みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*五枚のもみじ(1)

2018-11-21 | 第6話(五枚のもみじ)

箕面の森の小さな物語(NO-6)

<五枚のもみじ>(1)

  箕面の山麓にある老人ホームに、一人のおばあさんが入所していました。 身よりもなく訪ねてくる方は一人もいませんでした。 一日中ベットの上に座り、ぼんやりと外を眺めている様子で誰とも話をせず、係りの人にも時々訪問するボランテイアの人に話し掛けられても返事すらせず、いつの間にか忘れられた存在になっていました。

 名前は「タエさん」と言い、もう80歳をとうに過ぎた方でした。 ボランテイアとして登録している大学生の幸恵さんは、同じ大学で恋人の勇人君と月2回、この施設のボランテイアとしてホームを訪れていました。 若い二人は明るく元気で、入所者の人たちからは孫のように好かれ、いつも来てくれるのを心待ちにしている人が多くいました。

 勇人君はいつも来るたびにタエさんにも話し掛けるものの、今まで全く応じてくれず何一つ話した事はありませんでした。 しかしかつて自分を可愛がってくれた大好きだった祖母に少し似ていた事もあり、そんなタエさんを以前から少し気になっていたのでした。 「じ~として何を考えているのかな? 何をして欲しいのかな?  どんな人生だったのかな?」  たまに恋人の幸恵さんとお茶を飲みながら、そんな事を話題にする事もあったけど、その内 どちらからともなく「どっちが先にタエさんに話してもらえるかな?」と言う事になりました。

  それから二人とも意識していろいろ接触してみたものの、いつも二人で顔を見合わせ首を振るだけでした。 絵の得意な幸恵さんは漫画を描いてチョコレートを添えてみたり・・ 「これは結構他の人には受けたんだけど・・」 タエさんには全く無視されてしまった。

 勇人君は芸大の授業でやってみた陶芸作業の中から、タエさんを意識して一輪挿しを造り、それに庭の菊の花を生けてタエさんの机の上に置いてみたけれど、チラリと見てはくれたけどそれだけで相変わらず言葉もなく無表情でした。 反応を期待して造っただけにガッカリしてしまい、幸恵さんについ愚痴ってしまったほどです。 「やっぱあかんわ! 何してもダメやねんな ガッカリやわ・・」  二人ともなかなか上手く心を通わせる事ができずに、とうとう今年の秋も終わろうとしていました。

 就職の決まった二人には、もうこの秋が最後のボランテイア活動だった。 ある日、二人はいつものように駅前のおしゃれな喫茶店で待ち合わせをし、久しぶりに箕面滝道の散策にでかけました。 と言っても、メイン通りは人並みでいっぱいなので<一の橋>から左側の山道を登ります。 不思議とこの道も左右の山道を行けば滝までいけるのに、いつも人がいない穴場なのです。 二人で手をつなぎ、人の気配のない山道を歩き、きれいな紅葉を眺め,小鳥のさえずりを聴きながら将来の話をする二人は幸せでした。 

  瀧安寺の墓地裏にいったん下り、またすぐ左の山道から森に入ると、静かな瀧安寺を上から見下ろせるところに出ます。 途中、自然歩道の桜谷から<ささゆりコース>や<山の神コース>など左側に登る道があるものの右の方に道なりに歩くと間もなく<野口英雄 像>のところに出るのです。 ここからいったんメインの滝道に下ります。 少し瀧道を歩き、しばらくして右側の<姫岩>のある赤い<つるしま橋を渡り、左側の川に沿って地獄谷、風呂ケ谷の上り口を横目に歩けば、道なりに自然とまたメインの滝道と合流する<戻岩橋>にで、間もなく箕面大瀧に着くのです。 普通の靴で森を散策できる本当に気持ちのいい所で、二人のお気に入りのコースなのです。

  二人は落葉したきれいなもみじを拾っては、幸恵さんの持ってきた小箱に一つ一つ丁寧に入れています。 いつの間にか小箱は きれいに紅葉したもみじでいっぱいになりました。 「季節の味わいを・・ みんなにもお裾分けね・・!」 歩いて紅葉狩りをできない施設のお年寄りに、少しでも箕面の秋を味わってもらおうと、二人で決めて集めていたのだが・・ 「こんなもので喜んでもらえるのかな?」と、言いながらも 「こころ 心よ! ハートがあればいいじゃん!」と言い合いながら、いつの間にかいっぱいになった小箱を二人で大事に抱えて帰りました。

  そして3時のおやつの時間に合わせ、幸恵さんと勇人君はもみじの入った小箱を持って施設にやってきました。 「今日はみなさんに、箕面の森から拾ってきたきれいに紅葉したもみじをお渡ししますよ・・ とれたての ほや ほや で~ す」と。 お茶を飲んでいたみんなの表情が明るくなる・・ いつも口の達者な熊じいさんが・・ 「ほや ほやのお二人さんからのもみじやで・・ みてみ~な もみじまで ”顔” あこう(赤く) してるやないか・・」「うまい! うまい!」 絶妙な間の入れ方に日頃、孫のように好いている二人の優しさに 寡黙なお年寄りも大笑いしたり手をたたいたりしている・・ 

 「今日もタエさん お茶に来てなかったね・・・」と幸恵さん。 「そうだな・・・」と勇人君も、回りが賑やかな時だけに、二人とも少し寂しい・・ それでも二人は帰りがけに残しておいたきれいなもみじを、タエさんの所へ持っていきました。 「また今日もむなしいのかな? 話してくれないのかな・・」 何となくこの部屋に入るといつも沈んでしまう。 

 「タエさん こんにちは! 元気だった? 今日はね 二人で箕面の滝まで歩いて来たんよ! きれいなもみじがいっぱいあったから、タエさんのも持ってきてあげたからね・・」 そういって小箱から 最後のもみじ5枚を、座ってぼんやりとしうつろな目をしたタエさんの膝の上に置いた・・ 

 「あれ? タエさんの様子がおかしい? 」 最初に気が付いた勇人君が、布団を直していた恵子さんの肩をたたいた・・ 「見て!」と目で合図した。

あのタエさんが・・ 膝の上に置かれたもみじを食い入るように見ている・・ それに表情がゆがんできているではないか・・ 「どうされたのかしら?」 近寄ろうとした幸恵さんを勇人君がとめた・・ やがて、あのタエさんの目から涙が零れ落ちた・・ 一枚一枚手にとったもみじをしっかりと眺めながら、大粒の涙が溢れ出した・・ どうしたというのだろうか?・・ 何か心の中ではじけたのだろうか?  それは心配する事よりも、なにか嬉し涙を見ているようでした。

 二人はそんなタエさんを静かに見守っていたら・・ やがてあのタエさんが・・ はじめて 小さな声で静かに・・ 口を開いたのだった。 「・・・ありがとね・・・」

 2)へ続く 


五枚のもみじ(2)

2018-11-21 | 第6話(五枚のもみじ)

 箕面の森の小さな物語

<五枚のもみじ> (2

 ・・ありがとね・・ ほとんど聞き取れないぐらいの小さな声だが、しっかり二人は聞いた。 「えっ タエさん・・ しゃべれるんだ・・!?」  幸恵さんも勇人君も顔を見合わせてビックリ!  この施設に月2回のボランテイアに来て約2年になるけれど、タエさんから声を聞くのも全く初めてだったので二人は本当に驚いた。  涙目をそのままに、タエさんが初めて二人を見て微笑んでくれた。

  それから30分ほど、あの無口で話せないとまで思っていたタエさんが一人で喋っているのを二人は黙って聴いていた。 「もう60年も前の話さ・・ 若くして戦死した夫とね・・ まだ結婚する前にね・・ この箕面の滝の見物に来てね・・ 駅前には遊園地や動物園やらあって・・ それは楽しかったわ・・ 滝までの道にきれいなもみじの木がいっぱいあってね・・ 彼は紅葉したもみじを拾って持っていた本の間にはさんでいたの・・ 押し葉の趣味を持っているんだ・・ と、それでますます好意をもってね・・ それからひと月ほどたってね・・ 次に会った時、あの時のもみじをきれいに押し葉にして、手紙と一緒に私にくれたの・・ それが結婚の申し込みだったのさ。  戦争中で何もなかった時代だったけど・・ 結婚してもその五枚のもみじの押し葉があるだけで、私はとても心が豊かだったわ・・・

  でも結婚してしばらくして夫に赤紙の召集令状がきてね・・ 主人はすぐに出征したわ・・ 一年ほどして激戦だったと言う南方の戦地ビルマから遺骨もなく、ただ死亡通知だけが・・ 来てね  現地の石ころが一つ入っていただけでとうとう帰ってこなかった  それでもきっとどこかで生きているに違いない・・と  あれから毎日ずっと長い、長い間待ち続けてきたわ・・ いまどこで何をしているのかしら・・ そればかり考えてね・・ もう相当の年月が経ったわね・・

 そんなとき・・ お二人からもらったこの もみじ でしょう・・  私一瞬息がつまったわ・・ あなた!  って、心の中で叫んだのよ・・ 五枚のもみじ・・ 夫がね 私と ご縁がありますようにって 願をかけてね・・ それで「五枚のご縁もみじ」にしたんだ・・ と 後で聞いてね・・ 今 この五枚の紅葉したもみじをみて思い出したのよ・・」 

  淡々とゆっくりかみしめるように話される一言一言に、二人は涙をこらえきれなかった・・ 「そうだったんですか・・」 ご夫婦の愛情溢れるできごとにただ感激し、二人は感動をおさえられなかった。  60年もの間、夫の帰りを待ち望み・・ ただひたすらに待ち続け・・ いまでもまだその思いを抱き続けておられるタエさんに二人はつぶやいた。 「素晴らしいご主人だったんですね・・」

  これからゆくゆくは結婚したいと思っている二人には、タエさんからとてもいい最高のプレゼントをもらったようだった。  何気なくみんなと同じように渡した最後の五枚のもみじ・・ それがこんなにも一人の人の心を開き,現実の世界に呼び戻す事ができるのかと思うと、二人とも不思議な力を感じていた。 「きっと天国にいるご主人が私たちを遣わして、一人寂しくしている奥さんを力づける為にしたんだよね・・」と二人で話した。  これを聞いたホームの人たちも口々にビックリされていた。「何しろ何年もほとんど話さなかった人だからね・・」

 施設からの帰り道、幸恵さんと勇人君はいつものように手をつないで坂道を下りながら、お互いの手を握りしめた・・ まだ感動の余韻が残っている・・ そして二人は顔を見合わせ同じことを考えていた。 「まだ間に合うよ!」「そうね!」 「きっと連れて行ってあげよう・・」「そうしましょう!」  

 

 それからが大変だったけど、施設の方も特例で外出を認めてくれた。  タエさんにも二人の意見を話すと・・ 目を輝かしてまた涙でうるうるしていた。 「OKだね!」 二人は後ろでガッツポーズをして微笑んだ。

  二人の計画は実行に移された。 その日はまさに快晴だった。 前夜の雨がすっかり上がり、気持ちのいい日和です。  施設が特別に瀧道の通行許可をもらった介護タクシーを手配してくれ、滝道の途中まで送ってくれることになっている。  かなり緊張気味のタエさんを幸恵さんと勇人君がはさむようにして乗り、しっかり両手を握ってあげたら落ち着いてきたようだ。 やがて施設のみんなに見送られて出発・・ あれからタエさんは、おやつの時間にもちゃんと出てくるようになり、お友達もできたそうですよ。

 修行の古場休憩所>のあたりで車を停めてもらいました。  帰りも連絡したら、ここで待っていてくれるとのこと。 車から降り、車椅子に座ったタエさんはきょろきょろと見回している・・ 温かいひざ掛けをし、二人に囲まれながら心も温かくなっているようです。 「だいじょうぶ? 寒くない? ほらあそこの紅葉 すごくきれい!」 幸恵さんの指さす方を見てタエさんも「 ほー 」 と、口をすぼめている。 箕面川の渓流を、身を乗り出すようににして眺めています。 ヒヨドリが鳴きながら森から森へと飛んでいる・・

  60年前の箕面の森はどんな感じだったのだろうか?  タエさんはご主人との思い出を探しているのか、常に顔をあちこちに動かしています。 木漏れ日が木々の間を通りうっそうとした滝道を照らし、川の流れは途切れることなく音をたてて流れています。

 やがて滝の近くの「唐人戻り岩」のところへ来た時、タエさんはひときわ目を輝かした・・ 何か思い出されたのか・・ 「ここ・・ 来たことあり・・ますよ・・ 夫と・・!」  タエさんはそういってハンカチで目頭を押さえている・・ 幸恵さんが勇人君に目配せすると・・「分かった!」と うなずきながら、山裾に落葉しているきれいなもみじを探す・・  やがて色鮮やかに紅葉した綺麗なもみじを五枚もってきた勇人君は、それをそっとタエさんの膝の上に置いてあげた・・ 再びタエさんの目から大粒の涙が溢れ出してきた・・ やがてタエさんの顔は穏やかな観音様のようないい表情になり、とても幸せそうな様子でした。

 

  あの日から僅か40日後、タエさんは待ちに待ったご主人のいる天国へ旅立たれました。 いっぱいの幸せそうな笑顔を残して・・ ベットサイドには本に挟まれたあの箕面の五枚の紅葉が、大切に大事そうに置かれていました。

(完)