ちょっと本題まで長めになります
ブロ友さんの紹介で
自転車が趣味の一つとしているお方と出合いました
そのお方の自転車はGiosフレームのバイクでした
(イタリヤのクロモリバイクなら
フレームはコロンバスのパイプでしょうか
コロンバスはイタリヤのパイプです)
渋くて落ち着いたフレームです
コメント交流で
おじさんのクロモリにも触れてくれたので
おじさんのクロモリバイクは
HIROSEフレームであると...
(パイプは日本製タンゲです)
※この機会にクロモリのタンゲ&コロンバス
調べてみました。同じメーカーだから同じ製品かと思ったら
用途によってその種類の多いことに驚きました。
単にしなやかでスタイリッシュと思っていたおじさんの
浅学を思い知らされました。
HIROSEフレームバイクは
御影におられたペンションOakwayのオーナー
武藤氏のお薦めで
小平市の自転車ビルダー
広瀬秀敬氏の手によるオリジナル クロモリフレーム
フレーム以外のパーツと組み立てが武藤氏による
世界に1台のクロモリバイクです
2002年にオーダーし
2003年5月に完成しました
そんな出会いに触発されて
改めてHIROSEフレームに係る過去帳?を...
懐かしく振り返っていました
ここからが本題です
懐かしく思って
C S HIROSE(サイクル・ストア ヒロセ)のホームページを訪問してみました
そしたら...
なんと!
なんと........!
広瀬氏は亡くなられていました
もうショックと驚きで...
深く濃くはない出逢いですが
ただ懐かしく追憶(懐古)するばかりです
追悼のおもいで広瀬秀敬氏を偲びます
Youtubuで広瀬氏のお仕事ぶりと人となりを...
メイドイン ヒロセ ~自転車ビルダー広瀬秀敬~ Part1【シクロチャンネル】
※続いてpart2に勝手に移行しました
よろしかったらお付き合いください
職人ですね
芸術です
HIROSEフレームは
対面販売です
お客さんのデーターだけでなく
体型や癖
乗り方スタイル等々...
フレームにいろいろな思いを詰めて創ります
おじさんがお世話になっている
TBPの代表nobuさんも
HIROSEフレームのバイクを持っていますが
小平市の工房でオーダーしたと聞いています
おじさんは
武藤氏(広瀬氏が全幅の信頼を寄せていたことによる)を通しての
オーダーでした
なにか心苦しさを感じていました
そんな時
武藤氏からオーナーズライディングをやっているよ
と知らされました
60歳の定年退職をして
嘱託のフルタイムで仕事をしていましたが
時間にゆとりができていたので
この情報がチャンスと...
2008年5月
山梨県清里で行われたオーナーズライディングに参加しました
ヒロセ氏の人柄に接し交流をし
やっとおじさんのHIROSEフレームが
日の目を見た感じとなりました
想い出の1枚
広瀬氏の別荘で行われた交流会での1枚です
一つ一つ覚えてはいませんが
間違いなく気分は快でした
今となっては
広瀬氏はおりませんが
HIROSEフレームは
ある意味
遺産となって多くの方々を楽しませているものと思います
おじさんのHIROSEフレームバイクも
その1台です
取り急ぎ写真で振り返ってみました
初期のカラー
これは黒ではありません
濃紺で深い紺なもので写りは黒くなって見えます
おじさんなりに渋いなと気に入ってました
2009年フレームのカラーをリニューアルしました
武藤氏の工房に着いたと聞いたので
御影に会いに行ってきました
ヘッドマーク
※普段の手入れの悪さがバレバレですね
これもある意味
遺産
このカラーリングはいまだにそのままです
(多分一生そうかも)
このカラーにもこだわりがあって...
退職をした地が
十勝池田町
池田町は自治体がワインをつくって販売しているユニークな町です
池田駅から見える丘に
ワイン城があって
池田町の象徴のような建物があります
※バイクは初めて買った(1996年)panasonicのクロモリです
自転車に関心のある青年にあげました
お世話になった池田町のワインにあやかって
ワインカラーにしました!
おじさんがカラーリングした色に
忠実にしあがっていましたが
ワインを本当に知っていないおじさんでした
でもこのカラーはお気に入りなんですよ
広瀬さん
おじさんのHIROSEフレームバイクですよ
今のカラーではお目にかかっていないと思いますので
天国にお知らせさせていただきます
歳なもんですから
ビンディンペダルをやめて
フラットペダルにしました
HIROSEフレームバイクは
永遠です
広瀬さん ありがとうございます!!
HIROSEフレームの出会いをつくってくださった
武藤氏
今回広瀬さんの訃報を知るきっかけになった
ブロ友さん
合わせて感謝
ありがとうございました!!
私が鹿追瓜幕でお世話になった方も「広瀬さん」でした!釧路出身で、今は都内の奥さまのご実家で暮らしていらっしゃいます。
ワイン城も懐かしく拝見しました。
😊
自転車へのあつい思いが伝わってきました☺️
こんばんは。
瓜幕におられた広瀬さん?
私もお一人、広瀬さんを知っています。
瓜幕から然別に向かう道の左奥に
六角形のユニークな建物のある研究施設、
(だったと思いますが)
そこに勤めておられたお方が広瀬さんとおっしゃるお方でした。
私も鹿追を離れしばらくしてから、
その広瀬さんは東京に戻った?と聞いたように思います。
息子さんが田舎の中学から東大に行ったと話題になっていました。
※その施設は、今は「とかち鹿追ジオパークビジターセンター」の一部になっています。
popraさんと重なっているでしょうかね。
今でも年賀状のやりとりはしていまして、奥様の実家にも昔遊びに行きました。毎年「また遊びに来て下さい」と、年賀状にひとこと書いてくださいます。
そうでしたか!
同じお方だったんですね。
話してみないとわかりませんね。
何と奇遇なことか...。
コロナが収まったら、
年賀状に「遊びに来てください」と書かれていたら、
訪問してみてはどうでしょうか。
懐かしい思い出話ができるかもしれませんね。
あ~、ビックリ!