キ上の空論

小説もどきや日常などの雑文・覚え書きです。

昔話をされても

2007年01月10日 | みるいら
 冬はこたつに限る。
 ぼくの向かい側に座った安藤さん(男性の方)は、ぼくをまじまじと見たあと、兄さんの方を向いて声をかけた。
 兄さんは振り向きもしないで返事をした。まだ食器の水洗いが残っている。
「今更思ったんだけど、あのちっこいのか?」
 ぼくにはわからない話だ。あのちっこいの。
「そうだよ」
 兄さんの声が笑っている。
 なんだろう、あのちっこいの。
 思わず笑ってしまうような、あのちっこいの。
 安藤さんはいきなりぼくの方に向き直った。にやにや笑っている。
「覚えてるかな、うちに来たことあったんだけど」
 はい?
「親がちょうど帰ってきて『あらかわいい』なんて抱き上げようとしたら、ヒモリにしがみついて『やだー!』て泣きわめいて、しばらく泣きっぱなしだった」
 はい?
 安藤さんも笑っている。
「覚えてないと思うよ」
 ぼくが何も言わずにいると、兄さんはそれだけ言った。やっぱり声が笑っている。
 確かに全然覚えていない。実際、その時分のことは記憶がほとんどない。兄さんのことだって、思い出したのはごく最近だ。
 物心ついていなかった頃の話をされるのは、何ともこそばゆい。そのまま黙ってよそを向いていることにした。
「今度実家に行ったら、その時の写真さがしてみるよ」
 兄さんは水道の蛇口を閉め、手を掛けてあったふきんで拭く。ちなみに、うちにエプロンはない。服が汚れそうな調理をするときは、汚れてもいい服を着ることになっている。
「写真なんて撮ったっけ?」
 洗った食器を棚に戻す。数はないからすぐに終わる。
「撮った撮った。どうせなら、西嶋さんや石飛さんがいるときに公開しよう」
 今年のお正月は、例年になく人口密度が高かった。兄さんは忙しくこたつと台所を往復するのが楽しそうだった。
 安藤夫妻だけでなく、西嶋さんも来た。石飛があんこ入りの餅を五つ持って来てくれたので、ぼくは実家にいるときと近い味の雑煮を堪能できた。石飛の実家も、雑煮はあんこ入りの餅を使う。
「そう何度もは来ないと思うよ」
 石飛は呼べば来ると思うし、多分、西嶋さんも大丈夫。そう何度も正月気分とは行かないだろうけど。
「休みがあえば問題ないだろ」
 その写真を見たら、ぼくも昔を少しは思い出すかな?
 気にはなる。でも、やっぱり話に参加しづらいので、そっぽを向き続けることにした。
コメント
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