「違い、ます、 照れるから、です」
照れ隠しでお粥を食べた

「そうか… 照れ屋さんだったんだね。早く良くなってくださいよ?(笑) また一緒に何処かに行きたいから。」

微笑みながら私の頭を優しく撫でる大きな手はとても温かった

「今は何も考えず体調を治してください。明日熱が下がっていたとしても念のため一日は休んでください。僕は貴女から休みの報告を受けた事にしておきますから。わかりましたか?」

部長の顔になった

「ありが、とう、ございま、す… 大好き、です 」


少し驚いたように何度かまばたきをした

「… ありがとう(笑) 僕も香さんが大好きだよ(笑)」

白川さんはホッとしたように微笑んだ




ーーー



薬を飲むとまた眠ってしまっていたようで
目が覚めると朝になっていた

白川さんは昨夜の内に帰ったようで枕元にはメモが置いてあった

“お粥の残りは冷蔵庫に入れておきます
必ず食べておいてください
それと薬を飲み忘れないように

冷蔵庫には昨日買い物をしてきたスポーツドリンクや消化に良い物を入れてありますから

元気になったら美味しいものを食べに行きましょう

香さんなら焼き肉でしょうか?


白川 宣隆 ”


焼き肉(笑) 中華でもいいんだよ(笑)

「(くひゅひゅ)(笑)」

変な声になっていた



ーーー


僕は早々に仕事を終わらせ腕時計を確認した

香さんはちゃんと寝ているだろうかと心配でメールを送ると熱は下がって家にいると返事が返ってきた

昨日熱があるのに風呂に入っていたから悪化してはいないかと心配したけれど熱が下がっていて良かった…

あぁ… 若いから治りが早いのか

今から向かうからとメールを送るとわざわざ来なくても明日は出社するから大丈夫ですと返ってきた

会社ではまともに話せないから会いたいんですと返すと じゃあ待ってますと返ってきた

まだ遠慮がちな香さんにどうすればもっと心が近付けるのだろうか、フランクに接してもらえるだろうかと電車の中で考えた


年齢差があるからだろうか
それとも僕が堅苦しいのだろうか…

スーツの胸ポケットに入れた携帯にメールが入って開いてみると会社からだった


“明日 緊急会議を行うことになりましたので13時から第2会議室に集合してください”


緊急って… なんだ?
もしかして役員交代の話か?

役員交代の噂は聞こえてはいたが…


香さんの住む街の最寄り駅で降り外に出ると雨が降ってきた

蒸し暑いな…
ネクタイを緩ませシャツのボタンをひとつ開けた

傘を開き 香さんの元へと歩き始めた


派閥争いが激しいうちの会社は役員次第で随分と内省も変わるだろう

派閥争いなんて僕にとっては本当に迷惑で馬鹿馬鹿しい話ではあるけれど

引き抜きの条件として派閥に巻き込まないで欲しいという条件を出してこの会社に入った

けれど それももう20年近く昔の話だ
きっと僕も無関係でいられる立場では無くなってしまっているだろう


「はぁ…」

地方への転勤ぐらいは覚悟をしておく必要があるかもしれないな

僕には背負う家族もいないから…

背負う… 家族…


ふと香さんの顔が浮かんだ
彼氏の転勤であんなに泣いていた香さんがまた…

胸が痛む…




香さんの部屋のチャイムを押したら昨日より顔色の良い香さんがドアを開けた

「熱は下がったかい?昨日より随分顔色は良さそうに見えるけど。」

「(お陰さ… で元気に… (笑) まだ鼻水は出… けど(笑) )」
昨日よりも声がかすれて聞き取りにくくなっていた

「昨日より声が出なくなっているじゃないか。」


香さんはお茶を入れてくれた
「お茶なんかいいのに、、それに無理して喋らなくてもいい。」

「(変な、声、で、すみ…ませ 」

「それでも香さんは香さん。どんな香さんでも可愛いんです。そのままで良いんです(笑)」

「(また、そういう、こと) (笑)」
こんなかすれた声が聞けるのも貴重だな(笑)

「香さん。熱はもう出ていませんか?」

うんうんと頷き
「(ぅしゅしゅしゅ!(笑)) 」と声にならない笑い方をした

それが可愛いくて可笑しくて
「ふっ、、はははははっ!(笑)」
堪らず思い切り笑った

香さんがまるで小動物みたいに見える
「これでは明日も仕事になりませんねぇ~(笑)」

「(行き、ます!)」

「寝込ませてしまってすまない。」

違う違うとジェスチャーしてきた
「香さんには早く元気になってもらわないと。僕は本当に心配をしているんです。それに… 」

それに貴女がこれから僕との未来をどこまで考えているのか…

貴女の望む未来を知りたい…



「(それ、に?)」

「それに… 香さんのことをもっと知りたいんです。」

すると驚いた表情になり見る見る顔を赤くした

「… ? なぜそんなに驚くんですか?」

“知りたい”って意味を勘違いしてる?

「僕の言い方がまずかったようだ(笑)」
香さんは目をパチパチとさせた

「貴女はどうも勘違いをしてるようですねぇ(笑) でも、貴女が思った“そのこと” についても知りたいんですよ。 僕も一応 “男” ですから。そういう欲求はこの歳でもありますので。」

「( しょ…! しょ… ふぁ!!)」
表情と挙動不審な動きを見るとかなり動揺しているようだった

「な、なにを…言って… (笑) ふははは(笑)」
また可笑しくて爆笑すると香さんは苦笑いをした

「無理強いはしませんよ。香さん(笑)」

気まずそうに上目遣いになった

「声はあまり出さない方がいいので、書いてください。」
香さんに僕の手帳とペンを手渡したら何かを書き始めた


“白川さんの「知りたい」こととは何ですか?” と書かれていた

「それはまた近々に聞きます(笑)」

“私も白川さんに聞きたいことがあります”

「聞きたいこと?」

“休日家にいるときは何をしてますか”
“嫌いな食べ物を教えてください”
“自分のことについてどんな性格だと思っていますか”
“どんな人間が好きですか”
“どんな人間が嫌いですか”
“信念はなんですか”
“一番 大切にしているものはありますか(物でも物ではなくても)”
“再婚は考えないのですか”


「おや? 質問多いね(笑)」


ーー “再婚は考えないのですか” か…

「香さんはこういうことを知りたかったんですか(笑)」

うんうんと小さく頷いた

僕は順番に答えていった

「家にいる時はベランダで観葉植物とプランターで野菜を育てているからその手入れとか… 」

「(へぇ~!)」

「土とか植物に触れると癒されます(笑) 疲れた人間に触れられる植物達にしてみるといい迷惑かもしれませんが(笑)

次の質問は… 嫌いな食べ物? 基本的にありませんが、真っ赤な激辛系は食べられませんねぇ。一般レベルの辛さであれば食べます(笑) それは嫌いではないです。

それと、”自分のことについてどんな性格だと思っていますか”ですか。そうですね… じっとしてはいられない性格ですね(笑) いつも何かをしています。何かを考えていたり。でも自然な物に触れている時は何も考えていないですね(笑) それと真面目な性分でしょうか。貴女には面白味はないかもしれません(笑)」

香さんはそんなことはないと頭を横に振った

そんな風に ひとつひとつ質問に答えていった


「再婚について…これは難しい質問だね。全く考えないこともないですが、これは相手の人生も関わってくることなので一人では決められない。相手が結婚を望むなら考えるかもしれませんが… 」


香さんがまた書き始めた
“結婚を望んでいる相手なら?”

香さん…
貴女は結婚したいのですか?

「それが本意なら考えます。今は、、まだわからないですね(笑)」

香さんは複雑な表情をした

「とにかく早く良くなってください。貴女の声が聞きたいし、“僕が知らない貴女” を僕に見せてくれるんでしょう?(笑)」

目が泳いだ後 小さく頷いた

「今、約束しましたよ(笑)」




ーーー


帰りの電車の中で僕は考えていた

今、会社の上層部では派閥による覇権争いで大荒れしている
困窮した今の日本経済でただのイチ企業がしょうもない内部の覇権争いをやっている

そんなことをやっている状況じゃない事はわかっているだろうに

覇権争いとは関係なく企業自体の生き残りをかけて人員削減案もその内出てくるだろう

その時 早期退職を促されたら今の僕なら潔く辞める選択を取る

僕一人なら生きていけるだろうが もし家庭を持ったらそういう訳にはいかなくなる

男には家庭を守る責任があるからどんな形になってでも会社に残れるような選択をするしかなくなる

我慢を強いられるのが僕一人ならまだいいが、香さんまで我慢をさせるかもしれない

これから自分がどうなるかなんて誰もわからない
だからこそ 簡単に結論を出せる問題じゃない


車窓に雨が強く打ち付け
今夜は嵐になりそうな予感がした


ーーー



翌朝 雨の中
香さんは出社した

相変わらず声は出ていなかったが書類を作成したりまとめることはできるとメモで見せた

「決して無理はしないように。」
香さんが微笑みで返事をした


貴女が… 香さんが好きだ ーー

こんな年齢になったのにまた恋に落ちるなんて思いもしなかった
こんなに幸せな気持ちになったのは何十年ぶりだろう

でも貴女の将来を考えるともっと将来性のある若い男と家庭を持った方が貴女のためではないのか… と

昨夜から思うようになっていた



第2会議室前

時計は12時55分を指し各部署の部長が集まり始めていた

ドアを開くと予想通り重苦しい空気が漂っていた

13時 定刻通り会議は始まったーー




会議は4時間にも及んだ

日本経済と会社の現状について

それとやはりリストラによる人員削減と組織改革だった

企業が生き残るにはもうこの道しかないことは誰もが分っている

リストラ候補の人選を期限までにおこなうよう各署部長に命じられた

“肩叩き候補のリストを作れ” …か

人員 “整理” …
人間は物のように簡単に整理したり切り捨てられるようなものではない

それでも会社の意向通り遂行しなければならないのがサラリーマンの宿命だ

本当に… キツい
僕一人が辞めて済むどころの問題ではない



部署に戻るとまだ皆 残って業務をおこなっていて香さんもPCに向かっていた

うちの部署は23名
ここから12名まで絞るーー


半数に減らなければならないというノルマ

「はぁ… 」頭痛がしてきた

男性の部下 山下君が報告に来た
「部長が不在中、こちらの方からお電話がありましたのでよろしくお願いします。」

あぁ… 付箋メモもあったな
「わかった。連絡してみます。」

重くなった頭を切り替え 会議中に溜まった業務に集中した



ーーー


気がつくともう20時を回っていた


香さんも他の社員も退社して部署には僕一人になっていた

携帯を確認すると香さんからのメールが入っていた

“お疲れさまです。大丈夫ですか?お仕事終わったらメールください。”

もう直ぐ帰るとメールで返信した

“差し入れを買って行こうと思ったんですがもう帰るんですね”

え?もしかして…
“今 会社の近くにいるんですか?”

“はい、近いです。”

どうして…
まだ声も出ないほど体調も戻っていないのに


“もしかして待っててくれてたんですか?”

“いえ、近くに用があったので。”
本当だろうか…

“食事は済ませていますか?”

“軽くは。”
本当か?なら…

“食事しませか?”

“はい!喜んで!”
ほらやっぱり… 食事もせず待ってたんだな


なんでこんなに健気なんだ

全く貴女は…
嬉しいけど胸が痛い…




夕方まで降っていた雨はもうやんでいた

白い傘を持った香さんが僕を見つけると嬉しそうに手を振った

「今夜は肌寒いのに。まだ体調が万全ではないんだから早く帰って養生してくださいよ、全く貴女は(笑)」

まだ声の出ない香さんは僕に微笑んだ

「本当に困った人だよ(笑) 」
香さんの手を握ったら照れくさそうにうつむいた


この人との この幸せを手離したくない
泣かせたくない

一体 何が “正しい選択” になるんだろうか







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