昨日は、幼稚園の卒園式でした。
三年前の入園式、りょーちは教室でも、入園式でも、泣きながら私にしがみついて離れようとしませんでした。
次の日から約二週間近く、『幼稚園に行かない』というりょーちに無理やり制服を着せる私と、
私が必死で着せた制服をすぐに脱ぎだすりょーちとの熱いバトルが毎朝繰り広げられ、
『行きたくない』と泣くりょーちを引きずって、お迎えのバスに乗せていました。
あれから三年・・・・
名前を呼ばれて、『はい!』と大きな声で返事をし、卒園証書を受け取るりょーち。
式の間中、しっかりと前を向いて席に座っているりょーち。
『卒園生の言葉』を、しっかりと口にしているりょーち。
たった三年。されど三年。
この三年間のりょーちの成長は本当に大きくて、
立派に卒園式に臨んでいる我が子の姿に、私の目はウルウルしっぱなしでした。
式が終わって、いったん教室に戻って、先生のお話があって、
その後、二階のお遊戯室で先生との写真撮影があったのですが・・・・
りょーちは『写真撮らない!』と、たいそうご立腹。
原因は私でした。
卒園式の日、卒園生全員に、園からの記念品や保護者の会からのプレゼントなどがたくさん入った大きな紙袋が渡されました。
とても大きな紙袋だったので、私は、先生との記念撮影が終わったらまた教室に取りに来ればいいと思っていました。
でも、りょーちは紙袋をそのまま教室に残していくのがとても心配だったようで、何度も『これも持っていかなくちゃ』と口にします。
周りのお友達が、その紙袋を持って教室を出ている様子を見て、ますます置いていくことに不安を感じたのでしょうが、
私は、最終的にちゃんと持って帰るし、写真撮影のときに邪魔になるからと、りょーちの不安な気持ちを汲むことをせず、自分の都合を押し通してしまったのです。
そんな私の態度にりょーちは腹を立てて、『写真撮影なんかしない!もう帰る!!』と、怒り出してしまったのです。
最初は、りょーちが急に怒り出したように見えて、『何で急にそんなこと言い出すの?』と、逆ギレしてしまった私。
『今日卒園式なんだよ。幼稚園、最後の日なんだよ。今日先生と写真撮らないと、もう撮れないんだよ。』
そういって、必死でりょーちをなだめたり、怒ったりするも、りょーちは言うことを聞いてくれません。
そんなりょーちの態度にいらいらする気持ちをぐっと抑え、先生とのツーショット写真を撮ろうとおすしと焼肉とケーキでりょーちを釣って、何とかりょーちを先生のところまで連れて行きました。
とにもかくにもりょーちが言うことを聞いてくれてほっとしていたのですが、写真撮影の順番を待っている間、私は、りょーちに私の気持ちばかりを押し付けていることに気がついたのです。
紙袋を持って行きたいりょーちの気持ちを無視した私。
りょーちのいうことは無視して、自分の言うことばかりを聞かせようとしていた私。
この子の気持ちは汲まずに、自分の都合ばかりこの子に押し付けて、
それでもこの子はこうして、先生との写真撮影の順番待ちの列に並んでくれて・・・・
『ごめんね』
私は隣にいるりょーちをぎゅーっと抱きしめました。
『ママ、自分の気持ちばっかりりょーちに押し付けてごめん。ママが悪かった。紙袋、持って行ってもよかったのに。りょーちが不安になるようなことしなくてもよかったのに。ママ、りょーちの気持ちを察せなくて、本当にごめん。写真撮影、いやだって言ってたのに、ここに一緒に並んでくれてありがとう。本当にごめんね』
りょーちは泣いていました。
『ごめんね』という私の言葉に、何度も何度も泣きながらうなずいていました。
今日が卒園式だとか、先生と写真撮るのは今日しかないとか、卒園式で先生との写真が撮れないなんていやだとか、そんなこと、親の・・・・・と言うか、私の勝手な都合なんです。
現にパパは、『りょーちがそんなに写真いやなら、もう帰ろう』といっていました。
私がごねてりょーちをケーキや焼肉で釣ったのです。
卒園式の写真は今日しか撮れないからっていって、何度もりょーちにその状況を説明して、今日という日の大切さをりょーちに分かってもらおうと必死でした。
でも、きっとりょーちには、そんなことどうでもよかったのです。
りょーちにとっては・・・・いや、私にとって、
『卒園式』と言う日がどれだけ大切かと言う状況を把握するよりも前に、
目の前にいる人が何を感じているのかを思いやることのほうが大切だったのだと、そう思います。
りょーちが何に対して怒っているのか、何に傷つき、心を痛めていたのか、それを汲み取ることのほうが、写真よりももっと大事なことだった・・・・
子育てを始めてもうすぐ七年になろうとしています。
でもまだまだ、足りないところだらけです。
それでも親でいられるのは、子供たちとのふれあいが、私に、
『親として、人として本当に大切なことが何か』を教えてくれるからだと思います。
この七年間、子供たちが私を『親』として育ててくれたから、
今、こうしてこの子たちの親でいられる私なのです。
相手の心に寄り添うこと、相手の思いを汲み取ること。
相手が何を感じているのかを同じように感じようとすること。
難しいことかもしれないけれど、自分の心の動かし方ひとつで、それはできることなのだと、私はそう思います。
大切な大切な心を教えてくれた、とってもありがたい卒園式でした。