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恋哀心書

三十路になった『むるあ』の、現在や過去の恋愛や失恋、心境、想い出等をつらつらと書いていきたいと思います。

槇原敬之ベストアルバムから見る彼の曲と自分の人生(後編)

2004年09月08日 15時58分52秒 | 
相変わらずよく会社を休みますな自分(^^;
しかもお陰で仕事が溜まると(汗)

ちなみに、後でちゃんと書きますがジムは続いてますからね!(笑)
本日4回目にチャレ~~ンジ! の予定(^^)

というわけで(どういうわけじゃ)、まずは前回の続きであります。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

■違和感の時代■
【Disc2】
4.HAPPY DANCE 5.STRIPE! 6.Hungry Spider

この時期はもう今の奥さんと付き合っていた時期でした。
ちょうどこの時期の曲は、個人的にすごい違和感の感じる歌の時期だったのですよね。
マッキーファンの姉や、自分の影響でマッキーを少し聴くようになった奥さん含め「何か変わった気がしない?」という言葉が出るほどの違和感。
なんだろう? って思っていた矢先に、例の覚醒剤所持の事件が発覚します。

この3曲の中でも特に「Hungry Spider」がすごく違和感あったのは今でも鮮明に覚えてますね。
きっとにわか、というと語弊がありますが、近々でファンになった方ならそれほどじゃないかもしれない。
だけど長いファン歴となると、そういう部分は過敏になるもんで……。
唯一聴いていてここちよかったのは「STRIPE!」だけだったかも……。

この時期のアルバムも一度聴きましたけど、全体的にピンってくるものがなかったですね。
そして、これを機にマッキーの活動も1年強休止になりました。


■変わり行く時代■
【Disc2】
7.桃 8.Are You OK? 9.雨ニモ負ケズ 10.花火の夜
11.これはただの例え話じゃない 12.Wow

さて、この1年強の活動休止は、正直言えば一時マッキーと離れる機会でもありました。
カラオケとかでも今まで当たり前に歌えたものが、やっぱり周囲が「ああいうことした人の歌を……」的な目で見られるのが怖くて歌えなかったり、なんてこともありましたから。

そして、そんな中でついにマッキー活動再開の日がきました。
なんだかんだで離れて熱意が若干薄れていたけれど、どう前の彼と違うのか。
またはどう変わらないのか。
それが気になっていた時代。

そして復帰して初は実はシングルではなくアルバム「太陽」でした。
(「桃」はその後出した復帰後初シングルなのです)
その感想は前に少し別記事で語りましたが、アルバム全体としては昔と変わったなぁ、と感じる部分が多かったものの、こういう新たに自分の心に響く曲に出会えたっていうのが、1ファンではなく一人の人間として、とても嬉しかったですね。

ただ、その後のシングルやアルバムの曲は、実は自分の中ではやはりなかなかピンとこないものが多かったんですよね。
「桃」は個人的にいい曲だと思いましたが、過去のマッキーと現在を聞き比べてのズレみたいなものが拭えなかったこと、そしてやはりブランクの大きさから、思ったほど彼を追いかけない時期でもありました。


■そして、現在■
【Disc2】
13.君の名前を呼んだ後に 14.Good Morning! 15.優しい歌が歌えない

さて、そんなブランクの中でやはりマッキーらしさを再認識した、といえば、SMAPへ提供した「世界に一つだけの花」を聴いた時ですね。
初めて有線で聴いた時、最初のイントロで「マッキーの新曲?」と思ったのは未だ忘れない出来事(笑)
そして、このアルバムには入っていないですが、最新シングル「僕が一番欲しかったもの」については、前に感想を書いたとおり。

上記3曲は、実は最近やっと聴きこみましたが、この辺から落ちついて聴けるなぁって感じたんですよね。
優しい歌詞も多いし、安心できるというか。

この新曲や最新アルバム「EXPLORER」発売を機に色々とマッキーのインタビューや対談をテレビで聞きましたけど、このアルバムで自分が感じたものを、彼はしっかり表現しているなって思って納得しました。

それまでは「恋愛」的な要素が強かったし、哀しい歌も多かった。
だけど、今の彼は「誰かが聞いて幸せになれる」そんな曲を作れるのが幸せで、そういう曲を今後も書いていきたいと言っていました。
自分は最新アルバムでこれらをすごく感じる事ができました。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

こんな感じで彼と共に歩んでもう10年以上なんですね。
家族や友達以外で、ここまで人生に絡んでいる人っていうのは実際なかなかいないのですけど、そういう意味ではすごく、人生の一部になっているアーティストだなぁ、と再認識しました。

この先、自分もマッキーもまた、どんな未来を歩むのか。
そんなことをふと考えつつ、また何か心に残る歌を歌って欲しいなと、そしてそれに影響されながら、自分ももっと優しく楽しく生きていける人生を送れたなら、と思う今日この頃でありました。

槇原敬之ベストアルバムから見る彼の曲と自分の人生(前編)

2004年09月06日 14時21分45秒 | 
槇原敬之のシングルを集めたBEST ALBUM 「Completely Recorded」が8月25日発売!
っていうのをしっかり忘れていた(汗)
というわけで早速購入し全曲久々に聴いてみました。

そんな中で、むるあの、槇原敬之(以下マッキー)の曲への想いをつらつらと、時代と共に振り返ってみます。

なお、参考までに、気になる方は公式サイトも見て見てくださいな。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

マッキーファンになった自分は当時、高校生。
間空きながら追い続けて、気付くと多分自分の人生の中で、一番追い続けているアーティストになったんだなぁ、って気がします。

勿論今でも好きとか聴く、現役アーティストの曲っていうのはあるんです。
渡辺美里やTMNetowrokなんかはそうですしね。

ただ、その2アーティストも、若き日の心を打った時代の曲ばかり聴いていて、最近の曲は聴いていません。
そう考えるとやっぱり、それだけ人生におけるウェイトも高いアーティストだってことが伺えます(^^)

というわけで、アルバム内の曲順に合わせて、振り返ってみようと思います。


■自分の恋愛観を育てた『心の聖書』との出逢いの時代■
【Disc1】
1.NG 2.ANSWER 3.どんなときも。4.冬がはじまるよ
5.もう恋なんてしない 6.北風~君にとどきますように~

一番最初にマッキーを知ったのは、3rdアルバム『君は僕の宝物』を姉が購入してきた時でした。
「冬がはじまるよ」「もう恋なんてしない」「北風」などのシングルの名曲が揃いつつ、同時に3rdアルバム内の「君は僕の宝物」「雷が鳴る前に」「遠く遠く」等など、その曲のシーンや心情にすごく憧れがあり、切なくなり。
決して積極的ではない、奥手だった自分にとってすごく共感できた歌の数々がそこにありました。

曲のほとんどが恋愛・失恋についてで、自分も丁度そういう経験を踏んだ頃だったため、とにかく自分の中での『心の聖書』として、すごく核になった曲が揃っています。
弱気な男の優しさ、みたいな部分が強い曲が多かったですしね。

まあただ、まだ学生時代で古いCDには手が出せなかったので、このアルバム以降を、姉と共におっかけていくってことが多かったです(笑)

今聴きなおしても、懐かしさよりも、自分の中での心のメインだった時期もあって、すごく自然に耳にでき、相変わらず共感するところも多かったですね。

ただ、やはり最初の3曲あたりはマッキーの声の若さっていうのも感じたりして、今の声のほうが好きなんだなぁ、なんてことも感じました。


■上京の中で、自分を見つめる時代■
【Disc1】
7.彼女の恋人 8.No.1 9.ズル休み 10.雪に願いを
11.2つの願い 12.SPY 13.SECRET HEAVEN 14.COWBOY

この辺の曲は、高校を卒業して、自分が東京に上京してからの曲達。
「SECRET HEAVEN」「COWBOY」の英歌詞系の曲は、元々(今もですが(汗))洋楽が苦手だったためにほとんど聴く事はなかったですが、それまでの曲っていうのはすごく聴きこんだ時代ですね。
特に好きだったのは「雪に願いを」と4thアルバム『SELF PORTRAIT』内の「SELF PORTRAIT」、5thアルバム『PHARMACY』の中の「東京DAYS」でしたね~。

その中でも「東京DAYS」は、東京で一人暮しする男性の心情を歌った歌で、すごく今の自分の人生観に影響を与えた曲でもありました。
すごく自分にフィードバックする曲だったのもありますしね。

この時代は今聞き返してみると、意外にシングル的には曲としては哀しい系が多いんですよ。
「彼女の恋人」は友人と自分の間に現れた女性を好きになったけど、友人と恋人になってしまっているっていう展開だったり、「SPY」は二股の現場を目撃してしまう主人公の物語だったり。
そういうのってすごく大人の恋愛だと観じていたため、なんかすごく、恋愛とはただ振られるより辛い一面ってあるよっていうのが前面に出ていて、今聞いても可哀相とか寂しく感じます。
カラオケでは良く歌ったけど、曲としてはやっぱり先に代表した曲が今でも聴いていていいなぁって思います(^^)


■心癒されるのんびりした時代■
【Disc1】
15.どうしようもない僕に天使が降りてきた
16.まだ生きてるよ
【Disc2】
1.素直 2.モンタージュ 3.足音

この辺の曲は、今の奥さんともう付き合っている社会人の頃。
シングルは丁度マッキーの中でも色々なアレンジが効いた曲が多い時代って感じでしょうか。
個人的に「どうしようもない僕に天使が降りてきた」「モンタージュ」なんかは今でも普通に聴くくらい好きな曲ですね~。

この辺では、とにかくマッキーの曲が恋人に優しく、という部分が強調された歌が多いように感じます。
「どうしようもない僕に天使が降りてきた」での、自分のせいで彼女を傷つけていてごめんね、といったような曲が多い時期でしたが、その中で、ここまでの歴史でむるあが一番好きな曲だったのが8thアルバム『Such a Lovely Place』内の「Such a Lovely Place.」。

内緒でいなくなってしまった相手への応援歌なんですけど、この頃ネット歴も少しずつ積んでいた時代だったので、その心境がすごくわかったんですね。
ネットって匿名だから、気付くとサイトに来てくれていた人が、いなくなっているっていうのも日常茶飯事でした。
そんな中で、この歌はすごく自分の気持ちをついたし、同時に自分は常に、いなくなったからと見捨てるのでなく、その人達が幸せであって欲しいと思い続けていきたいな、と思うようになったのです。
そういう意味でも忘れられない歌となりましたね~。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

って書いてめっさ長くなってしまったよ(汗)
とりあえずまだまだちょろちょろ書きたいものがあるのよねぇ。
というわけで続き(後編)はまた後日(^^;

歩いていこう、笑顔と心と共に

2004年08月30日 17時33分36秒 | 
ほんとそれは、たまたま見つけた出逢いでした。

【WALKING TOUR】

自分が書いた詩でもなんでもなく、ただふとした時にみつけたもの。

不覚にも、会社で号泣しそうになり、涙を堪えるのに必死になりました。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ここにあるのは生死の物語。
歩みを止めた人達。
それは失われた命かもしれません。
最初そう思ったんです。

だけど、自分はまた別のことも感じました。

例えば、過去の話題にした、傷つけ別れた自分と親友の話。
そこで切れた時、心には想い出と辛い記憶ばかり残っていました。
今も勿論、口には出さずでも思い出して辛くなる事もあります。
一ヶ月たって、随分生活的に落ちつきましたけど、それでもまだぶりかえすこともありました。

自分からは連絡しないと約束しました。
それを意地で貫きとおす。
それが正しいと思っていました。

ただ、そこで相手はもう、想い出のにしかならない。
生きているだろう。
元気にやっているだろう。
でもそこにいるのは想い出の親友。
自分の人生では、歩む姿のない、親友。

まだお互いは生きている。
なのに、その状況。
ふとそんなビジョンが脳裏を過ったんです。
そして、お互いの中では、傷つき哀しみ、泣いた姿だけが残っている。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

それじゃいけないんじゃないか?
ふとそう思いました。

約束はした。
だけどせめて「自分はここまで元気になったから、心配しないで欲しい」と、相手に伝えないといけないんじゃないだろうか?
でないと、哀しんだ姿のまま、相手の中での自分は歩みを止めているんじゃないか?
そして自分の中でも、相手の中では歩みを止めているんじゃないか?

そんなことを考えたのですね。
そして、その歩みを踏むには、約束を破ってでも、まだ繋がりがあるかもしれない今、一度行動すべきじゃないのか?
そう思ったんです。

自分勝手なわがままな意見かもしれない。
でも、これって死んだらできないこと。
生きていて、繋がりがある可能性があるからできること。
そう、思うようになったんです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ここまで書いておいてなんですが、行動に踏み出せるかはわかりません。
相手は何も思っていなかったら、という不安な部分もある。
だからこれをするには、ほんと自分が我侭にならないといけないと思うから。

ただ、この件だけじゃなく、そして自分だけじゃなく。
皆さんにも問い掛けたいなと思うんです。

何か遣り残した事はないですか?
後悔を心に我慢して、避けている事はありませんか?

これらの事は、時が過ぎたらもう、やれなくなる事だと思うのです。
だから、どこかで一度、やれるならその瞬間にやっておかないといけない。
それを再認識する、そんな物語でした。

自分は今、歩いています。
すごく必死になって、歩いています。
哀しい思いを胸に、歩いています。
でも、それを乗り越えようと笑顔を作って歩いています。

きっとまだまだ歩いていくと思います。
少しでも笑って歩いていきます。
みんながもし記憶の人として、生きているけれど自分から離れた時も、笑顔の自分を思い浮かべてくれるように、がんばっていきます。

みなさんも、出来たら一緒に、笑顔になって歩いていけるようにがんばりましょ(^^)

青春の日々(3) ~応援団が応援される?~

2004年08月07日 11時20分09秒 | 
さて、公言した通り今日は休日出勤更新ですよ!
しかも、いきなり連載モノ更新とは、さすがだ自分(苦笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

さて、毎朝課外授業が終わると会って話をし、手紙交換もするようになった二人。
高校時代とかって、そういう光景を見ると茶化されるのですけど、まあ気にしないでいこう、みたいな感じで語ってました。

手紙の内容も色々お互いの私生活を垣間見たり、同時にお互い学生で勉強で悩んだりしていたりすると元気付けたり、なんて内容が多かったですね~。

でも、実はむるあ、こうやってそのべさんと話してはおりましたけど、こうやって女の子と毎日話をしたことってなかったのですよね(^^;

いや、過去に女性と話した事がないわけじゃないのですよ。
一応中学時代も女性と話すのは苦手ではなかったですし。
(まあルックスは中の下だったのでモテたってわけじゃないですが(汗))
まあ、姉妹に挟まれた長男なので、女性に免疫があったっていうのもあるかもしれないですけどね(^^;

ただ、やっぱり同じ趣味を持っている女の子なわけで、話も尽きないのですよ。
毎日話していると色々と気になって来るんですよね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

もうすぐ夏休みも近いっていう7月頭。

やっぱり男女間にありがちな「恋愛」の話に内容が少しずつ流れ始めたんですよ。
向こうも自分も付き合った経験はないっていうような話から始まって、好きな人はいるのかな? みたいな話になりました。
で、相手はどうもいるようで、自分も好きとまでいっているかわからないけど気になる人(勿論彼女の事ですが)はいるよって話をしました。
で、その時にこう書いてしまったんですよね(^^;

「そのべさんが誰が好きか聞きたいけれど、でもそういうのはこっちから話してあげないと可哀相だから、好きにな人ができたら、こっちから話すから、そうしたら教えて」

って(汗)
これは今考えても(当時も思いましたけど)失敗したなぁ、と思いましたね(^^;
その苦悩は先々で語っていきますけども(苦笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

さて7月にそんなやりとりや期末テストが終わった後、天文部をかけもちしていたむるあに別の行事が襲いかかります。
それは【応援団】。

まあ夏といえば甲子園であり、高校野球なわけです。
勿論うちの学校も野球部ありましたからその例に漏れないのですが、うちの学校は応援団ってなかったのですね。
なので、天文部の男子、山岳部、ラグビー部(何故か人数が少ないので駆り出される)が応援団をすることになるわけです。
勿論サボる人とかもいますが、むるあは始めたらそうできない真面目な人間だったので、結局最後までやり遂げたのですが(この真面目さは親に感謝でしたよ(^^;)

その練習は朝、昼休み、夕方とあるのですね。
学校の裏庭のほうで練習するわけですが、そこは特別教室がある3階建ての棟で、生徒もそれほど通らない棟。
で、棟を見ながらの練習となるわけですが、その最中にふと、3階の窓にそのべさんが友達といるのに気付いたのですよ。

こちらの視線に気付いて、手を振ってくれたりする。
しかも、1日だけじゃなく、本番まであった十数日もの間、何度となく見に来てくれたのが、自分はすごく嬉しかったりしました。
勿論応援団のせいで話せる時間は減りましたけど、わずかな時間で手紙を渡したりはしていたので、話せてなくても苦ではなかったですね、今考えても。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

と、こんな流れの中、自分の中で彼女をどうしようもなく好きになる日がやってくるのでありました。

ってなわけでまた続くよ!(汗)

【盛りあがるところで続くのは、仕事が思ったより早く終わったから(苦笑)】

青春の日々(2) ~距離を近づけたもの~

2004年07月30日 16時04分25秒 | 
今日思ったより忙しいのでこれだけ書き上げておこう(^^;
というわけで第2話始まり始まり~

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

さて、ひょんなきっかけでそのべさんとちょっと色々話す機会が増えたむるあ。
とはいえこの時点では声をかけてもらっただけといえばそれまでかもしれません。

ただ、実はもうひとつ共通点はあったのですよね。
というのは、学校で朝の課外学習ってのがあったのですよ。
とあるヤル気マンマンの先生がいて、その先生が朝早くから勉強を教えるっていうのが。

で、自分それに出ていたのですけど、彼女もそれに参加していたりしまして。
さすがに授業中話したりはできないのですけど、それが終わると別クラスながら顔を合わせやすいので、そこでお互いアニメ談義したりなんてするようになりました。

そういう交流があってでしょうか。
球技大会でも、ソフトボールに参加した自分を彼女や友達と応援してもらえたりと、ちょっと嬉しい出来事なんかもありました。
その辺から、女性としてというよりは、やはり友達として意識はするようになりましたね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

そんな中で、二人を繋ぐ決定的な出来事があったのは、そんな球技大会終わった次の日の朝。
いつものように課外学習終わってからのこと。
そのべさんと顔を合わせたのですが、時間がないのでと渡されたのは、ルーズリーフを綺麗に折りたたんだもの。
それを受け取ると彼女はそそくさと去っていきました。

後で一人で見てみると、それは手紙でした。
といっても、ラブレターではなかったのですけどね。

「球技大会お疲れ様~」

みたいな書き出しで書かれたその中には、日常についてとか、勉強頑張ってとか、そういう言葉が色々並んでいました。
ほんと、普通に手紙っていったほうがいいですかね。
間にちらっと彼女の書いた挿絵みたいなのもあって、なんかすごく手作りかん溢れていたのを覚えています。

で、むるあはこういう時に変な几帳面さを発揮するんですよねぇ。

「もらったものは返さないと」

ってな感じで、しっかり返事を同じようにルーズリーフに書きまして、翌日何時ものとおり話しつつ、手紙を渡しました。
勿論当り障りなく日常とかの話を書いていたのですけどね(苦笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

こんな感じで交換日記ならぬ、交換手紙が始まったのですが、その中でやっぱり盛りあがってくると、恋愛話みたいなのは出てきますねぇ。
で、自分がひとつ失言をかましてしまったのですが……

というわけで微妙なところで以下次回へ続く(笑)

【次は週明けの予定ですよ!】

青春の日々(1) ~友達の友達は皆友達だ?~

2004年07月29日 15時39分51秒 | 
さて、久々にむるあの過去の恋愛話を語りますぞ!
というわけで、今回は初めて「女性と付き合った」という高校時代のお話。
青臭い恋愛をお楽しみ下さい(笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

むるあの10代って、正直言ってしまうと、ちょっとオタク入ってた時代でした(^^;
中学2年終わりくらいから知人の影響でアニメにはまってましたし、高校行ったら行ったで、アニメからゲームに変わり、それ系の専門学校目指してましたからね(^^;
(今はその熱も落ちついてますし、まだゲームしたりはしてますけど、一般良識はあると思ってます)

で、中学3年なんかはモロそんな時期だったので、高校を選んだ理由は「アニメ同好会」があるから、という軟派ぶりでした(汗)
実は本当は高校いかずに働きたかったのですけどね。家が貧乏なのもあったので……。
そういう気持ちだったので、親にこれ以上進学しても目標がないから、就職するって話をしたのですけど、将来絶対役に立つからと、高校を勧められ、受験をしてなんとか合格しました。
(この年に花粉症になったんだよなぁ。受験の時ボロボロだったのをよく覚えてます(--;)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

まあ、そんなこんなで入学した高校。
入った部活は、半分予定通りで天文部とアニメ同好会(汗)
元々中学の時野球部でしたが補欠でしたし、運動部は避けたかったので、勧誘に来た野球部員をうまくスルーして入部&入会しましたよ(^^;

で、そのアニメ同好会で知り合ったのが「そのべさん」。
同好会自体女性の方ほとんどで男二人、ってなもんでしたけど、その中で同じ1年で入会した女性3人組の一人でありました。
外見は背が低くてぽっちゃり系。
可愛いとかっていうわけじゃなかったですが、人当たりはすごいいい子でした。

とはいえ、入会当初はやっぱり同級生であり、同じ趣味を持つ仲間、みたいなもんで、学年一緒だったのもあって、楽しく接していたのです。
なので、付き合いがあるといってもお互いもそれほどよくわかっていなかったし、深く触れることもなかったのですよ。

そう、あの日までは。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

さて、高校生活も一月が過ぎようとしたある日。
休み時間にそのべさんに声をかけられました。

なんだろうなぁ? と思っていたのですが、彼女から出た言葉は衝撃的でした。

「あの、I君って知ってます?」
「I君って……I高校に行っている?」
「はい」

友人I。

伏せてますけど苗字も名前も特徴的(今までにこの苗字の人と会ったのは彼だけという、現在も親友の腐れ縁です(笑))な彼は、自分をアニメにはめた(?)人物の一人で、同じ幼稚園・小学・中学と歩んできた仲。
高校は別の高校に行ったのですけど、中学時代は生徒会長を、高校時代にはなんと、アニメ同好会を自ら設立したりしてしまうほどの行動派であります。

とはいえ、そのべさんと友人Iが繋がる接点が見つからず、戸惑う俺。
いやだって、友人Iと俺って同じ中学ですが、そのべさんはまったく正反対の遠い学校でしたし、Iからそのべさんが知り合いなんて話も聞いたことないのですよ(^^;

ただ、俺の知っているIは彼しかいない。

「何故知ってるの?」

もうそう聞くしかなかったですね(^^;
で、事情を聞いたのですが……。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

そのべさんの知り合いに、双子のKさん姉妹がいたんですね。
彼女達はIと同じI高校に入学し、同じクラスメイトになり、同じ同好会に入ったそうなんですよ。
で、どうもそのべさんの知り合いに自分がいるってことをIも知ったらしい(^^;
つまり、友達の友達から情報が流れるという、なんともびっくりな偶然だったのですよ(笑)

さすがにこれは驚きましたね(^^;
こういうこともあるんだなぁ、ってつくづく思いましたよ(苦笑)

とはいえ、これがきっかけで、最初より色々話すようになったのは確か。
ただ、これが物語の始まりになるとは、当時は思っていなかったですねぇ(^^;

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

というわけで、まだまだ恋にもなっていないですが、この先どうなるのか?
乞うご期待?

【続くんだってば!】

夏休みの想い出

2004年07月28日 14時26分25秒 | 
なんとなく大江千里の「夏の決心」という歌が頭を流れる今日この頃。

「夏休みはやっぱり短い」

このフレーズを聴いて、社会人にとっては確かに短い夏休みだよなぁ、と思うことは多いんですが、最近ふと日焼けした小学生とかを見ると、なんとなく昔の夏休みを懐古する事があります。
あの頃の夏休みも、40日あったはずなのですけど、想い出となると短いんですよね……。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

夏休みと言えば、一番行った場所はやっぱり海ですねぇ。
小学生の頃は家族で、中学生の頃は友達とよく行きました。

といっても、小学生の頃はサッカー少年団、中学の頃は野球部に所属いていたので、それらがない時期ってのが基本でしたけど(^^;

一番よく行ったのは、部活動も一段落した中学3年の夏休みですね。
受験期なのにも関わらず、夏休み開始から1週間連続で海に行き、親にこっぴどく怒られたりしました(^^;
でも、ほんと中学時代は部活がネックでなかなかここまで夏休みを堪能出来なかったので、ほんと楽しんで海に行ってましたね~。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

その他に想い出深いのは、やはり北海道旅行ですね。

これは1週間から10日ほど、母方の実家や親戚の多い北海道を、家族で車に乗って回るというもの。
青森から函館行きフェリーにのって北海道へ上陸し、そこから色んな観光地を経由し、時には親戚の家、時にはワゴン車の中で一番明かし、みたいな感じで色んな所を回るのですよ。

数々の観光地も思い出深かったのですけど、それ以上に想い出があるのが、ワゴン車の上部が空く車だったのですが、そこから姉妹3人顔を出して、対抗する車やバイクの人に手を振ったりして遊んでいたこと。

夏の北海道なだけあって、結構観光やツーリングの方々も多いんですよね。
なもんで、こちらが手を振ると振り返してくれたりするのが楽しかったなぁ。
その他にも、ヒッチハイクの人を乗せたこともありました。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

こうやって色んなことを思い出すと、やっぱり夏休みって子供の頃の方が新鮮で、楽しんでいたのだなぁ、なんて懐かしくなったりしますね。

同時に自分にちゃんと家族が出来、子供が出来た時には、まったく同じことはしてやれないけれど、同じような想い出が残る夏休みにしてあげたいな、なんて思うのでありました。

長いけれど楽しくて短い夏休み。
みなさんも大事に堪能してみるといいかもしれないですよ(^^)

親愛なる知り合いへの想いと想い出を最後に綴ろう

2004年07月23日 13時25分26秒 | 
最近、少しまともに眠れるようにはなりました。
といっても、前にもちらりと書きましたが、昼寝しようとすると思い出すので、そこで寝ないでふんばって、仕事がんばって、夏バテで、精神的にもまだまだ疲れているから、なんだろうなって考える事はあります。
でも、それでも寝る前にはもううとうとしていて、あまり色々考えなくて済む分だけ、少し眠れるようになって楽になりました。

ただやっぱり、朝とかは今でも辛いです。
目覚ましなる前に目が覚めて、ニュース見ていてもどうしても記憶が蘇ってしまう。
楽しかった日々。悩んだ日々。そして別れた日。
それらを全て覚えてしまっているから、思い出して辛くなって、なんとかごまかそうと必至です。

こうやって思い続けるのって、本当はこうやって、口にするから思いがぶりかえすのかもしれませんね。
ただ、口にしないと溜めこんでしまう状況から抜け出せない自分。
だから、ここに少しだけ、知り合いとの記録を、書き残していこうと思います。

本当はこういうのは、本人の許可とかもらった方がいいと思うんです。
だけど、もう、こちらから連絡する手段はないし、こちらから会わないと約束したから、許可とかはもらいようがない。

だから、極力は本人に迷惑をかけない程度に、書いていくつもりです。
自分と知り合いのよい面も悪い面も全て、吐き出して。
知り合いが見るとこはないと思うけれど、この2ヶ月で伝えられなかった、思いのズレや誤解させた面、そしてそれでも今でも俺は、その人を大事にしたいと思っている旨を、書き記していきます。

みなさんの励ましの言葉や経験談を聞いた事も参考に、色々書いていきます。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

その人と知り合ったのは、信長の野望でのことでした。
まあ、だいたい2ヵ月前くらいになりますか。

最初は当たり前ですが、普通に徒党を組んだりして他愛もない話とかもしてました。
その人もそうでしたが、同時に自分は信長で景色をまったり見たりしたいんだって言葉に賛同し、一緒に付き合ってくれた、数少ない知り合いの独りでもあります。

そのまったり景色を見たり、色んな会話を交える中で、その人はその人自身の身の上とか色々話してくれましたし、自分も同じように色々話していきました。
自分は、そういう自分の事を素直に話してくれる人って、すごくいい人だと思っていて、同時に自分が相手を認めることができ、色々話す事ができる間柄だと思っていました。
だから、こういうゲームなのだけど、ゲーム内で偽らずに自分を出し、相手も自分を出してくれたことがとても嬉しかった。

そして、二人は親友のように親しくなりました。
お互い住む場所は遠いけれど、信長でも会えましたし、メールアドレスを交換して、お互いの悩みや日常を話したりもしました。
俺はネットゲーム歴が過去にもあるのですが、こうやって話せる相手ができたことを、すごくうれしく思いました。
同時に、だからこそ大事にしていきたいなと、思ったのです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

相手が私生活で落ちこんでいた時、俺は意を決して、相手に了解を得て会いにもいきました。
悩んでいるのを放っておけない、世話好きな面がうずいたと言うべきでしょうね(苦笑)
会いに行き、一晩色々話したりしました。

それで相手が楽になってくれたかはわかりませんが「まったりできたし、少し癒された」という言葉が嬉しかったのを忘れてません。
自分も色々その時に話して、同じ気持ちを持てましたしね。
この人とほんと知り合ってよかった、と思ったときでした。

「なかなか他人にわがままがいえない」

と言う俺に

「わがままいってくれてもいい」

と言ってくれた言葉が、とてもありがたかった時期でした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

関係が怪しくなったのは、俺の精神状態が不安定になった事でしょうか。
例の離婚話前後。
かなり心が参ってしまってました。

それでゲームに逃げて、ゲーム内で最も親しかった知り合いに、心が頼ろうとしていたんでしょう。
その時期、相手も色々あった時期だったのだけど、こちらのその不安定さを知って、そういった悩みは口にできなかったと話してました。

相手も情緒不安定気味でした。
それを知って、俺も頼っちゃいけない、と思うようになりました。
ただ、その我慢がいけなかったのかな。
相手はゲームをゲームと割りきり楽しみたい、と思うようになったそうです。
それは相手なりに情緒不安定を解消する手段だったんだと思います。
俺がそれを聞き、完全に我慢出来ればよかったのかもしれない。
ただ、親しかったから、知人一覧でいるのを見つけるたびに、声をかけてしまってました。
勿論、毎回深い話ではなかったですし、挨拶の後個々で行動する事も多くなりましたけどね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

相手が変わったなぁ、と思いはじめたのはふたつありました。

やはりゲームとして楽しいからなんでしょうね。
景色を一緒に見ながらまったりしたいなぁ、なんて話をしても、OKがでなくなりました。
それだけ、レベルあげやお金稼ぎに必死になる相手を見て、同じようにまったりできる人ではなかったんだなぁ、とちょっと寂しくなりました。

対話で質問とか、「同じ徒党に加わってもいい?」という会話にもOKがでなくなりました。
戦闘や他の方との会話で忙しくて返事がなかなか返せなかったのもあったそうですが、その質問に「はい」や「ごめんなさい」と返すのって、一瞬だと思う自分にとっては、やはり相手は自分といるのが辛いんじゃないかと、悩ませるに十分でした。

実際のメールでも、こちらの質問とかに返事がなく、別の話題のメールが返ってくる事も多かった。
そんな時、自分は他愛ない質問をしたはずなのだけど、気に障ったのかな? と不安になる。
そういった思いが、募っていきました。
(だから、一時ブログでメールでの不安とかを書いていたのはそのためでした)

それらの気持ちが不安定な時期には耐えられなかった。
わがままを言ってもよかったのかもしれない。
でもそれすら、負担になるから押し通せなかった。

それが、すごく辛い時期で、俺は1度目の引退というか、別れを覚悟したのです。
迷惑かけるくらいなら、離れようってね。

相手は身勝手だと思ったそうです。
前にちらりと書きましたが「迷惑かけたから自殺する」と同じじゃないかって、悔しくなったそうです。
だけど、きっと何故「迷惑」と誤解を生むような事になったかは、当時気づいてくれなかったんじゃないかな?
見えない相手への沈黙。
それがどれだけ相手に辛いかは、気づいてもらえなかったんじゃないかな?

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

その後、相手と色々メールで話し「わがままだけど復帰して欲しい」と言われ、俺は復帰しました。
少しは変わっていかなきゃ、と思ってました。

だけど、変えられなかった。
相手は、思い始めたスタイル(ゲームをゲームと割りきる等)を貫いたし、沈黙も多かった。
相手から対話が来ることもほとんどなくなった。

自分もそういう状況でわがままをいうことは結局できなかった。
我慢するしかなかった。
それは知り合いのせいだけじゃなく、自分の弱さのせいでもありました。

ただそれ以上に、相手の言葉の安易さが、辛かった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「一緒にまったり色々話しをしたい」

と一度わがままを言った時に、時間を指定してOKをだしてくれた知り合い。
だけど時間になったら

「寝過ぎて頭痛がするからごめん」

と言われました。
無理はさせたくないから「いいよ」と返したけど、その代わりにまったりする新たな時間は、作ってもらえませんでした。

「最近寝不足で生活不規則だし、信長は早めに落ちてちゃんと寝る」

といって、先に落ちた知り合い。
だけど、深夜俺がたまたま独りで遊んでいたら、入ってきていました。
勿論対話もなかった。

「寝不足はよくないから早く寝てね」

と話し「すぐ寝ます」「○時には寝ますよ」と言っていても、落ちない知り合い。
その理由でも話してくれれば自分も疑う事はなかったけれど、理由もなく、ただただ笑ってごまかす知り合いに「あの時言った言葉は嘘だったのかな?」と言葉の軽さに哀しくなった事もありました。
この件は人として問題だと思い、後でメールで話して納得してもらいましたが、それでもそういう、言った事とやった事が兼ね合わない相手を見て、俺はただただ「余計な事言ったか?」「やはりそういうこと言ったのは負担?」「俺がいるのは迷惑?」と考えてしまった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

その後、俺の親友が一緒に俺と信長やりたいというので、同じ国に来ました。
ネットでそういう大事にしたい人ができた話をしていて、どの人かも当ててきて、さすがだと思いました。

ただ、俺がその話を親友にしたことを、相手は哀しんだそうです。
自分のことが、勝手に相手に話されたってことで。

これは完全に俺の不用意な行動でした。
相手にはこれが決定的で、俺に取ってもこれで傷つけたのが徹底的だった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

俺はなんとか償おうと、信長で会う約束をとりつけました。
だけど知り合いは「合戦で忙しいので待って」と言い、合戦終わった後、何も言わずに落ちました。

俺はその瞬間に、やはり離れるべきだと決意をしていました。

それで、引退をすることをメールしました。

その後、先の親友にその話をしたところ、怒られました。
さっきの自殺者の例えが出て、おまえが大事にしたいなら、もっとしっかりしろと言われ。

そんな話の最中に知り合いが入ってきて、二人で会話しました。

2度目の同じ行為に、自分はもう止められないと言われました。
この環境から逃げたいから、もう会いたくないと、いわれました。
俺は親友に言われ、もっと自分らしく接していけば、なんとかなるかと思ったけれど、相手のその台詞に、どうすることもできなかった。

いや、わがままや不満とか、もっと前からぶつけるべきことをぶつけてでも、一緒にいたいと話したけれど、相手の意思は固かった。
未だにその時に「寂しくないわけじゃない」と言われた言葉は胸に刺さる。
だけど「それが希望の言葉になるなら、諦めてほしい」とも言われた。

まあ、それだけ大事な人を、俺は傷つけたんでしょう。
だから、それを受け入れました。
その人のため人なるのなら、と。

そこまで言われて、自分がもっと酷いやつになったり、相手を嫌いになれたらなぁと思ったけど、やっぱり今でも、大事にしたいと思ってしまう自分はきっと、女々しいですよね。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

引退を覚悟した時、俺は知り合いの連絡先を消しました。
残っていたら、弱い心でまた、連絡とろうとして迷惑かけると思ったのです。
知り合いがどうしているかはわかりません。

ただ、きっと知り合いの方が心は強いから、同じことをして、もう会わなくて済むとすごく楽しんでいるんじゃないかな? なんて、思っています。

みなさんの励ましで、縁は繋がっているかぎりはまた会える、と言ってくれたのはとても嬉しかったです。
ただ、自分から会いに行かない約束をしたから、ゲーム内でも会いに行けない。
そういう意味で、縁をまだ繋いでくれるのは、知り合いになるかと思います。
でも、知り合いの意思は固かったですし、きっと相手も同じように、連絡先を消していると思います。

知り合いがここを見ることは、可能性としてはあるのですが、それで見て、俺の気持ちを知っても、きっとダメじゃないかな、って諦めだけが、今は心に残ってます。

別れから3日。
まだ早々癒えるものじゃないけれど、あまり同じことばかり書くブログも嫌なので、自分の心の整理のために、まとめてみました。

きっと再会は儚い夢だと思います。
なので、それは心の奥にそっと仕舞いこみ、今は、ここまで色々あったけれど、それでも親友のように、一緒にいたくて大事にしたかったその人が、信長を楽しみ、自分といたとき以上に幸せになってくれるよう、祈るばかりです。

長文すいませんでした。
そして、この話題はとりあえず、ここまでにしようと思います。
親愛の情をもって、俺はそれでも幸せを願ってます。
知り合いがもしこれを見てくれたなら、あの日も約束したけれど、是非幸せになってくださいね。

そして、女々しいけれど、もし俺を許し、また自分と交流してくれる日がくるのなら、声をかけてください。
ささやかな、俺のわがままであり、俺の夢として、心の奥で願っています。

出会ってごめんなさい。
そして、出会ってくれてありがとう。

ちょっと不思議? なお話

2004年07月21日 15時12分26秒 | 
ええと、タイトルほど大それた話ではないのですが(^^;
まあ期待しないで読んで下さい(汗)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ここ数日知り合いとの関係に悩んだりして不眠症気味でしたが、昨日そこに別れという決着をつけたからでしょうか。
やっと久々に1時過ぎから7時過ぎまでしっかり眠る事ができました。
といっても熟睡した感じもないですし、夢も見ませんでしたけど(^^;

ただ、ここ連日、昼寝しようとしても眠れそうで意識が切れなかったり、夜寝ようとしてなかなか寝つけず、寝つけても1~2時間で目が覚めてまた眠れなくなる、なんてことはなかったのでちょっとほっとしてました。

とはいえ、寝ようとする時は、別れの寂しさとかから、やっぱりなかなか寝つけなかったのですね(^^;
ただ、時間が経って、ああ今日は眠れそうかなぁ……っていう時間がきたのです。

その刹那でした。

目の前に(といっても目をつぶっているので、暗闇の中、というべきかな?)、セミロングの黒髪の女性が現れたんですよ。
そして、彼女はくるっとこちらに降りかえって、はっと驚いたような顔をしたんです。
思わずそれが浮かんではっと目を開きました。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

その女性に俺は、見覚えは全くなかったです。
ただ、こんなこと言うとすごく申し訳ないけれど、すごく好みな顔立ちをしていて、綺麗というか可愛いというか、細面で落ちついた印象を受ける女性の顔。

正直それを見たのが、睡眠に落ちる前なのは自覚していたんですよ。
まだ意識がある感覚ってあると思うんですけど、そんな感じだったので。
そんな時に突然目にしたその女性に、俺はちょっと驚きと不思議を感じました。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

いや、過去にも夢はたくさん見ていますよ。
夢の中で出てくる人で「この人は○○さんだ」って自覚する事も多いんですよ。
だけど、夢って覚えているようで、覚えていないと思いませんか?

例えばさきほどの「この人は○○さんだ」って自覚をした夢。
でも思い出してみると、その人がどんな表情をしていて、どんな格好をしていて、どんな顔だったか、思い出せないことが多くないでしょうか?
それはそれだけ夢の中で、その人に多く接しているからというのもあるとは思うんです。
ただ、やはりはっきりこの人はこの瞬間にこんな表情をしていた、という思い出しはできないんですよね。
(例えば泣いていたにしても、どんな風に泣いたかは焼き付いていないから思い出せないわけです)

だけど、今回の女性は、夢に落ちる前の、瞬間だったからかもしれないんですけど、はっきり覚えているんですよ。
顔立ちや動作、そして最後の表情。
特に振り返った時に髪がふわっとなびいたりしたものが、ただ「なびいた」んじゃなく、一本一本「なびいている」のが見え、それを覚えていることは、今までの夢ではなかったのです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

はっと目を開いたらその女性の姿は勿論なく、その後寝る時もそういう夢や姿は見ることはありませんでした。

ただ、夢に落ちる前、自分が見たその女性に、ちょっとだけほくそえんでいた自分は、寝る時にまだ心にあった辛さを、少し和らげてくれたのかなぁ、なんて思うわけです。

幽霊なのか、誰かの想いなのか。
はたまたむるあの妄想なのか、夢なのか。

答えは残念ながらわかりませんが、自分の中でささやかながら、ちょっと神秘的な気持ちを覚えた、そんな夜でした。

お姫様抱っこ

2004年06月23日 16時24分55秒 | 
さて、久々の「想」ジャンルのお話です。
今回はタイトル通り(苦笑)

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ええと、みなさん奥さんや彼女をお姫様抱っこしたことありますか?(苦笑)
自分の知り合いに聞くと、丁度半々くらいのこの行為。
むるあはこんな話題を振るくらいです~、したことがあります(汗)

今日はそんな話でも。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ええ、むるあってどちらかといえば、痩せてますし体力も力もなさそうに見られます。
実際今でも166cm、54kgはどう見ても痩せ気味、しかもひょろっとしてますし色白だしで、ほんと運動神経もなさそうに見られますが、一応人並みに運動とかもこなせるんですね。

なもんで、何度かせがまれる機会に恵まれた(?)時、実行したことがあります。

1番最初は、しっかり書き忘れていたお話なのですが、この間まで書いていたまりちゃんとの恋愛話で、家に宿泊した時があったのですが、その時にベッドで寝てくれない彼女にせがまれた、というもの。

「ベッドに連れていってくれる?」

といわれ、やむなくした記憶があります。
でも、彼女は自分より軽かったですから、それほど困ることはなかったです。
そりゃ、軽々とはいきませんでしたけど(^^;

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

2度目は、今の奥さん。

奥さんの恋愛相談にうちで乗っていて、結局それでお互いが感情的に惹かれちゃってという、ちょっといけない展開だったのですが(^^;

で、その日ももう朝早くになってまして、奥さん翌朝仕事なので家帰りなさいといったのだけど帰らない(ちなみに家は歩いて数分のところ)。

それで「じゃあせめてここで寝ていきなよ。ベッド使っていいから」と言ったら

「連れていってくれなきゃ嫌だ」

と言われまして(汗)
ちなみに当時、奥さん俺より重かったのですけど(--;
(今はそれより更に重いですが(汗))
で、仕方ないからなんとか抱えてベッドに持ち上げたら、今度は話してくれない。

「キスしてくれないと離して上げない」

と言われ、早く寝せてあげないと、というのがあって、やむなく奥さんとの初めてのキスをした、という、個人的にはトラウマな想い出です(--;
(しかもこのこと奥さん忘れていたよ……(汗))

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ちなみにその後結婚してからも奥さん一度したことがあります。
ってか、俺より10kg以上重い人持ち上げるのはさすがに大変だって(--;

でも上の流れを書きながら思いましたけど、俺強引にされると、彼女を寝かせるためとかの思考が選考して、やむなくって行動が多過ぎ(^^;
なんか笑えない性格だなぁ、と再認識した瞬間でした(汗)