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恋哀心書

三十路になった『むるあ』の、現在や過去の恋愛や失恋、心境、想い出等をつらつらと書いていきたいと思います。

育児に涙する理由

2004年11月11日 16時25分36秒 | 
なんとなく感じた事を書いていこうかなと。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

子供が生まれたと友人が 写真付きのハガキをよこした
勇気をくれるモノはいつでも 愛を守る人達の強さ

~東京DAYS@槇原敬之~

昔から好きだったこの歌。
ふと今日、それを思い出したりしてました。

某巨大掲示板にある、育児関係の掲示板。
たまたまそこにあるとあるスレッドを見る機会がありました。

そこには、親になった母親、父親。
そんな方々の育児での苦悩、そしてがんばりが書かれていました。

今、うちの姉も妹も妊娠しています。
妹は初の子供で今年末には、姉は三人目の子で来年4月には出産予定とのこと。
ふと、そんな二人の事がだぶって感じました。

自分は育児経験はありません。
ただ、姉夫婦の育児を何度か目にしてきました。
実家でうちの両親や祖父母が孫に甘く接するのを見て嘆いたり、それこそ夜泣きでクタクタになったり。
そういう大変さを見ながら、でもときに子供たちが見せる笑顔や優しさに笑みを見せる。
そんな姿を何度も見てきてました。

やっぱりそこにあるのは愛情で。
だけど愛情だけではなかなかうまくいかない苦悩もあって。

そういう話題がそこにある掲示板に並んでいるのを見ては、大変さに涙しそうになり、そしてでもがんばってほしいと心で応援したりしていました。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

みんなきっと大変だと思います。

「産まれたころはほんとお前は全然泣かないしおとなしくて、こっちが不安になったよ」

と笑いながら母親が話していたことがありました。
でもきっと、当時はその前に産まれた姉の時とのあまりの違いに不安になったりもしたんだろう、と思うのです。
そしてそんな中でやっぱり、愛情を与え続けてくれたからこそ、今の自分はここにいるんだな、と思うのです。

ふとそんな感謝の気持ちなんかも浮かんできて、会社で泣きそうになっていたのは内緒です(苦笑)
でも、そういうことを、記憶になくてもしてもらっていたこと、そういう部分を忘れずに、両親には感謝したいなと。
そして、もしいつか自分に子供が産まれるときは、その時の両親の苦労を重ねつつ、その時と同じように愛情を注いであげたいな、と改めて思うのでした。

ミステリアスは必要?

2004年11月09日 14時58分48秒 | 
ちょっと辛口系なので、ファンには申し訳ないです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ええ、ディカプリオが、タイタニックに出演した事を後悔している、という記事を発見しました。
どうも注目が高まり過ぎた事で

「自分のことを知られれば知られるほど、アーティストにとってミステリアスな部分は奪われてしまい、
 役を演じていても観客に真実味を与えられなくなってしまう」
(上記リンク先抜粋)

というのが辛いとのことらしいのですが。

一般人もその範疇だとは思うのですが、とかく芸能人や俳優って、色んな面で注目を浴びると、そこにつくイメージとかも出てきますよね。
それと同時に、そんな彼らの意外な裏側とかスキャンダルをおいかけられたりもして、色々と世間に情報が広まってしまう。
そういうことが必ずしもマイナスではないでしょうけれど、俳優なら例えば「この人はこういう雰囲気の役には似合わない」という部分とか「本当はああいう人なんだからこの役やるのは間違っている」みたいな見方で、ディカプリオの言う「真実味」が与えられにくくなるのはある気がします。

ただ同時に、自分はそこに立つ俳優さんはプロである、とも思うのですよね。
真実味がないと取られてしまう=そこにそれだけの演技を見せる事が出来ていないのでは? という事も考えられるんじゃないかなと……。
勿論それはこちらがその本職でないから、どれだけの苦労があるかってのはあるのでしょう。
ただ、自分にミステリアスな部分がないと、真実味が伝わらないって言葉は、なんというか、自分に都合よい解釈の気もするんですよね。

シュワちゃんなんかは、基本的にああいう肉体派キャラ、みたいなものが俳優としてのイメージ。
ディカプリオは同じように、かっこよさとかそういう部分がイメージで先行します。
でもそれだけ、でもあるんじゃないかなって思うんです。
意外な人物を演じたとしても、そこにそれだけの熱演を見せたとしたら、イメージだって変えられないわけじゃない。
そんな気がするんですよね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

話が少し逸れますが、今休止中のKICK THE CAN CREWのメンバーで、ソロ活動をしているKREVAさんが、ファンがKICK THE CAN CREWを早く活動再開してというファンの声に、こう答えていたんですよ。
(うろ覚えなので、正式な言葉じゃないのはご了承を)

「KICK THE CAN CREWの再開は、俺がソロとしてもっとビッグになってからかな。
 だから活動再開してほしいっていうファンは、俺のCDを一人5枚でも買って、早くビッグにしてほしい」

これも俺は聞いて「は?」だったのですよね。
ビッグになるのはいいけれど、そのためにファンにビッグにしてくれっていうのは違うんじゃないかと。
自分の実力でのしあがってビッグにならず、何をもって満足するのか?
それこそ自分を売るための理由付けをしたように感じたのですよ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ファンの力があってこそ売れたり人気がでるのは、アーティストも俳優も同じですよね。
個人的にそれは認めますし構わないと思います。
だけど、そこでやれ演技の真実味が失われる事を、自分が色々知られたからだと言ったり、自分のCDの売上増やしてビッグにしてくれたら再開するだと言ったり。
それらはやっぱり、自分から見ると「それで食べているプロなんだから、そういう部分を自分の力で乗り越え、切り開くべきじゃないの?」という風に思います。

なんか切なくなりました

2004年11月02日 15時34分39秒 | 
とりあえず無事大阪へ行って、帰ってくる事が出来ました。
楽しいことやら、唐突なハプニングやらあったりしつつ、楽しんで帰ってきました。

で、今日はそれを語ろうかな? という予定だったのですけど、ちょっと【天漢日乗】さんのblogを読んで、個人的に切なくなり、先にこの話題を再度取り上げておこうかなと。

読んでいて、色んな人達の気持ち、感情がすごくよくわかりました。
やっぱり被災地は大変だという以上に、そこで迷惑をかけている者達の存在を再認識してしまう。
自分は結局何かできたわけでもないから、強く何かをいう権限は無いのかもしれない。

でも過去記事で書いていた事実は、やはり事実であることを、読んで腹立たしく感じる。
自分は現時点で何かできているわけじゃない。
できていても募金くらいなものだろう。
だけど、その代わり、被災者を更に圧迫するような、余計なこともしていない。
何か(=報道)をしているから、被災者をないがしろにしていいわけがないのだ。

そして同時に、被災者も疲れてきているのもあるけれど、被災者がボランティアを卑下したりする光景もあることを知りました。

きっと心に余裕がないんでしょうけれど。
だけど自分がボランティア側に回った時に、一生懸命やっているのに同じことを卑下されたら、どう思うか。
それはできたら忘れて欲しくないなと、切に願いました。

天漢日乗さんの古い記事を追っていくと、ほんと色々見えてきます。
それを読んで何を感じるかは皆さん次第。
ただ、できれば被災を再認識するためにも、読んでおいてもらえたらと思います。

新潟中越地震で再認識した事

2004年10月27日 14時58分51秒 | 
ちょっと今回はキツメの文章になるかも。
なお、ここで書かれる全ては真実かは限りません。
自分もネットで見ただけの情報もあるので、「if」ということがあるかもしれないことだけ、意識した上で読んで下さい。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

今日の午前中にも、都内で体感できるほどの余震(震度6弱)がありました。
被災地の方々はきっと、もっと怖い思いをしているんだろうなぁ、と地震の中でも感じていました。
まずは皆さんが無事である事を心より願います。

さて、連日地震についての報道は留まる事をしりません。
勿論、被災地の方々の無事や安否を確認するようなものであれば、自分は構わないと思うのです。

例えばNHKでは緊急用の伝言ダイヤルに寄せられたメッセージを放送したりしていました。
これが元でオレオレ詐欺なんかをするふざけた人もいるようですが、とはいえ被災者やその身内、親族の方にとっては、こういうもので安否がわかったりするだけでも、きっとほっとするはずです。

そんな中、被災地の惨状ばかり報道しているテレビ局がちょっと多くないですか?

現場に入って報道。
これだけ危険な状態で、復興には時間が掛かりそう。
そして、被災者へインタビュー。

個人的にこれらの行為って、あまり好きじゃありません。

どうも先日、ニュースプラス1で現地レポーターの女性が、友達を亡くした子供をインタビューした事が、ネットでも大きな批判になりつつあります。
その時の情報を某所より転載すると……

アナ「○○ちゃんって女の子が亡くなったの知ってる?」
女の子「同級生だった」(健気に笑顔)
アナ「知ってたの?」
女の子「仲良かった」
アナ「その時どう思った?」
女の子「悲しかった」(泣き出す)

……という形だったそうです。

そんな、子供の悲しい感情引き出して「被災者は辛いです」とか報道している場合じゃないでしょ。
そういう子供達は、健気に頑張っているのに、そこで哀しいの我慢している時に、そういう質問ぶつける必要ないでしょう?
あなたはその哀しみを思い出して辛くなっている、その子供の心のケアができるのですか?

被災者は大変なのはインタビューなんてしなくたって明らかなんです。
みんなそれでも必死で生きていて、まだ余震が続き、避難所生活したりして滅入ったりしているんですよ。
そんなのは惨状だけでも十分わかるんですよ。
それをわざわざ煽るかのようなインタビュー。
そんなものいらないでしょ。

それに、報道機関の人間が現地に入るということは、その分宿泊施設を取るわけで。
そういう場所を被災者に開放してやればいいと思っても出来ない。
そういう場所に報道機関の人間が来ることで、被災者の周囲から更に早く食糧が無くなったりもするわけです。
そういう、被災者へのリスクというものを考えていますか?
被災地をレポートしているだけで、被災者じゃないって意識があると、そういう部分も欠如してしまってないか?
そんなレポートする暇があったら、悪いがレポートの合間合間にボランティアで復興支援するとか、それこそ現地にはいる際に物資を一緒に運び込んでやるとかできるでしょ?

こういうニュースを見るにつけ、そういう腹立たしい疑問ばかりが、頭の中をぐるぐる回ります。

勿論報道ではこんなことばかりじゃないですよ。
今年の夏の台風で被災した、福井県。
ここで堤防が決壊したりして、水害で大変な事になりました。

その時のローカルテレビで、ニュースの司会者の男性が、びしょ濡れの状態で、ニュースの原稿を読んでいたそうです。
実はその司会者であるアナウンサーは、ニュースが始まる前まで、現場に出て、土嚢を超えから溢れてきそうな水を、バケツで掻き出す作業を手伝っていたそうです。

この場合は現地が被災しているのもあるでしょう。
だけど、それだからと甘んじずに、そこまでの事をしていたわけで、すごく誇れると思うのです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

こういう大きな災害に見まわれ、報道があるたびに、毎回こう思ってしまう自分。
これがいいことか、悪い事はは判断はつきません。

しかし、ひとつだけ言える事があるとするならば。

各企業、団体、そして個人が、被災者を支援する為にぞくぞくと動き出しています。
そういう中、報道はある意味、最も早く被災地に乗りこむ存在でもあります。
そういう存在だからこそ出来る事。
そして、そういう職業であるからこそできる、もっと被災者の為になる報道。
それを理解し、実戦して欲しいと切に願います。

恋愛成績表

2004年10月26日 16時27分34秒 | 
天気予報通りに雨ですか。
新潟の被災地の方々が心配ですが、大丈夫でしょうか……。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

さて、今回取り上げる【恋愛成績表】のサイト。
実はむるあ、過去にやったことがあるんですよね~。
もう1年くらい前になるかと思いますが、どう変わったかな? なんて思ってちょっと試してみました。


その結果はこちら

<以下は上記の結果を参考に見てください>

むぅ、考える力が1で、年齢より幼稚で、などなど、マイナス面が目立つものの、前回偏差値15位くらいだった気がするので、それと比べると大幅な向上を示したかなと(笑)

でも、恋愛プロセスに無理がないってのも気になるなぁ……。
個人的に無理はありそうなのだけど(^^;
ただ、過去に付き合った時の経緯が反映されているとしたら、告白された、両想いだと感じたところで告白など、実はそつなくこなしてはいそうなんですが……。

しかもこころの項目で感受性が弱いとありますが、俺めっちゃ涙脆いんですけど(^^;

まあ気になる点は多いですが、まあそういうものかも(笑)

とりあえず既婚時代よりは成長したのかな? と思いつつこの結果を眺めていましたが、最後に気になったのは、俺のモテ気はもうチョイ先みたいなこと(苦笑)
まだ希望はもてる?(^^;

想像と妄想は似て非なるもの

2004年10月12日 17時05分24秒 | 
何気なく生きていると気付かない、ささやかな疑問が沸いて出る。
そんなことに気付ける人生も、面白いよね?

というわけで、今回もまた意外に気にしないようで、個人的にすごくはっとしたお話(笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

何時もながら、皆さんに唐突に質問です!

「妄想したことありますか?」(笑)

いやいや、(笑)なんて書いていますが、至って真面目ですよこの質問(^^;

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ちょっと表現が微妙で申し訳ないですが、こういう会話ってしたことないです?

「いやぁ、○○さんとあんなことやこんなことを、なんて妄想しちゃったよ」

とか

「○○~、あんまり変な妄想するなよ~」

みたいな会話。
(なかったらごめんなさいね(汗) 一応自分は経験があるので、それ前提で話を進めます(^^;)

さて、こんな使われた方をする「妄想」。
ということは、妄想=変な事を想像すること、という風に解釈されていることが多いんじゃないでしょうか?

何故こんな話をしたのかというと、実は知り合いからこんな質問をされたんですよ。

「『妄想』と『想像』って何が違うか知ってますか?」

自分これ言われて少し考えてしまいました(^^;
「妄想」も「想像」も、どちらも頭で思い浮かべていることで、それこそ先ほどの会話みたいな経験をしていたので、やましい考え=妄想、みたいな感じに覚えていたので。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

実は、似ているようなこのふたつ。
大きく違うものだって言うのを皆さん知ってましたでしょうか?
個人的に、まともな人だったら実はほとんど「妄想」はしていない事が多いのです。

知り合いからもらった答え。

それは以下のようなものでした。

想像とは、頭で色々空想すること。
妄想とは、頭で考えた事が、現実で当たり前であると錯覚していること。

なんだそうです。

後で辞書をひいてみましたが、

【想像】
頭の中に思い描くこと。既知の事柄をもとにして推し量ったり、現実にはありえないことを頭の中だけで思ったりすること。

【妄想】
根拠のない誤った判断に基づいて作られた主観的な信念。分裂病・進行麻痺などで特徴的に見られ、その内容があり得ないものであっても経験や他人の説得によっては容易に訂正されない。

~三省堂「大辞林 第二版」より~

ということなんです。

もっとわかりやすく具体化すると、恋愛に例えるのが一番わかりやすいです。

好きなの相手を思う時。

『想像』は「あの子とデートしたいなぁ」といった理想とか期待を考える。
『妄想』は「あの子は俺を好きなんだ、間違いない」と考える。

前者は普通に想像なんですよね。
それこそあんなことやこんなことできたら、と考えても(笑)
だけど後者は、所謂ストーカーなんかがいい例ですが、相手が否定しても揺らがない自分の中での考えであり、それを妄想と言うのです。

逆を言えば、妄想している人は、大概妄想していることに気付いていなかったりするのです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

でも、こういう考えだけで終わるのが普通なのですけど、むるあは相変わらず、派生してこんなことを考えてました。

「自分は想像していても、相手が妄想と受け取ることがある」

例えばよくある冗談で

(本当はそうではない相手に)「○○さんって性格キツイよね~」

なんてのがありますよね。
だけど、言った本人は冗談と思っていても、あまりしつこくそれを言われ、相手がそれを冗談じゃなくて本気にしてしまったら、それは相手から見たら「妄想」されている事になってしまうわけで。

だから、冗談を最後に冗談と言ったりするようなことっていうのは大事なんだよなぁ、なんてことをふと考えておりました。

皆さんも是非、妄想せずに想像していきましょう!

言葉を信じさせるだけど行動を出来ていますか?

2004年09月27日 17時00分39秒 | 
人間関係の難しさと感じさせる、そんなお話。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ネットゲームで知り合いが、自分の友達に引退しようかと思う、と話をしたらしいのですが。
自分も知っている知り合いでしたが、どちらかといえば自分の友達の方を頼る人だったので、直接的に聞いたわけでなく、その知り合いから相談を受けたのですけどね。

で、関係してたり事情を知っていそうな方々から話を聞いてみると、どうも最近、周囲がレベルあげとかに夢中で、その引退考えた人曰く、自分はそういうのは固執していないから、昔のようにわいわいしたり、まったりできていないのが不満で寂しいと、引退しようとしている人は話していたみたいなのです。

勿論これが、皆がそういう方向だしね~ってだけなら、話もそれで終わるところなのですが。

自分もその人を知っているので、尚の事その言葉に「へ?」と思ってしまいました。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

その引退を口にした人は、それまで一番「早く強くなる」とか、ゲーム上の身分あげとかに固執していた印象があったのですよ。
実際そのレベルでそこまでするの? っていうのまでの展開をされていた方だったので。

しかも、周囲に引退の話をするまで、じゃあ自ら率先してそういうパーティ組んでわいわいやろうとかはしなかった、どちらかといえば受身側の人。
そして、そのくせ自分の意見が頑なに曲げないとか、すぐ落ちこんでみたりとか、ちょっと若さというか、性格のむらっけを感じていました。

実際その人の悩みも聞いた事があります。
自分はその時、ちょっと考えとしてその人の心のムラをその時に感じましたが、自分はその悩みの時にもちょっと、その人の思いこみの激しさみたいなものを感じて、その辺を指摘したりしてまして。

以後こちらに相談はほとんどしなくなりましたが、今回相談を受けていた方々は、そんな彼女に優しいというか、厳しくは言わないメンバー。
なので、引退の話がそちらに出たのもよく理解してました。
勿論以後も友達づきあいは、こちらもしてましたけどね。

まあ結局、そういう経緯や流れを感じていたのもあって、その引退を考えた相手が言っていた言葉と、やっていた内容が矛盾しているように感じたので「へ?」と思ってしまったのです。
レベルあげとかに一番固執していたような行動の人が、それを気にせずやりたかったっていう矛盾に。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

こういう時、皆さんならどうするでしょう?

自分は相談を受けた友達に、感じていた印象や、先の「相談相手にそちらを選んだ理由」を話しました。
その上で、自分は手厳しいかもしれないけれど、行動の矛盾をしているその相手に、その事実を伝えて、その上で、周囲もその人の意図を汲み取ってやる行動をするような話にすべき、と伝えました。

受け身な人だから、自ら率先して行動しなさいっていうのは難しいですし、それまで押し付けようとは思いません。
ただ、のんびりみんなと楽しみたいなら、それを優先した行動をとらなければ、それはみんなはレベルあげや身分あげに夢中なんだろう、としか感じませんから、それを伝え、行動する、という部分がないと、結局同じ事をし、同じ結果になるよ、と思ったのですね。

実際環境に甘えている側だからこそ、そういう時に優しくしてくれそうな方々に相談もしていると重いますしね。

とはいっても、自分の思いも本人から感じていた事+周囲の相談で知った事なので、あくまで一例と考えて、とは言っておきましたけどね。
正解はどれ、ということはありませんし。

ただ、本人よりも周囲の人は、そういうのを行動や雰囲気で察するので、そういう性格面を本人以上に色々感じるのは確かなんですよね。
これは本人が思ったとおりか、意図していない形かは別としても。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

まあこれが、所謂リアルでの友達で、お互いが顔合わせてとなればまた別なんでしょうけどね。

ただ、ネットゲームだからこそ、文字とキャラの行動だけが繋がりであり表現っていうのもありますし、その分語れる時に多くの言葉を交わしてでも、伝えられない表情や声による状況を、極力伝えていく努力っていうのがいるんですよ。
そういう部分での難しさと言うのは、わかっていたことではあるのですが、今回再認識したなぁ、と思います。

ちなみに自分は同じゲームで知り合って、それこそお互い分け隔てなく話をするようになった相手もいます。
この人はその代わり、過去の事や今の自分とか、それこそ不安とか喜びを、文字であっても一生懸命伝えてくれました。
だから自分も時に悩みや励ましを送れましたし、今でも一緒に楽しみ、時に深い話もし、お互いを理解する形で色々やりとりしています。

前の信じる心の話もそうですが、とにかく、伝えられる事を伝える勇気。
そして、相手を信じ、時に言い争ってもいいから、お互いを理解していく努力。
そういうものは、どんな時でも忘れてはならないな、とそう思いました。

心理の違いは面白い(回答編)

2004年09月24日 15時48分50秒 | 
さて、前回の記事の続きになります。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

さて、前回の例題を再度確認してみましょう。

■A,Bのタイプの当たりくじがでる箱があります。
 A,Bどちらの箱を選びますか?
---------------------------------------
A.白玉  赤玉   緑玉  黄色  
 90%  6%   1%  3%
 0円  4500円  3000円 -1500円

B.白玉  赤玉   緑玉  黄色 
 90%  7%   1%  2%
 0円  4500円  -1000円 -1500円
---------------------------------------

■C,Dのタイプの当たりくじがでる箱があります。
 C,Dどちらの箱を選びますか?
---------------------------------------
C.
白玉  赤玉   緑玉  青玉  黄色  
90%  6%  1%  1%  2%
0円  4500円 3000円 -1500円 -1500円

D.
白玉  赤玉   緑玉  青玉  黄色  
90%  6%  1%  1%  2%
0円  4500円 4500円 -1000円 -1500円
---------------------------------------

というものだったかたと思います。
さて、実はこれ、当たり前ですが選ぶだけなので正解はありません。
ただ、人はこれを見た瞬間に「どちらが得か?」を考えようとしますよね。

では、どちらが得なのかといいますと……

・AとB=Bのほうが得
・CとD=Dのほうが得
※得=当った時の金額の期待値が高い

となります。
ちなみに期待値とは、当る確率を総合した時にどちらが平均的に得をできるか? というものです。

見た目でパッと見たとき、瞬間的に目がいったのは、「金額」だったかと思います。
CとDは普通に金額全体を見た時に体感的にDであることも多いのですが、AとBは、Bにマイナスの金額がふたつ設定されているため、マイナスになりやすいと思った人は多いんじゃないでしょうか。

でも実は、このふたつの問題って、A=C、B=Dなんですよ。
選ぶ玉は増えていますが、当る期待値というのはイコールで結んだものと同じ。
つまり、表現方法によって、人が判断した結果が正しいとならないっていうのを示しているのです。

人間こうやって考えると、計算しているようで計算していなかったり、見た目でやはり判断する事っていうのはすごく多いってことがよく分かると思います。

勿論これらの結果は「得したい」という「ポジティブフレーム」が強く働くために、こういう結果になったりするんですよね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

こうやって、人にはポジティブに考えるところ、ネガティブに考えるところで、冷静に判断出来なくなることっていうのがついて回ります。

勿論そのどちらかが悪いってことはないですが、せっかく些細な部分であってもポジティブに考えている自分に気付けたのであれば、せっかくだし色んな事にポジティブフレームを活かしてみてはいかがでしょうか?

と、めちゃめちゃ大学講義みたいな話になりましたが、こういう心理の差が意外も、落ちついて考えると面白いって思いませんか?

心理の違いは面白い

2004年09月22日 17時31分42秒 | 
なんか相変わらずな内容でごめんね(苦笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

恋愛話に絡んで、こんな話があるのをご存知でしょうか。

「僕と付き合うと,残りの29億9999万9999人の男と付き合えなくなる」

「僕と付き合うと,世界でたった一人の僕と付き合うことが出来る」

上と下は(男の全人数を30億人としたら)同じことを言ってます。
しかし、実は検証結果として、下の言葉を発した方が、付き合える確率が高いんだそうです。

「なぜ?」と思う人が多いかもしれないですが、これはネガティブフレームとポジティブフレームの関係なのです。

わかりやすい例でいうと

「この薬を使うと,90%の確率で死にます」
「この薬を使うと,10%の確率で助かります」

上がネガティブフレーム、下がポジティブフレームです。
自分が命を落とす際、どちらを言われた時に薬を使いたくなるか。
と考えたとき、人は主に下の場合を選ぶんですよ。
それは下に希望や前向きさを感じるから。

ただ、薬の効果は変わらない。
つまり心理的にいい方を選ぶ人はポジティブ、悪い方を選ぶ人はネガティブですよってことなんですよね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

実はこういう心理的に感じるフレームっていうのは、面白い答えが出る事が多いんですよね。
似たような問題で、こういうのがあります。

下記の例題に答えてください。

■A,Bのタイプの当たりくじがでる箱があります。
 A,Bどちらの箱を選びますか?

--------------------------------------
A.白玉  赤玉   緑玉  黄色  
 90%  6%   1%  3%
 0円  4500円  3000円 -1500円

B.白玉  赤玉   緑玉  黄色 
 90%  7%   1%  2%
 0円  4500円  -1000円 -1500円
--------------------------------------

■C,Dのタイプの当たりくじがでる箱があります。
 C,Dどちらの箱を選びますか?

--------------------------------------
C.
白玉  赤玉   緑玉  青玉  黄色  
90%  6%  1%  1%  2%
0円  4500円 3000円 -1500円 -1500円

D.
白玉  赤玉   緑玉  青玉  黄色  
90%  6%  1%  1%  2%
0円  4500円 4500円 -1000円 -1500円
--------------------------------------

さて、答えは決まりましたか?
答えが決まったら先に進んでください。












って書きつつ、その答えは休み明けにもち越してみます(笑)
もしなんだったら、メモがわりに答えをコメントに残して、週明けを楽しみにして下さい(笑)

信じる事

2004年09月21日 12時08分50秒 | 
連休皆さんはいかがお過ごしでしたでしょうか?
ええ、むるあは仕事三昧でした(汗)
思ったより忙しくて休日更新もできず……
勿論それでも定期的な週2のジムは欠かしてませんがね(^^)

さて、今日はちょっと哲学的なお話。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

突然ですが、あなたは人を信じる事が出来ますか?

いや、唐突になんだと思われるでしょうが(笑)

人を信じることって難しいとは思うんです。
それはまあ人ですから疑いの念を持つのは仕方ない。
ただ、信じられない理由っていうのも、状況によっては様々だよなぁ、と最近気付いたのですよ。

例えば、誰かに「相談ばかりして、いつも迷惑かけてゴメンナサイ」と言われたとします。
相手は「気にしなくていいから、気軽に悩みでもなんでも相談してくれていいよ」と返してくれました。

この時、最初の人はそれを信じて気軽に声をかけてもいいわけですよね。
だけど、相手に「迷惑じゃないか?」と遠慮して声をかけない場合。
これって信じられていないともとれるし、思いやりともとれるんですよね。

思い遣ってもらえる=信じてもらえている気もするし、言葉に対して結局不安を持っている=信じてもらえていないのかもしれない。
この辺はほんと、お互いが相手を理解した上で意識しておかないと、互いが勝手に不安になっていったりすることもある。
その辺を理解しあった上で、信じるってことになるのかな?
なんて、ちょっと哲学じみた事を色々経験したもんで、書き残しておこうかなと思います(笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

でも、この年になると、相手をどうすれば信じさせてあげられることは意外にできるのですが、気遣いや不安でで相手を信じていないかのような行動に出てしまう事はやっぱり多々ありますね。
そこは要注意かな(^^;